逃亡夫~母編~

ひろりん

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逃亡夫~母編~

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「お母さん、私幸せになります。」
私の名はよっしー。いやいや、あの緑の飛ぶ物体じゃないわよ。もうすぐ、定年間近な59歳よ。世間ではなんていうの?おばちゃん?
ノンノン。お姉さんよ。娘と並ぶ後ろ姿で姉妹かとおもったー。なんて目の悪いおばあちゃま達が誉めてくれるわ。
「えー、もういい年ですよ。」
「いや、若いわよ。まだまだ、これから」
なあんて社交辞令を鵜呑みにするの。
それが、人生楽しむコツよ。娘を育てあげた30年間。ふー、やっとお嫁にいったか。長かった。さあーて、旦那と一緒に余生を楽しむか。って、そんな悠長なこと言ってられっかあぁぁっっ!ってんだ。老後よ!老後。私の老後は誰が支えんのよ。金よ、金。年金なんかあてにしないわよ。娘?そりゃ、結婚しても、一緒に住んでくれるっていうから?まあ、こんな家だけど、旦那と2人も寂しいし、おっとーさんも婿に入ってくれるみたいだし、だから、我が家に2人受け入れたわよ。よっしー、さすが!優しいっ!あっ、でもおっとーさんにはきちんと払うもん払ってもらうわよ。年貢。いやいや、4万。2人で4万安いじゃない?ほんとはもっと金を取りたいとこだけど、まー、いいわ。ただ、おっとーは、よく食べ、よくエアコンを使う。まあ、、まあいいわよ。
あーら、私にお土産?ケーキじゃない♪ってなんか、私踊らされてる?こんな、楽しい生活。
はあ、今日も疲れたなー。旦那は毎日ネクタイをしめて会社に行っている。同じ時間に起き、同じ時間に歯を磨き、同じ時間にトイレにこもりストレスを吐き出す。20年間勤めていた会社にリストラされたが、運良く再就職先が見つかった。営業というのはとてもストレスがたまるのだろう。ノルマをこなし、旦那は業績を伸ばしていき、前の営業先での顧客を引き連れて1位の成績を修める。表彰式が行われたのか盾を持ち帰り、6畳の片隅に飾っていた。
旦那との出会いは文通だった。今で言う出会い系を本にしたもの。私が文通しませんか?の投稿に応募してきた旦那。字が丸くて、優しい文章を書く人だった。
文通の中で会ってみようということになり、そのまま交際へ。
本当に優しい人だった。行きたいとこをにはどこへでも連れていってくれた。この人とならうまくやっていける。そう、確信した。
1年の交際ののち、私達は夫婦になった。5年経ち、子どもが産まれた。なんてかわいい、小さくて、白くて、髪の毛が少なくて、かわいいかわいい、お猿さん。。のような女の子が産まれた。それはもう夫婦揃って溺愛した。ピンクの服を着せて女の子を主張した。かわいい、と旦那はいつも仕事を早めに切り上げて帰ってきた。築40年の社宅だが、この部屋だけは新品だ。娘が産まれ、私はさらにパワーアップしていった。料理に子育て、共働きではないと回らない。旦那は家にいてほしかったみたいだが、
私には夢があった。3人で暮らすマイホームを建てることだ。
だから、娘には寂しい思いをさせたと思う。6歳の娘を置いて私はがむしゃらに働いた。頼れる親戚も近くにいない、テーブルに菓子パンを2つ置いて毎日仕事へと出かけていった。金だ。金がいるんだ。家族旅行なんて指折り数えたくらい。たまに行く外食、たまの贅沢。でも私は幸せだ。さらなる幸せを掴むため、がむしゃらに。。
娘が高校生になり、貯金も充分に貯まり、念願のマイホームを建てることになった。私はローンが嫌いである。一括どどーんと。3千万。ほーら、諭吉も喜んでるわ。これでやっと、ゆっくり、、。なあんてなにいってんのよ。家が建っても飯の金が必要よ。服だって、旅行だって、まだ、娘の授業料だって、払わなきゃいけないのよ。あんたたちわかるでしょ。生きてるだけで人間お金がかかんのよ。誰も助けてくれないの。信じれるのは、貯金だけ。
私はまだまだ働き続けた。家にいるよりも仕事に行くのが楽しくて仕方なかった。私は介護の資格を取った。もともと、世話好きな性格が功を奏して私の持ち件数は右肩上がり。休む暇もなああわ。トイレはコンビニへ駆け込んで、お礼にいつもビニール袋を買うの。引き出しに入っているビニールの山は、私がトイレに行った回数と比例しているわ。そんながんばってる中、毎日ネクタイ締めて帰ってくる旦那の帰りがやけに早いことに気づいたの。ヘルパー業は、休憩とかないから、利用者の方の合間にご飯食べたりしてるんだけど、家に帰ると会社にいるはずの旦那がのんきにご飯たべてるーー!それが何度か続いて、まあ変だなとは思ったんだけどね。私は忙しかったし、なにも聞かなかったんだ。また何年か経ち、いきなり電話がかかってきたの。それは、旦那のお義父様から。お義父様にはもう何十年も会ってないわー。旦那は娘を連れて毎年帰省してるみたいだけど、私はお義母様と折り合いがすっごーーく悪いのよね。上から目線な口調。口を開けば、いつ仕事辞めるの?なあんて、大きなお世話だっつーの。あんたは旦那の稼ぎで暮らして生けるだろうよ。余生を楽しむだけの金さえあればいいんだからよー。私にはまだまだ、養っていかなきゃならないのよ。旦那の稼ぎも少ないし。って、まあ言えないけどね。
ああそうそう、電話、電話。
「お母さんの顔が半分黒くなってる」
だけ言い残し電話は切れた。娘が電話に出たらしいんだけど、よくわからなかったみたいで、旦那にありのまま伝えたんだって。旦那はお義父様が認知症じゃないかって疑ってたの。だから、すぐ折り返しの電話をしたらしいわ。お義父様は
「顔が黒い」
「扇風機をあてている」
と話していたらしいわ
そこから、旦那は救急車の手配をし、すぐさまお義父様達の元へと新幹線で行ったわ。旦那の話しによると、死後3日は経ってたんだって。床は真っ黒、夏場だったから、匂いがすごかったみたい。死因は狭心症。
病院嫌いなお義母様だったから、痛いの我慢してらしたのかしら。トイレで倒れてそのまま。お義父様、3日間どうしてらしたのかしら。トイレには行くだろうし、跨いで用を足してらしたのかしら。お食事はどうしてたのかしら。
旦那はそのまま、家の片付けをして、妹と一緒に葬式をして、お義母様の骨を持って帰ってきたわ。
お義母様お久し振りです。なあんて、変わり果てた姿で会うなんて夢にも思いませんでした。
納骨も無事終わり、お義父様との同居生活が始まったわ。初日から
「帰りたい」
「わしの家はここじゃない」
「お前は誰だ?」
繰り返す言動、食事を取ったことも忘れ、息子や孫の名前も忘れていたわ。でもね、私はヘルパーなの、こんな人たくさん見てきたわ。私がなんとかしなきゃ。それから、仕事に介護にと送る日々。いつも布団は尿の匂い、漏らすから紙パンツ2枚履かせたわ。あとはできることはしてもらったわ。じゃがいもの皮剥きや食器洗い、ヘルパー書類の判子押しも。やっぱり、テレビだけ観てたら認知症が進むのよ。魚を食べさせたわ。私達3人は協力しながら、お義父様を見ていったわ。旦那だけは、実の親の下の世話はやっぱり出来そうになかったけど、それでもがんばってた。家族でがんばって、助けあって、、。でも、認知症はどんどん進んでいったわ。家をよく飛び出すようになったり、徘徊よね。夜中起きて冷蔵庫をあさり、後ろ姿はまるで冬眠前の熊さん。焼き魚を5匹食べたのに、大福2個食べて、どこに入るのかしらねー。でも、介護も楽しまなきゃでしょ。私なりに楽しんでたのよ。娘もおっとーさんと結婚してね。
お義父様も孫のドレス姿見せれてよかったわ。おっとーさんも交えて介護生活してったわ。
でもね、介護する側ってストレスなのね。旦那と娘は違ってたわ。旦那は舌打ちが増えて、あんなに優しかったのに、暴言を吐いて、たまに、気でも狂ったのかお義父様に赤ちゃん言葉で話しかけるの。娘は毎日、家を出たいと言ってたわ。帰る時間も遅くなって、だけど、娘も介護をかじってたから、お義父様のオムツ交換は抵抗なかったみたいだけど、匂いがねー、まあすごいわよね。
何年?5年間だったかしらね。日に日にお義父様は動かなくなっていったわ。そんな時ね、旦那の妹がきたの。あの人ずっと連絡なかったんだけどね。お義父様を見たい。って、家族で喜んだわよね。引っ越してきたその日にお義父様を引き渡したわ。あー、解放されたー。私も少しは嬉しかったわよ。でも、旦那と娘はすごく喜んでだわよね。宝くじでも当たったかのように。それから、旦那の人格も戻って妹の家にちょくちょくお義父様を見に行ってたわ。娘も毎週のように行ってたみたいね。私はやはり忙しくて行けなかったけど、まあいいでしょう。
娘の話を聞くと、お義父様は寝たきりになって、妹さんに入れ歯を外され、食べるものも食べれなくなって、どんどん痩せ細っていったみたい。そして、最期の瞬間を看取ったみたいね。娘はその夜は寝れないと、私の布団に潜り込んでたわ。親戚集めて旦那が喪主となって、葬式をして終わったわ。まあ、たいへんよね。人が死ぬというのは。旦那は市役所をかけずりまわってたわ。
そして、また旦那は家にいる時間が長くなった。ネクタイを締めてきちんと同じ時間に出ていくし、毎月決まった額を入れてくれるからなにも疑わなかったんだけど、そのお金はお義父様の残した遺産から賄われてるものだったの。旦那は1年半前から仕事を辞めて私にも内緒で会社に行く振りをしてた。毎日行くのは漫画喫茶。そこで株の上がり下がりを見てたみたいね。でも、ずっと下がってたみたい。旦那の本棚には株に関する本が揃っていたわ。
私は旦那に激怒した。
「株なんか辞めなさいよ。働いてよ」
毎日、毎日旦那に罵声を浴びさせて、ようやく再就職面接を受けさせることに。しぶしぶながらも旦那は面接に向かった。それから、4日間旦那は帰って来なかった。皆で探し回った。旦那のいきそうなところ、ある日旦那の自転車をバス停で発見した。近くの漫画喫茶を探したが今は警察の書類がないと探せないし、言えないらしい。警察にも連絡した。でも、未成年でもない、認知症でもない。本人が帰りたくないと言ったらそれ以上は踏み込めないのが現実らしい。人権問題、知らないなにかがたくさんこの世には存在することを学んだわ。
3日目かな。旦那から手紙がきたの。
「もう、探さないでくれ。ありがとう」
私へ向けて、娘やおっとーさんに向けての手紙が2枚とキャッシュカードが入ってたわ。
娘はわんわん泣いたそうね。お父さんが死んでしまう。わんわん泣いて次の日も仕事へいく娘を見て、私の子だわと深く感心したわ。
娘が仕事から戻ってくるとね、ケーキをもって旦那は妹宅にいってたみたい。謝罪ラインをみんなに送って、笑いながらなんだかスッキリした様子だったわ。いろいろ話してくれたわ。故郷に行って、旧友に会おうと思ってたけど、会えなかったこと、お金が尽きてバス停の待合室で1泊したこと。帰る場所が見あたらなくて、帰ってきたこと。いつもは無口な旦那なのに喋る、喋る。旦那は笑っていた。
私は安堵した。いつもの忙しい毎日がまたやってくる。いつもの毎日。いつもの。
私は旦那が自分から再就職するというまで待った。それは、娘とおっとーさんとの約束だった。男の気持ちはわからない。だから、旦那が帰ってきたら笑顔で迎え入れよう。再就職の話しもしない。ただ、なにも言わない。私にはそれができなかった。仕事から帰って来て、クーラーの効いた部屋で携帯を触っている旦那を見るとイライラしてきた。私なりに、穏やかなな口調で、家事を頼んだ。ゴミ捨てや料理、掃除、洗濯。旦那はなにも言わずにしてくれた。時々、家事協力費として、1万を渡していた。やはり、旦那というのは難しく、慣れない家事は苦痛だったようだ。その日もいつも通りに家事を頼んだ。娘もその日は休みだったから、旦那にはごみ捨てだけ頼んだ。娘とコーヒーを飲みながら、私への愚痴をこぼしていたらしい。
小一時間聞き、娘は自分の部屋でテレビを観ていたらしい。下からゴトッとなにかが倒れる音がしたみたいだが、気にすることはなく、そうだ。シーツを洗おうと思い立ち、階段を降りた。洗濯機にシーツを放り込みスイッチを入れた。リビングの戸が開いており、旦那の顔が見えたらしい。


「お母さん、お父さんが死んだ」
「、、、。」

突然の電話。めったにかかってこない娘からのSOS
私は頭が真っ白になったわ。え?なんで?すぐに言われた病院に向かったわ。うつ向いているパジャマ姿のまま、髪はボサボサの娘が待ち合い室にいたわ。無表情のまま、なにも語らない娘。医師に呼ばれて冷たい板に横になった旦那を見たわ。首もとには紫色のロープの跡。医師は淡々と説明してくれた。私はその間大きな大きな声で叫び泣いた。
再び、待合室で待たされた。これから、葬儀の手配を病院がしてくれるみたいなので長い時間が流れた。隣にいる娘はなにを思っているのだろうか。
「私、これから仕事あるから、おっとーさんきたら一緒に葬儀の手続きしといて。お金は出すから。」
と足早に私は病院を去った。不安そうな娘の顔を見ないようにした。
私はその場から逃げ、いつも通り仕事をこなした。こんなにも、いい逃げ場はなかった。
私はいつも以上に仕事をした。忘れようとした。考えないようにした。
でも、私の人生の半分以上旦那といたんだ。
あんなに眠れていたのに、寝られなくなった。目を閉じれば旦那との思い出が甦る。あの人はもういない。寂しさに襲われた。娘も同じ心境なのか、よく私の部屋に来ては一緒に寝た。娘は2ヶ月ほど一人で家に居ることが難しい様子だった。仕事を終えた娘は毎日、旦那の妹宅に行き、ご飯やお風呂を済ませ、私が帰ったよコールを鳴らし家路についていた。
いつまでも暗い顔の娘に腹立たしさを覚えた。おっとーさんはただ見守っていた。なにも言わず。
私は前を向こうと決意し、婚活やアプリで男を探した。最近はなんでも顔がかわいくなるアプリがあるらしく、娘にダウンロードしてもらい、57の女を加工してもらった。
まあなんて美しい。いや、化け物か?しかし、若返った画面の向こうの私の顔は文明の進化に驚いたのだった。
何人もの男がこの加工した私にいいねをくれた。メッセージをくれた。
実際、会い何度も食事をした。まだ、私はいけると確信した。楽しかった。毎日、毎日違う男とのやり取り。自分より年収がいい男がたくさんいた。私の条件をクリアし、加工の私はさらなる加工を目指した。
2年くらい男探しをしていると、60手前に同い年の年収800万男をゲットした。今までの男で1番イケメンじゃないかー!服のセンスも乗ってる車も。なにより私を女性として扱ってくれている。こんな出会いはもうない!冥土の土産じゃああぁっ!!
しかし、私は恋に奥手だった。告白なんてしたことはない。付き合ったのも旦那だけ。そう、少しLINEを打つのが早くなったけど、老眼で文字が読みにくい、その名は、よっしー。59歳、独身、夜露死苦。
幾度となくデートを重ねた。今までの生活とは真逆だった。いろんなとこに連れていってくれて、今まで見たことのない景色を見せてくれた。楽しい。
私の青春はまだ始まったばかり。
この年での恋愛は、すぐに籍を入れる話しになる。私はまだ考えていない。というより、やりがいのあるこの仕事を辞めたくない、旦那の遺族年金ももらい続けたい。娘が家事をしてくれるし、この生活は居心地がいい。欲張りよっしーなのだ。
私が嫁いだら、この人の義母の介護が待っている。溺愛娘にもあまり会えなくなる。なにより、収入が減る!それは絶対にいやだあぁっ!最近は毎月のように銀行さんがきて、貯金するのが趣味なのに。私の金、金。

「お母さん、金もって墓場はいけんよ。」
娘からの一言。そう、自分の幸せも大事よ。でも私は自立した女よっしー。
旦那に養ってもらおうなんて思ってないの。
いいの。今の生活のまま。
私は今幸せなんだから。
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