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(7)言葉とは裏腹
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その日の夕方。
敦朗から電話があって、会社の外で会う約束をした。
結城さんのことだろうか。それとも仕事のこと? どちらのことなのかわからないが、敦朗の沈んだ声のトーンからいい話ではないということだけはわかった。
そして定時が過ぎ、仕事を終わらせたわたしは一足早く会社を出た。敦朗は仕事がもう少しかかるらしい。
待ち合わせ場所はわたしの住むアパート。場所はわたしから提案した。まわりのことを気にせず話ができるので公共の場所よりいいのではと思ったからだった。
午後八時過ぎ。敦朗がやって来た。
「悪いな」
「ううん。入って」
お互いなんとなく気まずい。言葉少なに部屋に案内すると、敦朗は居心地が悪そうにソファに座った。
敦朗がこの部屋に来るのは初めてだ。そのせいもあって緊張がこちらにも伝わってくる。
「ホットコーヒーでいい?」
「ああ」
コーヒーを出すと敦朗は黙って口にした。わたしは向かい側にまわり、ラグの上に座った。
敦朗はカップをテーブルに戻すと深刻そうにため息をつく。
「大丈夫?」
「あっ、ごめん」
「いいよ。わたしの前では遠慮しないで。なんでも話してよ」
敦朗くらいの年齢になると会社でもプライベートでもいつも大人としてリードしないといけない立場。結城さんの前でもそうなんだろう。せめてわたしの前では楽になってもらいたいと思った。
「俺はだめだな。誰も幸せにしてやることができない」
「そこまで自分を追い込む必要ないんじゃない?」
「昨日、結城に別れようって言ったんだ」
「は?」
結城さんからはそういう話は聞いていない。
「急にどうして?」
「あいつの将来のことを考えてのことだよ」
「別れることが結城さんの将来のためなの?」
「そうだよ。近いうちに東京を離れようと思ってる」
「決めたの?」
「ああ。向こうで住むところもさがしてる」
そっか。もう誰がなにを言ってもその決意は揺らがないんだね。勢いでじゃなく、じっくり考えてのことなんだ。
「結城さんはどんな反応だったの?」
「会社を辞めて俺についていくって……」
「敦朗と離れたくないからでしょう」
「だけどそうなると、結城のこれまでの努力やこれから身に着くであろうキャリアに影響が出てくる」
たしかにそうだ。敦朗の言い分もわかるし、結城さんの想いも共感できる。それぞれの考えが理解できるからこそ、わたしにはアドバイスが浮かばない。
それと同時にふたりがいかに想い合っているのかを見せつけられてイラ立ってもくる。
「その別れ話のせいで、今日会社で結城さんと揉めてたんだね」
「なんで知ってるんだよ?」
「システム部の梶原くんが教えてくれたの」
わたしは会議室であったことをかいつまんで話した。
「まじかぁ……」
敦朗はうなだれる。
「大丈夫だよ。梶原くんには口外しないように言ってあるから」
「本当に大丈夫なのか? あの梶原だぞ」
梶原くんは社交的でおしゃべりなイメージがあるので、敦朗が心配するのも無理はない。
「ああ見えて繊細だから」
「繊細?」
「うん……。とにかくおもしろがって言いふらすことはしないから大丈夫」
わたしを呼びにきたときの梶原くんは少し様子が変だった。おそらく結城さんが敦朗と言い争っている現場に遭遇してショックを受けたのだろう。つまり結城さんに対してまあまあ本気だということ。ふたりがつき合っているのをわかっていてもいざ現実を目の前にしたら動揺してしまったのだと思う。
さらには蓮見くんと抱き合っているのを見て混乱もしているのかもしれない。蓮見くんが元彼だということは社内の人間は誰も知らないから。
知っているわたしですら驚いたもん。結城さんはどういうつもりなんだろうって。
「で、本当に別れるの?」
「そのほうがいいんだ」
理解できないな。敦朗にとって結城さんとのおつき合いはその程度のものなのかな。わたしにとっては好都合なんだけどモヤモヤする。
「はぁ……。つくづく自分が嫌になるよ」
「そうネガティブになんないで」
「ネガティブにもなるよ。雨宮のことだって幸せにしてやれなかった。俺はだめな人間だよ」
「敦朗……」
それはわたしのセリフなんだけどな。敦朗にそう思わせていることだって、わたしのせい。わたしが敦朗を不幸にしてしまった。
だけどいまのわたしなら、どんな敦朗でも受け止めることができると思っている。新しい仕事のサポートもしたいし、今度こそ安らげる家庭を作る努力もする。だからわたしを選んでよ――なんて、口が裂けても言えないけれど心のなかではそう願っている。
「雨宮に頼みがあるんだ」
「うん。なに?」
今日は敦朗から話があると言われ、こうして家に来てもらっていた。
頼みってなんだろう。
敦朗から電話があって、会社の外で会う約束をした。
結城さんのことだろうか。それとも仕事のこと? どちらのことなのかわからないが、敦朗の沈んだ声のトーンからいい話ではないということだけはわかった。
そして定時が過ぎ、仕事を終わらせたわたしは一足早く会社を出た。敦朗は仕事がもう少しかかるらしい。
待ち合わせ場所はわたしの住むアパート。場所はわたしから提案した。まわりのことを気にせず話ができるので公共の場所よりいいのではと思ったからだった。
午後八時過ぎ。敦朗がやって来た。
「悪いな」
「ううん。入って」
お互いなんとなく気まずい。言葉少なに部屋に案内すると、敦朗は居心地が悪そうにソファに座った。
敦朗がこの部屋に来るのは初めてだ。そのせいもあって緊張がこちらにも伝わってくる。
「ホットコーヒーでいい?」
「ああ」
コーヒーを出すと敦朗は黙って口にした。わたしは向かい側にまわり、ラグの上に座った。
敦朗はカップをテーブルに戻すと深刻そうにため息をつく。
「大丈夫?」
「あっ、ごめん」
「いいよ。わたしの前では遠慮しないで。なんでも話してよ」
敦朗くらいの年齢になると会社でもプライベートでもいつも大人としてリードしないといけない立場。結城さんの前でもそうなんだろう。せめてわたしの前では楽になってもらいたいと思った。
「俺はだめだな。誰も幸せにしてやることができない」
「そこまで自分を追い込む必要ないんじゃない?」
「昨日、結城に別れようって言ったんだ」
「は?」
結城さんからはそういう話は聞いていない。
「急にどうして?」
「あいつの将来のことを考えてのことだよ」
「別れることが結城さんの将来のためなの?」
「そうだよ。近いうちに東京を離れようと思ってる」
「決めたの?」
「ああ。向こうで住むところもさがしてる」
そっか。もう誰がなにを言ってもその決意は揺らがないんだね。勢いでじゃなく、じっくり考えてのことなんだ。
「結城さんはどんな反応だったの?」
「会社を辞めて俺についていくって……」
「敦朗と離れたくないからでしょう」
「だけどそうなると、結城のこれまでの努力やこれから身に着くであろうキャリアに影響が出てくる」
たしかにそうだ。敦朗の言い分もわかるし、結城さんの想いも共感できる。それぞれの考えが理解できるからこそ、わたしにはアドバイスが浮かばない。
それと同時にふたりがいかに想い合っているのかを見せつけられてイラ立ってもくる。
「その別れ話のせいで、今日会社で結城さんと揉めてたんだね」
「なんで知ってるんだよ?」
「システム部の梶原くんが教えてくれたの」
わたしは会議室であったことをかいつまんで話した。
「まじかぁ……」
敦朗はうなだれる。
「大丈夫だよ。梶原くんには口外しないように言ってあるから」
「本当に大丈夫なのか? あの梶原だぞ」
梶原くんは社交的でおしゃべりなイメージがあるので、敦朗が心配するのも無理はない。
「ああ見えて繊細だから」
「繊細?」
「うん……。とにかくおもしろがって言いふらすことはしないから大丈夫」
わたしを呼びにきたときの梶原くんは少し様子が変だった。おそらく結城さんが敦朗と言い争っている現場に遭遇してショックを受けたのだろう。つまり結城さんに対してまあまあ本気だということ。ふたりがつき合っているのをわかっていてもいざ現実を目の前にしたら動揺してしまったのだと思う。
さらには蓮見くんと抱き合っているのを見て混乱もしているのかもしれない。蓮見くんが元彼だということは社内の人間は誰も知らないから。
知っているわたしですら驚いたもん。結城さんはどういうつもりなんだろうって。
「で、本当に別れるの?」
「そのほうがいいんだ」
理解できないな。敦朗にとって結城さんとのおつき合いはその程度のものなのかな。わたしにとっては好都合なんだけどモヤモヤする。
「はぁ……。つくづく自分が嫌になるよ」
「そうネガティブになんないで」
「ネガティブにもなるよ。雨宮のことだって幸せにしてやれなかった。俺はだめな人間だよ」
「敦朗……」
それはわたしのセリフなんだけどな。敦朗にそう思わせていることだって、わたしのせい。わたしが敦朗を不幸にしてしまった。
だけどいまのわたしなら、どんな敦朗でも受け止めることができると思っている。新しい仕事のサポートもしたいし、今度こそ安らげる家庭を作る努力もする。だからわたしを選んでよ――なんて、口が裂けても言えないけれど心のなかではそう願っている。
「雨宮に頼みがあるんだ」
「うん。なに?」
今日は敦朗から話があると言われ、こうして家に来てもらっていた。
頼みってなんだろう。
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