めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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信条に架ける風

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 平原から森林へ、猪がヘイヴンを縦横無尽に駆け巡り、シフォンは舞ウ鳥族を探し出そうと躍起になった。その異常なまでの焦心ぶりには、鬼気迫るものがあった。しかし、急がば回れという言葉に習い、一旦シフォンに冷静さを取り戻させるためにも、トロンは猪の脇腹を軽く足で叩き、その駆け足を止めさせた。すると、シフォンが、さっと見向き、必死の形相を向けてきた。その迫力にトロンは面食らったが、口先で押し鎮めてやろうと思い立ち、言葉が喉まで出かかった矢先、シフォンの手のひらに口を塞がれ、出端でばなを折られた。その行動から察するに、またしても声を発してはならないのだろう。随分と面倒な信条である。より権威のある者に話しかけられない限り、ため息一つ吐けないとは窮屈な事この上ない。
 その時、双子の頭上を三羽ばかりの小鳥が飛び交った。舞ウ鳥族である。すかさずシフォンは、鳥の囀りを模倣してみせた。セイズである。その効力により、一羽の小鳥がシフォンの両手へと舞い込んできた。手っ取り早く頼み事を終わるべく、信条に背きながらも声を発したようだが、特に罰せられる気配もない。やはり神など恐れるに足らず、信条を遵守する必要などこれっぽっちもないのだ。トロンは、ヘイヴンの静寂を打ち破り、遂に独り言を呟いた。
「やはり神など存在しなかった」
「お兄様、ダメです…!」シフォンは、小声ながらも強い語気で注意した。
トロンは、少し間を置いてから「しかし、俺たちが罰せられる気配はない。つまり、声を出しても問題はない」
「そうかもしれませんが…」シフォンは、上空を見上げたかと思うと、すぐに視線を手の中の小鳥に戻した。「鳥の囀りなら、誰もわたしが声を出したとは思わないものだとばかり…。でも、もしかしたら普通に話しても…大丈夫…なのかも…」
「それよりも、鳥を捕まえてどうする気だ」
「聞いてみるんです。謀反の兆しがあると言っていましたから、この子も何か知っていると思うんです」シフォンは、再び囀りを模倣し、手のひらの上に立ち尽くす小鳥に声をかけたが、すぐに異変に気付いたのか、トロンに向けて「この子……既にセイズにかかっていますわ。わたしではなく、他の誰かにセイズをかけられているんです」
「謀反の兆しとは、セイズの事か。舞ウ鳥族は、誰かにセイズをかけられ、操られているのかもしれない」トロンは、何やら不穏な匂いを感じ取り、ため息をついた。
「セイズが使えるのは、基本的にガゼットを生まれ故郷とする廻仔だけです。その内の誰かから教わっていれば、すべての廻仔が使えるようにはなりますが…」シフォンは、小鳥を放してやると、猪を歩かせた。「もしかしたら、怪しい人物がヘイヴン内にいるかもしれません」
 しばしヘイヴンを当てもなく歩き回っていると、一人の青年が双子の目に留まった。立木の根方に腰かけ、くたびれた身体を休めているのは、ウェザーである。なぜヘイヴンにいるのかは知らないが、彼がセイズを使える事は周知の事実であったし、もはや犯人を見つけ出したも同然であった。シフォンは、猪をウェザーのそばまで寄せると、兄共々地に降り立った。すると、双子の姿に目をさらしたウェザーは、薄笑いを浮かべると、立ち上がり、無言のままでトロンと目を合わせた。そのあまりの薄気味悪さに耐えかねたトロンは、目を逸らすと、悪態をつくようにこう口を切った。
「見るな。怖気おぞけが走る」
すると、ウェザーは、すかさず「このヘイヴンでは、自分より権威のある者に話しかけられなければ、発言を許されないのでね」と言い返した。
「なぜあなたがここに?」シフォンは、ウェザーにたずねた。
「なに、ちょっとした休憩ですよ。ガゼットを発ってからというものの、延々と猿を探していたのですが一向に見つからず、結局は疲れ果ててヘイヴンに立ち寄った次第です。ほら、ゴルデミッドに自然除けの文字を届けるために私の猿を送りこんだと以前話していたでしょう。その猿ですよ。まったく、今頃どこにいるのやら…」
「嘘をつくな」トロンは、頭ごなしに決めつけた。「舞ウ鳥族をセイズで操っているのは、アンタだろう。今度は何を企んでいる?」
「は?」ウェザーは、きょとんとした。「身に覚えがありませんね。何の事だか、さっぱりです」
「とぼけるな。アンタ以外にセイズを使える廻仔がヘイヴンにいるはずがない」トロンは、語気を強めて押し迫った。
「まったく、賢明ではありませんね」ウェザーは、声を大にして言い張った。「よく考えてごらんなさい。舞ウ鳥族を操った所で、私に一体何の得があると言うのです?得どころか、むしろ損をするだけです。救世主に背く行動は、破滅を招くだけだというのに、誰が好き好んでヘイヴンで企てを起こそうというのです?」
「お兄様、きっとウェザーは潔白ですわ」シフォンは、トロンをなだめた。「彼は、ヘイヴンの事を理解しているようですし、進んで無謀な事をするとは思えません」
トロンは、口をつぐんだ。ウェザーへの疑いを晴らしたわけではないが、一旦は退いてやる事にした。
「物分かりがよろしい」ウェザーは、トロンを言い負かしたせいか、妙に満足げであった。「それはさておき、ここであなた方に出会えたのは意外ですよ。まさかシフォンが故郷に帰るとは思わなかったのでね」
「本当は来るつもりではなかったのですが…」シフォンは、目を落とした。「ここへ来る前はシュラプルにいたんです。色々と大変でしたが、最後には皆さんが仲良くなってくれて………あっ、大事な事を思い出しました!原初の海を返してください!あれはポワソンさんのものなんです!だから、返してください!」
藪から棒にまくし立て始めたシフォンに、ウェザーは苦笑いを浮かべた。「まぁ、別にいいではありませんか。原初は皆のものですから、私が持っていても支障はありませんし、そのうち返す時もやってくるでしょう」
「そのうちではなく、今すぐ返してください!!わたし、ポワソンさんに原初を返すと約束したんです!!」シフォンは、しつこく食い下がった。
「それはそうと、舞ウ鳥族にセイズをかけた者を探しているのなら、わざわざあなた方が探す必要はありませんよ」ウェザーは話を逸らすと、双子に助言をしてやった。「救世主は、誰が知らせずとも、あらゆる出来事を知る事ができるようですから。天仔の一人でも捕まえて聞いてごらんなさい。そうすれば、自ずと答えは得られますから」
「蒔ク種族王に頼まれたからには、天仔も手を貸しはしない」トロンは、ウェザーに目くじらを立てるシフォンを横目に言った。
「おや、蒔ク種族王がヘイヴンにいたとは驚きですね!つまり、あなた方は、蒔ク種族王より使命を承ったと」ウェザーは、少しばかり目を剥いた。それから、しばし考え込んだのち、「ふむ、ではこうしましょう。私を犯人として捕らえてください。それで万事解決です」
トロンは、長嘆息ちょうたんそくをついた。「いよいよ白状したか。やはりアンタの言葉は信じられない」
「違いますよ。私は、ただ蒔ク種族王と対面したいだけです。ここで犯人と名乗り出ておけば、あとはあなた方が連れて行ってくれるのでしょう?蒔ク種族王の元へ」
「進んで濡れ衣を着せられるというのか」
「貴重な機会を逃す手はありませんから。ま、私は天仔の何人かとは知り合いですし、過去の行いも悪くはないでしょうから、情状酌量の余地はあるはずです。さぁ、早く連れて行ってください」
それを聞いたシフォンは、困惑した。「どうしましょう、お兄様…。万が一、彼が罰せられてしまったら…」
「むしろ好都合だ」トロンは、猪に飛び乗った。「おかげで面倒が早く片付きそうだ。本人が望んでいるのだから、好きにさせてやれ」
「はい…」シフォンは、心配を抱えつつも猪に飛び乗った。それから、手綱を取り、ウェザーを先導し始めた。
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