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9.雨あがりの朝にもう一度
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「タクシー、来たみたいですよ」
志摩さんと川畑さんが仲よく話しているなか、一台のタクシーが減速して近づいてくるのが見えた。
タクシーがお店の前で止まり、川畑さんが「じゃあ、わたしも帰るね」と言って傘を開く。
「川畑さん、気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、箱崎さんもね。志摩さん、箱崎さんのことよろしくね」
「まかせてください。今日はお疲れ様でした」
「いいえ、また機会があったら飲もうね。今度は少人数でゆっくりと」
「はい、ぜひ。今日はあまり川畑さんと話せませんでしたからね」
店先で挨拶を交わすと、川畑さんが駅の方向へ歩き出す。わたしと志摩さんはタクシーに乗り込んだ。
「二次会、行かなくてよかったんですか?」
行き先を告げタクシーが走り出し、なんとなく気になって志摩さんに尋ねる。
「明日から久々に実家に帰る予定なんだ。本当は思いっきり飲もうと思ってたけど、僕もやめとくよ」
聞けば関西の出身だそうで、大学進学を機に上京してきたそうだ。ならば、さぞかし楽しみなことだろう。
「地元のお友達にも会うんですか?」
「全員、男だけどね」
「その代わり今日は両手に花でしたから、いいんじゃないですか?」
飲み会のとき、モテモテの志摩さんはいつの間にか女の子たちに囲まれていた。わたしが座っていた場所は、わたしがお手洗いで席をはずしたときに陣取られていた。
わたしは空いた席に座り、結局最後まで川畑さんやほかの教員の方々と一緒に飲んでいた。
「意地悪なこと言わないでよ。今日は、ほんと参ったよ」
「そうなんですか? 楽しそうでしたよ」
「楽しかったことは楽しかったけど。あんなふうに来られるとちょっとね」
そう言うわりには、女の子の扱いは慣れているようだった。
なんだかんだ言っても、仕事だけしてきたわけでもないのかもしれない。でも志摩さんはとても魅力的な人だから、そうなるのは自然のことなのかもと思った。
きっと女の子たちも今日はチャンスとばかりに話しかけていたのだろう。川畑さんが言うには、大学での志摩さんはそれほど愛想がいいわけではないようだから。
「川畑さんって面倒見がいい人だね」
「そうなんです。わたしも最初の頃、ほかの秘書の方たちと馴染めなかったんですが、川畑さんのおかげで仲よくなれました」
大学職員として採用された直後、わたしへの風当たりは強かった。
うちの大学の場合、秘書の多くは派遣社員やパートタイマー。教授の研究費からその人件費を捻出することが多いため、お給料は高くはないし、手厚い福利厚生も期待できない。
それでも大学教授の秘書という職種は人気が高く、倍率が高い。それなのにわたしは、國枝先生の推薦によって難なく大学職員として採用され、秘書になることができた。それをやっかむ人がいて、居心地が悪かったのだ。
実際は、涙なしでは語れない就職活動があったのだけれど、それを言ったところでどうにもならなかっただろう。
そんなとき川畑さんがほかの秘書の方たちとの仲を取り持ってくれた。
わたしが学部生時代から國枝先生の秘書の仕事を無報酬でしていたことは、ほかのみんなは知らなかった。そのため國枝先生の絶大な信頼を得てのことだと川畑さんが説明してくれた。なおかつ助手もこなしているということで、徐々に納得してくれる人が増えていったのだ。
「今日の飲み会は、もしかして志摩さんと仲よくなりたいっていう女の子たちからの要望だったのかもしれませんね」
「まさか。そんなわけないだろう」
でも本当のところはわからない。単なる川畑さんの気まぐれだったかもしれないし、そうでないのかもしれない。
だけど、こういったコミュニケーションはつくづく大事だと思う。志摩さんと腹を割って話せたおかげで、これまで気を使ってきた彼との接し方も今後変わっていくような気がした。
志摩さんと川畑さんが仲よく話しているなか、一台のタクシーが減速して近づいてくるのが見えた。
タクシーがお店の前で止まり、川畑さんが「じゃあ、わたしも帰るね」と言って傘を開く。
「川畑さん、気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、箱崎さんもね。志摩さん、箱崎さんのことよろしくね」
「まかせてください。今日はお疲れ様でした」
「いいえ、また機会があったら飲もうね。今度は少人数でゆっくりと」
「はい、ぜひ。今日はあまり川畑さんと話せませんでしたからね」
店先で挨拶を交わすと、川畑さんが駅の方向へ歩き出す。わたしと志摩さんはタクシーに乗り込んだ。
「二次会、行かなくてよかったんですか?」
行き先を告げタクシーが走り出し、なんとなく気になって志摩さんに尋ねる。
「明日から久々に実家に帰る予定なんだ。本当は思いっきり飲もうと思ってたけど、僕もやめとくよ」
聞けば関西の出身だそうで、大学進学を機に上京してきたそうだ。ならば、さぞかし楽しみなことだろう。
「地元のお友達にも会うんですか?」
「全員、男だけどね」
「その代わり今日は両手に花でしたから、いいんじゃないですか?」
飲み会のとき、モテモテの志摩さんはいつの間にか女の子たちに囲まれていた。わたしが座っていた場所は、わたしがお手洗いで席をはずしたときに陣取られていた。
わたしは空いた席に座り、結局最後まで川畑さんやほかの教員の方々と一緒に飲んでいた。
「意地悪なこと言わないでよ。今日は、ほんと参ったよ」
「そうなんですか? 楽しそうでしたよ」
「楽しかったことは楽しかったけど。あんなふうに来られるとちょっとね」
そう言うわりには、女の子の扱いは慣れているようだった。
なんだかんだ言っても、仕事だけしてきたわけでもないのかもしれない。でも志摩さんはとても魅力的な人だから、そうなるのは自然のことなのかもと思った。
きっと女の子たちも今日はチャンスとばかりに話しかけていたのだろう。川畑さんが言うには、大学での志摩さんはそれほど愛想がいいわけではないようだから。
「川畑さんって面倒見がいい人だね」
「そうなんです。わたしも最初の頃、ほかの秘書の方たちと馴染めなかったんですが、川畑さんのおかげで仲よくなれました」
大学職員として採用された直後、わたしへの風当たりは強かった。
うちの大学の場合、秘書の多くは派遣社員やパートタイマー。教授の研究費からその人件費を捻出することが多いため、お給料は高くはないし、手厚い福利厚生も期待できない。
それでも大学教授の秘書という職種は人気が高く、倍率が高い。それなのにわたしは、國枝先生の推薦によって難なく大学職員として採用され、秘書になることができた。それをやっかむ人がいて、居心地が悪かったのだ。
実際は、涙なしでは語れない就職活動があったのだけれど、それを言ったところでどうにもならなかっただろう。
そんなとき川畑さんがほかの秘書の方たちとの仲を取り持ってくれた。
わたしが学部生時代から國枝先生の秘書の仕事を無報酬でしていたことは、ほかのみんなは知らなかった。そのため國枝先生の絶大な信頼を得てのことだと川畑さんが説明してくれた。なおかつ助手もこなしているということで、徐々に納得してくれる人が増えていったのだ。
「今日の飲み会は、もしかして志摩さんと仲よくなりたいっていう女の子たちからの要望だったのかもしれませんね」
「まさか。そんなわけないだろう」
でも本当のところはわからない。単なる川畑さんの気まぐれだったかもしれないし、そうでないのかもしれない。
だけど、こういったコミュニケーションはつくづく大事だと思う。志摩さんと腹を割って話せたおかげで、これまで気を使ってきた彼との接し方も今後変わっていくような気がした。
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