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第6章 とうとうバレました
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わたしはこの期に及んでうれいと思っている。なんの疑いもなく自分の子だと認めてくれていることが、ずたずたに崩されたプライドを修復しようとしてくれる。
でもそのプライドは元に戻ることはなかった。1年かけて築き上げたふたりの絆をあっけなく断ち切られた悲しみと屈辱は思ったよりも深く、一希のやさしさがこの胸を痛めつけた。
「仕事に戻らなきゃ。そろそろ始業時間だよ。一希も戻りなよ」
「つぐみ!!」
「違うから」
「えっ?」
「一希の子じゃないから。だから安心して」
「はあ!? なんだよ、そんなわけあるかよ!?」
「何怒ってるの? 一希だってそのほうが好都合なんじゃない?」
やだ、わたしったら何を言っているんだろう。こんなときに意地を張って心にもないことを言っている。
だいたい、「一希の子じゃない」なんて見え透いた嘘をついて、一希から自分の欲しい言葉を引き出させ、気も引こうとしている。
わたし、矛盾してるよね。
一希を拒絶しながら、一希なら子どものためにわたしのところに戻ってきてくれるかもしれないという期待をしているんだと気づいた。
でもそれだと意味がない。他の誰かを思っている一希が戻ってきてくれたところで誰も幸せになれない。わたしも一希も奥田さんも。
お腹の子だって自分の父親が責任感で一緒にいてくれたとして果たして幸せになれるだろうか。
「俺にはつぐみが何を言ってるのかわかんねえよ」
「わかんなくていいよ。わたしたちはもう別れてるんだし。だから一希には迷惑かけないよ」
「わかんなくていいってなんだよ? もしかして俺が迷惑がるって本気で思ってんのかよ?」
悔しさと怒りを滲ませた目をした一希がわたしにずんずんと迫ってくる。その迫力に圧倒されたわたしは抵抗し切れず、壁際に追い込まれた。
「誰か来たらどうするの?」
だけど至近距離にある顔は動じることはない。それどころかさらに迫ってくるものだから首をすくめ、なるべく縮こまった。
ワイシャツ姿の一希の体が目の前にある。見覚えのあるネクタイの柄を眺めながら、ぎゅっと抱きついてしまいそうな衝動にかられた。
「まずいよ、誰か来る……」
曲がり角の向こうから複数の女性の声が聞こえた。この先にトイレと給湯室があるから、たぶんこちらに来るのはほぼ間違いない。
「……ムカつく」
一希はそう言うと、すっと体を離した。
「それってわたしに対して?」
カチンときて聞き返した。
「他に誰がいるんだよ」
不機嫌さをあらわにして一希はわたしに歯向かう。
ムカつくって……。それはこっちのセリフだ。わたしと別れてすぐに奥田さんに乗りかえたくせに。いや、もしかして二股だったのかな? だとしたらそんな裏切り方をした一希にすがれるわけがないじゃない。
「夜、部屋に行くから」
「はっ? なんで?」
一方的な一希の言葉に思わず反抗的に言い返す。
「話があるんだよ。いいか、ちゃんと部屋にいろよ。居留守も使うな」
一希は険しい顔ですごみをきかせて言う。それからくるりと背を向け、歩き出した。
なんなの……? わたしにムカついているならかまわないでくれていいのに。
だけど何も言えなかった。来るなとも話すことなんてないとも言おうと思えば言えただろうに。
それでも心の中で必死に反発した。待つものか、会うものか……と。ふつふつとわいてくる本音を打ち消すために。
そうしないとひとりで立っていられそうになかった。苦しくて、この胸は張り裂けそうだった。
でもそのプライドは元に戻ることはなかった。1年かけて築き上げたふたりの絆をあっけなく断ち切られた悲しみと屈辱は思ったよりも深く、一希のやさしさがこの胸を痛めつけた。
「仕事に戻らなきゃ。そろそろ始業時間だよ。一希も戻りなよ」
「つぐみ!!」
「違うから」
「えっ?」
「一希の子じゃないから。だから安心して」
「はあ!? なんだよ、そんなわけあるかよ!?」
「何怒ってるの? 一希だってそのほうが好都合なんじゃない?」
やだ、わたしったら何を言っているんだろう。こんなときに意地を張って心にもないことを言っている。
だいたい、「一希の子じゃない」なんて見え透いた嘘をついて、一希から自分の欲しい言葉を引き出させ、気も引こうとしている。
わたし、矛盾してるよね。
一希を拒絶しながら、一希なら子どものためにわたしのところに戻ってきてくれるかもしれないという期待をしているんだと気づいた。
でもそれだと意味がない。他の誰かを思っている一希が戻ってきてくれたところで誰も幸せになれない。わたしも一希も奥田さんも。
お腹の子だって自分の父親が責任感で一緒にいてくれたとして果たして幸せになれるだろうか。
「俺にはつぐみが何を言ってるのかわかんねえよ」
「わかんなくていいよ。わたしたちはもう別れてるんだし。だから一希には迷惑かけないよ」
「わかんなくていいってなんだよ? もしかして俺が迷惑がるって本気で思ってんのかよ?」
悔しさと怒りを滲ませた目をした一希がわたしにずんずんと迫ってくる。その迫力に圧倒されたわたしは抵抗し切れず、壁際に追い込まれた。
「誰か来たらどうするの?」
だけど至近距離にある顔は動じることはない。それどころかさらに迫ってくるものだから首をすくめ、なるべく縮こまった。
ワイシャツ姿の一希の体が目の前にある。見覚えのあるネクタイの柄を眺めながら、ぎゅっと抱きついてしまいそうな衝動にかられた。
「まずいよ、誰か来る……」
曲がり角の向こうから複数の女性の声が聞こえた。この先にトイレと給湯室があるから、たぶんこちらに来るのはほぼ間違いない。
「……ムカつく」
一希はそう言うと、すっと体を離した。
「それってわたしに対して?」
カチンときて聞き返した。
「他に誰がいるんだよ」
不機嫌さをあらわにして一希はわたしに歯向かう。
ムカつくって……。それはこっちのセリフだ。わたしと別れてすぐに奥田さんに乗りかえたくせに。いや、もしかして二股だったのかな? だとしたらそんな裏切り方をした一希にすがれるわけがないじゃない。
「夜、部屋に行くから」
「はっ? なんで?」
一方的な一希の言葉に思わず反抗的に言い返す。
「話があるんだよ。いいか、ちゃんと部屋にいろよ。居留守も使うな」
一希は険しい顔ですごみをきかせて言う。それからくるりと背を向け、歩き出した。
なんなの……? わたしにムカついているならかまわないでくれていいのに。
だけど何も言えなかった。来るなとも話すことなんてないとも言おうと思えば言えただろうに。
それでも心の中で必死に反発した。待つものか、会うものか……と。ふつふつとわいてくる本音を打ち消すために。
そうしないとひとりで立っていられそうになかった。苦しくて、この胸は張り裂けそうだった。
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