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3.ふたりで過ごす日曜日
012
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「弟は今年の春に結婚したんだ。いわゆる政略結婚ってやつ」
「今の時代もそんなことがあるんですね」
「冴島物産の存続のために必要なことだったんだ。会社を継ぐ者は決して避けることはできない。弟は反発することなく、それを受け入れた」
それまでとは違う冴島社長だった。悔しそうに、静かに憤っているみたいだった。
「あの……冴島社長?」
声をかけると、冴島社長は急に慌て出す。照れくさそうに小さく笑った。
「参ったな、こんな話をするつもりなんてなかったんだけど」
「弟さんと仲がいいんですね」
アクシデントだったとしても本音をもらしてくれたのは、わたしを信用してくれているからなのかな。もしそうなら、とても光栄だ。
冴島社長は気を許したように穏やかな顔になる。
「仲よかったよ、でもひとつしか年が違わないから、思春期を過ぎた頃からはライバルみたいに思うこともあったな」
昔のことを思い出しているのだろうか。少しだけ視線を落とし、一点を見つめていた。
「春名さんは兄弟いるの?」
目線をわたしに移し、興味深げに尋ねてきた。
「いいえ、ひとりっ子なんです」
「じゃあ、溺愛されてたのかな? 春名さん、可愛いから」
「そんなことないですよ! 生意気で、父には反発ばかりしていましたから」
可愛いだなんて……。そんなこと、男の人に言われた記憶がない。
冴島社長って、なにげにそういうことを言ってくれるんだけれど、ほとんど免疫のないわたしにはかなりの衝撃だ。
「生意気? それは意外だな」
「小さい頃は花が大嫌いでした」
「嘘?」
「でも花というより、花屋といったほうがいいかもしれません」
「尊敬するお父さんのお店なのに?」
「はい。店の手伝いをさせられるのが苦痛でした。花を生けている水の入ったバケツは重いし、花の鮮度を保つために冬でも暖房を入れられないのでとにかく寒いし、手荒れもひどくて。あの頃は親を恨んでました」
そんなわたしだったのに、今では花屋の店主。自分でも不思議でならない。
でも親の仕事を継がないことが逃げることだとは思わない。どちらにしても、自分の人生の選択肢を自ら選んで生きていくことはとても勇気がいることだと思うから。逃げることとは違うような気がする。
「春名さんは花屋になってよかったよね」
「今となっては、ですけど。でもこれから先のことを考えると不安なことだらけです」
「春名さんはいい経営者だと思うよ」
「そうでしょうか?」
素晴らしい経営者の冴島社長に言われると、少し自信が出てくるけれど。果たしてそうなのだろうか。
「商売って、なにが売れているかっていう情報を収集してそれを売るんじゃなくて、客がなにを求めているかをさぐることだろう?」
「そうですね。花屋は目の前のお客様一人ひとりをさぐらないとなりません」
「だけど、さぐりあてたモノやサービスを提供するだけじゃ足りない。やがて飽きられるのが目に見えてるから、そうならないための工夫が必要なんだ」
「工夫?」
「春名さんはきちんとそのことを意識できてるよ」
「それなら、いいんですが」
工夫というか、花を買う人、花を贈られる人を驚かせたくて。いつも買いにくるお客様にも新鮮な気持ちになってもらえるように、品ぞろえやラッピング、店のディスプレイにも気を配っている。
でもそれはどこの花屋でもやっていることだと思う。
「将来を見据えて今とは違う花屋のあり方を考えなくてはならないとは思っています。ただ花を売るのではなくて……。たとえば雑貨類と組み合わせて売るとか。これはほかの店の実例なんですが」
花だけ売って経営が成り立てばそれに越したことはない。だけど人の価値観や生活習慣というのは時代に応じて変わっていくもの。それまであたり前にあった物がなくなることは実際にある。そういった変化の波に乗り遅れないようにすると同時に、変わっていくニーズを取りこぼす失敗はしちゃいけない。
「そういう考え方だよ。春名さんはやっぱり素質があると思う」
そっか、ならばわたしはちゃんと花屋を経営できているのかな。
「あともうひとつ。顧客とは別にエンドユーザーの存在もあって、その両方を満足させることが重要なんだ。これがけっこう難しいんだけど、意識しなきゃならない」
「どういうことですか?」
わたしには難しくて、ピンとこない。
「たとえば花を買った僕は顧客で、花を贈られた母はエンドユーザーということになる」
「ああ、なるほど。冴島社長だけでなく、花に慣れ親しんでいるお母様にも気に入っていただけたということは、いい結果を出すことができたってことですよね」
「その通り。そして営業を一切せずに僕の会社から新たな依頼を受けている。理想的なマーケティングだよ」
「それは運がよかったというか、冴島社長がたまたま興味を持ってくださったからで……」
「違うよ、僕は春名さんの技術とセンスを買ったんだ。この目でたしかめた上でね」
冴島社長と比べると、わたしのいる世界はとても小さいものだけれど、同じ見方をしてくれる。
手さぐりではじめるわけにいかなくて、経営に関するありとあらゆる本を読んできた。それと同時に花の知識やアレンジメントの勉強もした。
わたしがやってきたことは間違っていない。ちゃんと、やれている。誰かに評価してもらったことなんてなかったから、客観的にそれがわかってとても安心できた。
「今の時代もそんなことがあるんですね」
「冴島物産の存続のために必要なことだったんだ。会社を継ぐ者は決して避けることはできない。弟は反発することなく、それを受け入れた」
それまでとは違う冴島社長だった。悔しそうに、静かに憤っているみたいだった。
「あの……冴島社長?」
声をかけると、冴島社長は急に慌て出す。照れくさそうに小さく笑った。
「参ったな、こんな話をするつもりなんてなかったんだけど」
「弟さんと仲がいいんですね」
アクシデントだったとしても本音をもらしてくれたのは、わたしを信用してくれているからなのかな。もしそうなら、とても光栄だ。
冴島社長は気を許したように穏やかな顔になる。
「仲よかったよ、でもひとつしか年が違わないから、思春期を過ぎた頃からはライバルみたいに思うこともあったな」
昔のことを思い出しているのだろうか。少しだけ視線を落とし、一点を見つめていた。
「春名さんは兄弟いるの?」
目線をわたしに移し、興味深げに尋ねてきた。
「いいえ、ひとりっ子なんです」
「じゃあ、溺愛されてたのかな? 春名さん、可愛いから」
「そんなことないですよ! 生意気で、父には反発ばかりしていましたから」
可愛いだなんて……。そんなこと、男の人に言われた記憶がない。
冴島社長って、なにげにそういうことを言ってくれるんだけれど、ほとんど免疫のないわたしにはかなりの衝撃だ。
「生意気? それは意外だな」
「小さい頃は花が大嫌いでした」
「嘘?」
「でも花というより、花屋といったほうがいいかもしれません」
「尊敬するお父さんのお店なのに?」
「はい。店の手伝いをさせられるのが苦痛でした。花を生けている水の入ったバケツは重いし、花の鮮度を保つために冬でも暖房を入れられないのでとにかく寒いし、手荒れもひどくて。あの頃は親を恨んでました」
そんなわたしだったのに、今では花屋の店主。自分でも不思議でならない。
でも親の仕事を継がないことが逃げることだとは思わない。どちらにしても、自分の人生の選択肢を自ら選んで生きていくことはとても勇気がいることだと思うから。逃げることとは違うような気がする。
「春名さんは花屋になってよかったよね」
「今となっては、ですけど。でもこれから先のことを考えると不安なことだらけです」
「春名さんはいい経営者だと思うよ」
「そうでしょうか?」
素晴らしい経営者の冴島社長に言われると、少し自信が出てくるけれど。果たしてそうなのだろうか。
「商売って、なにが売れているかっていう情報を収集してそれを売るんじゃなくて、客がなにを求めているかをさぐることだろう?」
「そうですね。花屋は目の前のお客様一人ひとりをさぐらないとなりません」
「だけど、さぐりあてたモノやサービスを提供するだけじゃ足りない。やがて飽きられるのが目に見えてるから、そうならないための工夫が必要なんだ」
「工夫?」
「春名さんはきちんとそのことを意識できてるよ」
「それなら、いいんですが」
工夫というか、花を買う人、花を贈られる人を驚かせたくて。いつも買いにくるお客様にも新鮮な気持ちになってもらえるように、品ぞろえやラッピング、店のディスプレイにも気を配っている。
でもそれはどこの花屋でもやっていることだと思う。
「将来を見据えて今とは違う花屋のあり方を考えなくてはならないとは思っています。ただ花を売るのではなくて……。たとえば雑貨類と組み合わせて売るとか。これはほかの店の実例なんですが」
花だけ売って経営が成り立てばそれに越したことはない。だけど人の価値観や生活習慣というのは時代に応じて変わっていくもの。それまであたり前にあった物がなくなることは実際にある。そういった変化の波に乗り遅れないようにすると同時に、変わっていくニーズを取りこぼす失敗はしちゃいけない。
「そういう考え方だよ。春名さんはやっぱり素質があると思う」
そっか、ならばわたしはちゃんと花屋を経営できているのかな。
「あともうひとつ。顧客とは別にエンドユーザーの存在もあって、その両方を満足させることが重要なんだ。これがけっこう難しいんだけど、意識しなきゃならない」
「どういうことですか?」
わたしには難しくて、ピンとこない。
「たとえば花を買った僕は顧客で、花を贈られた母はエンドユーザーということになる」
「ああ、なるほど。冴島社長だけでなく、花に慣れ親しんでいるお母様にも気に入っていただけたということは、いい結果を出すことができたってことですよね」
「その通り。そして営業を一切せずに僕の会社から新たな依頼を受けている。理想的なマーケティングだよ」
「それは運がよかったというか、冴島社長がたまたま興味を持ってくださったからで……」
「違うよ、僕は春名さんの技術とセンスを買ったんだ。この目でたしかめた上でね」
冴島社長と比べると、わたしのいる世界はとても小さいものだけれど、同じ見方をしてくれる。
手さぐりではじめるわけにいかなくて、経営に関するありとあらゆる本を読んできた。それと同時に花の知識やアレンジメントの勉強もした。
わたしがやってきたことは間違っていない。ちゃんと、やれている。誰かに評価してもらったことなんてなかったから、客観的にそれがわかってとても安心できた。
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