MARVELOUS ACCIDENT

荻野亜莉紗

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第二章 怪しい森

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 永戸と思わしき少年は一瞬で、百メートル近く離れた少年に追いつき、彼に飛び蹴りをした。蹴りを喰らった少年は、高く舞い上がって勢いよく地面へ叩きつけられた。
 
 グラウンドに倒れ込む少年を見下ろし、男は右手を掲げ、心臓を握り潰すジェスチャーをする。

「お前の心臓、この手で握り潰してやるよ」

 彼の言動には、深い恨みが込められている様に思える。片目を隠し、個性的なパーカーに身を包んだ、あどけない顔の少年。これが、誰もが恐れる、三島永戸と言う人物だった。

 少年は、怯えながら永戸に言う。

「えっと、さっきは酷い事言ってごめんなさい……あ、あれは冗談ですからね?」

「あっ?」

 狼の様な鋭い瞳の永戸に睨まれ、少年は体を大きく震わせながら、彼の機嫌を取ろうとする。

「い、いやー、イナズマ組って……かっこいいですよね。俺、憧れます」
 
 少年の言葉に耳も傾けず、永戸は彼を蹴りつける。

「ごちゃごちゃうっせーな」
 
 少年は、ビクとも動かなくなった。足元に転がり気絶した少年を踏み越え、永戸は何事も無かったかの様に校門へ向かって歩いていく。

「な、なあ……なんで、永戸はあんな怒ってんだよ」

「何人かの生徒が、集団になって永戸に暴言を吐いたらしいぞ……あんな化け物に喧嘩売るなんて、命知らずにもほどがあるよな」

「そうそう。それで、ホームレスって言ったりして、そいつら永戸を馬鹿にしたらしいぞ。普段、イキってる奴らが調子に乗ってやらかしたな」

「ああ……だから、そこら辺に何人かが血だらけで倒れてたのか」
 
 生徒達のひそひそ話に、飛華流は耳を傾けていた。お、恐ろしい奴だな……でも、これは喧嘩を売った生徒が悪いと思うんだけど――

 校舎から出てきた体育会系のガタイが良い教師三人が、永戸の前に立ちはだかる。

「おい、いい加減にしなさい」

「こんな事して、許されると思うなよ」

「大人しく謝罪しなさい」
 
 道を塞がれ、永戸は舌打ちをする。

「ちっ、邪魔くせーな」

 堂々たる足取りで、永戸は教師達に接近する。そして、ハイジャンプをし、永戸は自身の頭を相手の頭に叩き込んだ。

 そんな神業に、目を輝かせる男達も少なからず居た。

「すっげー。……あいつ、ヘッドバッドした」
 
 頭突きを喰らった教師は、呆気なく倒れた。怯えながらも、もう一人の教師が、暴走する永戸を止めようと近づいていく。

「おい、お前……自分が何をしたのか分かっているのか」

「……次はお前だ」
 
 永戸は向かってくる教師に、目にも留まらぬ速さで急接近し、彼の腹部に数発蹴りを入れた。

 膝から崩れ落ちる巨漢を持ち上げると、永戸は残った教師にその男を投げつける。

「これで終わりだ」

「や、やや……やめなさーーいっ!」
 
 後退りする教師に、巨大な男が勢いよくぶつかった。その衝撃で、数メートル飛ばされ、教師は一瞬で気を失ってしまった。どれも、人間業ではない。
 
 倒れ込んでいる三人の教師に、永戸は吐き捨てる様にこう言った。

「弱いくせに、偉そうに威張ってんじゃねーよ」

 まさか、こんな簡単に済ませてしまうなんて、誰も想像しなかったろう。この光景を目の当たりにした誰もが、「三島永戸は化け物だ」という事を再認識したのだった。

 数分後、救急車とパトカーのサイレンが聞こえ始め、一宝中学校へ近づいてくる。だが、永戸は慌てる様子も無く、平然と去っていった。こんな事、彼は慣れっこなのだろう。

 教室では、いつも以上に生徒が騒いでいる。飛華流は、自分の席から大人しく聞き耳を立てる。

「怪我人の意識が戻らないらしいよ……も、もしかして死んだのか?」

「だったら、めっちゃ大事じゃん……まじで、永戸って怖いよね」

「うんうん……あの姿を見るだけで、ゾッとする。なんか、気味が悪いよ」
 
 皆が永戸に怯える中、坪砂は自分はへっちゃらだというアピールをする。

「ハッ……お前ら、あんな猿にビビッてんのかよ。言っとくけど、俺はまーーったく怖くないぜ。だって、森に住んでる猿が町にやって来て、大暴れしたってだけの話しだろ」

「まあ、そうだな……だけど、怪我人が出てるんだぞ。俺達だって、いつやられてもおかしくねーんじゃ……死んだ森には近づかないって事くらいしか、俺達には出来ないのか?」

「うーーん……触らぬ神に祟りなしって言うし、そこは大丈夫なんじゃないかな……とにかく、下手にイナズマ組を刺激しないのが一番だね……確かに、死んだ森からは出来るだけ離れていた方が良いだろうけど」

 生徒達が危機感を感じて真剣に対処法を考えている中、一人で坪砂が大笑いする。

「アーッハッハッハッハッハ……どうせあいつらは、動物の死骸でも食ってあの死んだ森で生きてんだよ。そんな不衛生な奴ら、人間とは呼べねーな。あいつらは、汚れた畜生だ。アッハッハ」
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