束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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8.涙の果てに

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「意味わかんないよな。つまり彼女にはもともと僕以外に好きな人がいて、プロポーズを断った本当の理由は、その好きな人と結婚するためだったんだよ」
「いきなり結婚……ですか? その人とおつき合いしたい、じゃなく?」
「彼女、妊娠してたんだ。もちろんお腹の子の父親は僕じゃない。僕は仕事にかまけていて、彼女をほったらかしにしていたから」
「えっ……」

 予想外の衝撃的な事実にかける言葉が見つからない。

「そんな深刻にならないでよ。昔のことだよ、もう未練なんてないから」

 飄々《ひょうひょう》とした感じなのに、そんな壮絶な過去があったなんて。
 話の内容からしてほんの数年前の話だった。そんな短い期間で過去のことだと割りきれるものなのだろうか。信頼していた人に裏切られた傷は、そう簡単に癒えるとは思えない。

「そのとき志摩さんは、どうやって乗り越えたんですか?」
「僕の場合はとくになにもしなかったかな。いつものように過ごしてた。たぶん時間が解決してくれたんだと思う」
「志摩さんって強い人なんですね」
「別に普通だと思うよ。でも仕事が忙しかったっていうのも大きいかもしれない。仕事に追われて、気がついたら一年、また一年経ってたって感じかな」

 志摩さんは、ゆっくりと、なんてことないよというふうに話してくれた。

「彼女のこと、憎いとは思わなかったんですか?」
「そりゃあ思ったよ。一生許さないって思った。でも正直に話してくれて、謝ってくれたから……」
「謝ったからって、簡単に許せます?」

 謝られても悲しみは決して消えない。自分以外の誰かと……それを想像しただけで、激しい怒りがこみあげてくる。

「簡単じゃなかった。長い時間かかったよ。でもその時間のなかで自分の悪いところも見えてきた。僕はいつも仕事を言い訳にして、自分のことだけしか考えていなかったんだ」
「どうして志摩さんが悪いってなるんですか? 悪いのはその彼女です。志摩さんを裏切っていたんですよ」
「あのとき、別れようと言ってさっさと僕の前からいなくなろうと思えばできたのに、彼女はそれをしなかったんだ」

 最初こそ、真実を告げずに志摩さんの前から去ろうとしたようだったけれど、それではだめだと彼女は思いとどまった。そして、志摩さんに謝罪し、その後はただ黙って涙をあふれさせ、志摩さんに責められ続けても、なにひとつ反論しなかったそうだ。
 そのことを思い出し、あのときの正直な言葉と謝罪が彼女の精いっぱいの誠意だったのだと気がついたそうだ。

「本当に好きだったんだ。最後に彼女もそう言ってくれた。それでいいかなって思えるようになったんだ」

 志摩さんの穏やかな顔を見ていると、そうなのかなと思えてくるから不思議だ。
 時間が解決してくれるというのは、忘れていくこととは少し違うのかもしれない。怒りや憎しみといった負の感情を無理に捨てようとしなくたって、愛し愛されたという事実があれば、心は安らいでいくのかもしれないと思った。たとえ想い合うのが一時期のことだったとしても……。
 そんなふうになるまで時間はかかるのだろうけれど。変わることのできた志摩さんは、しがらみから解放されて、今は生き生きとしている。

 でもわたしは……?
 わたしは志摩さんのときとは少し状況が違う。
 わたしは航に、この五年半ずっと愛され続けてきた。だってこれまで過ごしてきた日々は間違いなく幸せだったから。
 雫さんと会ったあの日も……。一緒に過ごした夜も迎えた朝も幸せに満ちた時間だった。キスも甘いささやきも全部、偽りのない正真正銘の本物……。そうだよ、航は心からわたしを愛して、そして抱いてくれた。
 信じるべき相手は航だ。わたしが耳を傾けるべきなのは、航の言葉だけなんだ。
 航と過ごしてきた日々も、これから一緒に過ごす未来も失いたくない。これがわたしの答えなのだとようやくわかった。
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