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信条に架ける風
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舞ウ鳥族に対する情はないが、それでも供物にしてしまうのはいかがなものか。トロンは、不信感を抱きつつも、今だけは従順であり続けた。そうすれば、天仔の信頼を得る事ができ、いずれは煮え湯を飲ませる事ができるようになるだろう。とりあえずは、権威に従っておけばいい。それに、どうせ鳥を捕まえて、小山の頂上に持っていくだけだ。住人の罰するよりかは、幾分か気が楽でいい。そう楽観的に考える事にし、樹木街に戻ると、早速舞ウ鳥族を捕らえる事にした。しかし、どのようにして鳥を捕まえようか。一羽ですら機敏であるのに、それを可能な限り捕まえろなどとは無理難題である。尻を叩いて早々ではあるが、問題に直面し、一人頭を悩ませる事となったが、それからまもなく、自らに授けられた権威を利用する事を思いついた。天仔の中では最低の権威ではあるものの、住人よりかは遥かに勝っている。なぜなら、第十位の権威とは、ヘイヴン内において十番目の高位にある事を示しているからである。ならば、住人に指示を与えて、舞ウ鳥族を片っ端から捕らえさせればよいのだ。自らの手を汚す事もなく、まさに一石二鳥である。
トロンは、二十名ほどの住人に声をかけると、舞ウ鳥族を可能な限り捕らえるように命じた。すると、事情を知らぬ住人にとっては不可解な命令であるにもかかわらず、まるで疑問を抱かず、訳も聞かず、それどころか嬉々として首を縦に振ると、二つ返事で快諾してくれた。それから、銘々の住人は、どこからか鳥籠を持ち寄り、トロンの元に掻き集めると、その籠を片手に散り散りとなり、舞ウ鳥族の捕獲に乗り出した。彼らは、人ではなく、権威によって動かされているに過ぎないのだ。そこに細々とした理屈はなく、己が意思もなく、それこそ家畜のように、ただ大きな圧力によって突き動かされているのだ。ものの一言だけで人を動かせるとは、なんと恐ろしい力か。権威の魔性を垣間見たトロンは、慣れない立場に少々困惑気味であった。これまでは狩人の職業柄、人に使われるばかりであったが、今は自らが人を率いる立場にある。やはり性に合わない、そう痛感するばかりであった。
しばらく待っていると、小鳥の納められた鳥籠を携え、いくらかの住人が帰ってきた。労をねぎらってやるために声をかけようとしたが、住人は鳥籠を置いて行くと、かわりに空の籠を手にし、脇目も降らずに走り去ってしまった。命令の通り、可能な限り捕まえるつもりなのだろう。それにしても、これほど住人に苦労をさせておきながら、自分一人だけが楽をするのは筋が通らない。結局、トロンは、自らの手で舞ウ鳥族を捕らえようと思い立ち、空の鳥籠を一つだけ手にすると、おもむろに歩き出した。ただの人間でも捕まえられるのだから、廻仔である自分に捕まえられないはずはない。適当にほっつき歩いていると、樹上に佇む一羽のコムクドリを見かけた。野鳥に詳しくはないが、恐らくはコムクドリであろう。一気に樹上に飛び移り、すかさず鷲掴みにしてやろうと企み、実行しようと両足に力を込めた矢先、目当てのコムクドリは、有無を言わせず飛び去ってしまった。セイズが行使できれば仕損じる事もなかった、と自らの不器用さを嘆いた。
そんなトロンに天が味方したか、木々の間をすり抜け、こちらに向かって颯爽と滑空する鳥影を奇しくも目撃すると、好機到来と言わんばかりに気を持ち直した。飛んで火に入る夏の虫、早速捕まえてやろうと試みたが、こちらに近づいてくるほどに巨大さを増す鳥影に目を丸くし、愕然とするばかりとなった。それはコンドルであったが、その翼開長はハンググライダーにも匹敵する。手持ちの鳥籠に納められるはずがない。そう悠長に構えたのも束の間、コンドルは鋭い鉤爪を剥き出しにしつつもトロンに襲いかかろうとした。権威をも恐れず、同族を奪還しようと天仔に牙を剥いたに違いない。
トロンは、鳥籠を放り出すと、歴戦の剣を引き抜いた。襲撃を受けた以上、抗戦するのが人の常である。コンドルが間合いに入ったのを見計らい、迷いなき一閃を繰り出した。ところが、コンドルは、剣の一閃を易々と捉え、鉤爪によって掴み取ってみせると、刀身を止まり木に見立てて羽休めを始めたのである。このコンドルは、尋常ではない。剣を避けるのならいざ知らず、その身をもって受け止めてしまうとは信じがたい。とても獣に為せるとは思えず、トロンはコンドルの正体を勘繰った。怪自然の割りには、外見に目立った特徴がない。やはりセイズの仕業と考えるのが妥当だろう。このコンドルは、廻仔の手によって操られているが故に、常軌を逸した行動を見せるのだ。所詮は鳥と油断せず、れっきとした廻仔を相手取っていると認識し、気を引き締めてかからなければならない。意を決し、あえて歴戦の剣を手放すと、素手で素早く掴み取ろうとコンドルに両手を伸ばした。すると、コンドルは刀身を離れ、鉤爪をもって応戦すると、けたたましい子どもの喧嘩を髣髴とさせる揉み合いが開始された。トロンは、死に物狂いで鉤爪を押さえつけたが、巨翼の羽ばたきに全身を打たれ、その痛みに耐えながらも格闘を続けた末に、やっとこさコンドルを狭い鳥籠に押し込める事に成功した。
このコンドルの巨躯には、著しく窮屈だろうが、今は手持ちの鳥籠で我慢してもらうしかない。全身を丸め込まれ、籠から首だけを飛び出させた様は、やはり心苦しい。さっさと持ち帰り、住人の手を借りて、もっと大きな鳥籠に移してやろう。トロンは、歴戦の剣を鞘に納め、鳥籠を手にぶら下げると、帰路に就こうとしたが、ふとした事に、近くの木陰からこちらの様子を覗き見るシフォンと目が合った。妹は、暗い面持ちのままで歩み寄ってくると、こう声をかけてきた。
「ごめんなさい…。なんだか胸騒ぎが止まらなくて…。よからぬ事が起きるんじゃないかって心配なんです…。改めの小山だなんて見聞きした事もありませんし…」
トロンは、周囲に人影が隠れていないか目を配りつつも「今は、天仔に従うようにしろ。それで、故郷ともおさらばだ」と励ました。
「はい…。わかっています…」
「こんな状況になってしまったのは、俺の責任だ。だから、俺の手で必ず外に連れ出してやる」それだけ言い残し、トロンは、シフォンと一別した。
トロンが戻って来た頃になると、寄り集まった鳥籠には、余す事なく鳥が閉じ込められていた。その数、ざっと六十羽である。二十人の住人が懸命になって捕まえた成果なのだから、供物に関してはこれで十分だろう。住人の手を借りつつもコンドルを大きな鳥籠に移したまではよかったが、一難去ってまた一難、これらの供物をどのようにして小山の頂上に運び入れるのか、その方法に悩まされた。六十ほどの鳥籠を一人で抱える事は不可能であり、険しかろう斜面を台車で登りきるのも困難であったので、やはりここは住人の力を借りるしかない。一人一つずつ鳥籠を背負ってもらえば、どうにか登山もできるだろう。改めの小山は一人ずつ登山しなければならない、そうユライは言っていたが、住人を引き連れてはいけないとは言っていない。トロンは密かに屁理屈をこねたのち、さらに四十人ほどの住人を駆り集め、これまでのニ十人と合わせて六十人とすると、すべての鳥籠を改めの小山の頂上まで運ぶよう皆に命じた。住人は、進んで鳥籠を背負い、トロンは、最も重量があるであろうコンドルの入った鳥籠を背負った。すると、見計らったかのように鐘楼より鐘の音が響き渡った。贖い鐘の音色を聞かされたトロンは、意図せず足を動かし、ヘイヴンの北西を目指した。トロンに声をかけられた住人も同様であり、権威ある者の歩んだ道を辿るようにして追従した。ユライの鳴らした音色が改めの小山への道標となり、一団を導こうとしているのである。
トロンは、二十名ほどの住人に声をかけると、舞ウ鳥族を可能な限り捕らえるように命じた。すると、事情を知らぬ住人にとっては不可解な命令であるにもかかわらず、まるで疑問を抱かず、訳も聞かず、それどころか嬉々として首を縦に振ると、二つ返事で快諾してくれた。それから、銘々の住人は、どこからか鳥籠を持ち寄り、トロンの元に掻き集めると、その籠を片手に散り散りとなり、舞ウ鳥族の捕獲に乗り出した。彼らは、人ではなく、権威によって動かされているに過ぎないのだ。そこに細々とした理屈はなく、己が意思もなく、それこそ家畜のように、ただ大きな圧力によって突き動かされているのだ。ものの一言だけで人を動かせるとは、なんと恐ろしい力か。権威の魔性を垣間見たトロンは、慣れない立場に少々困惑気味であった。これまでは狩人の職業柄、人に使われるばかりであったが、今は自らが人を率いる立場にある。やはり性に合わない、そう痛感するばかりであった。
しばらく待っていると、小鳥の納められた鳥籠を携え、いくらかの住人が帰ってきた。労をねぎらってやるために声をかけようとしたが、住人は鳥籠を置いて行くと、かわりに空の籠を手にし、脇目も降らずに走り去ってしまった。命令の通り、可能な限り捕まえるつもりなのだろう。それにしても、これほど住人に苦労をさせておきながら、自分一人だけが楽をするのは筋が通らない。結局、トロンは、自らの手で舞ウ鳥族を捕らえようと思い立ち、空の鳥籠を一つだけ手にすると、おもむろに歩き出した。ただの人間でも捕まえられるのだから、廻仔である自分に捕まえられないはずはない。適当にほっつき歩いていると、樹上に佇む一羽のコムクドリを見かけた。野鳥に詳しくはないが、恐らくはコムクドリであろう。一気に樹上に飛び移り、すかさず鷲掴みにしてやろうと企み、実行しようと両足に力を込めた矢先、目当てのコムクドリは、有無を言わせず飛び去ってしまった。セイズが行使できれば仕損じる事もなかった、と自らの不器用さを嘆いた。
そんなトロンに天が味方したか、木々の間をすり抜け、こちらに向かって颯爽と滑空する鳥影を奇しくも目撃すると、好機到来と言わんばかりに気を持ち直した。飛んで火に入る夏の虫、早速捕まえてやろうと試みたが、こちらに近づいてくるほどに巨大さを増す鳥影に目を丸くし、愕然とするばかりとなった。それはコンドルであったが、その翼開長はハンググライダーにも匹敵する。手持ちの鳥籠に納められるはずがない。そう悠長に構えたのも束の間、コンドルは鋭い鉤爪を剥き出しにしつつもトロンに襲いかかろうとした。権威をも恐れず、同族を奪還しようと天仔に牙を剥いたに違いない。
トロンは、鳥籠を放り出すと、歴戦の剣を引き抜いた。襲撃を受けた以上、抗戦するのが人の常である。コンドルが間合いに入ったのを見計らい、迷いなき一閃を繰り出した。ところが、コンドルは、剣の一閃を易々と捉え、鉤爪によって掴み取ってみせると、刀身を止まり木に見立てて羽休めを始めたのである。このコンドルは、尋常ではない。剣を避けるのならいざ知らず、その身をもって受け止めてしまうとは信じがたい。とても獣に為せるとは思えず、トロンはコンドルの正体を勘繰った。怪自然の割りには、外見に目立った特徴がない。やはりセイズの仕業と考えるのが妥当だろう。このコンドルは、廻仔の手によって操られているが故に、常軌を逸した行動を見せるのだ。所詮は鳥と油断せず、れっきとした廻仔を相手取っていると認識し、気を引き締めてかからなければならない。意を決し、あえて歴戦の剣を手放すと、素手で素早く掴み取ろうとコンドルに両手を伸ばした。すると、コンドルは刀身を離れ、鉤爪をもって応戦すると、けたたましい子どもの喧嘩を髣髴とさせる揉み合いが開始された。トロンは、死に物狂いで鉤爪を押さえつけたが、巨翼の羽ばたきに全身を打たれ、その痛みに耐えながらも格闘を続けた末に、やっとこさコンドルを狭い鳥籠に押し込める事に成功した。
このコンドルの巨躯には、著しく窮屈だろうが、今は手持ちの鳥籠で我慢してもらうしかない。全身を丸め込まれ、籠から首だけを飛び出させた様は、やはり心苦しい。さっさと持ち帰り、住人の手を借りて、もっと大きな鳥籠に移してやろう。トロンは、歴戦の剣を鞘に納め、鳥籠を手にぶら下げると、帰路に就こうとしたが、ふとした事に、近くの木陰からこちらの様子を覗き見るシフォンと目が合った。妹は、暗い面持ちのままで歩み寄ってくると、こう声をかけてきた。
「ごめんなさい…。なんだか胸騒ぎが止まらなくて…。よからぬ事が起きるんじゃないかって心配なんです…。改めの小山だなんて見聞きした事もありませんし…」
トロンは、周囲に人影が隠れていないか目を配りつつも「今は、天仔に従うようにしろ。それで、故郷ともおさらばだ」と励ました。
「はい…。わかっています…」
「こんな状況になってしまったのは、俺の責任だ。だから、俺の手で必ず外に連れ出してやる」それだけ言い残し、トロンは、シフォンと一別した。
トロンが戻って来た頃になると、寄り集まった鳥籠には、余す事なく鳥が閉じ込められていた。その数、ざっと六十羽である。二十人の住人が懸命になって捕まえた成果なのだから、供物に関してはこれで十分だろう。住人の手を借りつつもコンドルを大きな鳥籠に移したまではよかったが、一難去ってまた一難、これらの供物をどのようにして小山の頂上に運び入れるのか、その方法に悩まされた。六十ほどの鳥籠を一人で抱える事は不可能であり、険しかろう斜面を台車で登りきるのも困難であったので、やはりここは住人の力を借りるしかない。一人一つずつ鳥籠を背負ってもらえば、どうにか登山もできるだろう。改めの小山は一人ずつ登山しなければならない、そうユライは言っていたが、住人を引き連れてはいけないとは言っていない。トロンは密かに屁理屈をこねたのち、さらに四十人ほどの住人を駆り集め、これまでのニ十人と合わせて六十人とすると、すべての鳥籠を改めの小山の頂上まで運ぶよう皆に命じた。住人は、進んで鳥籠を背負い、トロンは、最も重量があるであろうコンドルの入った鳥籠を背負った。すると、見計らったかのように鐘楼より鐘の音が響き渡った。贖い鐘の音色を聞かされたトロンは、意図せず足を動かし、ヘイヴンの北西を目指した。トロンに声をかけられた住人も同様であり、権威ある者の歩んだ道を辿るようにして追従した。ユライの鳴らした音色が改めの小山への道標となり、一団を導こうとしているのである。
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