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中学生編
第2話
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1
三年生になると、事ある毎に高校入試やら受験やら、それ関連の言葉が先生の口から繰り返し出てくるようになった。そんなに言われなくてもさすがに自分の置かれた立場くらい分かっている。
相変わらず何になりたいのかなんて不明瞭なままだったけれど、進学先の高校はこの辺りではそれなりに名の知れた県立高校を挙げておいた。偏差値で言えば私にちょうど良いくらい。通学に関してはちょっと距離があるから、電車を使うことになるかもしれないけれど、それくらいはアルバイトで稼いだお金で賄えば良いと思っていた。
昼休み中の話も自然と入試関係のものに変わっていて、雪ちゃんも私と同じ高校を志望しているらしい。一応滑り止めで私立高校も受けるそうだ。まぁだいたい私立も受けるよね、私だってそうだけど。
今日も特に何か困ったことが起こるわけでもなく一日が終わろうとしていた。放課後の教室で帰り支度を整えた今、私の中ですごくモヤモヤした感情が渦巻いていることを除けば。
ここ最近、ずっとこうだ。事ある毎に胸の中がざわついて仕方ない。そしてそれは、いつも決まって雪ちゃんが他の誰かと話している時に限って燻ってくる。
今だってそうだ。クラスメイトの子に授業で分からなかったところを訊かれてそれに雪ちゃんが答えている最中。それを見ていると、どうも焦げたトーストみたいな後味の悪さばかりが私を覆ってくる。気味が悪いったらこの上ないしさっさと無くなってほしいんだけど、雪ちゃんといる時だけはそれはコロっと姿を変えるものだからどう対処して良いものか分からない。
具体的には、雪ちゃんといる時は偶然虹を見れたような幸せな気分になって、彼女が誰かの相手をしている時にはテストで悪い点を取った時みたいにずーんと気分が下がってしまう。
たまに雪ちゃんのことをじっと見つめてしまっている時もあって、せっかく雪ちゃんが話してくれていることも満足に聞いてあげられない、なんてことも最近増えてきた。
おかしいのは誰から見ても分かる。自覚だってある。こんなの、絶対おかしい。でも何がおかしいのかよく分からない。
「うん、じゃあね」
やっと終わったらしい。たった五分くらいのはずなのにめちゃくちゃ長く感じた。それこそ一時間以上話してるようにすら思ってしまった。
「ごめん、咲良。早く帰ろ」
「うん」
雪ちゃんと並んで昇降口まで行く。靴を履き替えて、もう何度も歩いて正直見飽きてすらいるはずの道を歩く。でも、不思議と飽きたようには思わない。
「――。あれ、咲良? おーい」
「………………ふぇ?」
変な声が出てしまった。どうやら雪ちゃんが何か話していたらしい。
「どうしたの? なんかボーっとしてたよ?」
「あぁ、そう、なんだ」
変だ。絶対変だ。返事まで覚束なくなるなんて今までなかった。
「なんか最近変だよ? どうかした?」
「…………」
雪ちゃんに話したところでどうにかなるとも思わなかったけど、一人で抱え込むよりちょっとはマシかなと思って一応話してみた。最近の私のことを全部。
「それってさ、恋してるってことじゃない?」
すると雪ちゃんはそんなことを言った。
「そう、なのかな?」
「私にもよく分かんないけど、でもそんなことになるってことはそうなんじゃない?」
よく分からない。そもそも私が抱いているこの不思議で気持ち悪くて、でもどこか心地よくもある感情が、本当に雪ちゃんが言う「恋」っていうものなのか、それともまた違うものなのか。
*
ここ最近、咲良の様子がちょっとおかしいことは薄々勘付いていた。前までなら絶対なかったようなことが頻繁に起こり過ぎているから。ボーっとしていたり、たまに私のことをじっと見ていたり、私がクラスメイトの子と話していると見るからに元気が無くなったり、それが無くなれば途端に元通りになったり……。
あまりに多くあり過ぎるものだから、帰り道に何気ない感じで聞いてみたら、すぐに分かった。本人は首を傾げていたけれど、あれはたぶん、間違いない。
咲良は恋をしている。分かって、同時に自分の心臓の辺りがキュッと委縮したように小さくなったのも分かった。
なんで分かったのかは、私自身もそうだから。私も、恋をしているから。
その相手は、まだ自分でもにわかには信じられない。でも、どう考えてもそうとしか結論付けられない。
私はもしかしたら、咲良のことが、好きなのかもしれない。咲良に、恋をしているのかもしれない。いやいやそんなまさか、と自分でも笑い飛ばそうと、最初こそ思った。でも、そうしようとすると決まって違和感めいたものが胸を過るんだから、きっとそうなんだろう。私が抱くこの感情は、この気持ちは、きっと本物なんだろう。何より、咲良が恋をしていると分かった途端に去来した、あの得も言われぬような寂しさがその証拠なんじゃないかと思う。その人のことが好きじゃなかったら、そんな気持ちにだってならないはずだ。
でも、もし本当にこの気持ちが「恋」だと認めてしまったら、私はどうなるんだろう。自分と同じ性別の子を好きになる、それは世界的に見てもおかしいことだっていうのは、世の中の風潮的になんとなく分かっている。誰に聞いても、あり得ないとか信じられないとか、もっとひどいと気持ち悪いとか、そんな意見ばっかりなはずだ。
私は、どうしたら良いんだろう。世間のそんな目なんて気にしないで恋をし続けるべきなのか、それともこの気持ちを無かったことにするべきなのか。
分からない。私はどうするべきなんだろう。
そもそもの話、私は咲良のことをどう思っているんだろう。
親友なのは確かだ。それも、大親友。一年生の春に話しかけられて、それから一週間もしないうちに私たちはお互いを友達だと思っていた。
咲良の家の事情を知った時はそりゃあ驚いたけれど、その時本人に言ったことは何も間違いじゃない。
夏祭りの時に話したことだって本当だ。嘘なんてつかない。つくもんか。ついた方もつかれた方も良い気分になんてならないもん。
だから、咲良が大親友だっていうのは紛れもない本当。本当なんだけど、やっぱりこの気持ちから目を逸らすこともできないでいる。
堂々巡りなのは自分でも分かっている。出て入って、また出て入っての繰り返し。同じところを何度も回って周り過ぎて、そのうち吐き気を催しそうだ。
抜け出せる方法があるなら誰か教えてほしい。それくらい私は路頭に迷った状態でいる。
「はあぁ~……」
夕飯が終わった後、お母さんが食器洗いをしている中、私は机に突っ伏してため息を吐く。
「さっきから何回ため息ついてんの?」
「そんなにしてる?」
「してる。ご飯食べてる時だって、隙あらばぼんやりしてため息ついてってしてたじゃない。自覚ないの?」
「あぁそうなんだ」
確かにいつもより食べるスピードが遅かったような気はするけど、さすがにお母さんが言ったように隙あらばってわけじゃなかったとは思う。
「そんなに思い詰めて、どうしたの?」
「ん~~……」
相談できるものならしたいけど、こればっかりはさすがになぁ……。
「まさか雪乃、好きな子でもできた?」
「もーなんでそうなるかなぁ?」
あながち間違ってないのが何とも言えない。ずっと突っ伏したままというのも疲れるので肘をついて体を起こす。
「そりゃ、雪乃だって年頃なんだし、そういう話の一つくらいあっても良いんじゃない?」
片付けを終えたらしいお母さんがマグカップ片手に私の前の席に座る。ほのかに紅茶の匂いがする。お母さんが好きなアールグレイティーの匂いだ。昔から嗅いでいたからよく分かる。
「で、どうなの?」
「どう、って……」
こういう時、私は常に負ける。お母さんの圧がすごいとかそんなんじゃなくて、単純にここまで私のことを知ろうとしてくれている人に対してムキになってしまうのは、なんだかお門違いな気がするから。だけど、今日はちょっと違った。
「どう、なんだろうね」
曖昧に濁した。正直、自分でもまだ気持ちの整理が上手くついていない。その状態で「これは恋だ」とかいう風に事務的に完結させることなんてほぼ不可能だ。
だから、上手くまとまらない言葉のまま伝えるしかなかった。
「その子のことは、すごく大事な友達だし、何なら親友だってすら思ってる。……でも最近、その子と一緒に居るとドキドキしたり、一緒に居なかったら居なかったで何してるか気になって仕方なくなったり、とにかく変なんだよね。ずっとその子のこと考えてることだってあるし……」
今だって、お母さんとの話に集中しなきゃいけないのは分かっているのに頭の片隅に咲良に似た背中が映っている。ちょっと目を背けようものなら、すぐにそれに目を奪われてしまう。
どんな表情をしているのか気になる。笑ってるなら私も一緒に笑っていたいし、もし泣いてるなら側に寄り添ってあげたい。
「それが、恋よ」
「そう、なの?」
私にはいまいちよく分からない。するとお母さんは「そうねぇ」とマグカップの縁を指でなぞる。
「じゃあ、今言ったことって、全部他の子にも当てはまる?」
「……ううん、当てはまらない」
「一個も?」
「うん」
最初は半信半疑だったものも、二度目は確信みたいなものに変わっていた。一緒に居てドキドキするのも、何をしているのか気になるのも、ずっとその子のことばかり考えてしまうのも……私にとっては、咲良がその人だ。
じゃあ、私は本当に……本当に咲良のことが……。
いや、でも、果たして本当にそれで良いのか。
きっと、そんな葛藤が表情に現れていたんだろう。お母さんは「なんて顔してるのよ」と笑いながら言葉を続ける。
「せっかくその子にしか当てはまらないって分かったのに、何をそんなにまだ悩んでるの?」
どう、しよう。話したら、お母さんはどんな顔をするだろう。私が好きな人は、私と同じ女の子。それを聞いたお母さんがどんな表情をするのか、想像できなくてひたすら怖い。相好を崩してくれるのか、それとも眉をひそめられるのか。
怖かった。だけど、このまま中途半端なままうやむやにして流してしまう後味の悪さよりは幾分かマシだった。だから、星屑みたいな小さな勇気を振り絞って、話した。
お母さんは最初、心底驚いたような顔をした。当然だ。愛娘の初恋相手が、まさかその娘と同じ女の子だなんて、きっと誰も想像しない。私だって、お母さんの立場だったらそうなるはずだ。
呆気に取られていたお母さんは、しばらくしてから目を閉じて一度深呼吸をしたようだった。それから、何故かピンと張っていた糸がふっと緩んだように、優しく朗らかに笑ってみせた。
なんでそんな顔をするのかまるで分からなかった。だって私は、傍から見たら異常者だ。何なら、「障害者」って言葉で一括りにされていろんな人から耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を浴びせられても、何の文句も言えない立場にいるのとほとんど同じだ。それなのに、どうしてお母さんは……。
今度は私の方が呆気に取られていると、お母さんはマグカップに浮かんだ色の濃いアールグレイティーを俯瞰しながら穏やかに話し出した。
「ねえ、雪乃。恋とか愛って、なんだか紅茶みたいじゃない?」
急に何の話だろう。
「まぁ紅茶に限った話じゃなくて、コーヒーでも普通のお茶でも同じね。水の量やバッグを水に浸ける時間で濃い風味にもなるし薄い風味にもなる。それと一緒で、その人と一緒に居る時間が長く濃いものであるほどその人に抱く想いは大きく膨らんでいくし、短く薄いものであれば小さくしぼんでいく。それがたまたま男性と女性の組み合わせで起こる確率が高くて、いつの間にかみんなそうなるのが当たり前だって錯覚していっただけなのかなって」
お母さんの言い分には妙な説得力があった。
「確かに昔は、男の子同士だろうと女の子同士だろうと、同性の恋愛なんてあってはならないものだって風習があったけど、今さらそんな堅苦しいものを振りかざすのもねえ? せっかく自分の子供に好きな子ができたっていうのに、そんなので無いものにしたら、かわいそうでしょ?」
すごく腑に落ちて、だからこそ何も言えなかった。心の中がポカポカと暖かくなっていく。
もう、アレコレ悩むのはやめにしよう。お母さんの言う通りだ。私を含めたみんな、いつの間にか多数派の意見に押し流されていただけ。言ってしまえば、双眼鏡を使っているくせに大まかにしか街を見ていなかったようなものだ。ちょっと注意深く凝視してみれば、私と同じ人なんてそこら中に何百、何千人といるはずなのに。
悩むのはやめにする。それに、今さらああだこうだ言ったところでどうしようもないんだ。どれだけ考えないように気を付けていようと、気にしないようにしていようと、意識しないようにしていようと、そんな応急処置がとっくのとうに手遅れになってしまっていることなんて私自身一番よく理解している。
胸に手を当てて、ふと想う。とくん、とくん、と確かに息をしている。呼応するように、温もりに満ちたいろんな表情や仕草や、私を「雪ちゃん」と呼ぶ声がリフレインしてくる。
あぁーあ、私ってダメダメだな。誰かに導いてもらわないと何もできないんだもんなぁ。でもきっと、あの子ならそんな私でも「そんなことないよ」って、「大丈夫だよ」って、言って励ましてくれるんだろうな。あの、苺みたいに笑った顔で。
そんなだから私は……。
あの子が、咲良のことが大切で仕方なくなってしまう。
未だにこんなのおかしいでしょって言っている自分がいるのも、正直なところ。だけど、もうそんな自分すら目に付かないくらいの境地まで来てしまっている。後戻りできないのもしないのも、そもそもそんなつもりなんて毛頭ないのも、全部そう。
それくらい私は、咲良が、好きだ。
好きで好きでたまらない。明日になればまたあの可愛い笑顔が見れる、そう思っただけで胸が弾む。徐々に表情が綻んでいく私に、お母さんは少し前のめりになって訊いてきた。「それで」
「その好きな子ってのは、咲良ちゃん?」
ぽかんとした。どうして、知っているんだろう。今日、もっと言えば今、話したばかりなのに。
「なんで、分かるの?」
「分かるわよ。何年あなたの親やってると思ってるの」
お母さんはクスっと笑う。
「それにね、あなたが話すこと、全部咲良ちゃんのことだったじゃない。あんなにたくさん、しかも自分のことみたいに楽しそうに話してたら、嫌でも気づくわよ」
「そ、そんなに咲良のことばっかり話してたかな……」
自分ではそうは思わないけれど、でも思い返してみると確かに食卓での私はずっと咲良のことばかり話していたような気がしないでもないけど、でもやっぱりそんなに咲良の話ばかりしていたわけでもないような気が……。
首を傾げる私を見て嬉しそうに笑ったお母さんは、紅茶を一気に飲み干してから「また咲良ちゃんの話、たくさん聞かせてね」とマグカップを流し台へ持って行った。
残った私は、まだとくん、とくん、と鳴り続ける鼓動に耳を澄ませるように想いを馳せた。
咲良がいてくれるから、私は私でいられる。何も取り繕うこと無く、誤魔化すことなく、何も飾らない素の私でいられる。咲良のおかげで、私は前までの私から変わることができた。人付き合いが苦手で常に一人だった私を、咲良が見つけてくれた。見つけて、手を差し伸べてくれてくれた。私に、人付き合いは怖いものじゃないって教えてくれた。
こんなにたくさんのものをくれた咲良には、せめて私からもお返しをしてあげたい。何が良いかな、何なら喜ぶかな。誕生日プレゼントに悩むようにしていると、たった一つにしか絞れなかった。
これからずっと、あなたの側にいたい。なんて、ちょっとワガママかな。
2
次の日、いつも通りに「おはよう咲良」と言ったつもりだけど、何故か咲良からは怪訝みたいな目を向けられた。
「雪ちゃん、何かあったの?」
「え、なんで?」
「なんか、吹っ切れたみたいな顔してるから」
「えー、そうかな?」
自分では何とも思わない反面、確かにちょっと気分がすっきりした気がする。自分のこの気持ちが咲良に対する恋心だって気づいたからなのか、それとも単純に目覚めが良かったからなのか、そこは曖昧だ。
「そうだよ、絶対何かあったでしょ」
「何にもないよ~」
咲良はしばらく「ほんとかなぁ?」なんて言いながら私にカマをかけようとしてきたようだけど、私は引っかからなかった。そうしていると、咲良も「そっか、何にもないのか」と諦めた。
それからふと、咲良が窓を打つ雫を見てぼやくように呟いた。
「雨、嫌いだなぁ」
「梅雨なんだから仕方ないよ」
「そうだけどさぁ。ジメジメして朝から汗かくし、ずっと傘持ってないといけないし、明けたら今度はひたすら暑いし……夏って嫌なことしかないよ」
「まぁ分からなくもないけどね。ってか、こんな話前にもしたよね?」
「え、したっけ?」
キョトンとする咲良。首を傾げる仕草がかわいい。
「したよ。一年生の時くらいに」
「え~どうだったっけ……?」
どうやら咲良は覚えていないらしい。私も覚えていないことをひたすら話すほど馬鹿じゃないから、覚えてないなら覚えてないで別に気にしない。
と、そこで朝礼が始まるチャイムが鳴った。今日もまた退屈な授業に四方八方を囲まれる日が始まるなぁ、なんていうカッコつけたことを思った、期末テスト一週間前の朝だった。
金曜日の放課後、私と咲良が昇降口で靴を履き替えていると、不意に「水橋さん」と声を掛けられた。
「ん?」
首だけを動かして向いた先には、クラスの男子。
「忘れ物してたよ」
彼が持っていたのは、私の数学のノートだった。
「あれ、置いて行ってた?」
「うん」
「ごめん、ありがとう」
彼は全く気にしてないといった様子で「ううん」と手渡してきた。
「せっかく勉強できるのに、これで悪い点取ったら嫌だもんね」
私がノートを鞄にしまっている時に、彼は言った。
「別に、そんなに勉強得意なわけじゃないよ」
事実、勉強はそれほど得意じゃない。むしろ苦手ですらある。だけど、さすがに何もしないまま成績だけが下がっていくのだけはイヤだから、必要最低限の勉強くらいは暇を見つけてするようにしている。ましてや、今年は高校受験が関わってくるから余計だ。
ノートを渡しに来ただけかと思っていたけれど、何故か彼はしつこいくらいに私に話を振ってきた。最初こそ気にしてなかったけど、だんだん「迷惑だな」と思うようになってきた。そんな私を察したのかは分からないけれど、彼が「それじゃあ」とまた何か話を広げようとしたところで咲良が私の腕を掴んだ。
「ごめん、私らもう帰るから」
一方的に言い放って、少し乱暴なくらいに私を引っ張っていく。その言い方はどこか苛立っているようだった。無理もないか、なんて思ってしばらくは何とも思わなかったけど、昇降口からかなり離れてもまだ咲良は私を放さなかったものだからさすがに変だと思った。
「ねえ、咲良? もう放して良いよ?」
言っても、咲良は何も言わないまま校門を出る。
「ねぇ、咲良?」
どうしたんだろう、何かしたかな? と不安になりながらもう一度呼ぶと、咲良はその場で足を止めて腕を放してくれた。でもそれだけで何も言わない。
「咲良? どうしたの?」
こんなこと今までに一度だって無かったからひたすら不安になる。しばらく無言のまま私に背を向けてばかりだった咲良は、何かと何かを自分の中で結び付けるような震えた息を吐いてから聞いてきた。
「雪ちゃんはさ、私のことどう思ってる?」
「そんなの……」
親友だと思っていた。少なくとも、この気持ちに気づくまでは。もしも今の気持ちをそのまま伝えたら、いくら咲良とはいえ一般的な反応を示すに決まっている。だから、咲良が(恋愛的な意味で)好きだなんて言えるわけがなかった。
言葉に詰まっていると、咲良が少しだけ空を仰ぎ見て言った。
「私は雪ちゃんのこと、友達だって思ってるよ。大親友ってくらい」
諦めたような言い方に胸が張り裂けそうだった。だからきっと、居ても立っても居られなくなったんだろう。
「えっ? ゆ、雪ちゃん?」
戸惑う咲良の声がすぐそこで聞こえる。私はただ、ガラス板みたいな背中が壊れてしまわないように優しく、だけど離したくなくて強く抱きしめていた。
「ね、ねぇ雪ちゃん? どうしたの? ねえってば」
「ごめんね」
そんなことしか言えなかった。
「私も咲良のこと、ずっと友達だって思ってたよ。でも……最近よく分かんないや」
言えるはずがなかった。だけど、このまま一人で抱え込むのも限界だった。この際、受け入れられようとそうじゃなかろうとどっちでも良かった。器に擦切り一杯分溜まった水が波紋を皮切りに溢れだすのと同じように、咲良を想う気持ちが溢れ出していた。
「私ね、咲良のことが好きみたいなんだ……」
何故か落ち着いている自分がいた。咲良は当然「え……?」と呆気に取られて何も言えないようだった。
「……ごめん」
やがて、そうとだけ咲良が言った。小さくてか弱くて、本当に消え入ってしまいそうだった。自然と私の体からするっと力が抜け落ちて、その隙をついたように咲良は一人で歩いていってしまった。
嫌われたかもしれない。それでも別に良い。嫌われたって仕方のないことなんだから。これで咲良との関係が最初からなかったみたいになってしまっても、別に構わないとさえ思っていた。どうせ独りぼっちは慣れっこだ。
別に何とも思ってない。思ってない、はず、なのに……。
どうしてこんなに、心が寂しいと叫んでいるんだろう。そんな私の心をまるごと映した三面鏡のような空から、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
傘を持っていなかった私は急ぎ足で家に帰った。幸い鞄も制服もそれほど酷く濡れなかったけれど、胸の中はひどく水浸しになっていた。
一目散に部屋に駆けこんでから、その場に崩れ落ちる。
嫌われたって、これっきり咲良と今まで通りの関係に戻れなくったって、友達じゃなくなったって、独りぼっちになったって、何ともない。そう思っていたはずなのに、今になって心の奥底からズキズキと痛んでくる。猫を被った建前が崩れていくのは時間の問題みたいだった。
そう、建前。所詮、私が思っていたことは全部建前にしか過ぎなかった。
本当は嫌われたくもないし、咲良とこれっきりになってしまうのも、友達じゃなくなってしまうのも、独りぼっちになってしまうのも、全部イヤだ。別に構わないなんて思えるわけがない。
咲良とずっと一緒が良い。それ以外考えられない。なのに……。
「なんで、こうなっちゃうのかなぁ……」
どうにかこうにかして漏らさないようにしていた弱音が漏れてしまう。すると、それを何かのスイッチとしたように目の奥が熱くなりだした。必死にこらえようとしても、結局歯止めが利かなくて感情の塊みたいな涙が流れ出してくる。その中には後悔も混じっていた。
なんであんなことを言ってしまったんだろう。言ったって、咲良が困ることくらい目に見えていたはずなのに。実際、一人で恋心を抱え込むのが息苦しかったのも本当だけど、じゃあもっと他の言い方があったんじゃないか、なんて今さらになって思ってしまう。だけど、咲良のあんな背中を見てしまったら我慢できなかった。
想いを口にする直前までは、受け入れてもらってもそうじゃなくてもどっちだって良い、なんて甘っちょろいことを思っていたけど、今は到底そんな風に思うことなんてできなかった。そのくせ、身も心もしつこいくらいに咲良の笑顔や声や何気ない仕草を追い求め続けている。
こんなことなら好きになるんじゃなかった。それ以前に友達になるんじゃなかった。でも、咲良と友達になる方を選んだのもずっと友達でいようと決めたのも全部私だ。紛れもない私自身なんだ。いっそのことそんな自分を嫌いになれたら楽なのに、そうすることもできずにいるのが余計に抉った傷を生む。
八方塞がりな状態のまま、脳裏を過っては消えてまた出てくる、今まで見た咲良の面影に打ちひしがれるように泣いた。
*
なんて言って良いのかまるで分からなかった。まさか雪ちゃんからあんな言葉を聞くなんて思いもしなかったから。それで混乱して、言葉を上手く探せなくて、最終的には一方的に突き放すようなことしか言えなくて……。
でも、今になって思えば私もおかしいんだ。ずっと前から雪ちゃんのことを目で追っているし、家にいても「今頃何してるのかなぁ」なんて風に気になるし、そうやって雪ちゃんのことを考えると決まってドキドキするし……そして極めつけは、私以外の誰かと話しているところを見ると嫉妬するし。
家路を一人でトボトボと歩きながら、思考回路はグルグルと同じところを回り続けていた。肩に打ち付けてくる雨も気にしないで寂しく歩き続けて、家に着く頃には制服も鞄もひどく濡れていた。
弱々しく玄関に入ると、ちょうど仕事部屋から出てきたお父さんと顔を合わせた。
「おかえり、咲良。ってか、すげえ濡れてんじゃん」
「ただいま」
果たしてそれすらちゃんと言えていたかどうかすら分からない。
「急に雨降ってきたし、仕方ないか。早く風呂入ってきな。その間に制服、乾燥機の前に置いとくから」
お父さんは明らかにおかしいはずの私を見ても何も言わなかった。ただそれだけ言ってくれた。甘んじるようにシャワーで冷えた体を温めた。
その温さが雪ちゃんの体温と馬鹿みたいに似ていて、そのせいで頭の奥底に眠っていた雪ちゃんとの思い出が一気に思い起こされてきた。初めて顔を見合わせた時のことも、雪ちゃんの家に行ったことも、夏祭りに行ったことも……それ以外のいろんな思い出が一気に全部思い出してしまって、自分一人じゃとても抱えきれないくらいの大きな想いになってしまった。
会いたい、声が聞きたい、触れ合っていたい、何気ないことで一緒に笑っていたい……。そんなバカみたいな気持ちがループして、次第に目の奥が熱くなってきた。シャワーが体の奥に浸透したのか、それとも涙なのかよく分からないままお風呂の床に崩れ落ちて、遅すぎる嗚咽をたくさん漏らした。
もしもこのまま、私と雪ちゃんの関係がゼロになってしまったらどうしよう。せっかくこんなに仲良くなれたのに、こんな形で終わってしまったら……。
そんなの嫌なのに、嫌に決まってるのに、どうして良いのか分からないまま泣き続けるしかなかった。十五歳の私には、この問題は難易度が高すぎるようだった。
3
私と雪ちゃんは、それから口を利くことは無かった。お互い気にかけてはいるけれど、何と声を掛けて良いのか分からない、そんな微妙な距離感になっていた。ケンカと言うには違うし、時間が私たちの関係をろ過させてしまったのともまた違う。だけど、私たちの間に確かな溝があることだけは確かだった。
LINEでの会話も交わさなかった。一回だけ私の方からコンタクトを取ってみようかとも思ったけれど、あんなことがあった手前、なんていう言葉が適切なのか分からなかった。
そうして迎えた三日間の期末テスト。問題自体はそれほど難しくなくて苦労しなかったけれど、その分余計な雑念ばかりが頭を掠めていく。テストに集中しないといけないのに、気が付いたら雪ちゃんの方をじっと見てしまっている。
あまつさえ、休みが明けてからずっと気分が優れない日が続いている。体がだるくて、頭と喉がちょっと痛くて、咳もたまに出てくる。変なことを考えないようにするために土曜日の二日間連続で夜遅くまで勉強していたのが良くなかったのかもしれない。だけどそれ以外に気を紛らわせる方法を知らなかった。
幸い、今日でテストは終わる。だからせめてそれまでは持ちこたえてほしいなと思いながら教室に入ると、すぐに雪ちゃんを探してしまう。探して、目が合って、どちらともなく気まずそうに目を逸らす。
本当、なにやってるんだろう……。こんなことするくらいなら早くどっちからでも良いから謝ってしまえば良いのに。思ってはいるのになかなか素直になれない自分が恨めしく思いながら席に着いた。
しばらくテスト範囲の見直しをしているとあっという間に朝礼の時間になって、そうかと思えばテストの時間になった。
一時間目の数学は何ともなかったし、二時間目の英語もところどころ曖昧な部分はあったけれど手応えは悪くない。
問題は三時間目、最後に控えていた理科のテストだった。もともと理科は主要五教科の中だと一番苦手だったのもあって、いくら問題を凝視してもなかなか解き進められなかった。それに付け入るようにして、月曜日から続いていた頭痛やだるさが一気にひどくなってきたものだから、何かの嫌がらせかと思った。
ここだけ乗り切れば後は大丈夫だと、なんとか自分を奮い立たせながら問題と向き合う。分からなくても分からないなりに授業を振り返って答えを絞り出していって……最後の問題を解き終わるとほぼ同時にテストが終わるチャイムが鳴った。途端に周囲の緊張感が一気に弛緩するのを感じて、私も便乗するように一息つく。その時には頭痛もだるさも喉の痛みも全部収まってくれていた。
だからきっと油断したんだろう。席を立った瞬間、「あれ?」と思った。なんで私、床に倒れてるんだろう?
おかしいな、上手く起き上がれない。心なしか息まで荒い気がする。自分にかかっている重力だけ極端に強くなったように、体に全く力が入らない。
自分でもさすがにおかしいと思った。どうしてこんなに力が上手く入ってくれないんだろう。それどころか、だんだん力が抜けていくような感覚さえ覚える。
目の前に映る机や椅子の脚と壁が二重にも三重にも見えてくる。
教室の中が騒然としているのは、なんとなく分かる。誰かが私を呼んでいるのも。でも、参ったな……細くて荒い呼吸しかできないや。
意識まで薄れ始めてきてしまった。周りが騒ぎ立てる声が遠のいていく。
でも、変だな……一個だけ、どうしても耳に残る声がある。誰だろう……。
「咲良っ!」
――もしかして――。
衣擦れの音が耳に入ってきて、私はうっすらと目を開ける。見慣れない天井と蛍光灯、それとカーテンレールから伸びた白いカーテン。ここ、どこ……?
遅れて薬品の匂いが鼻をくすぐってきて、ここが保健室だと気づく。えっと、私どうなったんだっけ? 確かテスト受けて、教室で倒れて、それで……。
自分を反芻していると、サァーっとカーテンが開く音がした。今年の四月から赴任してきた新しい保健室の先生が様子を見ようと覗き込んだようだった。
「あ、起きた?」
まだ二十代じゃないかっていうくらい若くてきれいな人だ。穏やかな人柄が雰囲気として滲み出ている。
「気分はどう?」
ベッドのすぐそばに椅子を持ってきて座る先生。その時にふと、左手の薬指が蛍光灯の光を受けて銀色に光るのが見えた。
気分はずいぶんと楽だった。頭痛もだるさもない。喉の痛みはまだあるけれど、一時に比べれば何ともないくらいだった。
そのことを伝えると、先生は「そっか」と柔和に笑った。それから、私が倒れた原因を知らされた。どうやら軽い夏風邪みたいな症状に睡眠不足が加担したことで起こったキャパオーバーのようだった。そういえばここ最近、貧血みたいに頭がクラクラするようなこともあったと思い出す。その時点で止めておけば良かったと過去の自分を省みても、今じゃもう遅いけど。
「今日はもうゆっくり休みなさい。親御さんにも連絡して、迎えに来てもらうから」
「はい」
さすがに私も、倒れてもなお平気な顔をしてみせるほど頑固じゃない。大人しく頷く。不幸中の幸い、っていう言い方が正しいのか分からないけど、授業が再開されるのは明日からだから、今日は週末の分までしっかり休もうと今ここに決める。
「そうだ、ちょっと待ってて」
先生は一度ベッドから離れていく。少し物音がした後に戻ってくると、手に紙コップを持っていた。
「これ、飲んでおきなさい。ただの経口補水液だけど」
経口補水液、なんて言われてもそれがどういうものかなんていまいちよく分からない。でもこういう時に飲まされるということは、少なくとも体に悪いものじゃないんだろう。
渡されたそれを飲むと、体が一気にみずみずしくなるような気持ちよさを覚えた。きっとそれで視野も元通りになったんだろう。さっきまで気づかなかったものに、不意に気づいた。
「え、雪ちゃん?」
声に出して驚いてしまう。私の足元辺りで、机に突っ伏すようにして目を閉じている雪ちゃんがいた。どうして……。
「あぁ、その子ね。深瀬さんが起きるまで待ってるって聞かなかったのよ」
先生は困ったように笑う。
「そう、だったんだ……」
「起きてくれるまで心配で、ご飯なんて食べてる余裕ないって言ってたよ。ステキな友達ね」
先生は、今度は無邪気な子供みたいに笑った。それから「親御さん来るまでまだ時間かかるから少し待ってて」とだけ言い残して保健室を出ていった。今日は確か、月に何度かある直接会社に出勤する日だったはずだ。お父さんには申し訳ないことしたな、と思いながら、私の視線は雪ちゃんに移る。
そっと、雪ちゃんの頬に触れる。それで、たったそれだけのことで、ただでさえドキドキして止まなかった心臓がさらに加速する。
どうして雪ちゃんは、こんなに私を優先してくれるんだろう。あんなことがあったのに、昼ご飯すら食べないでずっと私の側にいてくれたなんて……。勝手な溝を生んで勝手に避けていた私がひたすら馬鹿らしく思えてきた。
胸の奥がじんわりと暖かくなっていく。こんなに人から大事にされることが心を満たしてくれるなんて知らなくて、その温もりに涙が零れそうな時だった。
「ん……」
雪ちゃんがもぞもぞと動き出す。濡れ始めていた目尻を指でなぞって、それから何故かもう一回ベッドに横になる。おまけに掛け布団を顔が隠れるくらいまで深くかぶって、雪ちゃんに背を向ける。どうしてだか、起きているところを見られたくないと思ってしまった。
「咲良、まだ起きないんだ……」
不安そうな雪ちゃんの聲。棘みたいにチクチクと私の心に刺さる。
「ねぇ、咲良……」
萎れた雪ちゃんの聲。やめて、そんな風に呼ばないで……。
「あの時言ったこと、嘘でも何でもないよ」
ビクッと体が動いてしまいそうになるのを必死にこらえる。どうして、今そんなことを言うんだろう……。ただでさえ参ってるのに、これじゃあ……。
「私、本当に咲良のこと好きだよ」
…………。
「……なんて、素直に言えたら良いのにな」
シーツに沿えた手に勝手に力が入っていく。心臓がドクドクと脈打つ。呼応するように、比例するように、私の内にずっと前から存在していた想いも大きくなっていく。こうなってしまったらもう、無条件に降伏する他に方法が思いつかなかった。
あぁ、もう本当に……。
「え――?」
勢いよく掛け布団をどけて、飛びつくように雪ちゃんを抱きしめていた。
「咲良……?」
耳元で雪ちゃんの戸惑うような声がする。心臓の音が聞かれているかもしれないけど、どうでもいい。離したくない。
「もう、いい加減にしてよ……」
本当にいい加減にしてほしかった。私が実は起きてると知ってやったのか、それともそうとは知らずにやったのか知らないけど、次から次へと私の心をめちゃくちゃにかき乱すようなことばっかり言って……。そんなだから、いつまで経っても私は雪ちゃんのことしか見れないんだってこと、いい加減分かってほしい。
そうだ、私はずっと前から雪ちゃんのことしか見られなくなっていた。それがとどのつまりどういう意味を持つのかなんて、今ではもうとっくに分かっている。
ただ、直視するのが怖かっただけだ。あり得ないことだって思っていたし、もし一歩だけでも踏み入ってしまえばもう二度と友達に戻れないんじゃないかって危惧してもいたから。
でも、それももう限界だった。こんなことあり得ない、普通じゃない、おかしい。そう思い込んで、ずっと事実から逃げようと必死だったけれど、そうやって現実から目を逸らし続けるのも、これ以上続けられそうにない。
こんなにも大事で大切で、想って想ってやまないなんて。いつから、なんて考えるのもどこかおこがましいと思えてしまうくらいだった。
「咲良……ごめん、私バカだからさ、どうして良いのか分かんなかったんだ」
「ほんっとバカ、サイアク……」
口ではそんな風に悪態をついては見せるけど、体は正直すぎるくらいに雪ちゃんを必要としている。こんなに誰かの存在が自分にとって大きいものになるなんて想像もしなかった。
周りがどう言おうと関係ない。
「ねぇ雪ちゃん」
「なに、咲良?」
私は、ただひたすらにこの子のことが……。
「好きだよ」
変に洒落た謳い文句なんて要らない。私はどうしようもないくらい雪ちゃんが好きなんだ。そのことさえ伝われば、後はどれだけ不格好だろうとどうでも良い。
「え――」
雪ちゃんは信じられないとでも言うような唖然とした声をあげる。私だって、この気持ちの正体に気づくまではそうだった。何なら、気づいてしばらくしてからもそうだった。誰だってにわかには信じられないだろう。
「うそ……」
「うそじゃないよ。うそでこんなこと言う人なんていないでしょ?」
「そっか……そうなんだ……私たち、ホントは両想いだったんだ……」
「そうみたい。ごめんね、ずっと待ってくれてたのに時間かかっちゃって」
雪ちゃんは無言で首を横に振ってくれて、それから私の肩に顔を擦りつけて子供みたいに泣き出してしまった。雪ちゃんが本気で泣くところを見るなんて初めてだ。号泣必至って銘打たれた映画を見た時だって泣いてなかったのに。
よっぽど嬉しかったんだね、と私は雪ちゃんの頭を撫でてあげた。一日中雨の予報だったはずなのに、外は晴れていた。
雪ちゃんが落ち着いてからほとんど時間を置かずにお父さんが迎えに来て、私は帰ることになった。雪ちゃんと話したいことは、この数日間で生まれた空白の何倍も多かったけれど、それはこの後時間をかけてゆっくり話していくことにした。
お父さんの車、助手席に乗り込んですぐお父さんに軽く怒られた。反抗するつもりも気力も無かった私は素直にそのお説教を受けた。
「でもまぁ、何ともなくて良かったよ。帰ったらすぐに寝な」
そうとだけ言われたことを最後に私は眠ってしまったらしく、お父さんに肩を揺すられて目を覚ましたら、そこは家の地下駐車場だった。
駐車場とはいえ、家に帰ってきたことで体にほとばしっていた変な力が抜けてくれたんだろう、エレベーターで五階に上がっている時に何度もあくびが出た。お父さんの後について家の中に入ってすぐに出たのはその何倍も大きかった。
玄関で靴を脱いで自分の部屋に入る。鞄を床に放るや否や、私はベッドにうつ伏せで倒れ込む。家に着いた時点で身体にのしかかる疲労感がかなり膨張していて、今すぐにでもまどろみの奥に沈み込んでしまいそうだった。
せめて制服から楽な格好に着替えようとポケットに入れていたスマホを出すと、何やら通知が来ていた。だけど確かめる気力も湧かなくて、そのまま充電コードに繋ぐこともしないまま枕元に置いた。
その後の事は全く覚えていない。ベッドに倒れ込んだ時にはまだ外は明るい昼下がりだったはずなのに、次に目が覚めた時には翌日の朝が来ていたことだけは確かだった。
4
次の日の朝、私が学校へ行く道を歩いていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。その方を見てみても誰も居ない。あれ、気のせい? なんて思っていると、今度は反対側から声を掛けられた。
「おはよう、咲良」
「うわぁ、びっくりしたぁ」
まさか反対側から来るなんて思わなくて素で驚く。すると、そこにいた雪ちゃんが「アハハハ」と笑った。
「もー、朝から心臓に悪いことやめてよ」
「ごめんごめん」
そんなにおかしかったのか、雪ちゃんは目元を指先で触りながら謝ってくる。
「もう大丈夫?」
改めて私の隣に並んで歩き出した雪ちゃんが訊いてくる。
「うん。昨日帰ってからすぐに寝たら元通りになったよ」
「そっか、良かったぁ」
雪ちゃんは安堵の表情を作る。それから「ねえ、咲良?」と前置きをしてから言った。
「私たちさ、付き合うってことで良いのかな?」
「……うん、それで良いんじゃないかな」
ほとんど考えることも無く答えていた。
「だって私ね、もう雪ちゃんがいない生活なんて考えらんないもん」
言いながら、無意識のうちに雪ちゃんと手を繋いでいた。それがきっと私の本懐だったんだろう。周りがなんて言ったって、私は雪ちゃんと一緒が良い。
「……分かった。じゃあこれからは、友達じゃなくて恋人だね」
「うん」
ドラマや漫画でよくあるようなセリフは、急にかしこまった感じがして恥ずかしかったのと今さらそんな風に言い合うのも変だったのとでやめておいた。こういうはどっちかと言うと、普通の何気ない会話と同じようなニュアンスで交わした方が良いのかもしれない。
繋ぎ合った手のひらを通してお互いの体温を感じながら歩くいつもの道は、なんだか鮮やかに見えた。
しばらくは手を繋いでいたけれど、さすがに学校に着く頃にはどっちが言うでもなく離していた。やっぱりまだちょっと慣れなくて恥ずかしい。そもそも誰かに恋をすること自体初めてなのに、それが実るなんてもっと想定外だ。ましてや、相手が相手なんだもの。
教室の自分の席に座ると、真っ先に周りにクラスの子が何人か集まってきた。大丈夫か、とか何ともないか、とかいろいろ聞かれたけど、私自身は昨日の昼から今日の朝まで一瞬たりとも起きることなく眠りこけたおかげですっかり全回復している。そのことを端的に話すと、みんな「よかったぁ」と胸を撫で下ろしてくれた。
それからしばらく私を巻き込んであれこれ話を繰り広げてきたけれど、私はそのどれにも上手く混ざれなかった。あぁどうしよう、この手の話苦手なんだよな……なんて思いながら生返事だけ繰り返していると、一緒に聞いていた雪ちゃんが助け舟を出してくれた。
「こらこら、咲良は病み上がりなんだから、そんなに一気に話したら疲れちゃうでしょ」
「あ、そうだったね、ごめんね」とみんな申し訳なさそうに去っていった。
朝礼が始まる少し前には担任の先生にも心配された。そんな風に朝こそみんなから心配されたけれど、時間が経てばそれほど大きな問題じゃなくなったようにみんな気にしなくなった。
それから先の日々は、本当に楽しくて幸せで、こんなに良い気分ばっかりして後から罰が当たらないか不安になるくらいだった。
毎日毎日ひたすら楽しくて、かけがえのない大切な思い出になっていった。休みの日には雪ちゃんといわゆるデートするようになって、平日だろうと休日だろうと関係なしに毎日が慌ただしく過ぎていった。
だけどいつまでもそういう風に浮足立っていられないのも事実で、私たちは高校受験対策の勉強に自然とシフトチェンジしていった。付き合い始めて間もないのにあまり一緒に居られないのはちょっと嫌だし寂しくもあったけど、こればっかりは自分の将来にまつわるものだから妥協はできない。
夏から秋へ、そして冬へと季節は移り変わり、いよいよ三学期。私立高校入試まで残り数日となったある日のこと。この時には授業らしい授業もなく、ただひたすら過去の入試問題を解きまくるだけの時間しかなかった。どの私立高校の過去問題もだいたい似たような問題ばかりで、そのおかげもあってか私が苦手だったはずの理科の成績は少しずつ伸びていった。繰り返しが実力を身に付けるのが嘘じゃなかったのを実感しつつ、今日も今日とて過去の入試問題と向き合っていた。
最後の問題を解き終わって自己採点するまでが一つの流れだけど、その前にちょっと一息つこうと何気なく窓の外を見やる。雪が降っていた。どこもかしこも銀世界。いろんな建物の壁やアスファルトの道路や、歩道に植えてある木が、全部真っ白に染まっていた。
もうそろそろなんだよなぁ、と急に現実味を帯びてきた。入試もそうだけど、卒業もだ。
中学校の三年間なんて、きっと小学校と同じで無駄に長いだけだと思っていた。でも実際はそうじゃなかった。長くもあって、短くもあった。一日一日はゆったり過ぎるくらい流れていって遅かったけど、でも気が付いたら一ヶ月が経って二ヶ月が経って、進級して、大切な人に出会って、恋をして……そんな風にあっという間に過ぎていった日々がもう少しで終わってしまうと思うと、なんだか物足りなさみたいなものが過る。
もっと続いてほしいな、なんてことも思うけど、時間が止まってくれないのも事実。
自己採点に取り掛かった私の背中を押すような振り方をした雪が止んだのはちょうど帰る頃で、また降りだす前に転ばない程度に急いで帰った。
「ねぇねぇ咲良」
「うん?」
雪ちゃんに呼ばれてその方を向くと、雪ちゃんがスマホのカメラレンズを私の方に向けていた。雪ちゃんが持ってきたアールグレイティーをクッキーと一緒にお腹の中に流し込もうとしていた私は、すぐにそれがどういうことかを察してもふもふのクッションで顔を隠す。
「ん~もう! 止めてってば!」噛み砕いたクッキーを飲み込んで言うと、
「えぇ~」
雪ちゃんが盛大に残念がる。
「もう、せっかく咲良の可愛いとこ撮れると思ったのにな」
「撮らなくて良いよ」
「ちぇー」
雪ちゃんはわざとらしくむくれてから、私が開けた二枚ずつ個包装されているクッキーをかじる。
今日は日曜日。つい昨日私立入試が終わったばかり。一段落ついたということで、久しぶりに私の家で遊ぶことになった。遊ぶ、というかお家デート、というか。
「前から思ってたけどさ、咲良って写真苦手なの?」
紅茶を一口飲んだ雪ちゃんに聞かれる。
「苦手」
「そっかぁ」
昔から、カメラを構えられると変に緊張してしまう。普通にしてて良いよと何度も言われてきたけど、その普通の仕方がレンズを向けられると忘れてしまうのだ。どんな表情を作れば良いのかとか、どういうポーズを取れば良いのかとか、そういうのが分からない。
だから、今まで何度か雪ちゃんと遊んだ時に写真を撮ろうと言われた時も、正直乗り気じゃなかった。でも、誘われてるのに断るのも申し訳なかったから大人しく一緒に撮ったけど、その写真は未だにちゃんと見れていない。だって恥ずかしいんだもん。
「そんなに映り悪くないと思うんだけどなぁ」
「そういう問題じゃないの」
「ふぅーん」
サクサクと小気味いい音を立ててクッキーを咀嚼する。しばらく協力プレイでアプリゲームをしていたら、徐に雪ちゃんが口を開いた。
「そういえば、そろそろバレンタインだね」
いつもより色鮮やかな響きだった。
「そうだね。もう来週」
カレンダーアプリで日を見ながらちょっと淡白かもしれない答え方をする。
「咲良のとこはいつもバレンタイン何かしてる?」
「特に何もしないよ。お父さんチョコ苦手だし」
チョコというか、甘いスイーツ系は全くと言っていいほど食べてるところを見たことがない。
「私んとことほとんど同じ感じか」
「雪ちゃんのお父さんも甘いの苦手なの?」
「ううん、うちはお母さんが苦手」
「ふぅん」
まぁ、どこもだいたいそんな感じか。そもそも今年は高校入試が重なっていてとてもそんな余裕なんて無いし。
「でもさ、せっかくだから今年は何かしたいよね」
「そうだね。せっかく私ら付き合ってんだし」
「うん」
スマホの画面に「ステージクリア」の文字が出てくる。キリも良いので協力プレイを終えてアプリも閉じる。
「でもさぁ、県立入試控えてるのに呑気にバレンタインだーって気分になるのもねぇ」
「そうなんだよね」
結局はその壁に当たる。来月の県立入試のために勉強を怠るわけにはいかないけど、だからって根詰めで勉強ばかりするのが良いってわけでもないし。
たまの一日くらい、とも思う。だけど、今こうやって私たちが息抜きをしている間に周りがどんどん対策していると思うと、出遅れないようにしないといけない使命感みたいなものも生まれてくる。
「まぁ、その日になって決めれば良いか」
ベッドに座っていた私の隣に雪ちゃんも座る。その距離はほとんどゼロ。
「とりあえず今はさ、ちょっとだけでも現実逃避してようよ」
「うん」
雪ちゃんのその言い方が正しいのかは分からないけど、県立入試が終わるまでにこうやって羽を伸ばせるのはせいぜい今日くらいだろう。だったら、せめてこの時だけは何も考えずにいたいと思った。
私が頷くと、雪ちゃんは心底嬉しそうに笑って手を繋いできた。そのまま二人一緒にベッドに背中から倒れて、枕のある方に頭を持っていくように動く。一人用のベッドに二人で横になるのは窮屈かもと思ったけれど、案外そうでもなくてまだ少し余裕があった。
手だけ繋いで、特に何も話すことなく天井の木目を眺めていると、不意に雪ちゃんが言い出した。
「なんか私たちってさ、季節みたいじゃない?」
「季節?」
「そう」
ゆったりとした口調で雪ちゃんが話す。私は黙って聞いた。
「春から夏になって、秋から冬になる。春と冬って真反対で一番遠い位置関係にあるように思えるけど、実際は隣り合わせ」
「あ、確かに」
「でしょ? 私たちってそれと同じだなぁって思ったの。ちょうど雪と桜だし」
「そうだね。っていうか、雪ちゃん詩人みたい」
「えへへ、今なんとなく思っただけなんだけどね」
照れくさそうに笑った雪ちゃんは、徐に私の首に腕を回してきた。ただでさえ近い距離がさらにもう少しだけ近くなる。体の右側をベッドに沿わせた雪ちゃんと目が合う。
「どうしたの?」
雪ちゃんはゆっくり首を横に振る。
「何にもないよ。ただ、咲良とこうやっていられるのが嬉しいだけ」
付き合い始めてから、雪ちゃんのこういうところを見ることが増えた気がする。今までが冷淡だったってわけじゃないけど、なんだろう、家族にも見せない意外な一面、みたいなやつだろうか。なんだか甘えん坊な子ネコみたいだ。
「雪ちゃんかわいい……あ」
つい言葉にしてしまっていた。それを聞いた雪ちゃんはというと、分かりやすく赤くなった顔を見られたくないのか手の甲で頬を隠した。
「面と向かって言われると……照れる」
一度私から目を逸らした雪ちゃんは、まったく戻る気配のない赤らんだ顔のまま「照れるけど……」と言葉を繋ぐ。
「でも、嬉しい」
今度はその言い方に私が顔を赤くする番だった。
5
バレンタイン当日はこれといって何かするでもなかった。最後の最後まで雪ちゃんとアレコレ悩んだけれど、結局「入試を優先しよう」となった。付き合い始めて最初のバレンタインイベントが来年に持ち越されたのは残念だけど、今年は仕方ない。
晩ご飯の後、もうひと踏ん張りとまた勉強に勤しんでいると、唐突にスマホが鳴った。電話の着信。相手は雪ちゃん。
「もしもーし」
『咲良? 今勉強してた?』
「うん。どうしたの?」
電話の向こうの雪ちゃんは申し訳なさそうな声を出す。
『そっかぁ。後でかけ直そうか?』
「ううん、良いよ。どうせもうちょっとしたら終わるつもりだったし」
夜遅くまで勉強するのは効率が悪いってどこかで聞いたことがある。一日中動き続けてただでさえ疲れている頭をさらに酷使するから、せっかく勉強しても頭に入るのはごくわずかなんだとか。それを聞いて以来、夜に勉強する時は一時間くらいで切り上げるようにしている。
『あぁ、そうなんだ』
「そうそう。それでどうしたの?」
『入試終わったらさ、どっか遊びに行かない?』
「あ~良いねそれ。どこ行く?」
『私は……咲良が行きたいとこならどこでも良いかな』
「何それ、一番困るやつ~」
雪ちゃんは軽く笑う。どうやら冗談だったらしい。
『一回言ってみたかったんだよね、こういうの』
「も~。雪ちゃんはどこ行きたいの?」
片手でペンを筆箱にしまいながら訊くと、雪ちゃんは「ん~」と少し考えてから、
『プラネタリウム、とか?』
「うわぁロマンチック」
夜遅い時間まで起きることなんてほとんどないから、屋内のホールで宇宙や星座の映像を見ているところを想像しただけでちょっとテンションが上がる。
『それか水族館』
「どっちも良いなあ」
最後に水族館に行ったのっていつだったっけ。たぶん物心も付かないくらい小さかった頃だと思うけど、それでもなんとなくあの薄暗い景色を照らすネオンがきれいだったことは覚えている。
『咲良はどっち行きたい?』
「え~迷うな~」
『なんなら二日掛けてどっちも行っても良いよね』
「あ、そうする?」
『咲良がそれで良いなら私は良いよ』
「あ~でもなぁ、どちらかといえばプラネタリウムかも」
『そう? じゃあそっちにしよっか』
「うん!」
思わず有頂天になったみたいに上擦った声が出た。雪ちゃんはクスっと笑ってから「うん、分かった。いつ行くかはまた今度決めよ。おやすみ」と電話を切っていった。
そういうわけで、入試が終わった後の息抜きデート(私が今名付けた)は二日掛けてプラネタリウムに行くことになった。まだいつ行くのかすら決まってないのに、私は未確定なその日が楽しみで仕方なかった。
県立入試を終えてから最初の週末。私はバス停でEveさんの曲を聴きながら雪ちゃんが来るのを待っていた。最近お気に入りなのは「虚の記憶」だ(からのきおくと読むらしい)。
待ち合わせの時間は午前十時。今は九時四十分。まだもう少し時間がある。
このバス停は私の家からも雪ちゃんの家からもそれほど離れていなくて、歩いていけば十分くらいで着く。さすがに家を出るのが早すぎた。三月の半ばとはいえ、外はまだまだ寒い。
もうちょっとゆっくりしてても良かったなぁと思いながら「虚の記憶」に耳を傾ける。ところどころ口ずさむと、それに合わせて白い息が散るように舞った。
歩道の隅には一昨日に降った雪がまだ少し残っている。今日は一日中雲一つない快晴の予報だから、それで溶けてくれれば一番良いな。
しばらく何もすることが無いまま音楽ばかり聴いていると、ちょうど「白銀」のイントロが始まったところで雪ちゃんが来た。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
ちょうどバスが来たので、それに乗ってプラネタリウムをやっている科学博物館へ向かう。
二人掛けの席に並んで座って揺られる。バスの中は暖房が効いていたけれど、それでもまだ寒くて両手にはあっと息を吐きかけると、それを見た雪ちゃんが何も言わずに自分のマフラーを私の首に巻いた。
「え、良いの?」
「うん。咲良、寒いんでしょ?」
「そうだけど、雪ちゃんは平気?」
「平気だよ、暖房回ってるもん。いくら寒がりで冷え性だからって、ちょっとくらいは我慢できるんだから」
そう言ったかと思ったら、頭を傾けて私の肩にもたれてきた雪ちゃん。
「どうしたの?」
「こうしてると落ち着くんだよね。咲良がちゃんとここにいるって分かる」
「そんなの当たり前じゃん」
「だよね。でも……うん、やっぱり落ち着く」
私が言いたかったのはそういうことじゃなかった。本当は、どこにも行かないってことを言いたかった。私が何も気にせず自分の全部をさらけ出せるのは、お父さん以外には雪ちゃんだけしかいないから。
でも、本当にリラックスしてると分かる雪ちゃんの表情を見たら、それは心の中にそっとしまっておこうと思った。
交差点の赤信号でバスが止まる。その時にふと雪ちゃんの方を見てみたら、雪ちゃんは目を閉じていた。どうやら寝ているらしい。
安らかで可愛い寝顔だった。私以外にも人がいるのにこんなに力が抜け切った顔で寝られるなんて、ちょっと羨ましい。
ひょっとしたら昨日、なかなか寝付けなかったのかもしれない。起こさないでおこうと、特に何もすることなくまた窓の外を見やった。
博物館に一番近いバス停にはもう少しで着く。そろそろ起こしてあげようかな、と思っていたら、「ん~……あれ?」と雪ちゃんが目を覚ました。
「やばっ、寝てた」
眠そうに目を擦ってあくびをする雪ちゃん。相当ぐっすり眠っていたらしい。
「なんでだろ……昨日早めに寝たんだけどな」
「でも、着く前に起きて良かったね」
「うん、まあ」
それから五分もしないうちにバスが止まり、私たちはバスを降りた。
プラネタリウムが始まるのは午後からだったから、最初に昼ご飯を食べることにした。中学生二人だとほとんど来ない郊外に土地勘なんてあるはずもなく、マップアプリでこの近辺を検索して飲食店を探す。結果、有名な某牛丼チェーン店でお腹を満たした。
昼ご飯の後、博物館に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのはマンモスの骨格標本だった。あまりの大きさに二人揃って失笑する。今から何十億年も前にはこんな生物が地球上に生息してたんだよなぁ、と思うと、ちょっと感慨深くなった。
プラネタリウムが始まる午後一時班まで、私たちは博物館の中をいろいろ見て回った。二階に上がってみると、今度は人の気配を察知して動くティラノサウルスのレプリカがあった。無骨な見た目と小さくても充分威圧感のあるギロッとした目つきだったから、本物じゃないとはいえちょっと怖かった。
後は古生代から中生代の間に生きた生き物たちの化石――ほとんどレプリカだけど、中には本物もあった――とか、科学を応用したちょっとしたギミックなんかもあって、見ているだけで時間が過ぎていった。
「そろそろ時間だね」
雪ちゃんが茶色い帯の腕時計を一瞥して言った。私もスマホで時間を見てみると、確かにもう少しでプラネタリウムの時間だ。
映画館の扉みたいな重厚なそれを押してホールの中に入ると、一瞬で空気が変わったように感じた。巨大な映写機を取り囲むように並んだ椅子に二人並んで座る。思いの外座り心地が良くてちょっとびっくりした。
しばらく待っていると、じきにアナウンスが鳴りだした。照明が落とされ、天井にはたくさんの星々が映し出される。その絶景は息を呑むものだった。
アナウンスの説明なんてどうでも良いくらいその景色に魅了されていた。たとえ目に映るものが、本当に目の前に出てきているものじゃないとしても。
こんなに気分をエモーショナルにされるとは思わなかった。きっと宇宙飛行士の人たちは、言葉じゃ完璧に言い表すことなんてほとんど不可能に近いような美しさをずっと見ているんだろう。
来て良かったな……。
素直にそう思った。きっと水族館にしたとしても同じだっただろう。
約一時間半のプラネタリウムはあっという間に終わった。ホールを出てからもしばらく現実から離れたような浮遊感に包まれていた。
「はぁ……すごかったな……」
自動販売機の横のベンチに座って一息つく。あの後私たちは、博物館の見れていなかった部分を見てから併設されている小ぢんまりとした公園で一休みしていた。
ずっとプラネタリウムのことばかり話して、気づいた時には外が若干暗くなりだした頃だった。
「そろそろ帰らないとね」
「だね」
来た道を戻ってバスに乗り、一番後ろの五人掛けの席に座った。揺られて帰っている途中、不意に雪ちゃんが「ねえ、咲良?」と朝と同じように頭を預けてきた。
「ん? なに?」
「今日さ、咲良の家泊まってって良いかな?」
「ふぇえ?」
変な声が出た。
「どうしたの急に……」
「別にどうもしてないよ。どうせ明日も休みなんだし、せっかくだからこういうのもしてみたかったんだ」
「でも、雪ちゃんの両親は? 心配しない?」
「大丈夫だよ。昨日のうちに話しておいたから」
「マジか」
本当に「マジか」だ。まさか最初から今日は私の家に泊まるつもりだったなんて。別に私は構わないし、お父さんもそうだろう。雪ちゃん側の両親が良いというなら、断る理由もない。
お父さんに雪ちゃんが泊まりに来る旨をLINEで送ると、すぐに既読が付いて「カレー作り過ぎたからちょうど良かった」との返事が送られてきた。
「咲良、お風呂空いたよ」
「はーい」
先にお風呂に入っていた雪ちゃんがパジャマ姿で私の部屋に入ってきた。体の芯から温まって頬がちょっと赤い雪ちゃんの後に私もお風呂に入る。
雪ちゃんは一回家に戻って準備をしてからここに来た。三人で囲む食卓は慣れないのとちょっとこそばゆいのとで、私もお父さんもなんだかぎこちなかった。だけどその分、一際賑やかで楽しかった。
お風呂から上がって部屋に戻ると、雪ちゃんが足を伸ばして床に座っていた。その隣に座って、私も何となく足を伸ばしてみる。そうしてみると、雪ちゃんとの身長差がかなりあることに気づく。一年生の時は同じくらいだったのに、今じゃ雪ちゃんの方が私より頭一つ分か、それよりちょっと小さいくらい背が高い。
「雪ちゃん、いつの間にか身長だいぶ大きくなったよね」
「あ~確かに。前は咲良と同じくらいだったもんね」
「羨ましいなぁ」
「高校生になったら咲良ももうちょっと伸びるよ、きっと」
「そうだと良いなぁ」
雪ちゃんみたいになりたいとまでは言わないけど、せめてこの年頃の女の子の平均身長くらいまでは大きくなりたい。今の私、たぶんそれより下だから。
「あぁ~今日楽しかったなぁ~」
雪ちゃんが手を組んで上に伸びる。
「入試は合格発表だけだし、学校は卒業するだけだし、ちょっとずついろんなことが終わってくね」
「そうだね。雪ちゃんと初めて話したのだって、もう三年前だし」
「もうそんなに経ったんだぁ」
年を一つ越す毎に学年も一個上がっているはずなのに、全然そんな感じがしない。今がまだ中学一年生の三学期で、これから二年生に進級するんじゃないかって錯覚するくらいにはあっという間な三年間だった。
「いろんなことあったね。……あ、そういえばさ」
私は一つ思い出した。いつか聞こうと思っていたこと。
「雪ちゃんは、なんで私のこと好きになってくれたの?」
ずっと聞こうと思っていたけど、入試に追いやられていてなかなか聞けなかった。
「なんで、かあ……考えたこと無かったなぁ」
雪ちゃんはしばらく考えるような素振りをした後、唐突に私に顔を向ける。
「でも強いて言うなら、ずっと咲良と一緒に居たかったから、かな?」
ずっと、一緒に。
「一年生の四月に咲良と初めてまともに話して、それから咲良といろんなことして、いろんなところに行って……気づいた時にはずっと咲良と一緒に居れたらなぁって思ってた。たぶん、それじゃないかな。私が咲良のこと好きになった一番の理由」
「……そっか。私とほとんど同じだ」
私も、雪ちゃんと同じだ。初めて話した四月のあの日から、いろんなことを雪ちゃんとしたしいろんなところにも行った。初めて一緒に夏祭りに行った時には、既に私は雪ちゃんが言うようにずっと一緒に居られたら良いなと思っていたから、きっとその頃には私は雪ちゃんのことを好きになっていたんだろう。ただ気づくのが遅かっただけで、本当はずっと前から雪ちゃんに恋をしていたのかもしれない。
雪ちゃんはちょっと照れくさそうに笑うと、「なんか疲れた。もう寝よ」とベッドに潜っていった。私も今日は疲れたから早めに寝よう。
私がベッドに入ると、雪ちゃんは両手で私の両頬を両手でサンドイッチしてきた。
「え、なに?」
「寝る前に咲良の成分補給しとこうと思って」
「何言ってんの」
「分かんない」
「もう~」
しばらくされるがままな私だったけど、だんだん恥ずかしくなってきた。とうとう耐え切れなくなって、「もう無理、恥ずかしい!」と雪ちゃんの手を離す。
「恥ずかしがってるのも可愛いよ」
「も~……」
心臓がドキドキする。雪ちゃんの目も鼻も口もすぐ近くにある。鼓動の音を聞かれてないかとただ心配になる。聞かれたところで何かマズいわけでもないんだけど、私は雪ちゃんに背を向ける。それが良くなかった。
まるでそうするのを待っていたみたいに、今度は雪ちゃんが私の背中にくっついてきた。
「咲良の背中、暖かいなぁ」
「もう、雪ちゃんってば……」
「えへ」
まただ。また、私を心ごとめちゃくちゃにするようなことばかりしてくる。どこかのタイミングで理性が吹っ飛んでしまいそうだ。
「ねえ、咲良?」
「……なに?」
「大好き」
その一言が全てを決めた。
寝返りとほとんど同時に雪ちゃんの唇に触れていた。初めての、キス。
唇を離して雪ちゃんの顔がすぐそこに映る。鳩が豆鉄砲を食ったような、キョトンとした顔をしていた。
「え……」
まさかキスされるとは思っていなかったらしく、顔を真っ赤にして固まっている。
「さく、ら?」
「私だって、雪ちゃんのこと大好きだからね。参ったか」
雪ちゃんは私にどういう顔を向けて良いのか分からないようだった。「え、っと……」としばらく目を泳がせた後、小さく「ずるいよ」と言った。
「私からしたかったのに……」
「こういうのに順番なんて無いと思うよ」
「そう、だけどさぁ……いじわる」
「雪ちゃんが悪いんだからね」
「うぅ……」
どんどん俯いていく雪ちゃんにくっついて、それからもうちょっとだけ話したけど、最終的には二人とも寝落ちするという形で一日を終えた。時間なんて見ていなかったけれど、きっといつも私が寝る時間とほとんど変わらなかったんじゃないかと思う。
三年生になると、事ある毎に高校入試やら受験やら、それ関連の言葉が先生の口から繰り返し出てくるようになった。そんなに言われなくてもさすがに自分の置かれた立場くらい分かっている。
相変わらず何になりたいのかなんて不明瞭なままだったけれど、進学先の高校はこの辺りではそれなりに名の知れた県立高校を挙げておいた。偏差値で言えば私にちょうど良いくらい。通学に関してはちょっと距離があるから、電車を使うことになるかもしれないけれど、それくらいはアルバイトで稼いだお金で賄えば良いと思っていた。
昼休み中の話も自然と入試関係のものに変わっていて、雪ちゃんも私と同じ高校を志望しているらしい。一応滑り止めで私立高校も受けるそうだ。まぁだいたい私立も受けるよね、私だってそうだけど。
今日も特に何か困ったことが起こるわけでもなく一日が終わろうとしていた。放課後の教室で帰り支度を整えた今、私の中ですごくモヤモヤした感情が渦巻いていることを除けば。
ここ最近、ずっとこうだ。事ある毎に胸の中がざわついて仕方ない。そしてそれは、いつも決まって雪ちゃんが他の誰かと話している時に限って燻ってくる。
今だってそうだ。クラスメイトの子に授業で分からなかったところを訊かれてそれに雪ちゃんが答えている最中。それを見ていると、どうも焦げたトーストみたいな後味の悪さばかりが私を覆ってくる。気味が悪いったらこの上ないしさっさと無くなってほしいんだけど、雪ちゃんといる時だけはそれはコロっと姿を変えるものだからどう対処して良いものか分からない。
具体的には、雪ちゃんといる時は偶然虹を見れたような幸せな気分になって、彼女が誰かの相手をしている時にはテストで悪い点を取った時みたいにずーんと気分が下がってしまう。
たまに雪ちゃんのことをじっと見つめてしまっている時もあって、せっかく雪ちゃんが話してくれていることも満足に聞いてあげられない、なんてことも最近増えてきた。
おかしいのは誰から見ても分かる。自覚だってある。こんなの、絶対おかしい。でも何がおかしいのかよく分からない。
「うん、じゃあね」
やっと終わったらしい。たった五分くらいのはずなのにめちゃくちゃ長く感じた。それこそ一時間以上話してるようにすら思ってしまった。
「ごめん、咲良。早く帰ろ」
「うん」
雪ちゃんと並んで昇降口まで行く。靴を履き替えて、もう何度も歩いて正直見飽きてすらいるはずの道を歩く。でも、不思議と飽きたようには思わない。
「――。あれ、咲良? おーい」
「………………ふぇ?」
変な声が出てしまった。どうやら雪ちゃんが何か話していたらしい。
「どうしたの? なんかボーっとしてたよ?」
「あぁ、そう、なんだ」
変だ。絶対変だ。返事まで覚束なくなるなんて今までなかった。
「なんか最近変だよ? どうかした?」
「…………」
雪ちゃんに話したところでどうにかなるとも思わなかったけど、一人で抱え込むよりちょっとはマシかなと思って一応話してみた。最近の私のことを全部。
「それってさ、恋してるってことじゃない?」
すると雪ちゃんはそんなことを言った。
「そう、なのかな?」
「私にもよく分かんないけど、でもそんなことになるってことはそうなんじゃない?」
よく分からない。そもそも私が抱いているこの不思議で気持ち悪くて、でもどこか心地よくもある感情が、本当に雪ちゃんが言う「恋」っていうものなのか、それともまた違うものなのか。
*
ここ最近、咲良の様子がちょっとおかしいことは薄々勘付いていた。前までなら絶対なかったようなことが頻繁に起こり過ぎているから。ボーっとしていたり、たまに私のことをじっと見ていたり、私がクラスメイトの子と話していると見るからに元気が無くなったり、それが無くなれば途端に元通りになったり……。
あまりに多くあり過ぎるものだから、帰り道に何気ない感じで聞いてみたら、すぐに分かった。本人は首を傾げていたけれど、あれはたぶん、間違いない。
咲良は恋をしている。分かって、同時に自分の心臓の辺りがキュッと委縮したように小さくなったのも分かった。
なんで分かったのかは、私自身もそうだから。私も、恋をしているから。
その相手は、まだ自分でもにわかには信じられない。でも、どう考えてもそうとしか結論付けられない。
私はもしかしたら、咲良のことが、好きなのかもしれない。咲良に、恋をしているのかもしれない。いやいやそんなまさか、と自分でも笑い飛ばそうと、最初こそ思った。でも、そうしようとすると決まって違和感めいたものが胸を過るんだから、きっとそうなんだろう。私が抱くこの感情は、この気持ちは、きっと本物なんだろう。何より、咲良が恋をしていると分かった途端に去来した、あの得も言われぬような寂しさがその証拠なんじゃないかと思う。その人のことが好きじゃなかったら、そんな気持ちにだってならないはずだ。
でも、もし本当にこの気持ちが「恋」だと認めてしまったら、私はどうなるんだろう。自分と同じ性別の子を好きになる、それは世界的に見てもおかしいことだっていうのは、世の中の風潮的になんとなく分かっている。誰に聞いても、あり得ないとか信じられないとか、もっとひどいと気持ち悪いとか、そんな意見ばっかりなはずだ。
私は、どうしたら良いんだろう。世間のそんな目なんて気にしないで恋をし続けるべきなのか、それともこの気持ちを無かったことにするべきなのか。
分からない。私はどうするべきなんだろう。
そもそもの話、私は咲良のことをどう思っているんだろう。
親友なのは確かだ。それも、大親友。一年生の春に話しかけられて、それから一週間もしないうちに私たちはお互いを友達だと思っていた。
咲良の家の事情を知った時はそりゃあ驚いたけれど、その時本人に言ったことは何も間違いじゃない。
夏祭りの時に話したことだって本当だ。嘘なんてつかない。つくもんか。ついた方もつかれた方も良い気分になんてならないもん。
だから、咲良が大親友だっていうのは紛れもない本当。本当なんだけど、やっぱりこの気持ちから目を逸らすこともできないでいる。
堂々巡りなのは自分でも分かっている。出て入って、また出て入っての繰り返し。同じところを何度も回って周り過ぎて、そのうち吐き気を催しそうだ。
抜け出せる方法があるなら誰か教えてほしい。それくらい私は路頭に迷った状態でいる。
「はあぁ~……」
夕飯が終わった後、お母さんが食器洗いをしている中、私は机に突っ伏してため息を吐く。
「さっきから何回ため息ついてんの?」
「そんなにしてる?」
「してる。ご飯食べてる時だって、隙あらばぼんやりしてため息ついてってしてたじゃない。自覚ないの?」
「あぁそうなんだ」
確かにいつもより食べるスピードが遅かったような気はするけど、さすがにお母さんが言ったように隙あらばってわけじゃなかったとは思う。
「そんなに思い詰めて、どうしたの?」
「ん~~……」
相談できるものならしたいけど、こればっかりはさすがになぁ……。
「まさか雪乃、好きな子でもできた?」
「もーなんでそうなるかなぁ?」
あながち間違ってないのが何とも言えない。ずっと突っ伏したままというのも疲れるので肘をついて体を起こす。
「そりゃ、雪乃だって年頃なんだし、そういう話の一つくらいあっても良いんじゃない?」
片付けを終えたらしいお母さんがマグカップ片手に私の前の席に座る。ほのかに紅茶の匂いがする。お母さんが好きなアールグレイティーの匂いだ。昔から嗅いでいたからよく分かる。
「で、どうなの?」
「どう、って……」
こういう時、私は常に負ける。お母さんの圧がすごいとかそんなんじゃなくて、単純にここまで私のことを知ろうとしてくれている人に対してムキになってしまうのは、なんだかお門違いな気がするから。だけど、今日はちょっと違った。
「どう、なんだろうね」
曖昧に濁した。正直、自分でもまだ気持ちの整理が上手くついていない。その状態で「これは恋だ」とかいう風に事務的に完結させることなんてほぼ不可能だ。
だから、上手くまとまらない言葉のまま伝えるしかなかった。
「その子のことは、すごく大事な友達だし、何なら親友だってすら思ってる。……でも最近、その子と一緒に居るとドキドキしたり、一緒に居なかったら居なかったで何してるか気になって仕方なくなったり、とにかく変なんだよね。ずっとその子のこと考えてることだってあるし……」
今だって、お母さんとの話に集中しなきゃいけないのは分かっているのに頭の片隅に咲良に似た背中が映っている。ちょっと目を背けようものなら、すぐにそれに目を奪われてしまう。
どんな表情をしているのか気になる。笑ってるなら私も一緒に笑っていたいし、もし泣いてるなら側に寄り添ってあげたい。
「それが、恋よ」
「そう、なの?」
私にはいまいちよく分からない。するとお母さんは「そうねぇ」とマグカップの縁を指でなぞる。
「じゃあ、今言ったことって、全部他の子にも当てはまる?」
「……ううん、当てはまらない」
「一個も?」
「うん」
最初は半信半疑だったものも、二度目は確信みたいなものに変わっていた。一緒に居てドキドキするのも、何をしているのか気になるのも、ずっとその子のことばかり考えてしまうのも……私にとっては、咲良がその人だ。
じゃあ、私は本当に……本当に咲良のことが……。
いや、でも、果たして本当にそれで良いのか。
きっと、そんな葛藤が表情に現れていたんだろう。お母さんは「なんて顔してるのよ」と笑いながら言葉を続ける。
「せっかくその子にしか当てはまらないって分かったのに、何をそんなにまだ悩んでるの?」
どう、しよう。話したら、お母さんはどんな顔をするだろう。私が好きな人は、私と同じ女の子。それを聞いたお母さんがどんな表情をするのか、想像できなくてひたすら怖い。相好を崩してくれるのか、それとも眉をひそめられるのか。
怖かった。だけど、このまま中途半端なままうやむやにして流してしまう後味の悪さよりは幾分かマシだった。だから、星屑みたいな小さな勇気を振り絞って、話した。
お母さんは最初、心底驚いたような顔をした。当然だ。愛娘の初恋相手が、まさかその娘と同じ女の子だなんて、きっと誰も想像しない。私だって、お母さんの立場だったらそうなるはずだ。
呆気に取られていたお母さんは、しばらくしてから目を閉じて一度深呼吸をしたようだった。それから、何故かピンと張っていた糸がふっと緩んだように、優しく朗らかに笑ってみせた。
なんでそんな顔をするのかまるで分からなかった。だって私は、傍から見たら異常者だ。何なら、「障害者」って言葉で一括りにされていろんな人から耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を浴びせられても、何の文句も言えない立場にいるのとほとんど同じだ。それなのに、どうしてお母さんは……。
今度は私の方が呆気に取られていると、お母さんはマグカップに浮かんだ色の濃いアールグレイティーを俯瞰しながら穏やかに話し出した。
「ねえ、雪乃。恋とか愛って、なんだか紅茶みたいじゃない?」
急に何の話だろう。
「まぁ紅茶に限った話じゃなくて、コーヒーでも普通のお茶でも同じね。水の量やバッグを水に浸ける時間で濃い風味にもなるし薄い風味にもなる。それと一緒で、その人と一緒に居る時間が長く濃いものであるほどその人に抱く想いは大きく膨らんでいくし、短く薄いものであれば小さくしぼんでいく。それがたまたま男性と女性の組み合わせで起こる確率が高くて、いつの間にかみんなそうなるのが当たり前だって錯覚していっただけなのかなって」
お母さんの言い分には妙な説得力があった。
「確かに昔は、男の子同士だろうと女の子同士だろうと、同性の恋愛なんてあってはならないものだって風習があったけど、今さらそんな堅苦しいものを振りかざすのもねえ? せっかく自分の子供に好きな子ができたっていうのに、そんなので無いものにしたら、かわいそうでしょ?」
すごく腑に落ちて、だからこそ何も言えなかった。心の中がポカポカと暖かくなっていく。
もう、アレコレ悩むのはやめにしよう。お母さんの言う通りだ。私を含めたみんな、いつの間にか多数派の意見に押し流されていただけ。言ってしまえば、双眼鏡を使っているくせに大まかにしか街を見ていなかったようなものだ。ちょっと注意深く凝視してみれば、私と同じ人なんてそこら中に何百、何千人といるはずなのに。
悩むのはやめにする。それに、今さらああだこうだ言ったところでどうしようもないんだ。どれだけ考えないように気を付けていようと、気にしないようにしていようと、意識しないようにしていようと、そんな応急処置がとっくのとうに手遅れになってしまっていることなんて私自身一番よく理解している。
胸に手を当てて、ふと想う。とくん、とくん、と確かに息をしている。呼応するように、温もりに満ちたいろんな表情や仕草や、私を「雪ちゃん」と呼ぶ声がリフレインしてくる。
あぁーあ、私ってダメダメだな。誰かに導いてもらわないと何もできないんだもんなぁ。でもきっと、あの子ならそんな私でも「そんなことないよ」って、「大丈夫だよ」って、言って励ましてくれるんだろうな。あの、苺みたいに笑った顔で。
そんなだから私は……。
あの子が、咲良のことが大切で仕方なくなってしまう。
未だにこんなのおかしいでしょって言っている自分がいるのも、正直なところ。だけど、もうそんな自分すら目に付かないくらいの境地まで来てしまっている。後戻りできないのもしないのも、そもそもそんなつもりなんて毛頭ないのも、全部そう。
それくらい私は、咲良が、好きだ。
好きで好きでたまらない。明日になればまたあの可愛い笑顔が見れる、そう思っただけで胸が弾む。徐々に表情が綻んでいく私に、お母さんは少し前のめりになって訊いてきた。「それで」
「その好きな子ってのは、咲良ちゃん?」
ぽかんとした。どうして、知っているんだろう。今日、もっと言えば今、話したばかりなのに。
「なんで、分かるの?」
「分かるわよ。何年あなたの親やってると思ってるの」
お母さんはクスっと笑う。
「それにね、あなたが話すこと、全部咲良ちゃんのことだったじゃない。あんなにたくさん、しかも自分のことみたいに楽しそうに話してたら、嫌でも気づくわよ」
「そ、そんなに咲良のことばっかり話してたかな……」
自分ではそうは思わないけれど、でも思い返してみると確かに食卓での私はずっと咲良のことばかり話していたような気がしないでもないけど、でもやっぱりそんなに咲良の話ばかりしていたわけでもないような気が……。
首を傾げる私を見て嬉しそうに笑ったお母さんは、紅茶を一気に飲み干してから「また咲良ちゃんの話、たくさん聞かせてね」とマグカップを流し台へ持って行った。
残った私は、まだとくん、とくん、と鳴り続ける鼓動に耳を澄ませるように想いを馳せた。
咲良がいてくれるから、私は私でいられる。何も取り繕うこと無く、誤魔化すことなく、何も飾らない素の私でいられる。咲良のおかげで、私は前までの私から変わることができた。人付き合いが苦手で常に一人だった私を、咲良が見つけてくれた。見つけて、手を差し伸べてくれてくれた。私に、人付き合いは怖いものじゃないって教えてくれた。
こんなにたくさんのものをくれた咲良には、せめて私からもお返しをしてあげたい。何が良いかな、何なら喜ぶかな。誕生日プレゼントに悩むようにしていると、たった一つにしか絞れなかった。
これからずっと、あなたの側にいたい。なんて、ちょっとワガママかな。
2
次の日、いつも通りに「おはよう咲良」と言ったつもりだけど、何故か咲良からは怪訝みたいな目を向けられた。
「雪ちゃん、何かあったの?」
「え、なんで?」
「なんか、吹っ切れたみたいな顔してるから」
「えー、そうかな?」
自分では何とも思わない反面、確かにちょっと気分がすっきりした気がする。自分のこの気持ちが咲良に対する恋心だって気づいたからなのか、それとも単純に目覚めが良かったからなのか、そこは曖昧だ。
「そうだよ、絶対何かあったでしょ」
「何にもないよ~」
咲良はしばらく「ほんとかなぁ?」なんて言いながら私にカマをかけようとしてきたようだけど、私は引っかからなかった。そうしていると、咲良も「そっか、何にもないのか」と諦めた。
それからふと、咲良が窓を打つ雫を見てぼやくように呟いた。
「雨、嫌いだなぁ」
「梅雨なんだから仕方ないよ」
「そうだけどさぁ。ジメジメして朝から汗かくし、ずっと傘持ってないといけないし、明けたら今度はひたすら暑いし……夏って嫌なことしかないよ」
「まぁ分からなくもないけどね。ってか、こんな話前にもしたよね?」
「え、したっけ?」
キョトンとする咲良。首を傾げる仕草がかわいい。
「したよ。一年生の時くらいに」
「え~どうだったっけ……?」
どうやら咲良は覚えていないらしい。私も覚えていないことをひたすら話すほど馬鹿じゃないから、覚えてないなら覚えてないで別に気にしない。
と、そこで朝礼が始まるチャイムが鳴った。今日もまた退屈な授業に四方八方を囲まれる日が始まるなぁ、なんていうカッコつけたことを思った、期末テスト一週間前の朝だった。
金曜日の放課後、私と咲良が昇降口で靴を履き替えていると、不意に「水橋さん」と声を掛けられた。
「ん?」
首だけを動かして向いた先には、クラスの男子。
「忘れ物してたよ」
彼が持っていたのは、私の数学のノートだった。
「あれ、置いて行ってた?」
「うん」
「ごめん、ありがとう」
彼は全く気にしてないといった様子で「ううん」と手渡してきた。
「せっかく勉強できるのに、これで悪い点取ったら嫌だもんね」
私がノートを鞄にしまっている時に、彼は言った。
「別に、そんなに勉強得意なわけじゃないよ」
事実、勉強はそれほど得意じゃない。むしろ苦手ですらある。だけど、さすがに何もしないまま成績だけが下がっていくのだけはイヤだから、必要最低限の勉強くらいは暇を見つけてするようにしている。ましてや、今年は高校受験が関わってくるから余計だ。
ノートを渡しに来ただけかと思っていたけれど、何故か彼はしつこいくらいに私に話を振ってきた。最初こそ気にしてなかったけど、だんだん「迷惑だな」と思うようになってきた。そんな私を察したのかは分からないけれど、彼が「それじゃあ」とまた何か話を広げようとしたところで咲良が私の腕を掴んだ。
「ごめん、私らもう帰るから」
一方的に言い放って、少し乱暴なくらいに私を引っ張っていく。その言い方はどこか苛立っているようだった。無理もないか、なんて思ってしばらくは何とも思わなかったけど、昇降口からかなり離れてもまだ咲良は私を放さなかったものだからさすがに変だと思った。
「ねえ、咲良? もう放して良いよ?」
言っても、咲良は何も言わないまま校門を出る。
「ねぇ、咲良?」
どうしたんだろう、何かしたかな? と不安になりながらもう一度呼ぶと、咲良はその場で足を止めて腕を放してくれた。でもそれだけで何も言わない。
「咲良? どうしたの?」
こんなこと今までに一度だって無かったからひたすら不安になる。しばらく無言のまま私に背を向けてばかりだった咲良は、何かと何かを自分の中で結び付けるような震えた息を吐いてから聞いてきた。
「雪ちゃんはさ、私のことどう思ってる?」
「そんなの……」
親友だと思っていた。少なくとも、この気持ちに気づくまでは。もしも今の気持ちをそのまま伝えたら、いくら咲良とはいえ一般的な反応を示すに決まっている。だから、咲良が(恋愛的な意味で)好きだなんて言えるわけがなかった。
言葉に詰まっていると、咲良が少しだけ空を仰ぎ見て言った。
「私は雪ちゃんのこと、友達だって思ってるよ。大親友ってくらい」
諦めたような言い方に胸が張り裂けそうだった。だからきっと、居ても立っても居られなくなったんだろう。
「えっ? ゆ、雪ちゃん?」
戸惑う咲良の声がすぐそこで聞こえる。私はただ、ガラス板みたいな背中が壊れてしまわないように優しく、だけど離したくなくて強く抱きしめていた。
「ね、ねぇ雪ちゃん? どうしたの? ねえってば」
「ごめんね」
そんなことしか言えなかった。
「私も咲良のこと、ずっと友達だって思ってたよ。でも……最近よく分かんないや」
言えるはずがなかった。だけど、このまま一人で抱え込むのも限界だった。この際、受け入れられようとそうじゃなかろうとどっちでも良かった。器に擦切り一杯分溜まった水が波紋を皮切りに溢れだすのと同じように、咲良を想う気持ちが溢れ出していた。
「私ね、咲良のことが好きみたいなんだ……」
何故か落ち着いている自分がいた。咲良は当然「え……?」と呆気に取られて何も言えないようだった。
「……ごめん」
やがて、そうとだけ咲良が言った。小さくてか弱くて、本当に消え入ってしまいそうだった。自然と私の体からするっと力が抜け落ちて、その隙をついたように咲良は一人で歩いていってしまった。
嫌われたかもしれない。それでも別に良い。嫌われたって仕方のないことなんだから。これで咲良との関係が最初からなかったみたいになってしまっても、別に構わないとさえ思っていた。どうせ独りぼっちは慣れっこだ。
別に何とも思ってない。思ってない、はず、なのに……。
どうしてこんなに、心が寂しいと叫んでいるんだろう。そんな私の心をまるごと映した三面鏡のような空から、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
傘を持っていなかった私は急ぎ足で家に帰った。幸い鞄も制服もそれほど酷く濡れなかったけれど、胸の中はひどく水浸しになっていた。
一目散に部屋に駆けこんでから、その場に崩れ落ちる。
嫌われたって、これっきり咲良と今まで通りの関係に戻れなくったって、友達じゃなくなったって、独りぼっちになったって、何ともない。そう思っていたはずなのに、今になって心の奥底からズキズキと痛んでくる。猫を被った建前が崩れていくのは時間の問題みたいだった。
そう、建前。所詮、私が思っていたことは全部建前にしか過ぎなかった。
本当は嫌われたくもないし、咲良とこれっきりになってしまうのも、友達じゃなくなってしまうのも、独りぼっちになってしまうのも、全部イヤだ。別に構わないなんて思えるわけがない。
咲良とずっと一緒が良い。それ以外考えられない。なのに……。
「なんで、こうなっちゃうのかなぁ……」
どうにかこうにかして漏らさないようにしていた弱音が漏れてしまう。すると、それを何かのスイッチとしたように目の奥が熱くなりだした。必死にこらえようとしても、結局歯止めが利かなくて感情の塊みたいな涙が流れ出してくる。その中には後悔も混じっていた。
なんであんなことを言ってしまったんだろう。言ったって、咲良が困ることくらい目に見えていたはずなのに。実際、一人で恋心を抱え込むのが息苦しかったのも本当だけど、じゃあもっと他の言い方があったんじゃないか、なんて今さらになって思ってしまう。だけど、咲良のあんな背中を見てしまったら我慢できなかった。
想いを口にする直前までは、受け入れてもらってもそうじゃなくてもどっちだって良い、なんて甘っちょろいことを思っていたけど、今は到底そんな風に思うことなんてできなかった。そのくせ、身も心もしつこいくらいに咲良の笑顔や声や何気ない仕草を追い求め続けている。
こんなことなら好きになるんじゃなかった。それ以前に友達になるんじゃなかった。でも、咲良と友達になる方を選んだのもずっと友達でいようと決めたのも全部私だ。紛れもない私自身なんだ。いっそのことそんな自分を嫌いになれたら楽なのに、そうすることもできずにいるのが余計に抉った傷を生む。
八方塞がりな状態のまま、脳裏を過っては消えてまた出てくる、今まで見た咲良の面影に打ちひしがれるように泣いた。
*
なんて言って良いのかまるで分からなかった。まさか雪ちゃんからあんな言葉を聞くなんて思いもしなかったから。それで混乱して、言葉を上手く探せなくて、最終的には一方的に突き放すようなことしか言えなくて……。
でも、今になって思えば私もおかしいんだ。ずっと前から雪ちゃんのことを目で追っているし、家にいても「今頃何してるのかなぁ」なんて風に気になるし、そうやって雪ちゃんのことを考えると決まってドキドキするし……そして極めつけは、私以外の誰かと話しているところを見ると嫉妬するし。
家路を一人でトボトボと歩きながら、思考回路はグルグルと同じところを回り続けていた。肩に打ち付けてくる雨も気にしないで寂しく歩き続けて、家に着く頃には制服も鞄もひどく濡れていた。
弱々しく玄関に入ると、ちょうど仕事部屋から出てきたお父さんと顔を合わせた。
「おかえり、咲良。ってか、すげえ濡れてんじゃん」
「ただいま」
果たしてそれすらちゃんと言えていたかどうかすら分からない。
「急に雨降ってきたし、仕方ないか。早く風呂入ってきな。その間に制服、乾燥機の前に置いとくから」
お父さんは明らかにおかしいはずの私を見ても何も言わなかった。ただそれだけ言ってくれた。甘んじるようにシャワーで冷えた体を温めた。
その温さが雪ちゃんの体温と馬鹿みたいに似ていて、そのせいで頭の奥底に眠っていた雪ちゃんとの思い出が一気に思い起こされてきた。初めて顔を見合わせた時のことも、雪ちゃんの家に行ったことも、夏祭りに行ったことも……それ以外のいろんな思い出が一気に全部思い出してしまって、自分一人じゃとても抱えきれないくらいの大きな想いになってしまった。
会いたい、声が聞きたい、触れ合っていたい、何気ないことで一緒に笑っていたい……。そんなバカみたいな気持ちがループして、次第に目の奥が熱くなってきた。シャワーが体の奥に浸透したのか、それとも涙なのかよく分からないままお風呂の床に崩れ落ちて、遅すぎる嗚咽をたくさん漏らした。
もしもこのまま、私と雪ちゃんの関係がゼロになってしまったらどうしよう。せっかくこんなに仲良くなれたのに、こんな形で終わってしまったら……。
そんなの嫌なのに、嫌に決まってるのに、どうして良いのか分からないまま泣き続けるしかなかった。十五歳の私には、この問題は難易度が高すぎるようだった。
3
私と雪ちゃんは、それから口を利くことは無かった。お互い気にかけてはいるけれど、何と声を掛けて良いのか分からない、そんな微妙な距離感になっていた。ケンカと言うには違うし、時間が私たちの関係をろ過させてしまったのともまた違う。だけど、私たちの間に確かな溝があることだけは確かだった。
LINEでの会話も交わさなかった。一回だけ私の方からコンタクトを取ってみようかとも思ったけれど、あんなことがあった手前、なんていう言葉が適切なのか分からなかった。
そうして迎えた三日間の期末テスト。問題自体はそれほど難しくなくて苦労しなかったけれど、その分余計な雑念ばかりが頭を掠めていく。テストに集中しないといけないのに、気が付いたら雪ちゃんの方をじっと見てしまっている。
あまつさえ、休みが明けてからずっと気分が優れない日が続いている。体がだるくて、頭と喉がちょっと痛くて、咳もたまに出てくる。変なことを考えないようにするために土曜日の二日間連続で夜遅くまで勉強していたのが良くなかったのかもしれない。だけどそれ以外に気を紛らわせる方法を知らなかった。
幸い、今日でテストは終わる。だからせめてそれまでは持ちこたえてほしいなと思いながら教室に入ると、すぐに雪ちゃんを探してしまう。探して、目が合って、どちらともなく気まずそうに目を逸らす。
本当、なにやってるんだろう……。こんなことするくらいなら早くどっちからでも良いから謝ってしまえば良いのに。思ってはいるのになかなか素直になれない自分が恨めしく思いながら席に着いた。
しばらくテスト範囲の見直しをしているとあっという間に朝礼の時間になって、そうかと思えばテストの時間になった。
一時間目の数学は何ともなかったし、二時間目の英語もところどころ曖昧な部分はあったけれど手応えは悪くない。
問題は三時間目、最後に控えていた理科のテストだった。もともと理科は主要五教科の中だと一番苦手だったのもあって、いくら問題を凝視してもなかなか解き進められなかった。それに付け入るようにして、月曜日から続いていた頭痛やだるさが一気にひどくなってきたものだから、何かの嫌がらせかと思った。
ここだけ乗り切れば後は大丈夫だと、なんとか自分を奮い立たせながら問題と向き合う。分からなくても分からないなりに授業を振り返って答えを絞り出していって……最後の問題を解き終わるとほぼ同時にテストが終わるチャイムが鳴った。途端に周囲の緊張感が一気に弛緩するのを感じて、私も便乗するように一息つく。その時には頭痛もだるさも喉の痛みも全部収まってくれていた。
だからきっと油断したんだろう。席を立った瞬間、「あれ?」と思った。なんで私、床に倒れてるんだろう?
おかしいな、上手く起き上がれない。心なしか息まで荒い気がする。自分にかかっている重力だけ極端に強くなったように、体に全く力が入らない。
自分でもさすがにおかしいと思った。どうしてこんなに力が上手く入ってくれないんだろう。それどころか、だんだん力が抜けていくような感覚さえ覚える。
目の前に映る机や椅子の脚と壁が二重にも三重にも見えてくる。
教室の中が騒然としているのは、なんとなく分かる。誰かが私を呼んでいるのも。でも、参ったな……細くて荒い呼吸しかできないや。
意識まで薄れ始めてきてしまった。周りが騒ぎ立てる声が遠のいていく。
でも、変だな……一個だけ、どうしても耳に残る声がある。誰だろう……。
「咲良っ!」
――もしかして――。
衣擦れの音が耳に入ってきて、私はうっすらと目を開ける。見慣れない天井と蛍光灯、それとカーテンレールから伸びた白いカーテン。ここ、どこ……?
遅れて薬品の匂いが鼻をくすぐってきて、ここが保健室だと気づく。えっと、私どうなったんだっけ? 確かテスト受けて、教室で倒れて、それで……。
自分を反芻していると、サァーっとカーテンが開く音がした。今年の四月から赴任してきた新しい保健室の先生が様子を見ようと覗き込んだようだった。
「あ、起きた?」
まだ二十代じゃないかっていうくらい若くてきれいな人だ。穏やかな人柄が雰囲気として滲み出ている。
「気分はどう?」
ベッドのすぐそばに椅子を持ってきて座る先生。その時にふと、左手の薬指が蛍光灯の光を受けて銀色に光るのが見えた。
気分はずいぶんと楽だった。頭痛もだるさもない。喉の痛みはまだあるけれど、一時に比べれば何ともないくらいだった。
そのことを伝えると、先生は「そっか」と柔和に笑った。それから、私が倒れた原因を知らされた。どうやら軽い夏風邪みたいな症状に睡眠不足が加担したことで起こったキャパオーバーのようだった。そういえばここ最近、貧血みたいに頭がクラクラするようなこともあったと思い出す。その時点で止めておけば良かったと過去の自分を省みても、今じゃもう遅いけど。
「今日はもうゆっくり休みなさい。親御さんにも連絡して、迎えに来てもらうから」
「はい」
さすがに私も、倒れてもなお平気な顔をしてみせるほど頑固じゃない。大人しく頷く。不幸中の幸い、っていう言い方が正しいのか分からないけど、授業が再開されるのは明日からだから、今日は週末の分までしっかり休もうと今ここに決める。
「そうだ、ちょっと待ってて」
先生は一度ベッドから離れていく。少し物音がした後に戻ってくると、手に紙コップを持っていた。
「これ、飲んでおきなさい。ただの経口補水液だけど」
経口補水液、なんて言われてもそれがどういうものかなんていまいちよく分からない。でもこういう時に飲まされるということは、少なくとも体に悪いものじゃないんだろう。
渡されたそれを飲むと、体が一気にみずみずしくなるような気持ちよさを覚えた。きっとそれで視野も元通りになったんだろう。さっきまで気づかなかったものに、不意に気づいた。
「え、雪ちゃん?」
声に出して驚いてしまう。私の足元辺りで、机に突っ伏すようにして目を閉じている雪ちゃんがいた。どうして……。
「あぁ、その子ね。深瀬さんが起きるまで待ってるって聞かなかったのよ」
先生は困ったように笑う。
「そう、だったんだ……」
「起きてくれるまで心配で、ご飯なんて食べてる余裕ないって言ってたよ。ステキな友達ね」
先生は、今度は無邪気な子供みたいに笑った。それから「親御さん来るまでまだ時間かかるから少し待ってて」とだけ言い残して保健室を出ていった。今日は確か、月に何度かある直接会社に出勤する日だったはずだ。お父さんには申し訳ないことしたな、と思いながら、私の視線は雪ちゃんに移る。
そっと、雪ちゃんの頬に触れる。それで、たったそれだけのことで、ただでさえドキドキして止まなかった心臓がさらに加速する。
どうして雪ちゃんは、こんなに私を優先してくれるんだろう。あんなことがあったのに、昼ご飯すら食べないでずっと私の側にいてくれたなんて……。勝手な溝を生んで勝手に避けていた私がひたすら馬鹿らしく思えてきた。
胸の奥がじんわりと暖かくなっていく。こんなに人から大事にされることが心を満たしてくれるなんて知らなくて、その温もりに涙が零れそうな時だった。
「ん……」
雪ちゃんがもぞもぞと動き出す。濡れ始めていた目尻を指でなぞって、それから何故かもう一回ベッドに横になる。おまけに掛け布団を顔が隠れるくらいまで深くかぶって、雪ちゃんに背を向ける。どうしてだか、起きているところを見られたくないと思ってしまった。
「咲良、まだ起きないんだ……」
不安そうな雪ちゃんの聲。棘みたいにチクチクと私の心に刺さる。
「ねぇ、咲良……」
萎れた雪ちゃんの聲。やめて、そんな風に呼ばないで……。
「あの時言ったこと、嘘でも何でもないよ」
ビクッと体が動いてしまいそうになるのを必死にこらえる。どうして、今そんなことを言うんだろう……。ただでさえ参ってるのに、これじゃあ……。
「私、本当に咲良のこと好きだよ」
…………。
「……なんて、素直に言えたら良いのにな」
シーツに沿えた手に勝手に力が入っていく。心臓がドクドクと脈打つ。呼応するように、比例するように、私の内にずっと前から存在していた想いも大きくなっていく。こうなってしまったらもう、無条件に降伏する他に方法が思いつかなかった。
あぁ、もう本当に……。
「え――?」
勢いよく掛け布団をどけて、飛びつくように雪ちゃんを抱きしめていた。
「咲良……?」
耳元で雪ちゃんの戸惑うような声がする。心臓の音が聞かれているかもしれないけど、どうでもいい。離したくない。
「もう、いい加減にしてよ……」
本当にいい加減にしてほしかった。私が実は起きてると知ってやったのか、それともそうとは知らずにやったのか知らないけど、次から次へと私の心をめちゃくちゃにかき乱すようなことばっかり言って……。そんなだから、いつまで経っても私は雪ちゃんのことしか見れないんだってこと、いい加減分かってほしい。
そうだ、私はずっと前から雪ちゃんのことしか見られなくなっていた。それがとどのつまりどういう意味を持つのかなんて、今ではもうとっくに分かっている。
ただ、直視するのが怖かっただけだ。あり得ないことだって思っていたし、もし一歩だけでも踏み入ってしまえばもう二度と友達に戻れないんじゃないかって危惧してもいたから。
でも、それももう限界だった。こんなことあり得ない、普通じゃない、おかしい。そう思い込んで、ずっと事実から逃げようと必死だったけれど、そうやって現実から目を逸らし続けるのも、これ以上続けられそうにない。
こんなにも大事で大切で、想って想ってやまないなんて。いつから、なんて考えるのもどこかおこがましいと思えてしまうくらいだった。
「咲良……ごめん、私バカだからさ、どうして良いのか分かんなかったんだ」
「ほんっとバカ、サイアク……」
口ではそんな風に悪態をついては見せるけど、体は正直すぎるくらいに雪ちゃんを必要としている。こんなに誰かの存在が自分にとって大きいものになるなんて想像もしなかった。
周りがどう言おうと関係ない。
「ねぇ雪ちゃん」
「なに、咲良?」
私は、ただひたすらにこの子のことが……。
「好きだよ」
変に洒落た謳い文句なんて要らない。私はどうしようもないくらい雪ちゃんが好きなんだ。そのことさえ伝われば、後はどれだけ不格好だろうとどうでも良い。
「え――」
雪ちゃんは信じられないとでも言うような唖然とした声をあげる。私だって、この気持ちの正体に気づくまではそうだった。何なら、気づいてしばらくしてからもそうだった。誰だってにわかには信じられないだろう。
「うそ……」
「うそじゃないよ。うそでこんなこと言う人なんていないでしょ?」
「そっか……そうなんだ……私たち、ホントは両想いだったんだ……」
「そうみたい。ごめんね、ずっと待ってくれてたのに時間かかっちゃって」
雪ちゃんは無言で首を横に振ってくれて、それから私の肩に顔を擦りつけて子供みたいに泣き出してしまった。雪ちゃんが本気で泣くところを見るなんて初めてだ。号泣必至って銘打たれた映画を見た時だって泣いてなかったのに。
よっぽど嬉しかったんだね、と私は雪ちゃんの頭を撫でてあげた。一日中雨の予報だったはずなのに、外は晴れていた。
雪ちゃんが落ち着いてからほとんど時間を置かずにお父さんが迎えに来て、私は帰ることになった。雪ちゃんと話したいことは、この数日間で生まれた空白の何倍も多かったけれど、それはこの後時間をかけてゆっくり話していくことにした。
お父さんの車、助手席に乗り込んですぐお父さんに軽く怒られた。反抗するつもりも気力も無かった私は素直にそのお説教を受けた。
「でもまぁ、何ともなくて良かったよ。帰ったらすぐに寝な」
そうとだけ言われたことを最後に私は眠ってしまったらしく、お父さんに肩を揺すられて目を覚ましたら、そこは家の地下駐車場だった。
駐車場とはいえ、家に帰ってきたことで体にほとばしっていた変な力が抜けてくれたんだろう、エレベーターで五階に上がっている時に何度もあくびが出た。お父さんの後について家の中に入ってすぐに出たのはその何倍も大きかった。
玄関で靴を脱いで自分の部屋に入る。鞄を床に放るや否や、私はベッドにうつ伏せで倒れ込む。家に着いた時点で身体にのしかかる疲労感がかなり膨張していて、今すぐにでもまどろみの奥に沈み込んでしまいそうだった。
せめて制服から楽な格好に着替えようとポケットに入れていたスマホを出すと、何やら通知が来ていた。だけど確かめる気力も湧かなくて、そのまま充電コードに繋ぐこともしないまま枕元に置いた。
その後の事は全く覚えていない。ベッドに倒れ込んだ時にはまだ外は明るい昼下がりだったはずなのに、次に目が覚めた時には翌日の朝が来ていたことだけは確かだった。
4
次の日の朝、私が学校へ行く道を歩いていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。その方を見てみても誰も居ない。あれ、気のせい? なんて思っていると、今度は反対側から声を掛けられた。
「おはよう、咲良」
「うわぁ、びっくりしたぁ」
まさか反対側から来るなんて思わなくて素で驚く。すると、そこにいた雪ちゃんが「アハハハ」と笑った。
「もー、朝から心臓に悪いことやめてよ」
「ごめんごめん」
そんなにおかしかったのか、雪ちゃんは目元を指先で触りながら謝ってくる。
「もう大丈夫?」
改めて私の隣に並んで歩き出した雪ちゃんが訊いてくる。
「うん。昨日帰ってからすぐに寝たら元通りになったよ」
「そっか、良かったぁ」
雪ちゃんは安堵の表情を作る。それから「ねえ、咲良?」と前置きをしてから言った。
「私たちさ、付き合うってことで良いのかな?」
「……うん、それで良いんじゃないかな」
ほとんど考えることも無く答えていた。
「だって私ね、もう雪ちゃんがいない生活なんて考えらんないもん」
言いながら、無意識のうちに雪ちゃんと手を繋いでいた。それがきっと私の本懐だったんだろう。周りがなんて言ったって、私は雪ちゃんと一緒が良い。
「……分かった。じゃあこれからは、友達じゃなくて恋人だね」
「うん」
ドラマや漫画でよくあるようなセリフは、急にかしこまった感じがして恥ずかしかったのと今さらそんな風に言い合うのも変だったのとでやめておいた。こういうはどっちかと言うと、普通の何気ない会話と同じようなニュアンスで交わした方が良いのかもしれない。
繋ぎ合った手のひらを通してお互いの体温を感じながら歩くいつもの道は、なんだか鮮やかに見えた。
しばらくは手を繋いでいたけれど、さすがに学校に着く頃にはどっちが言うでもなく離していた。やっぱりまだちょっと慣れなくて恥ずかしい。そもそも誰かに恋をすること自体初めてなのに、それが実るなんてもっと想定外だ。ましてや、相手が相手なんだもの。
教室の自分の席に座ると、真っ先に周りにクラスの子が何人か集まってきた。大丈夫か、とか何ともないか、とかいろいろ聞かれたけど、私自身は昨日の昼から今日の朝まで一瞬たりとも起きることなく眠りこけたおかげですっかり全回復している。そのことを端的に話すと、みんな「よかったぁ」と胸を撫で下ろしてくれた。
それからしばらく私を巻き込んであれこれ話を繰り広げてきたけれど、私はそのどれにも上手く混ざれなかった。あぁどうしよう、この手の話苦手なんだよな……なんて思いながら生返事だけ繰り返していると、一緒に聞いていた雪ちゃんが助け舟を出してくれた。
「こらこら、咲良は病み上がりなんだから、そんなに一気に話したら疲れちゃうでしょ」
「あ、そうだったね、ごめんね」とみんな申し訳なさそうに去っていった。
朝礼が始まる少し前には担任の先生にも心配された。そんな風に朝こそみんなから心配されたけれど、時間が経てばそれほど大きな問題じゃなくなったようにみんな気にしなくなった。
それから先の日々は、本当に楽しくて幸せで、こんなに良い気分ばっかりして後から罰が当たらないか不安になるくらいだった。
毎日毎日ひたすら楽しくて、かけがえのない大切な思い出になっていった。休みの日には雪ちゃんといわゆるデートするようになって、平日だろうと休日だろうと関係なしに毎日が慌ただしく過ぎていった。
だけどいつまでもそういう風に浮足立っていられないのも事実で、私たちは高校受験対策の勉強に自然とシフトチェンジしていった。付き合い始めて間もないのにあまり一緒に居られないのはちょっと嫌だし寂しくもあったけど、こればっかりは自分の将来にまつわるものだから妥協はできない。
夏から秋へ、そして冬へと季節は移り変わり、いよいよ三学期。私立高校入試まで残り数日となったある日のこと。この時には授業らしい授業もなく、ただひたすら過去の入試問題を解きまくるだけの時間しかなかった。どの私立高校の過去問題もだいたい似たような問題ばかりで、そのおかげもあってか私が苦手だったはずの理科の成績は少しずつ伸びていった。繰り返しが実力を身に付けるのが嘘じゃなかったのを実感しつつ、今日も今日とて過去の入試問題と向き合っていた。
最後の問題を解き終わって自己採点するまでが一つの流れだけど、その前にちょっと一息つこうと何気なく窓の外を見やる。雪が降っていた。どこもかしこも銀世界。いろんな建物の壁やアスファルトの道路や、歩道に植えてある木が、全部真っ白に染まっていた。
もうそろそろなんだよなぁ、と急に現実味を帯びてきた。入試もそうだけど、卒業もだ。
中学校の三年間なんて、きっと小学校と同じで無駄に長いだけだと思っていた。でも実際はそうじゃなかった。長くもあって、短くもあった。一日一日はゆったり過ぎるくらい流れていって遅かったけど、でも気が付いたら一ヶ月が経って二ヶ月が経って、進級して、大切な人に出会って、恋をして……そんな風にあっという間に過ぎていった日々がもう少しで終わってしまうと思うと、なんだか物足りなさみたいなものが過る。
もっと続いてほしいな、なんてことも思うけど、時間が止まってくれないのも事実。
自己採点に取り掛かった私の背中を押すような振り方をした雪が止んだのはちょうど帰る頃で、また降りだす前に転ばない程度に急いで帰った。
「ねぇねぇ咲良」
「うん?」
雪ちゃんに呼ばれてその方を向くと、雪ちゃんがスマホのカメラレンズを私の方に向けていた。雪ちゃんが持ってきたアールグレイティーをクッキーと一緒にお腹の中に流し込もうとしていた私は、すぐにそれがどういうことかを察してもふもふのクッションで顔を隠す。
「ん~もう! 止めてってば!」噛み砕いたクッキーを飲み込んで言うと、
「えぇ~」
雪ちゃんが盛大に残念がる。
「もう、せっかく咲良の可愛いとこ撮れると思ったのにな」
「撮らなくて良いよ」
「ちぇー」
雪ちゃんはわざとらしくむくれてから、私が開けた二枚ずつ個包装されているクッキーをかじる。
今日は日曜日。つい昨日私立入試が終わったばかり。一段落ついたということで、久しぶりに私の家で遊ぶことになった。遊ぶ、というかお家デート、というか。
「前から思ってたけどさ、咲良って写真苦手なの?」
紅茶を一口飲んだ雪ちゃんに聞かれる。
「苦手」
「そっかぁ」
昔から、カメラを構えられると変に緊張してしまう。普通にしてて良いよと何度も言われてきたけど、その普通の仕方がレンズを向けられると忘れてしまうのだ。どんな表情を作れば良いのかとか、どういうポーズを取れば良いのかとか、そういうのが分からない。
だから、今まで何度か雪ちゃんと遊んだ時に写真を撮ろうと言われた時も、正直乗り気じゃなかった。でも、誘われてるのに断るのも申し訳なかったから大人しく一緒に撮ったけど、その写真は未だにちゃんと見れていない。だって恥ずかしいんだもん。
「そんなに映り悪くないと思うんだけどなぁ」
「そういう問題じゃないの」
「ふぅーん」
サクサクと小気味いい音を立ててクッキーを咀嚼する。しばらく協力プレイでアプリゲームをしていたら、徐に雪ちゃんが口を開いた。
「そういえば、そろそろバレンタインだね」
いつもより色鮮やかな響きだった。
「そうだね。もう来週」
カレンダーアプリで日を見ながらちょっと淡白かもしれない答え方をする。
「咲良のとこはいつもバレンタイン何かしてる?」
「特に何もしないよ。お父さんチョコ苦手だし」
チョコというか、甘いスイーツ系は全くと言っていいほど食べてるところを見たことがない。
「私んとことほとんど同じ感じか」
「雪ちゃんのお父さんも甘いの苦手なの?」
「ううん、うちはお母さんが苦手」
「ふぅん」
まぁ、どこもだいたいそんな感じか。そもそも今年は高校入試が重なっていてとてもそんな余裕なんて無いし。
「でもさ、せっかくだから今年は何かしたいよね」
「そうだね。せっかく私ら付き合ってんだし」
「うん」
スマホの画面に「ステージクリア」の文字が出てくる。キリも良いので協力プレイを終えてアプリも閉じる。
「でもさぁ、県立入試控えてるのに呑気にバレンタインだーって気分になるのもねぇ」
「そうなんだよね」
結局はその壁に当たる。来月の県立入試のために勉強を怠るわけにはいかないけど、だからって根詰めで勉強ばかりするのが良いってわけでもないし。
たまの一日くらい、とも思う。だけど、今こうやって私たちが息抜きをしている間に周りがどんどん対策していると思うと、出遅れないようにしないといけない使命感みたいなものも生まれてくる。
「まぁ、その日になって決めれば良いか」
ベッドに座っていた私の隣に雪ちゃんも座る。その距離はほとんどゼロ。
「とりあえず今はさ、ちょっとだけでも現実逃避してようよ」
「うん」
雪ちゃんのその言い方が正しいのかは分からないけど、県立入試が終わるまでにこうやって羽を伸ばせるのはせいぜい今日くらいだろう。だったら、せめてこの時だけは何も考えずにいたいと思った。
私が頷くと、雪ちゃんは心底嬉しそうに笑って手を繋いできた。そのまま二人一緒にベッドに背中から倒れて、枕のある方に頭を持っていくように動く。一人用のベッドに二人で横になるのは窮屈かもと思ったけれど、案外そうでもなくてまだ少し余裕があった。
手だけ繋いで、特に何も話すことなく天井の木目を眺めていると、不意に雪ちゃんが言い出した。
「なんか私たちってさ、季節みたいじゃない?」
「季節?」
「そう」
ゆったりとした口調で雪ちゃんが話す。私は黙って聞いた。
「春から夏になって、秋から冬になる。春と冬って真反対で一番遠い位置関係にあるように思えるけど、実際は隣り合わせ」
「あ、確かに」
「でしょ? 私たちってそれと同じだなぁって思ったの。ちょうど雪と桜だし」
「そうだね。っていうか、雪ちゃん詩人みたい」
「えへへ、今なんとなく思っただけなんだけどね」
照れくさそうに笑った雪ちゃんは、徐に私の首に腕を回してきた。ただでさえ近い距離がさらにもう少しだけ近くなる。体の右側をベッドに沿わせた雪ちゃんと目が合う。
「どうしたの?」
雪ちゃんはゆっくり首を横に振る。
「何にもないよ。ただ、咲良とこうやっていられるのが嬉しいだけ」
付き合い始めてから、雪ちゃんのこういうところを見ることが増えた気がする。今までが冷淡だったってわけじゃないけど、なんだろう、家族にも見せない意外な一面、みたいなやつだろうか。なんだか甘えん坊な子ネコみたいだ。
「雪ちゃんかわいい……あ」
つい言葉にしてしまっていた。それを聞いた雪ちゃんはというと、分かりやすく赤くなった顔を見られたくないのか手の甲で頬を隠した。
「面と向かって言われると……照れる」
一度私から目を逸らした雪ちゃんは、まったく戻る気配のない赤らんだ顔のまま「照れるけど……」と言葉を繋ぐ。
「でも、嬉しい」
今度はその言い方に私が顔を赤くする番だった。
5
バレンタイン当日はこれといって何かするでもなかった。最後の最後まで雪ちゃんとアレコレ悩んだけれど、結局「入試を優先しよう」となった。付き合い始めて最初のバレンタインイベントが来年に持ち越されたのは残念だけど、今年は仕方ない。
晩ご飯の後、もうひと踏ん張りとまた勉強に勤しんでいると、唐突にスマホが鳴った。電話の着信。相手は雪ちゃん。
「もしもーし」
『咲良? 今勉強してた?』
「うん。どうしたの?」
電話の向こうの雪ちゃんは申し訳なさそうな声を出す。
『そっかぁ。後でかけ直そうか?』
「ううん、良いよ。どうせもうちょっとしたら終わるつもりだったし」
夜遅くまで勉強するのは効率が悪いってどこかで聞いたことがある。一日中動き続けてただでさえ疲れている頭をさらに酷使するから、せっかく勉強しても頭に入るのはごくわずかなんだとか。それを聞いて以来、夜に勉強する時は一時間くらいで切り上げるようにしている。
『あぁ、そうなんだ』
「そうそう。それでどうしたの?」
『入試終わったらさ、どっか遊びに行かない?』
「あ~良いねそれ。どこ行く?」
『私は……咲良が行きたいとこならどこでも良いかな』
「何それ、一番困るやつ~」
雪ちゃんは軽く笑う。どうやら冗談だったらしい。
『一回言ってみたかったんだよね、こういうの』
「も~。雪ちゃんはどこ行きたいの?」
片手でペンを筆箱にしまいながら訊くと、雪ちゃんは「ん~」と少し考えてから、
『プラネタリウム、とか?』
「うわぁロマンチック」
夜遅い時間まで起きることなんてほとんどないから、屋内のホールで宇宙や星座の映像を見ているところを想像しただけでちょっとテンションが上がる。
『それか水族館』
「どっちも良いなあ」
最後に水族館に行ったのっていつだったっけ。たぶん物心も付かないくらい小さかった頃だと思うけど、それでもなんとなくあの薄暗い景色を照らすネオンがきれいだったことは覚えている。
『咲良はどっち行きたい?』
「え~迷うな~」
『なんなら二日掛けてどっちも行っても良いよね』
「あ、そうする?」
『咲良がそれで良いなら私は良いよ』
「あ~でもなぁ、どちらかといえばプラネタリウムかも」
『そう? じゃあそっちにしよっか』
「うん!」
思わず有頂天になったみたいに上擦った声が出た。雪ちゃんはクスっと笑ってから「うん、分かった。いつ行くかはまた今度決めよ。おやすみ」と電話を切っていった。
そういうわけで、入試が終わった後の息抜きデート(私が今名付けた)は二日掛けてプラネタリウムに行くことになった。まだいつ行くのかすら決まってないのに、私は未確定なその日が楽しみで仕方なかった。
県立入試を終えてから最初の週末。私はバス停でEveさんの曲を聴きながら雪ちゃんが来るのを待っていた。最近お気に入りなのは「虚の記憶」だ(からのきおくと読むらしい)。
待ち合わせの時間は午前十時。今は九時四十分。まだもう少し時間がある。
このバス停は私の家からも雪ちゃんの家からもそれほど離れていなくて、歩いていけば十分くらいで着く。さすがに家を出るのが早すぎた。三月の半ばとはいえ、外はまだまだ寒い。
もうちょっとゆっくりしてても良かったなぁと思いながら「虚の記憶」に耳を傾ける。ところどころ口ずさむと、それに合わせて白い息が散るように舞った。
歩道の隅には一昨日に降った雪がまだ少し残っている。今日は一日中雲一つない快晴の予報だから、それで溶けてくれれば一番良いな。
しばらく何もすることが無いまま音楽ばかり聴いていると、ちょうど「白銀」のイントロが始まったところで雪ちゃんが来た。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
ちょうどバスが来たので、それに乗ってプラネタリウムをやっている科学博物館へ向かう。
二人掛けの席に並んで座って揺られる。バスの中は暖房が効いていたけれど、それでもまだ寒くて両手にはあっと息を吐きかけると、それを見た雪ちゃんが何も言わずに自分のマフラーを私の首に巻いた。
「え、良いの?」
「うん。咲良、寒いんでしょ?」
「そうだけど、雪ちゃんは平気?」
「平気だよ、暖房回ってるもん。いくら寒がりで冷え性だからって、ちょっとくらいは我慢できるんだから」
そう言ったかと思ったら、頭を傾けて私の肩にもたれてきた雪ちゃん。
「どうしたの?」
「こうしてると落ち着くんだよね。咲良がちゃんとここにいるって分かる」
「そんなの当たり前じゃん」
「だよね。でも……うん、やっぱり落ち着く」
私が言いたかったのはそういうことじゃなかった。本当は、どこにも行かないってことを言いたかった。私が何も気にせず自分の全部をさらけ出せるのは、お父さん以外には雪ちゃんだけしかいないから。
でも、本当にリラックスしてると分かる雪ちゃんの表情を見たら、それは心の中にそっとしまっておこうと思った。
交差点の赤信号でバスが止まる。その時にふと雪ちゃんの方を見てみたら、雪ちゃんは目を閉じていた。どうやら寝ているらしい。
安らかで可愛い寝顔だった。私以外にも人がいるのにこんなに力が抜け切った顔で寝られるなんて、ちょっと羨ましい。
ひょっとしたら昨日、なかなか寝付けなかったのかもしれない。起こさないでおこうと、特に何もすることなくまた窓の外を見やった。
博物館に一番近いバス停にはもう少しで着く。そろそろ起こしてあげようかな、と思っていたら、「ん~……あれ?」と雪ちゃんが目を覚ました。
「やばっ、寝てた」
眠そうに目を擦ってあくびをする雪ちゃん。相当ぐっすり眠っていたらしい。
「なんでだろ……昨日早めに寝たんだけどな」
「でも、着く前に起きて良かったね」
「うん、まあ」
それから五分もしないうちにバスが止まり、私たちはバスを降りた。
プラネタリウムが始まるのは午後からだったから、最初に昼ご飯を食べることにした。中学生二人だとほとんど来ない郊外に土地勘なんてあるはずもなく、マップアプリでこの近辺を検索して飲食店を探す。結果、有名な某牛丼チェーン店でお腹を満たした。
昼ご飯の後、博物館に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのはマンモスの骨格標本だった。あまりの大きさに二人揃って失笑する。今から何十億年も前にはこんな生物が地球上に生息してたんだよなぁ、と思うと、ちょっと感慨深くなった。
プラネタリウムが始まる午後一時班まで、私たちは博物館の中をいろいろ見て回った。二階に上がってみると、今度は人の気配を察知して動くティラノサウルスのレプリカがあった。無骨な見た目と小さくても充分威圧感のあるギロッとした目つきだったから、本物じゃないとはいえちょっと怖かった。
後は古生代から中生代の間に生きた生き物たちの化石――ほとんどレプリカだけど、中には本物もあった――とか、科学を応用したちょっとしたギミックなんかもあって、見ているだけで時間が過ぎていった。
「そろそろ時間だね」
雪ちゃんが茶色い帯の腕時計を一瞥して言った。私もスマホで時間を見てみると、確かにもう少しでプラネタリウムの時間だ。
映画館の扉みたいな重厚なそれを押してホールの中に入ると、一瞬で空気が変わったように感じた。巨大な映写機を取り囲むように並んだ椅子に二人並んで座る。思いの外座り心地が良くてちょっとびっくりした。
しばらく待っていると、じきにアナウンスが鳴りだした。照明が落とされ、天井にはたくさんの星々が映し出される。その絶景は息を呑むものだった。
アナウンスの説明なんてどうでも良いくらいその景色に魅了されていた。たとえ目に映るものが、本当に目の前に出てきているものじゃないとしても。
こんなに気分をエモーショナルにされるとは思わなかった。きっと宇宙飛行士の人たちは、言葉じゃ完璧に言い表すことなんてほとんど不可能に近いような美しさをずっと見ているんだろう。
来て良かったな……。
素直にそう思った。きっと水族館にしたとしても同じだっただろう。
約一時間半のプラネタリウムはあっという間に終わった。ホールを出てからもしばらく現実から離れたような浮遊感に包まれていた。
「はぁ……すごかったな……」
自動販売機の横のベンチに座って一息つく。あの後私たちは、博物館の見れていなかった部分を見てから併設されている小ぢんまりとした公園で一休みしていた。
ずっとプラネタリウムのことばかり話して、気づいた時には外が若干暗くなりだした頃だった。
「そろそろ帰らないとね」
「だね」
来た道を戻ってバスに乗り、一番後ろの五人掛けの席に座った。揺られて帰っている途中、不意に雪ちゃんが「ねえ、咲良?」と朝と同じように頭を預けてきた。
「ん? なに?」
「今日さ、咲良の家泊まってって良いかな?」
「ふぇえ?」
変な声が出た。
「どうしたの急に……」
「別にどうもしてないよ。どうせ明日も休みなんだし、せっかくだからこういうのもしてみたかったんだ」
「でも、雪ちゃんの両親は? 心配しない?」
「大丈夫だよ。昨日のうちに話しておいたから」
「マジか」
本当に「マジか」だ。まさか最初から今日は私の家に泊まるつもりだったなんて。別に私は構わないし、お父さんもそうだろう。雪ちゃん側の両親が良いというなら、断る理由もない。
お父さんに雪ちゃんが泊まりに来る旨をLINEで送ると、すぐに既読が付いて「カレー作り過ぎたからちょうど良かった」との返事が送られてきた。
「咲良、お風呂空いたよ」
「はーい」
先にお風呂に入っていた雪ちゃんがパジャマ姿で私の部屋に入ってきた。体の芯から温まって頬がちょっと赤い雪ちゃんの後に私もお風呂に入る。
雪ちゃんは一回家に戻って準備をしてからここに来た。三人で囲む食卓は慣れないのとちょっとこそばゆいのとで、私もお父さんもなんだかぎこちなかった。だけどその分、一際賑やかで楽しかった。
お風呂から上がって部屋に戻ると、雪ちゃんが足を伸ばして床に座っていた。その隣に座って、私も何となく足を伸ばしてみる。そうしてみると、雪ちゃんとの身長差がかなりあることに気づく。一年生の時は同じくらいだったのに、今じゃ雪ちゃんの方が私より頭一つ分か、それよりちょっと小さいくらい背が高い。
「雪ちゃん、いつの間にか身長だいぶ大きくなったよね」
「あ~確かに。前は咲良と同じくらいだったもんね」
「羨ましいなぁ」
「高校生になったら咲良ももうちょっと伸びるよ、きっと」
「そうだと良いなぁ」
雪ちゃんみたいになりたいとまでは言わないけど、せめてこの年頃の女の子の平均身長くらいまでは大きくなりたい。今の私、たぶんそれより下だから。
「あぁ~今日楽しかったなぁ~」
雪ちゃんが手を組んで上に伸びる。
「入試は合格発表だけだし、学校は卒業するだけだし、ちょっとずついろんなことが終わってくね」
「そうだね。雪ちゃんと初めて話したのだって、もう三年前だし」
「もうそんなに経ったんだぁ」
年を一つ越す毎に学年も一個上がっているはずなのに、全然そんな感じがしない。今がまだ中学一年生の三学期で、これから二年生に進級するんじゃないかって錯覚するくらいにはあっという間な三年間だった。
「いろんなことあったね。……あ、そういえばさ」
私は一つ思い出した。いつか聞こうと思っていたこと。
「雪ちゃんは、なんで私のこと好きになってくれたの?」
ずっと聞こうと思っていたけど、入試に追いやられていてなかなか聞けなかった。
「なんで、かあ……考えたこと無かったなぁ」
雪ちゃんはしばらく考えるような素振りをした後、唐突に私に顔を向ける。
「でも強いて言うなら、ずっと咲良と一緒に居たかったから、かな?」
ずっと、一緒に。
「一年生の四月に咲良と初めてまともに話して、それから咲良といろんなことして、いろんなところに行って……気づいた時にはずっと咲良と一緒に居れたらなぁって思ってた。たぶん、それじゃないかな。私が咲良のこと好きになった一番の理由」
「……そっか。私とほとんど同じだ」
私も、雪ちゃんと同じだ。初めて話した四月のあの日から、いろんなことを雪ちゃんとしたしいろんなところにも行った。初めて一緒に夏祭りに行った時には、既に私は雪ちゃんが言うようにずっと一緒に居られたら良いなと思っていたから、きっとその頃には私は雪ちゃんのことを好きになっていたんだろう。ただ気づくのが遅かっただけで、本当はずっと前から雪ちゃんに恋をしていたのかもしれない。
雪ちゃんはちょっと照れくさそうに笑うと、「なんか疲れた。もう寝よ」とベッドに潜っていった。私も今日は疲れたから早めに寝よう。
私がベッドに入ると、雪ちゃんは両手で私の両頬を両手でサンドイッチしてきた。
「え、なに?」
「寝る前に咲良の成分補給しとこうと思って」
「何言ってんの」
「分かんない」
「もう~」
しばらくされるがままな私だったけど、だんだん恥ずかしくなってきた。とうとう耐え切れなくなって、「もう無理、恥ずかしい!」と雪ちゃんの手を離す。
「恥ずかしがってるのも可愛いよ」
「も~……」
心臓がドキドキする。雪ちゃんの目も鼻も口もすぐ近くにある。鼓動の音を聞かれてないかとただ心配になる。聞かれたところで何かマズいわけでもないんだけど、私は雪ちゃんに背を向ける。それが良くなかった。
まるでそうするのを待っていたみたいに、今度は雪ちゃんが私の背中にくっついてきた。
「咲良の背中、暖かいなぁ」
「もう、雪ちゃんってば……」
「えへ」
まただ。また、私を心ごとめちゃくちゃにするようなことばかりしてくる。どこかのタイミングで理性が吹っ飛んでしまいそうだ。
「ねえ、咲良?」
「……なに?」
「大好き」
その一言が全てを決めた。
寝返りとほとんど同時に雪ちゃんの唇に触れていた。初めての、キス。
唇を離して雪ちゃんの顔がすぐそこに映る。鳩が豆鉄砲を食ったような、キョトンとした顔をしていた。
「え……」
まさかキスされるとは思っていなかったらしく、顔を真っ赤にして固まっている。
「さく、ら?」
「私だって、雪ちゃんのこと大好きだからね。参ったか」
雪ちゃんは私にどういう顔を向けて良いのか分からないようだった。「え、っと……」としばらく目を泳がせた後、小さく「ずるいよ」と言った。
「私からしたかったのに……」
「こういうのに順番なんて無いと思うよ」
「そう、だけどさぁ……いじわる」
「雪ちゃんが悪いんだからね」
「うぅ……」
どんどん俯いていく雪ちゃんにくっついて、それからもうちょっとだけ話したけど、最終的には二人とも寝落ちするという形で一日を終えた。時間なんて見ていなかったけれど、きっといつも私が寝る時間とほとんど変わらなかったんじゃないかと思う。
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