異世界忍者譚 (休止中)

michael

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第一部

その15の巻 円卓会議。

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「では、円卓会議を始めます」

 会議は、ソフィアの合図と共に始まった。
 一馬が席についている事を除けば、まさに昨日の会議の再現である。いや、ブッチャ内務卿の顔が包帯でグルグル巻きになっている事も昨日と違っていた。
 全員の表情は昨日よりは幾分和らいでいるとはいえ、十分固い。問題は結局まだ何も解決していないのだから。

「では、プリムスもいますし確認の意味も込めて、我々の置かれた状況を最初から確認していきます。クレイ、お願いします」

 ソフィアの言葉にクレイは立ち上がった。
 
「はい。始まりはハウザーと名乗る上級魔族が、二万の軍勢を率いて攻めて来た事です。これを我が軍は四万の全軍で当たりました。しかし、ハウザーに本営を奇襲され、本営はほぼ全滅。王や二人の王子、法王も討たれました」

「んっ、ちょっと待ってくれ。本営って云えば中枢じゃないか? 何でそんな簡単にやられているんだ?」

 一馬はクレイの話を慌てて遮った。『異世界知識』のお陰で、一馬は基本的なこの世界の情勢は分かっていた。だが、あくまで基本的な事だけである。
 王国軍が魔族軍に劣勢になっている事は知っているが、具体的にどうやって劣勢になってしまったのか迄は分からない。一馬には情報が不足していた。その意味で、今のクレイの発言は見逃すわけにはいかなかったのだ。
 苦々しく顔を歪めながら、クレイは話を続ける。

「それは、ハウザーの魔法にあります……

 ハウザーの魔法は二つあった。それは『瞬間移動』と『猛毒』の魔法である。
 『瞬間移動』は文字通り、空間を瞬間的に移動する魔法、『猛毒』は己の爪に即効性の致死毒を生成する魔法であった。特に『猛毒』は強力で、僅かな引っ掻き傷でも直ぐに死に至った。
 もしこれらを魔術で再現しようとしたなら、『瞬間移動』なら一週間続けて詠唱し続けて隣の部屋に移動できる程度。しかも高確率で消滅ロストする危険がある。
 『猛毒』は仕組みから解明出来ておらず、もし再現できたとしても爪に毒を生成された人物が真っ先に毒で死ぬ事になるであろう。
 ハウザーはこれらの魔法、『瞬間移動』で相手の背後に出現し、『猛毒』の爪で引っ掻いて逃げる。これを徹底的に繰り返したのであった。

「魔法を防ぐ手段はなかったのか?」

 一馬の疑問にブッチャ内務卿が答えようとしたが、口まで覆われている包帯が邪魔して話せない。口の包帯をずらそう頑張るが、僅かに包帯が伸びるばかりでフゴフゴと声が漏れるばかり。彼の顔の包帯は実に強固に巻かれていた。
  イザベラは、私が手当てしたんだよ? 完璧でしょ、褒めて? と云わんばかりの笑顔を周囲に向けている。しかし誰も顔を背けてイザベラと目を合わせようとはしない。
 その様子を冷静に見ていたソフィアがブッチャ内務卿の代理で答えた。

「魔法を阻害する魔術と云うのは開発されています。しかしこれは魔法陣の効果範囲にしか効かない上に、何年も、何十年もかけて完成させる代物なのです。これは基本的に都心部にしか施されていません。一応、小型の魔法陣を利用した護符アミュレットはあるのですが、これは効果も薄く、着けている本人にしか効かず……」

「今回の場合は意味が無かった、という訳か……」

 一馬の言葉にソフィアは無言で頷いた。

「ハウザーの『瞬間移動』する距離とか回数とかはわからないのか?」

「それも正確なところ分かりません。何しろ人の背後から背後にしか『瞬間移動』しなかったらしいので……ただ、ここにすぐに攻めて来てないという事は、長距離は移動出来ないと思われます。もちろん力の源は魔力ですので、回数にも制限はあると思われますが……」

「それでも戦場で半日は暴れ回ってやがった」

 ソフィアの話に繋げるようにアルゴルが答えた。忌々しそうな口調で、苛立ちを隠そうともしない。

「アルゴルは実際に戦ったのか?」

「戦ったって程のもんじゃねぇよ。殺気を感じて剣を振り回してみたら、慌てて避けるアイツがいやがっただけだ。そんでそのまま逃げて、もうあらわりゃしねぇ。あんな魔法を使いやがる癖に、絶対に勝てると見込んだ相手にしか手を出さねぇみてぇだ。えげつねぇ卑怯で臆病者だ」

「そうか……」

 上級魔族と云うモノは一馬の想像以上に厄介な存在だった。何より頭が良い。自分の能力を把握して、効率的に動き、少しでも危険な者には手を出さない。アルゴルは卑怯で臆病者と称していたが、一馬にはそうは思えなかった。なかなかの切れ者だ。だが、それならそれでやりようはある……。

「他には何かないか? 本当に何でも良い、気付いたことを教えてくれ?」

「そうだなぁ。姿形でいやぁ、紫色の肌に紅い瞳、あと額からでけぇ角を生やしてやがった。それと成金貴族が着ているような、黒地に金色の刺繍が入った派手なマントを羽織っていたかなぁ」

 思い出すように上を見ながら言うアルゴルの後に、躊躇うようにクレイが発言する。

「すみません。これは、関係あるか分からいのですが……」

    しかし話の途中でソフィアを向いて言い澱んだ。
    ソフィアは何か言いたげなクレイを手で制し、自分で話の続きを語った。
 
「……ハウザーは理由は分かりませんが、亡くなった私の兄、デイルの遺体を盗んでいったそうです」

 デイル王子はソフィアの年子の兄である。ソフィアと同じ色の髪や瞳を持ち、とても天真爛漫な少年だった。その心は王子としては少々難があったかもしれないが、とても優しく国の誰からも愛されていた。
 もちろんソフィアも良く懐き、いつも一緒に過ごしていた。イザベラを除けば、一番共に時間を共有していた存在である。もし、生きていれば次の日にはデイルの誕生日だったのだ。ソフィアもプレゼントを用意して、一日千秋の思いで過ごしていた。魔族が攻めてくるまでは。  

 言い切った後に辛そうに俯くソフィアに、一馬はかける言葉が無かった。頭を掻き、誤魔化すようにしてクレイに話の続きを促す 
  
「…ふう、その魔族については分かった。続きをいこう。初戦で敗退した後の事を頼む」

「敗退した私たちは野戦で戦う事を諦め、都市部での防衛戦で戦い抜く事にしました。都市では長年の成果による魔術の結界で魔法を妨害する事が出来ますので」

「しかし、守ってばかりでは勝てない。籠っているだけでは食料なども無くなるばかりだ」

「もちろんです。籠城は援軍があるから成り立ちます。既に隣国エルグレン王国に使者を送ってはいます。ただ、もし来たとしても国を挙げての援軍なので、さぞ時間がかかるでしょう。それまで我々が持つ保証はありません。そこで、もう一つの援軍に賭けました。それが……」

「……勇者ね」

 一馬の口調が思わず苦々しくなった。責任の重さを感じる。気分が沈んでいくのを感じた。

「そういう事です。我々はその為にこの辺境の都市キーシュに来ました。そして斥候からの報告によると、ハウザー率いる五千の魔族が他の都市なども無視して、この都市に向かって来てます。おそらく一両日中には来るでしょう」

「こちらの数は?」

「五百ほどです」

「ほぅ……」

 思わず溜息が漏れる。十倍の差だ。まともにやれば勝ち目など何処にも無い。

「……圧倒的だな」

「数の上ではそうですが、こちらは精鋭です。対して向こうは犬頭鬼コボルト豚頭鬼オークなど低級魔族が大半です。しかも行軍速度を重視してまともな補給もとらずに、遅れているモノは捨てて向かって来ているみたいです。ここに着く頃には疲労困憊のハズ、地の利もこちらに有りいい勝負が出来るでしょう。……ハウザーがいなければ」

「結局はそこに行き着くのか。上級魔族はたった一人で戦局を左右するのか、とんでもないな」

「そのたった一人で戦局を左右する人間側の存在が、勇者と伝わっています」

 クレイはまるで挑むかのような視線を、一馬に投げつける。 

(まったく、とんでもないな。勇者と云うのは……綾様の事がなければ遠慮したいところだ)

「一応聞くが、逃げ道と……」

「ねぇよ。ここは山々に作られた天然の袋小路だ。いわば背水の陣ってヤツだ。どうだ、燃えるだろぉ?」

 アルゴルは一馬に最後まで言わせなかった。腕を頭の後ろで組み、一馬を見ている。その顔は不敵に笑っていた。

「プリムス、何か策はありますか? ……勇者の力とかは?」

 ソフィアは自分勝手な他力本願だと思ったのだろう、後半の部分の言葉は遠慮がちだった。しかしそれでも言わざるを得なかったと云う事は、それだけ状況が逼迫ひっぱくしている証明だった。
 一馬は目をつむり押し黙った。昨日から手に入れた情報を頭の中で組み立てる。

(……これでいくか? これなら勇者綾の称号は不動のものとなり、今後この世界での綾様の地位は安泰し不自由なく過ごせるだろう。……それにしても俺が考える策は、ハッタリばっかりだな……)

 考えをまとめた一馬は目を開き、大きく音が鳴るように手をつき立ち上がった。そして屹然とした態度のまま声をあげた。

「勝てる策はある! 攻めに出る!」

「なっ、野戦を仕掛けたらハウザーの魔法の餌食です」

 その発言に食い掛かるクレイを手で落ち着いて座るように、一馬はなだめる。
  クレイはチラッとソフィアの顔を伺うと反省して席に着いた。ソフィアは期待に満ちた顔で一馬を見ていた。
    
「ああ、その通りだ。だから勇者綾に魔法を使ってもらう。そしてその後に一気に切り込む」

 全員が息を飲む。
 
「何ですかその勇者の魔法とは?」

 瞳を輝かせて問いかけるソフィアに、一馬はアルゴルを真似して不敵に笑ってみせた。腕も大きく広げてみせる。そして全員の注目が一層集まったところで重々しく告げた。

「その勇者の魔法とは……『エイ・エイ・オー』だ」

「「『エイ・エイ・オー』?」」

「その通り。ただし、この魔法は勇者が一生に一度しか使えない特別な魔法だ。しかもこの魔法には皆の協力も必要だ」

 一馬は皆にこの魔法を説明し始めた。
 最初は期待に満ちていた表情で聞いていたソフィア達だったが、説明が続くと胡散うさん臭そうな表情に変わる。そして、聞き終わった後は顔を見合わせて訝しんでいた。そんな空気の中、ソフィアが尋ねた。

「本当にそんな事で魔法が?」

「ああ、そうだ。そして勝機はこれしかない。ただ説明した通り、この勇者の魔法は兵士を含めた皆が協力して信じてくれなければいけない!」

 一馬は強く言い切って全員を見渡す。
 全員の顔は俯いたり、上を見上げたり、包帯でグルグル巻きにされていたり様々だ。
 やがて誰も身動きもしなくなり、円卓の間から音が消えた。
 
(……駄目か?) 

 一馬の心に不安がぎる。

    その静寂の中……、

「はっはっは! おもしれぇ、俺は乗ったぜ!いい景気づけじゃねぇか!」

 急にアルゴルがさっきまでの顔を一転させ、大声で笑いながら立ち上がり叫んだ。まさしく呵呵大笑である。
 そのアルゴルに釣られるように、クレイも苦笑して同意した。

「フッ、どのみち他に策もないですし、私もそれでいきます」

 二人の発言を聞いて残り者も顔を見合わせた。
 クレイの言う通り他に策は考え付かない。骨董無形に聞こえる話だったが、異世界から来た者がこれ程自身満々で言い切るのだ。確かな根拠もあるのだろう。それに何よりこう云う事に一番勘が働くアルゴルが肯定した。信じてみるのも悪くない。
 やがて腹をくくったのか全員の顔にも決意が宿る。
 ソフィアは立ち上がり、ゆっくりと全員を見渡しそれを確認した。
 
「では、みなさん。いいですね?」

 全員が頷く。
  もう迷いはない。
 それを見てソフィアは高らかに告げた。

「クレイ、アルゴルは部隊に通達、徹底を! 他の者も、各自準備を! きたる時に備えよ! 解散!」

 こうして、二日目の円卓会議が終了した。
 
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