天使調律師

しろくじちゅう

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胸の穴に心をこめて

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 スペーシアは、@にカンカンだ。アラシから水天使を取り返すことができず、おめおめと戻ってきた。そればかりか風天使を破壊されてしまうとは、なんたる醜態。
「とんだ失態ですわよ、@!この責任、どう取るつもりかしら!?」
 @は何も答えなかった。けれど、まるで悪びれない。普段通り淡々としている。
 この頃のスペーシアは、散々だった。今にして思えば、@を幹部候補に取り立てたのが不幸のはじまりだった。アラシに水天使を取られてしまった。コネクタとリカバリはまるで役に立たず、とうとうクビにしてしまった。仕舞いには、せっかく奪った風天使を@に壊されてしまった。どいつもこいつもせっかく目をかけてやっていたのに。いよいよスペーシアは、我慢ならなくなった。遂に、恐竜型・聖銀河式の出番か。
「もううんざり!!こうなったら我が聖銀河が誇る竜の軍勢を駆り出すまでですわ…!!」
「それはやめてください」
 @が口ごたえしてきたものだから、スペーシアは顔を真っ赤にした。
「お黙りっ!!あなたに意見する資格はなくてよ!!」
「今、量産型を出すのは危険です。大天使と竜調ギルドに返り討ちにされてしまいます。特に、副団長のサイハ。彼女にはこちらの手の内を知られています」
「数ならこっちが断然有利!!絶対に押し勝てますわ!!」
「忘れないでください。コネクタに六体もの量産型を与えた結果、どうなったのかを」
「なら、六十、いえ六百体に増やすまで!!すべての天使をひとつ残らず喰らってみせますわ!!」
 頭に血がのぼっている。もはや聞く耳を持たない。@は、小さくため息をついた。
 スペーシアは怒りの形相であったが、そんな彼女の元にひとりの少女がやってきた。
「やっときましたのね!遅いですわよ!!」
 その少女は、白虎型天使を連れていた。@は思わず絶句した。どうして彼女がここに…。
 スペーシアは早速少女に尋ねた。
「さて、あなたはわたくしを失望させたりしませんわよね?」
「精一杯、がんばる」
「分かっていると思うけど、あなたはまだ幹部候補。幹部になりたければ、わたくしを満足させる結果を出しなさい」
 聖銀河の幹部候補となる新たな調律師が現れた。スペーシアは、多くの調律師を支配下に置いている。コネクタやリカバリの代わりなんていくらでも用意できた。
 その少女からは、天使特有の美しい駆動音がした。しかし、スペーシアはそのことにいまだ気付いていない。れっきとした人間だと思い込んでいる。だから、少し疑問に思うこともあった。
「そういえば、あなた……名前はなんて言ったかしら?」
「…………付けてくれる?」
「そうね……ハロなんてどうかしら?」
 ハロは笑って頷いた。気に入ったようだ。
 スペーシアは、天使を滅ぼすべく動き出した。ひとしきり量産した聖銀河式を総動員するつもりでいた。そのための準備があるとかで席を外した。図らずも邪魔者が消えてくれた。@とハロはふたりきりになった。@は少し気まずい思いをした。
「わざわざ何をしにきたんですか。人間の真似事ならよそでやってください」
「もうじきこの街に災厄が降りかかる。聖銀河という災厄が…」
「量産型は確かに厄介です。しかし、大天使が揃ってしまえばどうにでもできます」
「あなたが何を考えているのかわからない。すべての大天使型はあなたの権威に従います。なのに、どうして…」
「いいですか。大天使型は、自分の意思で自らの所持者を選ぶことができる。レイヤには火天使が、アラシには水天使が…。なのに、ボクひとりがすべての大天使を独占するなんて、きっとゼンノウ様はお許しにならない」
「じゃあ……私、誰に従えばいいの?」
「自分で探してください、光天使。真の主は自分の力で見出しなさい」
 光天使は、うんと頷いた。
 その頃、マリアの屋敷は静まり返っていた。壊れてしまった風天使を修復しようと誰もが真剣になった。しかし、胸に大きな風穴が空いてしまっている。これほどの傷を治せる調律師はそうそういない。レイヤはもちろん、マリアやミハルも閉口した。もはや修理は不可能なのではないか。
 誰もが諦めたように見える。しかし、サイハだけは違った。壊れた風天使を前にして目を輝かせている。
「うわ~、感激だよ~!あのゼンノウの最高傑作をワタシが治しちゃうなんて~!」
 自信にみなぎっている。意気揚々と修理に取り掛かった。大天使型の構造は並みの調律師では理解すらできないが、彼女は博士と呼ばれるほどの調律師。きっとどうにかしてくれる。
 サイハに任せておけば大丈夫。レイヤは、なんだかほっとした。屋敷の外に出てみると、アラシの姿を見つけた。庭の柱にもたれかかって待ちかねている。レイヤはすぐに察した。
「なんだ、やっぱ気になるんだろ?風天使」
「治るのか、治んねぇのか。はっきりさせやがれ」
「たぶん大丈夫さ」
 それだけ聞ければ十分だ。アラシは、そそくさと帰ろうとした。レイヤの口から言葉がついて出た。
「なぁ!ひとつだけ教えてくれよ!」
「なんだ」
「水天使!今でもオマエの母親なんだろ!?」
「うるせぇ」
 彼女はアラシにとっての母。きっとぞんざいに扱ったりしないだろう。レイヤは信じてみることにした。
 アラシと別れてすぐ、レイヤはハッカにひどく驚かされた。
「レイヤさん、レイヤさん!サイハさんが大変です!」
 やはり手ごわかったか。風天使の修復に挑戦していたサイハであったが、早々に力尽きてしまった。大天使型は、発明者ゼンノウの最高傑作。その構造はあまりにも難解で、天使改良の権威と呼ばれるサイハでさえも手が出なかった。
 無念…。サイハは目を回してひっくり返っている。さすがの彼女にも限界はある。レイヤは、その頬を突っついてやった。
「なんだよ、もうのびちまったのかー」
「あぁ~、もうムリだよ~。やっぱゼンノウは天才すぎるよ~」
 これでは風天使は治せない。このままではスクラップになってしまう。一体どうすればいいのか。
 その晩、レイヤは風天使の前でひとり考え込んでいた。実の所、大天使を修復する手段がたったひとつだけある。彼の身内、すなわちゼンノウの一族を頼るのだ。ただし、それが容易ではないことは分かっていた。だからこそ悩んでいた。
 ただ、悩んでいたのはレイヤだけではなかった。風天使の復活を誰よりも願う者が他にいた。
「あの…レイヤさん」
 その晩、ハッカは屋敷に寝泊まりするつもりでいた。どうせなら風天使の隣に布団を敷いてやろうと思った。そんな彼女をレイヤは殊勝に思った。
「ごめんな。せっかくオマエが託してくれたのに。オレのせいで風天使、壊れちまった」
「そんな…。レイヤさんのせいじゃないです」
「いや、そもそも@に奪われなければこんなことには…」
「大丈夫です!私が治します!マリアさんからたくさん学んで、いつか!」
「期待してるぜ」
 そう言ってレイヤは、二階の自室に帰って行った。
 風天使は少々変わり者だ。今でこそレイヤの所有物になっているが、当初はハッカの自宅に住み着いていた。長い間クローゼットを布団代わりにして眠っていた。ただ、満月の晩には決まって目を覚ました。人知れず夜空に飛び立っていた。そんな彼女をハッカはあえて家に置いてやっていた。どうにも追い出す気になれなかった。
 今宵もまた、満月。しかし、二度と風が羽ばたくことはない。ハッカは悲しくなった。
「もう…ダメなのかな」
 その時、窓がひとりでに開いた。夜風のせいだろう。驚きも束の間、ハッカはそっと窓を閉じた。その直後、
「…手伝ってあげようか?」
 不意に背後から声がした。ハッカは二度までも驚かされた。いつの間にか背後に少女が立っている。
 その少女は、白虎型天使を連れていた。やはり彼女からは天使の声がする。確かに駆動音が聞こえるのだ。ハッカは遂に確信した。
「やっぱり…やっぱり天使なんですね!」
「びっくり、した?」
「ううん…。なんとなくわかってたから」
「風天使、壊れちゃったね」
「はい…」
 ハッカは、少女を不審に思いはした。けれど、絶対に悪い人じゃない。耳をすませば誰にだって確信できる。彼女の内なる声は、とても美しい。悪意なんて微塵も感じられない。
 天使ともっと話してみたい。けれど、ハッカの望みは、突然に阻止された。
「ソイツから離れな、ハッカ!!」
 リカバリが窓から押し入った。彼女は、大きな虫取り網のような物を持っていた。それは天取てんとあみと言って、天使を捕獲するための道具だ。現に少女に被せてみると、やはり天使だからか網にとらわれて身動きできなくなった。ハッカは三度驚いた。
「リカさん!!どうして!?」
「大丈夫かい、ハッカ!ソイツはね、聖銀河の手下なんだ!アンタを始末しに来たんだよ!!」
「えっ、本当ですか!?」
「全部アタシのせいなのさ…!アタシがアンタを裏切ったばっかりに…!」
「リカさん…!やっぱり好きで聖銀河に味方してたわけじゃなかったんですね!?」
「スペーシアはひどいヤツさ…。目を付けた調律師を卑怯なやり口で無理矢理手下にするんだ。アタシの場合、アンタを人質にされたんだよ。手下にならなきゃハッカの命はないってね」
「そんな…!」
「アタシなりに頑張ったんだけど、とうとうスペーシアに見限られちまったよ。そのせいで今アンタを危ない目に遭わせてる。けど、もう大丈夫!こうなったらアタシがトコトン守ってやるさ!」
 ハッカは、かつてリカを師匠と仰いでいた。調律師になる夢を諦めきれず、無理を言って弟子にしてもらった。あの頃は、天取り網を持ってよく天使を捕まえに行ったものだ。
 その師匠が帰って来た。嬉しくないはずがない。しかしながら、気まずくもある。マリアにはなんて説明しようか。ハッカは悩んだ。そうやって呑気にしていると、リカが怒るのだ。
「ぼうっとしてる場合じゃないよっ!!」
 少女はようやく天取り網から抜け出した。それからリカとハッカを見比べて、
「リカって人…違う…。この人じゃない…」
「アンタの狙いは、最初からハッカだろ!あと、アタシの白虎型を返しなっ!!」
 その白虎型天使は、以前ネクから借り受けたもの。どうにか取り返そうと天取り網を振り回したが、やはり白虎型の素早さについて行けない。そうやって悪戦苦闘を続けている隙に、少女はハッカの手を取った。
「来て。一緒に治そう」
 そして、ハッカは工具を手にした。少女の力を借りて共に風天使を治し始めた。調律の経験はなかった。なのに、はかどる。作業が進む。どうしてだろう。胸に空いた風穴が見る間に塞がっていく。
 ものの数分。たったそれだけで風天使は、すっかり治ってしまった。
「………あ、あれ…?治ってる…?」
 ハッカは我に返った。今まで無我夢中だったのだ。少女は、にっこりした。
「あなたの天使への気持ち、風天使にも伝わったよ」
「えっ…あっ、はい!ありがとうございました!」
 さっきからどたどたと騒がしい。リカと白虎型が格闘している。天取り網を捨てて拳で殴り合っている。それを見てハッカは、心を痛めた。
「ふたりとも、やめてください!!」
 それでも喧嘩は収まらない。ハッカは必死になった。
「やめて!もうやめてーーーっ!!」
 その叫びに応え、風天使は目覚めた。すると、屋敷のすべての窓が一斉に割れた。それほどの強い夜風を吹かせると、はたと喧嘩が収まった。
 白虎型は窓から外へ逃げ出した。リカは切り傷だらけになっていたが、まずはハッカの身を案じた。
「大丈夫かい、ハッカ!アイツは!?どこ行った!?」
 ふと気付くと、少女の姿がない。誰だって不思議に思わずにはいられない。
 それはそうと、部屋の外でレイヤとマリアが騒いでいる。いきなり窓が割れたんだから無理もない。リカは焦り出した。
「あちゃあ、見つかったらマズイかね!じゃ、アタシはトンズラするよ!」
「待ってください!」
 ハッカは、もっとリカと一緒にいたかった。けれど、今は無理なのだ。
「悪いね、ハッカ。アタシはアンタを裏切った女。これからはマリアに面倒みてもらいな!」
 リカとの再会は束の間だった。けれど、また会える。ハッカは、ひっそりほほえんだ。
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