めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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不死鳥の背の上で

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 一団は、バスポテトのおかげで延々と逃げ続ける事ができ、ひとまずは渚付近に見つけた瓦礫の物陰を逃げ場とした。脱兎の勢いで逸走いっそうし、隠れ潜もうとも、決してさじを投げたわけではない。ただ、臥薪嘗胆という言葉を体現してみせるのである。生け捕りにされたバスポテトを救出し、文明の最果てから脱出するために、まずは多くの知恵を持ち寄るのである。ホームズは、廻文字の力によって即刻バスポテトを取り返すべきだと言い張った。また、たわみつは、船を用いて海路から脱出する方が賢明だと主張した。その意見は、トロンだけでなく、スコアの琴線きんせんに触れたものの、現実に即した手段ではなかった。船らしき残骸こそ見当たれど、航海に耐えうるだけの一隻は、絶無であり、結局は机上の空論に終わるかと思われたが、思いの外にもルルリリが興味深い話を口添えしてきた。
「船じゃないんだけど、あたしの故郷のアビシーには、面白い言い伝えがあってね。人魚伝説っていう、その名の通り人魚にまつわる話なんだけど……興味ある?」
「へぇ、人魚だって!もしかして、その人魚に助けてもらうの?」スコアは、興味をそそられたのか、前のめりになってたずねた。
「でも、所詮は伝説だし、あんまり期待してほしくないんだけど、一応、人魚を呼ぶための道具はあるし、もしかしたらって思って」そこでルルリリは、腕に抱えた金魚鉢に視線を落とした。「これは、“人魚鉢”って呼ばれる珍しい自然物なの。無限に水を湧き出させるだけじゃなくて、人魚を呼び出すための儀式に原初と共に用いられる……らしいわよ。本当に人魚が実在するかどうかは、わかんないけどね」
「人魚なんて、いるわけねぇだろ」ホームズは、退屈そうに茶々を入れた。「そんなつまらない話をする暇があるなら、一から船を組み立てた方が建設的だぜ」
「つまんないヤツ」ルルリリは、現実的な言葉に興醒めした。
「そういう夢のある話、ぼくは好きだなぁ」たわみつは、人魚伝説に光明を見出していた。「人魚だったら、ぼくたちをどこか遠くへ……いや、それどころか、ぼくの家まで送り届けてくれるかもしれない!」
「ぼくの家って何の事?」スコアは、つい口に出した。
「こいつ、家に帰れなくて困ってるんだよ」ホームズは、たわみつの肩を叩いて言った。「なんでも、故郷の島から漂流してたらしくて、その挙句、家に帰れなくなってた所をバスポテトに拾われたんだよ」
「“いずま”って、東の海のうんと向こうにあるし、海路じゃないと絶対に行けないんだ。でも、もしかしたら、人魚のおかげで帰れるかも!」たわみつは、待望の帰郷へと思いを馳せ、舞い上がった。
「あんまり期待しないでって言ったでしょ。あとで、がっかりしても知らないんだから」ルルリリは、くどくどと釘を刺した。
「それでもいいじゃん!とにかくさ、やってみようよ!儀式の道具は揃ってるんでしょ?」スコアは、乗り気な態度で皆にまくし立てた。
 わらにもすがりたい気持ちは、トロンも同じであった。たかが幻想に賭けてみるのも一興に思えたが、それよりかは、先ほどから心に燻ぶる鬱悶うつもんを晴らしてやりたいと我執がしゅうしている。会話の輪から外れ、澄まし顔で水平線に目を凝らすサニーを問いただし、真鍮の魔笛の奏法を知らねばならない。そう思っていると、サニーが皆の元を抜け出し、波打ち際に赴いたため、トロンは人知れず後を追い、やがて二人きりになると、粛然とした波音の中で差し向かった。
「アンタの目的は、俺と出会う事だった。だから、他の皆と親しくしようとはしない。いや、する必要がない」トロンは、疑いをもって口を切った。
「あなたには、故郷に対する思い入れがないの…?」サニーは、突拍子な質問を遠慮がちに投げかけた。
「故郷だと…?」まるで会話が噛み合わず、トロンは、もどかしい思いをした。「むしろ故郷の事ばかり考えている。大事なものを置き去りにしてきたからな。一刻も早く帰りたいくらいだ」
「やっぱり…。あなたには、故郷への想いが欠けている…。ガゼットで過ごした日々を忘れてしまっている…。だから、音は鳴らないし、精油も振りかけられなかったんだよ…」
「勘違いしているようだが、俺の故郷はヘイヴンだ。紛れもなく」
「でも、あなたは、人生の大半をガゼットで過ごしてきた…。生まれはヘイヴンでも、育ちはガゼットなんだよ…。だったら、信じなきゃ。これまでの過去を。本当に帰るべき場所を」
「アンタは何者だ?俺の何を知っている?」
「ガゼットを想えば、魔法はかかるの。ただそれだけで…」
 トロンは、ひどく漠然とした物言いを返され、サニーの素性と、その意図すらも解せないままに閉口しそうになった。いよいよ疑惑は深まっていったが、いざ核心に迫ろうとしても、はぐらかされ、なしつぶてに終わるだろうと察しはついていた。いじらしく、それでいて引っ込み思案な雰囲気とは裏腹に、その胸中には、計り知れない思惑を秘めており、年甲斐もなく面妖な言動を繰り返している。抜き差しならない状況に置かれているだけに、この場にて真意を探る余裕はなく、心残りを抱えつつも脱出を優先させなければならない。真鍮の魔笛を扱う方法だけを胸に留めておき、皆の元へと戻ろうとした矢先、ふと疑問が思いついた。
「あの匂いは、人工物を自在に操ると言っていたな。ならば、その力を用いれば、瞬く間に船を建造できるはずだ」
「確かに船は造れるけど、海に浮かべた途端、崩れちゃうよ…。だって、振りかけた精油が洗い流されるもの…。それに香りが風に流され続けると、効果が薄くなってくるし…」
結局は人魚を当てにしなければならず、トロンは、一抹の不安を感じると、油を流したような静けさに包まれる海原を見つめた。
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