めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

文字の大きさ
111 / 124
不死鳥の背の上で

7

しおりを挟む
 いくばくか経過した頃、トロンは、揺れの収まりを感じた。すなわち、宿命稼ぎは静止したのだ。まもなく容器の蓋が開かれる音を耳にすると、自らの最期を予感した。きっと、これからほふられるのだ。だが、せめて心臓を抜き取られる前に、妹の面前で詫びたかった。心の底から謝罪を述べたかった。しかし、今となっては、なけなしの願いすらも叶わず、人知れず墓穴にていばらを負うしかなかった。
「よう、兄ちゃん、眩しいか?」気取った風に、それでいて低い声を獲物にかけたのは、宿命稼ぎである。
「情けはいらない」トロンは、即答した。
「なら、お前さんが情け深くなるんだな」宿命稼ぎは、両目を覆う包帯をずらしてやると、わずかな視界を確保してやった。
 トロンは、視覚を取り戻したが、存外眩しくはない。トタン板の天井を仰いでいたため、御天道様の御目にかかる事はなかった。ここはどこだ。不自由ながらも精一杯見回してみると、瓦礫に覆われたトンネルらしき場所に潜んでいるように思えたが、最も目を引いたのは、自身が収められている容器であり、それは明瞭なまでの棺桶であった。宿命稼ぎは、獲物を純黒の棺桶にしまい込むと、鉄鎖を綱にここまで運んできたのだ。なぜ棺桶に獲物を入れるのか、そうたずねたくなったが、ぐずぐずと生を繋ぎ止める事もあるまいと思い、口をつぐんだ。
 「目は口ほどに物を言う。無口な男なら、なおさらにな」宿命稼ぎは、棺桶の底部に腰かけると、トロンに哀愁漂う眼差しを向けた。「心残りがあるんなら、墓に入る前に、とっとと忘れちまいな。どうせ身内か恋人絡みだろう。そういう面してるぜ」
「何が言いたい。やるなら、早くやれ」トロンは、もったいぶったような態度に苛立ちを覚えた。
「勘違いするなよ。獲物は、生け捕りにしなきゃ、ただの骨折り損に終わる」宿命稼ぎは、かすかに冷笑した。「死にたがる奴は、大概の場合、生きたがってるもんさ。お前さんだって、その口だろう」
トロンは、生け捕りという言葉に、かすかな安堵を覚えた。「これから俺をどうする気だ」
「雇い主に引き渡して、それからの事は知らねぇ。もしかしたら、死ぬかもな。ただ、その前に、もう一人くらいは捕っときたい。今時、あんないい鴨にありつけるなんて滅多にないからな」
「子どもを付け狙ってまで成果を上げたがるとは、仕事熱心だな」
「この人生を彩るのは享楽きょうらく鬱憤うっぷんか、それは俺の腕一つにかかってる。だからこそ、仕事にも精が出るのさ。わずらわしい宿命に振り回されるのは、趣味じゃねぇ」
「金のために兄弟を捕えているのか。己が宿命に逆らっておきながら、結局は自然に加担するのは、札束を積まれたからなのか」
なぎの人生なら、金なんざ、突っつき合えば出てくる。宿命稼ぎってのは、文字通り、もっと尊いもののために日々汗を流してる。人並みのありふれた人生、つまりは、人間の宿命って奴さ。俺たちは、平凡な宿命を謳歌したいがために、面倒な仕事に縛られてんのさ」
「捕らえた獲物と引き換えに、人間の宿命を得るなど、そんな事があり得るものか」
「なら、これから俺の故郷に連れて行ってやる。そこには、お前さんみたいな連中が、欠けちまった心を穴埋めしようと躍起になってばかりいる。己が宿命を恨み、他人の人生をうらやむ事しかできなかった悪党どもがな」
十把一絡じっぱひとからげに言うな。俺は悪党じゃない」
「父なる自然から見れば、立派な不良に違いねぇ。廻仔なんざ、どいつもこいつも育ちがいいようには見えねぇつらしてる」宿命稼ぎは、おもむろに棺桶から腰を上げた。「さて、休憩は、ほどほどにしねぇとな。話し込んでると、根が生えちまう」
トロンは、宿命稼ぎが奇妙な施条銃を取り上げる様を見ると、ふいと皆の身を案じた。「俺は、いつまでも棺桶に収まってるほど柔じゃない。必ず逃げ延びてやる」
「確かに棺桶は置いて行くがな。重いもんを進んで担ぐ事もねぇ」宿命稼ぎは、憫笑びんしょうした。「だが、その包帯は、滅多な事には解けないようになってる。だからこそ、愛用されてるのさ。もっとも、毛嫌いしてる奴もいるが」
 トロンは、肢体したいに力を込め、松脂に凝り固まった包帯を引きちぎろうと試みた。たとえ微動だにせずとも、諦める事なく頑強に奮闘を続けた。片や、宿命稼ぎは、さらなる狩猟に自らを駆り立てたが、ふとした事に、目前に立つ少女の姿を認めると、思いがけず立ち止まった。言いたげな表情を浮かべたサニーが、いつの間にか宿命稼ぎの進路に立ち塞がり、その行く手を阻んでいたのである。
「おいおい、まさに飛んで火にいる夏の虫ってか」宿命稼ぎは、図らずも幸運が舞い込んできたと喜び勇んだ。
トロンは、驚愕のあまり奮闘を中断し、じっとサニーを凝視し続けた。赴援ふえんにしても、なぜ単身乗り込んできたのか。理解がまるで及ばず、狼狽ろうばいすらした。
「もしかして捨て石かい。悪く思うなよ、嬢ちゃん」宿命稼ぎは、矢庭に銃を構えた。
 サニーは、銃口を突きつけられているにもかかわらず、不気味なほどに顔色一つ変えはしなかった。それから、懐から思い立ったように取り出したのは、つい八の字を寄せてしまうほどに得体の知れない金属器具であった。言うなれば、指揮棒の如く横長に引き延ばされた如雨露、または、古めかしいオイルランプと思しき形状であり、一種の管楽器とも見て取れた。名称も用途すらも見当がつかず、その真鍮しんちゅうの管楽器を巧みに役立てる事は、いかなる手段をもってしても困難に思えたが、所持者の不敵な態度から察するに、彼女だけは扱いを心得ているのだろう。
 サニーは、横に寝かせた真鍮の管楽器の歌口に唇を触れさせたかと思うと、おごそかな細波さざなみの音色を吹奏したばかりか、その足部管に空いた空洞から淡い水色にきらめく芳香を放出させた。あざやぐ潮の香りは、波打ちながら周囲を漂い、やがてはトロンにまとわりついた途端、棺桶が、あたかも自我を宿しているかのように起立したばかりか、松脂に固まった包帯までもが自ずと解けた。あっけなく解放されたトロンは、強烈な塩辛い香りにむせ返る事を忘れ、また、歓喜や感謝を感じる間もなく、ただただ腰を抜かし、放心したように立ち尽くすばかりであった。
「おかしな手品を見せてくれたじゃねぇか」我が目を疑いはしたが、それでもなお宿命稼ぎは、感情を乱さず、あくまで冷静を保っていた。「その変な楽器、余程珍しいんだろうな。俺ですら見た事がねぇ」
「さぁ、行って!」サニーは、唐突に声を張り上げた。
 すると、周囲一面に散らばった塵芥が、一斉に動き出し、宿命稼ぎに飛びかかった。瓦礫、鉄板、有象無象の残骸、それらが束となって宙を飛び交い、押し寄せ、怒涛の体当たりを繰り出すと、宿命稼ぎは、たまらず防御に徹し、銃身によって塵芥を振り払うばかりとなった。
「手品にもほどがあるな、これはよ…!」
 宿命稼ぎが苛立ちを吐露した隙に、サニーはトロンに向けて手招きを繰り返し、呼び寄せると、有無を言わせず手を引き、共に駆け足でその場から逃げ果せた。トロンは、手招きに応じはしたものの、内心ではサニーの素性をいぶかっていた。自問自答によって不毛な詮索を続けながらも、あえて手を引かれていったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...