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下町とジョフィアの工房

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私たち一行は下町の方にひたすら歩いた。
黙々と。ただファーファだけが

「ねぇ、まだ歩くの?」
とか不満を時々口にしていたが。

あたりは、まさにこれぞ下町という空気になってきた。あふれかえる人混み。

見習い道具屋、魔法使い、剣士といった若者たちが、チープなショッピングを楽しんでいる。

わたしも、良くここいらの店にはお世話になった。

「あ、あそこにしよ!あそこがいい!」

とファーファがまるで駄々っ子のようにごねる。彼女はかなりお金持ちの家に生まれたお嬢様らしいのだが、おごる、おごられるという雰囲気がすきなようだ。きっと彼女にとっては新鮮なことなのだろう。

「わーい、エルのおごりね?」

「えー、言い出しっぺはマリーじゃん」

「エルにおごって欲しいの」

あ、そうか。ランドルとばっかり一緒にいた私と、仲をとりもどしたくて、彼女なりに気を遣っているのかな?


「わかった……。で何を」

「フルーツの盛り合わせでお願い」

とファーファは嬉しそうだ。

「早速で悪いのですけど……わたくし、エルさんに1つご質問がございましてぇ」

と王女アルジェは問いかけてきた。

「ランドルさんとはどういうご関係で……、あ、私はランドルに求婚されていまして……」

あれ、やっぱ恋敵?

「助手を一時期しておりましたが解雇されました」

と表向きの理由を言う私。ジョフィアも居る手前そうとしか答えようがない。

アルジェはちょと声を低くし言った

「心配しているんですよ、ヤツは女癖がわるいと評判ですから……」

もちろんランドルのことだろう。

「私は……、なんども断りました。でも、でもですねぇー。事実上人質の身では……」

アルジェは大げさに涙を浮かべる。

「わたしが逃亡しようとしたと、嘘の報告をすると……いいやがりまして……」

ランドルが言ったのだろう。キツイ脅しだ、下手をしたら、アルジェは抹殺されかねなかったわけだ。

「それで、本当に逃げようってこと?」

と私は王女に訊ねる。王女アルジェは小さくうなずいた。

するとファーファが意外なことを言った。

「ランドルさんファーファに色々おごってくれたよ?ファーファがお返しに詩集をあげたら、喜んでいた」

えー、ファーファちゃんまで……。

「それで、そのあとは?」

「ん?プレゼント交換?でしょ」

あ、ああ、ファーファの天然は鉄壁の防御だったわけか……。

「ちょっといいか?」

マリーも口を挟む。

「アイツの狙いが今ひとつ見えない。ランドルはなぜ、私たちに手をだそうとするのか……。悲しいかな我々はそんな重要人物でない、ということだけは共通点のようだ……。だが、そんなことがあっていいのだろうか?」

そのときジョフィアはあきれた様子でそれに答えた。

「悲しいかな、男ってそういう……生き物なんです……」

「うん、それでジョフィアくんって、女の子だっけ?」
と意地悪を言ってみる。

ジョフィアは目を白黒させながら、


「お、男の子です」
「ふーん…………」と冷たい視線をわざとおくる。

「な、なんだよ」
「いやぁ…………。言っておくけど、私12才だから……」

ジョフィア君、わかっているよ。私たち、みーんな、そのぐらい分かっているよ。マリーは深読みしたかったみたいだけど、とエルは心の中でつぶやいた。だが、マリーは正しかったことをあとで知る。そう、重要人物がいたのだ。
政略的に交際をアプローチされた人間が混じっている!



その空気をアルジェが破る。

「あの……そのぉ、色恋沙汰で終わるならいいんですけどねぇ。私脅されていまして……」
「逃げよっか?」
「はい!手伝って頂けると大変助かりますっ!!」
アルジェは元気よく答えた。

「あのエルさん?良かったら旅に出る前に、道具屋の工房を見ていってよ、親方の店」
ジョフィアは提案する
「武器とかアイテムとか色々買った方がいいと思うし」

わたしは今朝のジョフィアの寝言を思い出してつい笑ってしまった。かわいいなぁ。

「そうだね、そのほうがいいね」

そうしてジョフィアに連れられて喫茶店を出ると、道具屋へ向かう。

道具屋は工房なんていうカワイイものではなく、もはや工場といって良いレベルだった。

倉庫のような巨大な建物に男たちの怒号が飛び交う。

「おい、鉄を早く冷やせよ、バカ」
とか
「さっさと、走れ、たらたらするな」
とか。

「凄いところだね……、ジョフィアはここでいつも働いているの?」
とジョフィアに訊ねると、

ごつい親父が現れた。

「おージョフィア、なんだ工場でデートでもする気か!はっはっはっ-」

とその大男は豪快に笑った。

「軒先に商品ならんでるからよ、お嬢さんたち見ていってくれ……」

と顎で商品の位置を示す。
大男は気さくだった。

「こっち、こっち、ほら嬢ちゃん剣士だろ?しっかりした体つきだ。剣でも見ていってくれ」

わたしは軒先の剣を見る。そこには山ほど剣があったが、一本だけ、妙な剣があった

「この剣?妙な形しているわね?」

「あ、ああ、それか……。それは見た目は悪いが切れ味は悪くないぞ!」
私はその剣の柄を見た。剣士が剣を見定めるときの習性だ。そこには銘、つまり、剣を打った職人のイニシャルがある。わたしはそこに刻まれたジョフィアをおそらく示している頭文字を見てしまった。

「親父さん、この剣を頂戴」
「え、ええ?あ、ああ。嬢ちゃんお目が高いな……。コイツを創った職人は今は一人前ではないが見込みのあるヤツなんだ……。大器晩成というやつだな……。形はちょっと規格外だが、切れ味は鋭い鋼の剣だ」

大男はおそるおそる、いくらで買うかを聞いてきた。
「いい値でいいよ。良い品なんだろ……」
「本当に……いいのか?」
「もちろん」
と答えた瞬間だった。

大男が大声で怒鳴った
「おいジョフィア、良かったじゃねーか」
そういうと男はジョフィアの肩をバンバンと叩き。

「これでお前も一人前だな?」
と嬉しそうに言った。

ジョフィアは複雑そうな顔をすると
「エルさん、知ってたの?」
と訊ねた。

「うん、これジョフィアくんの剣だよね?」

「いや、そうじゃなくてさ……そうぉ」

大男は笑って

「俺たち道具屋は、創った道具が正規の値段で売れたとき、はじめて一人前と認められるのさ」

と突き抜けるような声で明るく言った。

「ああ、エルさん知らなかったのか……。良かった」

とジョフィアは急にうれしそうに言った。

「うん、それは知らなかったよ?」
と私は素直に答えた。

ジョフィアはその日ずーっと上機嫌だった。他にも必要な物資を買い込み、旅支度を終えた我々は、ファーファと王女アルジェの故郷の商業都市国家連邦の港街ジェアーブルを目指して馬車を走らせた。


そして、私たちは知る。王女アルジェは養女でも人質でもなく、純然たるこの国の国王の愛娘であるということを。
なぜ、あんな嘘をついたかって?本人と共犯のファーファ曰く

「面白ければなんでもいいじゃん」

だそうで。勘弁してよ……こうして私たちは王女様の誘拐犯になりました。










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