1000 BLADES-サウザンド=ブレイズ-

丁玖不夫

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第2章 秘めし小火と黒の教師編

28.凶暴化と月の雫

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王都から歩いて1時間ほどの場所にある町、"砂浜の町 サーブル“。町の近くにはとても大きな湖“サーブル湖“があり、その湖沿いにできた美しい砂浜には多くの人が訪れる観光名所となっていた。

“サーブル“に到着したファイたちは、依頼主である町長の家を訪れていた。
そこには、少々太り気味の町長がファイたちの到着を首を長くして待っており、レイヴンと軽く挨拶を交わすと奥の応接室へと案内された。
きっちりとセットされた茶色の髪、それと同じ色の口髭を生やし、丸いメガネが似合っている40歳後半くらいの男性。窮屈そうに着ている茶色のベストのボタンは、今にも弾き飛んでしまいそうなほどお腹が出ていた。

“サーブル“の町長、“グラバー・ダウネン“である。


「最近、湖の周辺にある森に住んでいる獣たちが急に凶暴になってしまって、観光客を襲い始めたんです」


この家に使えている美しいメイドに案内された応接室には、中央にある大理石のテーブルを囲むように、如何にも高価そうな皮が貼られているソファーが4つ置かれており、そこに腰掛けた町長であるグラバーが今回、“ギルド“を通して依頼した内容をフ説明しているところであった。
レイヴンを含む7組のメンバーもそのソファーに座らせてもらっているのだが、その中でファイとウィンはソファーの柔らかいのだがしっかりとハリのある何とも言えない座り心地にとても驚いていた。


「最初は、町の住人たちで追い払えたのですが、徐々に凶暴さを増してしまい、今となって我々では手に負えない状況でして………」

「なるほど、わかりました。すぐに調査を始めます」

「………ところで、今回はお連れ様たちもご一緒に調査なされるんですよね?」

「あぁ、そうですが。何か問題でも?」

「いえ、まだお若い方々ばかりなので………本当に大丈夫なのでしょうか?」

「安心してくれ、俺はこう見えて………“Aランク魔道士“だ。こいつらが居ても問題ない」

「そ、そうですか!それでは、何卒よろしくお願いいたします………」


そう言うとグラバーは、大理石のテーブルに手をついて深々と頭を下げた。その姿に、彼ら“サーブル“の町の人々にとって獣たちの凶暴化と言うこの事件が、とても深刻な状況となっていることが容易に見て取れるほどであった。





「とりあえず、獣達がよく出没するって言うに森に来てみましたが」

「特に異常は無いみたいだね~」


村長であるグラバーから聞いた獣たちがよく出没すると情報があった”サーブル湖”の近くにある森に到着したファイたちだったが、パッと見た限りでは凶暴化した獣たちも居らず、その凶暴化の原因になりそうな物などは見当たらなかったのだ。


「もしかして、知らない間に凶暴化の原因がなくなって獣たちも大人しくなったとか?」

「その可能性も十分あり得るな。だが、そうだった場合俺たちの“依頼“は未達成に………ん?」


レイヴンが話の途中で何かを見つけたのか、いきなり茂みの中をかき分けて探し始めたのだ。そして、その茂みの中からレイヴンが見つけ出したのは、よく回復薬を入れて持ち運ぶのに使っている瓶であった。使用した後だったのか、ほんの少量ではあるが体に悪そうな紫色の液体が瓶の底に残っていた。
しかも、不思議なことにその瓶の口には、先端が鋭く尖った注射器の針のような物が着いており、その針の先にも中に入っていたと思われる紫色の液体が滴っていた。


「このとてつもなく甘い匂いと、見るからに怪しい紫色………間違いない、“月のしずく“だ」

「“ 月のしずく“?なんですかそれ?」

「闇の市場で出回ってる危ない薬さ。何でも魔力を高める効果があるって言われてるらしい」

「え!?じゃあ、それを飲めば簡単に強くなれるってこと?」

「だが、この薬は依存性が高く、一度飲んだら一生それ無しで生きていけない体になっちまう。尚且つ、魔力を一時的に高めるリスクとして体がボロボロになる………所謂いわゆる魔薬まやく“ってやつだな」

「………い、いくら強くなれるからって、それはちょっと嫌かも」

「しかし、これで凶暴化の原因はハッキリした。十中八九、この“ 月のしずく“の効果のせいだろうな」


「でも、何でそんな薬がこんな所に?こんな森に普通に落ちてる物じゃないよ?」

「……………………」

「………先生?」

「あぁ、すまん。ちょっと考え事をしててな。そうだな、もう少しこの辺りを調べて………」     



「キャアアアアアアアーーー!!!」


突如、まるで平穏な森の空気を切り裂くかの如く、女性の悲鳴のような叫び声が静かな森に響き渡った。その悲鳴に驚いたのか、森の木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び去り、さっきまでの喉かな雰囲気が一変して、不穏な空気が漂い始めたのであった。


「向こうからだ!お前たち、俺の傍から離れるなよ!」





先ほどの悲鳴を頼りにファイたちが辿り着いた先では、観光客と思われる1人の女性が数匹のオオカミたちに襲われそうになっていた。
地面に手をついて座り込んで恐怖している女性の周りを、オオカミたちが包囲して逃げられなようにしている。薬のせいで凶暴化しているのせいか目は怪しげに赤く光り、口からは涎が絶え間なく流れ続けていた。


「だ、誰かぁああーーー!!………助けてぇえええーーー!!!」


女性の必死に助けを求める叫び声を合図に、凶暴化したオオカミたちがその女性へと一斉に襲いかる。オオカミたちが襲いかかる瞬間、女性はそのあまりにも恐ろしい光景を最後の思い出にしたくなかったのか、咄嗟に目を瞑り、そして自らの死期を悟ったのであった。


「来い!“ルイード“!………“シャドウ・サウンド“!!」


レイヴンの掛け声と共に体から紫色に輝く光の球が現れ、その球の形がコウモリへと姿を変えたのであった。
そのコウモリは現れるや否や、口から強力な超音波を放出し、今にも女性に飛びかかろうとしているオオカミたちを吹き飛ばしたのだった。


「お前たち、迎撃態勢だ。ただし、オオカミたちへの致命傷は避けろ。ちょっと痛めつけてやれば正気に戻るはずだ」

「要するに、手加減しろってことですね。あっちはそんな気は全くないみたいですけど」

「…………面倒くさいの、嫌い…………」

「ファイ、今こそお前の"技"を見せてもらうぞ」

「あぁ、お望みどおり見せてあげるよ。俺の"技"を!!」


ファイは、剣先上に高く向けると魔力を込めた。すると、掲げた剣が赤く燃え上がる炎を纏い始め、次第にその炎が徐々に大きくなっていった。
炎がある程度の大きさになると、ファイは目の前の凶暴化したオオカミたちに狙いを定め、あの"技"の名前を叫んだ。


「…………"烈火刃れっかじん"!!」


ファイが勢いよく剣を振り下ろすと、赤い三日月型の斬撃が、オオカミたちに向かって飛び出した。
そして、その赤い斬撃がオオカミたちに命中すると次々と後方に吹き飛んでいった。しかし、致命傷にはならなかったようで、正気に戻ったオオカミたちは散り散りに逃げていってしまったのであった。


「………ほぅ、"烈火刃れっかじん"か。その技の名前は誰かに教えてもらったのか?」

「うん。そうだけど、どうしてわかったの?」

「なぁに、ちょっと知り合いに….……おっと、お喋りは後だ。次来るぞ!」


先ほどの斬撃が当たらなかったオオカミたちが、どうやら自分たちに攻撃を仕掛けてきたファイたちを真っ先に倒さねばならない敵と認識したようで、襲いかかるべく突進してきたのだ。


「さぁて、ここからが本番だ。お前たち、気合い入れろよ!」



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