未来はハッピーウェディング?

さとう涼

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番外編(2) 目覚めた朝に

007

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 本間が自分のデスクに戻ると、つぐみがちょうどコーヒーをお盆にのせて運んできたところだった。その場がほんのりとコーヒーの香りに包まれ、本間は心がほっと落ち着いていくのを感じた。

「本間さんはミルクと砂糖を入れるんですよね?」

「えっ?」

 つぐみがデスクにコーヒーを置いた。本間が少し驚きながらそれを見ると、ソーサーには客用のスティックタイプのミルクと砂糖も添えられていた。

「違うんですか?」

 さっきの質問に本間が答えなかったので、不安に思ってつぐみが確認する。

「ううん、入れるよ。両方とも少しだけ」

 オフィスには福利厚生費で各フロアにコーヒーサーバーを設置している。本間はいつもそれを利用しているが、面倒なのでいつもブラックで飲んでいた。社内での打ち合わせのときもそうだった。そもそもそういった好みを誰にもたずねられたこともないので本間は不思議に思う。

「よくわかったね、俺の好み」

「いつだったか、喫煙所の前を通ったとき、微糖の缶コーヒーを飲んでいたのでそうなのかなと思って」

「そっかあ。それでか」

 意外なところを突かれ、本間は感心しながらうなずく。
 よく見ているなあ。
 しかし彼女の言葉におそらく特別な意味はないのだろう。そしてこのコーヒーにも。媚びを売ろうとか、自分をアピールしようなんてものは一切ない。ただ素直に思ったことを口にし、行動に移しただけだ。
 しかしそれがかえって本間に興味を抱かせた。たかがコーヒー。されどコーヒー。入社して3か月ほどで、ここまでまわりを見ることはなかなかできることではない。おまけに会社でセクハラまがいのことをした男にコーヒーを淹れようなんて普通は思わないだろう。

「じゃあ、いただくよ」

「はい、どうぞ」

 コーヒーを口にすると思っていた以上においしくて、もうひとくち飲む。しかしこれは技術的に淹れ方が上手いというよりも、自分のために淹れてくれた特別感が余計にそう思わせてくれるのかもしれない。
 本間はさらにもうひとくち飲もうとカップに口をつけた。だが、そのときだった。フロアに他の部署の人間が出社してくるのが見えた。
 なんだよ、せっかく……。本間ががっかりと肩を落とした。残念だが、そろそろこの癒やしの時間も終わりのようだ。

 本間はカップを持ったまま、つぐみに向かって言った。

「このコーヒー、すごくおいしいよ」

「本当ですか? 普段コーヒーを飲まないので自分で淹れることがほとんどないんです。なので実はあまり自信がなかったんですけど」

 つぐみが目を伏せ、はにかみながら言う。

「また飲みたいな」

「えっ……」

 思わぬ言葉につぐみが顔を上げた。
 本間も自分で言ったことにハッとした。しかしそれが素直な気持ちだと気づき、女性に対してこんなふうに心の声を口にしたのも久しぶりかもしれないと思った。なんとなく自分だけの特権にしたいなと思い、出てきた言葉だった。おそらく今日のような偶然はそうそうないだろう。だからこそ他の人間には味わわせたくないと思った。

「いや、ごめん。いいんだ。催促したわけじゃなくて、ただあまりにもおいしかったから」

「……ありがとうございます。また機会があれば」

 つぐみは戸惑いながらも笑顔で答えた。

「そうだね、機会があったら……」

 本間がそう言うと、つぐみは給湯室の掃除があるからとフロアを出ていく。長い黒髪を後ろでひとつに結び、紺色のリクルートスーツを着ているつぐみはまだまだ初々しい新入社員だ。
 本間はつぐみの姿が見えなくなると残りのコーヒーを飲み干した。





 その後、本間は喫煙所でひとりで過ごしていた。

 煙草を指に挟みながら目を閉じ、つぐみの顔を思い浮かべる。間近で見た顔が今も脳裏に焼きついていた。控えめに見えるが、実際はそうでもなくて、ちゃんと自分で考えて行動できる。だからといって押しつけがましくなくて、ほどよい愛嬌がある。

 ひととの適度な距離感を彼女は知っている。だから経験年数がかなり上にあたる加納にも初日から可愛がられるんだろう。なんでも吸収しようとするがめつさより、迷惑をかけないようにしようと努力する一生懸命さは、はたから見ていてもつい応援したくなる。
 なるほど。広報課の水嶋課長はそうきたのか。

 本間は目を開け、じっと前を見据えた。

「さて、これから彼女はどう化けてくれるのかな」

 そうつぶやいた本間の顔は実に嬉々たるものだった。





 番外編(2) 《完》
 
 ⇒番外編(3)へ続く

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