EX HUMAN

ゆんさん

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1章.崇高な夢とそれを邪魔する者(総理・富田貴広)

2.富田内閣発足と生き残り貴族

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「科学‥とくに、遺伝子分野における発展に一番妨げになる考え方って何だと思う? 言うまでもない‥倫理観だ。
 私に倫理観がないというが、‥私が人を殺したことがあるか? 人殺しを擁護したことがあるか?
 倫理観という言葉を口にして、科学の進歩を躊躇している者たちの方が、よっぽど人を殺している。
 遺伝子の領域は神の領域で、人間が容易に踏み入れていい分野じゃない‥っていう。
 だけど、‥例えば、精子は毎日作られ、多くは「何にも」ならずに排出される。人はそれに何の敬意を払う? 可哀そうに‥命がまた一つ奪われた‥って気に掛ける奴がどれほどいる? 」
 
 勿論、この様なことを「そのまま」「公の場」で言う事はない。
 だけど、富田がこのことを一番重要視しているということは、富田の周りの人間であればみんな知っている。
 富田に心酔している人間は、無条件に受け入れ、「それはそうだ」と相槌を打ち、アンチ富田派は「非常識だ」と眉をひそめた。

 倫理観がない。
 冷たい。
 富田は、自分の事をそう評価する輩が理解できない。
 否、‥軽蔑する。
 倫理観という言葉を口にする輩の多くは、「自分は相手より常識がある」と相手を見下している。
 多くの者が、倫理観という言葉を「便利に」口にし過ぎている気がする。
 倫理に反するからって言葉に逃げている。

 倫理という言葉は、富田にとっては、怠け者や臆病者の常套句にしか聞こえないのだ。

「遺伝子操作で産まれた「理想の子供」、結構じゃないか。
 理想の子供が産まれたら、そりゃあ愛せるさ。可愛い服だの、玩具だの色んな物を買い与えたくなるし、最高の教育を受けさせたいって思うだろうし、旅行に行く時間だって取るかもしれない。そうやって、金を使えば経済が回る。
 虐待も減るかもしれない。
 いいことずくめだ」
 富田がそういうと、常識人は
「その考えは、悪しき優性遺伝子保護法と同じだ!
 人として生まれて来た者は、誰であっても愛されるべきだ」
 と反論した。
 富田は、そんな相手に対しても力で押さえつけず、とことん議論を交わした。
「理屈ではそうだろう。
 だけど、実際は、そうじゃない。
 ‥そうではない者もいるということだ。その事実を無視することは出来ない。
 そういう要望は無視し、「倫理的ではない」と否定して、倫理的な「自然な出産」だけを尊重する‥それが正しいとは‥少なくとも私はそうは思わない」
 そうして気が付けば、富田につっかかっていた者の多くは、富田信者に変わっていった。
 富田にはそういう人間的な魅力があったのだ。
 そして、そんな中‥最後までアンチの姿勢を貫いたのが、後に「生き残り貴族」と呼ばれるようになる一派であった。
 彼らは、
「自然の道理に反することは、どうしても受け入れられない。
 富める者も貧しい者も、人は等しく同じ地球上に生きる一つの生命として、天命を受け入れるべきだ。
 欲望によって捻じ曲げられた「理想の生命」を我々は尊いとは到底思えない。
 それは‥ロボットと同じだ」
 と反論し、国家からの独立と、国家と敵対する意思を宣言した。

 以後、現在に至るまでその敵対関係は続いているのだった。
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