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信条に架ける風
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愕然とするアルミは捨て置き、双子は、地上から天上へと続く螺旋階段を己が足のみで駆け上がり始めた。その道のりは、気が遠くなるほどに長々と続いていたが、意を決した彼らにとっては何ら苦にならないどころか、権威のしがらみから抜け出せる事を喜んでいるのか、むしろ意気揚々としていた。腹を立てたアルミが背後から追いかけてきたが、それすら意に介さないほどであった。やがて息が切れ始めたが、それでも頑なに駆け上がり、遂に、頂上に到達してみせた双子を待ち受けていたのは、金細工とステンドグラスに彩られ、神々しく、かつ厳かな雰囲気を放つ空間であった。教会を髣髴とさせる内装であったが、その光燿は、廻仔の目には眩しすぎる。空間を取り囲むようにして配置されたステンドグラスからは、燦々と輝く太陽光が注ぎ込み、神の顕現を錯覚させるほどに空間を聖く照らしていた。しかし、肝心の鐘がどこにも見当たらない。光燿に目を細めつつも周囲をざっと見渡してみたが、やはり鐘らしき物は見当たらない。贖い鐘は、どこにある。そう狼狽するばかりの双子に追いついた矢先、アルミは、仰天した。
「あれっ!?鐘がない!!どうしよう、どこ行ったんだろう!?あの祭壇に置いておいたはずなのに!」
彼女の言葉通り、一際巨大なステンドグラスを背にする祭壇が正面に見えたが、鐘は忽然と消えていた。眩しさに目が慣れた頃、双子は、祭壇をくまなく調べ上げようと歩み寄っていく最中、心に染み入るような鐘の音色を耳にした。その音色を辿り、四時の方向を振り向くと、鐘を持った一人の好青年が立っていた。しかし、トロンは、男よりも鐘ばかりに目移りしていた。その香炉にも似た釣鐘とビーター(鐘などの楽器を打ち鳴らす際に使われる撥)の一組こそが贖い鐘であるが、どうやら遅れを取ってしまったらしい。
「むやみに身構えなくてもいい」青年は、硬い表情で言った。
「あの…どちら様ですか?」シフォンは、不安の色を浮かべつつもたずねた。
「僕はシェイ。シェイ・P・リンス。第七位の権威を持つ天仔だ」シェイは、きびきびとした生真面目な口調で双子に名乗った。
トロンは、人知れず歯ぎしりした。こんなにも早く帰ってきてしまうとは、誤算であった。
「この鐘楼は、ミハルの認可を受けなければ立ち入る事はできない。その事は既に知っているね」シェイは、絶句する双子を諭した。それからアルミにも「君がついていながら、このような事になるとは、権威を授けてくださった救世主に申し訳が立たないと思わないのかい」
「穴が…。鐘楼の最深部に穴が開いているんです。ウッドチャックの巣穴が鐘楼の最深部に続いていたんです」アルミは、申し開きをした。
「……それは大変だ。今すぐにでもミハルに報告しなければ」シェイは、あくまで冷静沈着であった。「すると、君たちは、最深部を通ってここまで来たのかい?」
「そんな事は、どうでもいい」トロンは、ヘイヴンを脱出すると決意した手前、もはや引くに引けなくなっていた。「その鐘を渡せ!俺たちは、ただヘイヴンを立ち去りたいだけなんだ!」
「トロン・F・レイン。君の事は既に知っている。幼くして母に攫われた哀れな天仔」シェイは、脅しに屈する事もなく、情けをかける事もしなかった。「まだ帰郷したばかりだろう?そうまでして故郷を捨てたいのかい?」
「俺の故郷に自由はない!」
「悪い事は言わない。死にたくなければ、今すぐ救世主に服従するんだ。もはや、それしか生き残る術はない」
トロンは決意は固かった。廻仔だけでなく、天仔としての宿命をも捨てようと決意していたのだ。兄妹共々、意志は揺るぎなく、たとえ剣を交えてでも鐘を奪い取り、無事ヘイヴンから脱出する所存であった。
「そうまでして生き永らえるくらいなら、いっそ命を投げ捨ててやる!俺は天仔でもなければ、廻仔でもない!ただ、人として生を全うしたいだけだ!」
その時、トロンは、ただならぬ気配を感じた。俗にいう、虫のしらせである。その気配の根源は、純白の翼で全身を覆い隠し、祭壇裏のステンドグラスを突き抜け、窓明かりに紛れつつも皆の前に姿を現した。真の天使が舞い降りた、そう錯覚させられるほどに仰々しく見えた。しかし、翼が開かれ、その正体が晒されると、双子は、たちまち目を見開いた。仮初めの父、ユライとの対面は、トロンにとっては随分と久しく、実に五年ぶりの邂逅であった。
「アンタまでもが…!なぜここに…!?」トロンは、驚きをもってユライにたずねた。
「目に見えるものに真実は映らない。ならば、どのようにして真実を見出すか。やはり、お前には、その答えが見えていないらしい」ユライは、物静かだが、威圧的な口調で言葉を紡いだ。
「目に見えるものに逆らい、孤独を享受せよ…か!これまで俺は、アンタに言われた通りに生きてきた!たとえ言葉の意味はわからずとも、自分なりに解釈して、その通りに生きてきたんだ!俺は、既に俺の答えを見つけている!いきなり俺を放り捨てたくせに、今更にもなって父親の真似事はよせ!」
「お前は、なぜ俺の言葉に従い、これまでを生き延びてきた?」
トロンは、回答に窮した。
「その答えを既にお前は知っている。この俺が…このユライ・V・アーチが、お前の父だからだ。子は父の言葉に従うものだ。たとえ理屈がわからずともな」
「だが、俺は、もう孤独じゃない!」
「そうだ。お前には、俺がいる。俺は、これからもお前を導こう」
「断る!」トロンは即答すると、歴戦の剣を引き抜いた。「俺は、アンタやヘイヴンに従うつもりはない!力づくでも、ここから出て行く!」
「わたしも、お兄様と志を同じくしています!」シフォンもまた、抗う姿勢を見せた。
ユライは、シェイとアルミに目を向けると、「先に雲上へ戻り、ミハルにこれまでの経緯を伝えろ」と命じた。
「仰せとあらば」シェイは、ユライに一礼したのち、アルミを引き連れ、ステンドグラスをくぐり抜けると屋外へ飛び出していった。
「あれっ!?鐘がない!!どうしよう、どこ行ったんだろう!?あの祭壇に置いておいたはずなのに!」
彼女の言葉通り、一際巨大なステンドグラスを背にする祭壇が正面に見えたが、鐘は忽然と消えていた。眩しさに目が慣れた頃、双子は、祭壇をくまなく調べ上げようと歩み寄っていく最中、心に染み入るような鐘の音色を耳にした。その音色を辿り、四時の方向を振り向くと、鐘を持った一人の好青年が立っていた。しかし、トロンは、男よりも鐘ばかりに目移りしていた。その香炉にも似た釣鐘とビーター(鐘などの楽器を打ち鳴らす際に使われる撥)の一組こそが贖い鐘であるが、どうやら遅れを取ってしまったらしい。
「むやみに身構えなくてもいい」青年は、硬い表情で言った。
「あの…どちら様ですか?」シフォンは、不安の色を浮かべつつもたずねた。
「僕はシェイ。シェイ・P・リンス。第七位の権威を持つ天仔だ」シェイは、きびきびとした生真面目な口調で双子に名乗った。
トロンは、人知れず歯ぎしりした。こんなにも早く帰ってきてしまうとは、誤算であった。
「この鐘楼は、ミハルの認可を受けなければ立ち入る事はできない。その事は既に知っているね」シェイは、絶句する双子を諭した。それからアルミにも「君がついていながら、このような事になるとは、権威を授けてくださった救世主に申し訳が立たないと思わないのかい」
「穴が…。鐘楼の最深部に穴が開いているんです。ウッドチャックの巣穴が鐘楼の最深部に続いていたんです」アルミは、申し開きをした。
「……それは大変だ。今すぐにでもミハルに報告しなければ」シェイは、あくまで冷静沈着であった。「すると、君たちは、最深部を通ってここまで来たのかい?」
「そんな事は、どうでもいい」トロンは、ヘイヴンを脱出すると決意した手前、もはや引くに引けなくなっていた。「その鐘を渡せ!俺たちは、ただヘイヴンを立ち去りたいだけなんだ!」
「トロン・F・レイン。君の事は既に知っている。幼くして母に攫われた哀れな天仔」シェイは、脅しに屈する事もなく、情けをかける事もしなかった。「まだ帰郷したばかりだろう?そうまでして故郷を捨てたいのかい?」
「俺の故郷に自由はない!」
「悪い事は言わない。死にたくなければ、今すぐ救世主に服従するんだ。もはや、それしか生き残る術はない」
トロンは決意は固かった。廻仔だけでなく、天仔としての宿命をも捨てようと決意していたのだ。兄妹共々、意志は揺るぎなく、たとえ剣を交えてでも鐘を奪い取り、無事ヘイヴンから脱出する所存であった。
「そうまでして生き永らえるくらいなら、いっそ命を投げ捨ててやる!俺は天仔でもなければ、廻仔でもない!ただ、人として生を全うしたいだけだ!」
その時、トロンは、ただならぬ気配を感じた。俗にいう、虫のしらせである。その気配の根源は、純白の翼で全身を覆い隠し、祭壇裏のステンドグラスを突き抜け、窓明かりに紛れつつも皆の前に姿を現した。真の天使が舞い降りた、そう錯覚させられるほどに仰々しく見えた。しかし、翼が開かれ、その正体が晒されると、双子は、たちまち目を見開いた。仮初めの父、ユライとの対面は、トロンにとっては随分と久しく、実に五年ぶりの邂逅であった。
「アンタまでもが…!なぜここに…!?」トロンは、驚きをもってユライにたずねた。
「目に見えるものに真実は映らない。ならば、どのようにして真実を見出すか。やはり、お前には、その答えが見えていないらしい」ユライは、物静かだが、威圧的な口調で言葉を紡いだ。
「目に見えるものに逆らい、孤独を享受せよ…か!これまで俺は、アンタに言われた通りに生きてきた!たとえ言葉の意味はわからずとも、自分なりに解釈して、その通りに生きてきたんだ!俺は、既に俺の答えを見つけている!いきなり俺を放り捨てたくせに、今更にもなって父親の真似事はよせ!」
「お前は、なぜ俺の言葉に従い、これまでを生き延びてきた?」
トロンは、回答に窮した。
「その答えを既にお前は知っている。この俺が…このユライ・V・アーチが、お前の父だからだ。子は父の言葉に従うものだ。たとえ理屈がわからずともな」
「だが、俺は、もう孤独じゃない!」
「そうだ。お前には、俺がいる。俺は、これからもお前を導こう」
「断る!」トロンは即答すると、歴戦の剣を引き抜いた。「俺は、アンタやヘイヴンに従うつもりはない!力づくでも、ここから出て行く!」
「わたしも、お兄様と志を同じくしています!」シフォンもまた、抗う姿勢を見せた。
ユライは、シェイとアルミに目を向けると、「先に雲上へ戻り、ミハルにこれまでの経緯を伝えろ」と命じた。
「仰せとあらば」シェイは、ユライに一礼したのち、アルミを引き連れ、ステンドグラスをくぐり抜けると屋外へ飛び出していった。
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