やめてよ、お姉ちゃん!

日和崎よしな

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第四章 谷良内嘉男

第23話

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 トシが官能小説でオブラートを乱用した原因がようやく判明した。

 トシは女子にモテはするが、同姓にしか興味がなかったため、女性のことを書こうにも知識が足りず書けないのだった。

 そして協力の依頼を受ける。
 官能小説を試読した翌週の月曜日のことである。

「誰か僕に協力してくれそうな女子を紹介してくれよぉ」

 当然、俺は断る。

「おまえ、なに言ってんの? そんなの、おまえの周りにわんさかいるじゃないか。なんでモテるおまえがモテない俺にそんなことを頼むんだよ」

「いやぁ、さすがに顔見知りには頼めないよ。恥ずかしくてさ。僕に話しかけてくる女の子やクラスメイト以外で誰かいないかなぁ。ねえ、頼むよぉ」

 あ、なんだか女子の視線が俺に集まっている。
 きっと彼女たちは俺に対してこう思っているのだ。
 何の頼みか知らないけれど、谷良内やらうち君の頼みを断ったら承知しないわよ、と。
 ああ、鬱陶うっとうしい。苛立いらだちすら覚える。

「うぜー」

 俺は小声でつぶやいた。トシにも聞こえないくらいの声量で。

「あ、ごめん。隼人はやと君を困らせたいわけじゃないんだ」

「え、聞こえてた?」

 さっきの俺の言葉は外野に対する言葉だ。
 だがトシが聞いたら当然ながら自分のことだと思うだろう。

「うん。『鬱陶しい』って」

 え、それ、つぶやいてないほう。心の内から出してないほうだよ!

「それは言ってないよ。思っただけだよ。なんで分かったの? 声に出してた?」

「いいや、僕と隼人君が通じているからさ」

「気持ち悪いわ!」

 トシのキラッとした笑顔がふんわり崩れ、肩が落ちた。
 鬱陶しいというのは外野の女子に対する気持ちだったのだが、トシは自分のことだと思ったろう。
 通じ合うどころかすれ違ってんじゃねーか。なにが通じ合っているだよ。

 ああ、そろそろせきを出してくるころか?
 だが今日はなかなかこらえているな。感心だ。

「ねえ、なんとか頼むよ、隼人君。隼人君のことを紹介してほしいって言っている人を紹介するからさぁ」

「なんだって⁉ そんな人がいるなら取引材料にせず迅速じんそくに紹介しろよ!」

「嫌だよ。隼人君のことを好きな人は僕のライバルなんだから」

 ああ、なるほど……。
 いや、納得すんなよ、俺。
 でも、はっきり言いやがったな、こいつ。その人は俺のことを好きなのだと、俺ははっきりと聞いたぞ。
 べつに俺が女にえているということはないが、自分を好きだと言っている人がいるのなら、それが誰であるかはやはり気になるものだ。
 まあたしかに、あわよくば、なんて思う部分がないわけでもない。

 チッ、仕方ないなぁ、もう。

「分かった、分かったよ。一人だけ心当たりがある」

 トシは飛び跳ねて喜んだ。
 女子たちの視線は相変わらず俺のことを刺している。羨望せんぼう嫉妬しっとの眼差しで。

 昼休み、俺はトシを引き連れて隣のクラスへと突撃した。

「ねえ、吉村さんいる?」

 俺は一組の教室に一歩踏み込んで、誰にというわけでもなく呼びかけた。

「なによ!」

「うわぁっ」

 朱里しゅりは隣にいた。
 髪が黄色くて誰よりも目立つ女子は、俺の真横に立っていた。

「実は……」

 相談の内容が内容だけに、朱里を人目のつかないところへ連れ出して事情を説明した。
 朱里は不機嫌な様子で、俺の話を黙って聞いていた。

「私がこいつと? ま、イケメンだから、少しくらいならいいけど」

「ホント? 今週の土曜日、いい?」

「半日だけ付き合ってあげる」

「えーっ、半日⁉」

 トシは顔をしかめた。
 女子への取材。俺が見積っても半日あれば十分だと思うのだが。
 しかし、実際に執筆したことのない俺には取材の適当な時間なんて分からない。素人の俺に口出しはできない。

「なによ! 半日じゃ不満なわけ?」

 朱里には危険な兄がいる。
 朱里が知らない男と二人きり、それもイケメンでいかにも女遊びをしていそうな男と二人きりのところを目撃したら、きっと吉村兄は暴走する。とんでもないことになる。

「不満だね。二時間で十分だよ。隼人君と過ごす時間が短くなるからね」

「はぁ? なんだって?」

 なんてこった。こいつ、今週末も俺と過ごすつもりだったのか。
 そりゃあ朱里も怒るだろう。嫉妬。恋愛感情からくる嫉妬ではなく、自尊心からくる嫉妬だ。
 男であるトシが、女である自分よりも俺みたいなえない男といたいなんて言ったのだから。
 当然だ。

 それから二人の女々めめしい言い争いが始まり、みにくく下らない喧嘩が昼休みを丸ごと潰してしまった。
 巻き添えを食らった俺まで昼食を食い損ねてしまった。

 ああ、腹減った。

 午後の授業ではその一言だけが脳内を勝手に反芻はんすうし、その反復学習の結果、ハングリーという単語だけはしっかりと長期記憶に収納された。
 とても来年に受験をひかえた者の学習成果とは思えない。残念なことだ。

 そうして迎えた放課後。

「さて、と。紹介してもらおうか? 俺のことが好きだって言っている人のこと」

「うん……仕方ないな」

 結局、トシと朱里は仲違いをしたまま別れた。
 トシに収穫はなく、むしろ趣味に関する自分の秘密を知られるだけの、痛恨つうこんの被害があっただけである。

 俺はトシに連れられて体育館裏までやってきた。
 よくよくこの学校の人間は体育館裏が好きだな、と思う。
 そこにその紹介相手が待っている手筈になっているのだが、それらしき人物はまだ来ていなかった。
 トシは「呼んでくる」と言って駆けていき、五分もしないうちにその人を連れて戻ってきた。

 しかし、俺は愕然とする。

「え、うそ……。こんなの、あり? ちょっと勘弁してくださいよ、トシ先生!」

 さて、そこで染紅しぐれ隼人はやとが目の当たりにしたお相手とは、いったい誰でしょうか?

 A、おばさん教師
 B、一組の男子生徒
 C、恋愛シミュレーションゲームのキャラクター
 D、彩芽あやめあずさ

 実はそうなんじゃないかと思ったんだよねー、とかはナシね。ちゃんと答えを一つ決めて、ファイナルアンサーと宣言してくださいね。



 答えは……





 《B、一組の男子生徒》!



森野もりの庸生やすおです。やすおの『やす』はよく傭兵ようへいの傭と間違われるが、ニンベンはないから気をつけるように。そういうわけで、よろしく!」

 そういうわけでって、名前がよく間違われる部分を指してんの? だからよろしくって?
 知るかーっ! よろしくされてたまるか!

 それにこいつ、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうじゃねーか。ボディービルダーか⁉
 これ、アレだろ? いわゆるガチホモってやつだろ?
 トシはお姉系っぽいところがあってソフトな感じだったが、この森野ってやつ、もしかしてムチムチの筋肉でガッチリとつかみ合って興奮する野蛮な種族じゃないの?

 そんなことなら、《A、おばさん教師》で教育指導の榊原さかきばら先生だったってオチのほうが数段マシだったよ。

「ああ、あの、森野君……。君も、ホモなの?」

「ああ、そうとも! 『君も』ということは、やはり隼人もホモなのだなっ⁉」

 頭の黒い芝生を逆立てた色黒男が目を輝かせる。
 その顔がグイッと俺の顔に近づく。

「あ、いや、ちがっ、俺は違くて……トシがホモだから、『も』ってつけただけで……」

「なんだ、そうか。それでも構わん! むしろ、それがイイッ!」

 ゲェエエエエエエ!
 こいつ、ガチだぁ……。

 なんでこの学校にはホモが二人もいるんだよ!
 一人で十分、お腹いっぱいだよ!
 というか、その一人すら願い下げなんだけど。

「約束だから、今日は僕はいさぎよく身を引くよ。それじゃ」

 トシが片手を挙げ、反対側の手で髪をかき上げながら去っていく。
 俺はそのトシを呼びとめ、連れ戻す。

「ねえ、ちょっと待って! トシがホモで、森野君もホモなんでしょ? 二人とも男が好きなんだよね? ちょうどいいじゃん。二人がくっつけばいいじゃんよ」

 なんという名案を思いつくんだ、俺。
 普通に考えたら誰でも思いつくことだろうが、この場ですぐに思いついた自分を俺はめてやりたい。

「いや、それはないな」

 ズッパーン、と森野のチョップに斬り捨てられた。
 森野は胸を張って腕を組み、その力強い視線で俺をこの場に打ちつけた。

 あ、俺、見たことある。こいつ、いまの姿勢で体育の大濠おおほり先生を見下ろしてさとしていたことがあった。
 たしか、そのときはこんなことを言っていた気がする。

「体罰はよくない。あんたは愛情をはき違えている。カラダに愛を刻むという行為について、俺とカラダで語り合うか?」

 森野は大濠先生よりいい体格をしていて、そのときは体罰には暴力でこたえるぞ、という単なるおどしだと思っていた。
 いま思えば、あれは言葉通りの意味だったのかもしれない。

「うん、ホモ同士でくっつけばいいなんて、安易すぎるよ、隼人君」

 トシが苦笑している。
 その顔はひきつってすらいた。

 いやいや、おまえのその顔、おまえに迫られたときの俺がしている顔だからな。

「隼人、例えば男と女だからって、それだけでは好きにはならないだろう? 男同士も同じだ。嘉男としおは色男だが、なよなよっとしていて女々しい。俺はおとこが好きなんだ。俺は、おまえが、イイッ!」

 べつに俺は漢っていうほどの男じゃねーよ。

「いちおうくけど、なんで俺のことが好きなの?」

一目惚ひとめぼれだ。ケツの筋肉に一目惚れしたんだ。うーッ! おまえとくんずほぐれつしたいッ! おまえがッ! 欲しいッ!」

 ……最悪だ。
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