恐ろしか四月馬鹿

令和の凡夫

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恐ろしか四月馬鹿

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 某年、四月一日。

 羽山は正午に博多駅前で栗丘と待ち合わせをしていた。

 春休みももうすぐ終わるので、たまには同じ寮の仲間で集まってめしでも食べに行こうと羽山が声をかけたのだった。

 羽山は古崎と速見にも声をかけたのだが、二人には断られた。

「栗丘が行くなら、絶対に行かん」

 二人ともが、そう理由を述べた。

 二人が栗丘を避ける理由は明確で、栗丘がとんでもない馬鹿だからである。

「羽山、悪いことは言わんけん、栗丘とだけは関わんな」

 古崎と速見は断るついでに、二人ともがそれぞれにそう忠告してきた。

 羽山は人を仲間外れにするとか、そういう差別的な行為が大嫌いだったため、そう言われると余計に自分だけは栗丘と仲良くしようなどと考えるタチである。

 二人には愛想笑いを返し、仕方なく栗丘だけを誘ったのだった。



 午前中の用事をつつがなく済ませた羽山は、余裕をもって博多駅に到着した。
 待ち合わせの時間までは五分くらいある。

 今日は四月一日。

 羽山はふと思った。そういえば今日はエイプリルフールだな、と。

 毎年四月一日には嘘をついてもいいなどという風習がある。
 しかし、羽山はエイプリルフールには絶対に嘘をつかないと決めている。
 嘘というのは、トラブルの元だからである。

 世の中には冗談では済まされない嘘というものが数多く存在する。

 例えば、太った友達に「デブ」などと罵声を浴びせ、エイプリルフールの嘘であって本当はそんなことを思ってないなんて言ったところで、関係性が壊れるのは明白だ。

 例えば、友達に「お前の大切にしていたプラモデルを全部捨てといたぜ」なんて嘘をついたとして、それを友達が真に受けて激情にかられ、本気で殴りかかってくる可能性もある。

 例えば、警官の前で麻薬に見せかけた塩の入った袋をわざと落として逃げる、なんてことをすれば、まず間違いなく逮捕される。エイプリルフールの嘘でした、では済まされない。

 嘘はトラブルの元。
 だから羽山は嘘をつかない。

 でも、せっかくのエイプリルフールだし、本当に軽い嘘くらいなら……。

 そんなことを冗談半分に考えていると、時刻がちょうど正午になり、タイミングを見計らったように栗丘がやってきた。



 羽山は栗丘の姿を見て腰を抜かしそうになった。

 栗丘は真っ赤なスーツを着ていた。真っ赤なジャケットに、真っ赤なスラックス。
 ジャケットのボタンはすべて外していて、中に着ているオレンジ色のベストを見せびらかしている。

 派手なのは服装だけではない。顔に異常な化粧をしていた。
 真っ白なフェイスパウダーがひたいからあご先まで顔を全体的におおい、深紅しんくの口紅が明らかに唇をはみ出して塗りたくられていた。

「栗丘……。おまえ、今日をハロウィンか何かと勘違いしとらん?」

 栗丘は不気味に笑いながら近づいてくる。両手をジャケットのポケットに突っ込み、け反り気味になって、ガニ股で歩いてくる。まるで幅を利かせるヤンキーの歩き方。

「おまえ、俺を馬鹿にしとうと? 勘違いなんかしとらんよ」

 博多駅前の人々が一様に栗丘へと視線を送っている。中にはスマートフォンで写真を撮る人もいる。
 それでもあゆみを止める人はわずかで、通行人はピエロみたいな栗丘に視線を送りつつも、それぞれの目的地へと向かって歩き続ける。
 そこが福岡県民らしいと羽山は思った。

「その格好、どうしたと? こんな奴と一緒に飯を食うの恥ずかしいっちゃけど」

 羽山がそう言うと、栗丘は突如として姿勢を正し、ズズズッと羽山に近づいた。

「あぐっ……うぅ……え……?」

 羽山の腹に、ナイフが刺さっていた。

 陽光を反射する美しい銀色の刃。その根元の焦げ茶色のから、栗丘の手がゆっくりと離れる。

「アハハハハ! 羽山、今日は何の日や? エイプリルフールたい! 何をしても冗談で済まされる日やけんね、サプライズしてやったとよ!」

「な……に……?」

「やけん、冗談たい! 痛かろうけど、飯、食いにいこうや!」

 栗丘はとんでもない勘違いをしていた。

 エイプリルフールを《嘘をついても許される日》ではなく、《何をしても冗談として許される日》だと勘違いしていたのだ。

 それにしたって、栗丘の行為は冗談では済まされないことくらい、少し考えれば分かるだろうに。

 いや、少し考えれば分かるのは羽山のほうだった。

 栗丘は何も考えないから、少し考えれば分かることすら分からないのだ。

 栗丘はとてつもない馬鹿だった。

 彼に悪意はない。本当に、ただただひたすらに馬鹿だった。

 底抜けに馬鹿。底抜けどころか底なしの馬鹿。真の馬鹿。温度で言うと絶対零度の馬鹿。

 いまさらながらに古崎と速見の忠告が身に染みる。主に腹部から、ジワジワと痛烈に全身へと染みわたる。

 羽山は崩れ落ちるようにその場に倒れた。

「恐ろしか……四月馬鹿……」

 羽山は薄れゆく意識のなか、女性の悲鳴やスマートフォンの撮影音を聞きながら、ガニ股でイキり歩きする栗丘の後ろ姿を見送った。
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