めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 アスレチックを病床に寝かせておくと、双子とメルヘンは、屋外へ飛び出していき、鳴ル雷族に覆い尽くされた天上を仰いだ。住人を襲う気配は感じられなかったが、四六時中に渡って見張られているような感覚に怖気が走った。まるで獄中にいるような錯覚にすら囚われた。あの青白く輝く看守たちは、シュラプルから住人を誰一人として逃がす気などないのだろう。その姿勢に真っ向から対立するべく、住人は鳴ル雷族との睨み合いを断固として続けていた。一方、鳴ル雷族は、恨めしい視線を気に留める事もなく、嬉々として上空を飛び交っていた。ところが、突如として群れを成し、記念堂の方角に向かって大移動を始めたかと思うと、瞬く間に記念堂の入り口から内部へと吸引されていった。紫電が強力な引力に吸われる様に、住人は、自然に対する野次を交えつつも次々と歓声を上げ始めた。それが聖なる箱の仕業である事を、トロンは、すぐに直感できた。聖なる箱に宿った封印の力を用い、自然たる鳴ル雷族をたちどころに吸い込んでいる事を人知れず理解した。きっとブブゼラが箱を用いているに違いない。そのために彼は、無言で飛び出していったのだろう。
 やがて鳴ル雷族が一片も残さず吸引され、健全な空模様が取り戻されると、これまで稲光に紛れていた西日がシュラプルを照らした。ふとトロンは思った。自然の脅威は去っただろうが、この程度で引き下がるエシレウスではないだろう。あの原初の雷が手元にある限りは、際限なく鳴ル雷族を呼び寄せる事ができるし、その気になれば直ちにシュラプルを自然に帰す事もできる。それなのに、なぜ大再起などという回りくどい手段を用いる必要がある。やはりアンデスの言った通り、何かよからぬ事を企てているに違いない。そんな思考に入り浸っていると、「雷を封じたのはいいが、これ以上、聖なる箱を使わせるのは、まずいかもしれないな…」とメルヘンが心配を口にした。
シフォンもまた、聖なる箱に対して懸念を感じていた。「でしたら、これからブブゼラさんの所へ行きませんか?今なら、こちらの話にも耳を傾けてもらえるかもしれませんし」
「是非ともそうしてください」と三人の背後から声が聞こえ、振り返ってみると、そこにはアンデスが肩身を狭めて立っていた。
「ちょうどいい所に。せっかくだから、お前も来い」メルヘンは、消極的なアンデスをブブゼラに対面させる良い機会だと思い、率直に誘ってみた。
「聖なる箱は危険だ、と伝えてきてください」アンデスは、それだけ告げると、その場から立ち去ろうとした。
メルヘンは、眉を吊り上げるとアンデスの肩を掴みかかろうとしたが、シフォンに制止され、さらには「わたしに任せてはくれませんか…?」とささやきかけられると、素直に身を引き、アンデスの説得を一任する事にした。
シフォンは、メルヘンに小さく頷いたのち、アンデスの正面に回り込み、その足を無理に止めると、頭を下げてこう頼み込んだ。
「少しだけ…少しだけでいいんです!勇気を出して兄弟と向き合ってはくれませんか?」
すると、アンデスは、落胆したような口調で自虐を吐いた。「かつて自分が聖なる箱を開けてしまった事をブブゼラは恨んでいるでしょうし、どの面下げて会いに行けばいいのか見当もつきません。ただ、逃げているだけの恥知らずと言われればそれまでですが…」
「ブブゼラさんだって、自分を恥じていましたよ。なんでいつまでも兄弟と張り合っていたんだろうって。彼、やり直したいって思ってます。もう一度、昔のように兄弟で仲良くしたいって思ってるに違いないんです。だって、ポワソンさんと話をするために進んで会いに行ったんですもの。確かに、あなたは大きな失敗をしてしまったのかもしれません。でも、生きてさえいれば、いくらでもやり直しはできるんです。あなたの目の前にも既に用意されているんです。兄弟と仲直りする、という道が。あとは選ぶだけです。だから、お願いします。どうかブブゼラさんと会ってはもらえませんか?」
「意図しなかったとはいえ、シュラプルを自然に帰す助力をしてしまったのは事実です。その罪は、あまりにも大きく、とても生きて償えるものではないのです」アンデスは、重い足取りでシフォンの横を通り過ぎていくと、そのまま壁へと帰っていった。
 その背を物憂げな瞳で見つめるシフォンの肩を叩き、メルヘンは、励ますようにこう声をかけた。「あいつは、かつてのシュラプルが自然に帰ったのは、自分一人の責任だと思い込んでいるんだ。実際は、そんな事ないのに、いつまでも独りよがりな罪悪感にさいなまれている。だから、自然に帰っていった住人をしのんで、あいつは一人で瓦礫の墓標を立て続け、気付いてみれば長い長い壁ができていた。それほどまでに苦しんでいるんだよ、アンデスは」
「それでも、いつか立ち直ってくれます。だって、彼、自分が苦しんでいても、シュラプルを救う事で頭が一杯なんですから」シフォンは、アンデスの後ろ姿を真摯に見つめ続けていた。
「あの三兄弟に失敗は、つきものだったし、こういう時こそ信じてやらないといけなかったのかもしれないな」メルヘンは、記念堂の方角を向いたかと思うと、一人歩き出した。「ブブゼラの事は、私に任せておけ。なに、お前にばかり兄弟の面倒を見させるわけにもいかないし、たまには私もしっかりしないとな」
「そんな…。わたしたちだって行きます」シフォンは、メルヘンに追従しようとした。
「どうせ箱の事を伝えに行くだけだ。ブブゼラには余計な事を言わない方が効き目があるからな」
そう言い残すとメルヘンは、双子に見送られつつも単身記念堂へと向かっていった。西日の残照すらも消えた宵闇よいやみの頃である。
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