FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

文字の大きさ
35 / 62
6.慣れない恋人関係

035

しおりを挟む
「そういえば、Glanz《グランツ》の件はどうなった?」

 冴島さんが思い出したように言った。
 そうだった。うっかり報告し忘れるところだった。今日会ったときにこの話をしようと思っていたのだと、急いで頭を切り替えた。

 『Glanz』とは、冴島さんに紹介していただいたジュエリーショップ。三日前にデザイナーでもある恒松《つねまつ》社長と打ち合わせをして、コンセプトや予算、デザインなどを話し合った。
 そのことを簡単に説明すると、「がんばって」と応援の言葉をかけてもらった。

「恒松社長はおしゃれで陽気で、あと、なんていうか……」

 ジュエリーデザイナーだけあって美意識が高く、洗練されたファッションとアクセサリーを嫌みなく身にまとっていた。おまけに華やかな顔立ちと上品な身のこなし。さらに巧みな話術までそなわった人だった。
 こんなふうに言葉を並べると紳士的でパーフェクトな男性に思えるだろう。けれど、そうでもなくて……。ひと言で表すと“チャラい”。それがしっくりくる。

「もしかして口説かれた?」

 冴島さんにギロリと睨まれる。

「いいえ、それはないです。お仕事の話しかしていませんから」
「よかった。でもまあ、春名さんは口説かれても応じない人なのはわかってるけど」
「やっぱり、そういう方なんですか?」

 紹介していただいた方をそんなふうに言うのも失礼だけれど、実際にお会いしてショックだったので。

「ちょっと自由すぎるところはあるかな。でも才能も実力もある人なのは間違いないよ」
「それはわかります」

 頭の回転が速くて、飲み込みも早い。わたしの言いたいことをすぐに理解してくれて、生け込みのデザインのヒントをいくつもくれた。
 おかげで打ち合わせは短時間ですみ、それなのに内容の濃いものだった。

「うちのビルで仕事をするときとは、また違う刺激がもらえるといいね」
「すでに刺激を頂きました。どんなふうに飾ろうか、デザインを考えるだけでわくわくします」
「成功を祈ってるよ」
「ありがとうございます。精いっぱいがんばります」



 楽しい時間は本当にあっという間だった。船が港に着いて下船すると、そのまま車に乗り込んだ。
 首都高に入り、わたしの自宅へと向かう。

「しばらく忙しくて、ゆっくり会えないかもしれないんだ」

 ハンドルを握っている冴島さんがなんでもないことのようにさらりと言う。

 変なタイミングで仕事モードになってしまうんだなあ。それだけ忙しいということなのかもしれないけれど、もう少し残念そうに言ってほしい。
 さみしいと思っているのはわたしだけなのかな。
 だけどその不満を悟られないよう一生懸命強がった。

「わたしのことは気にしないでください。お仕事大変でしょうから」
「春名さん、あのさ……」

 冴島さんがなにかを言いかけてやめる。

「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ」

 にっこりと微笑まれると、納得いかなくてもそれ以上聞くことができない。
 それから冴島さんは観葉植物の手入れのこと、プライベートの旅行の話などの話題をおりまぜながら、あたり障りのない話をした。
 それはそれで楽しかったけれど、心に引っかかりを感じたまま。 けれどそうこうしているうちに自宅に着いてしまい、そのまま車を降りた。

「今日は楽しかったよ」
「わたしも楽しかったです。帰りも車の運転、気をつけてください」
「うん、ありがとう。じゃあ、おやすみ」
「あ、はい……。おやすみなさい」

 冴島さんの車が静かに去っていく。

 ひとりになったら急に寒気を覚えた。肩から羽織っていたストールを胸の前でしっかりと合わせる。
 この間とは違い、今日の帰り際はけっこうあっさりだったなあ。それともいつもはこんな感じなのだろうか。気にしなくても大丈夫なのかな……などと考えてみるが、胸のなかには虚無感が渦巻いていて心細くなっていく。
 望み通り。ううん、それ以上に素晴らしいデートだったし、「好き」という言葉ももらえたのに、なにかが足りない。

 だけど、こんなふうに思うのは失礼だよね。これ以上、なにを望んでいるのだろう。贅沢すぎる。
 わたしたちはつき合いはじめたばかり。きっとこれからなんだ。これから少しずつふたりの関係を築いていくんだ。
 今日の楽しかったことを思い出しながら、わたしはそう思い直した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

契約から始まる真実の愛

空見原 禄乃
恋愛
借金と父親の病気に追い詰められた佐藤美優の前に現れたのは、日本有数の投資会社の若き後継者・神崎一馬。彼が彼女に持ちかけたのは、驚くべき「契約結婚」の話だった。 「2年間、私の妻として振る舞ってほしい。報酬として、君の借金を全額返済する」 祖父の遺言で結婚しなければ莫大な遺産と経営権を失う一馬。美優にとっては父親を救う唯一の道。二人は冷静な契約関係として結婚生活をスタートさせる。 「不必要な接触はしない。感情的にならない。お互いのプライベートには干渉しない」 しかし、日々の生活の中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。冷徹だと思っていた一馬の優しさに触れ、美優の心は揺れ始める。一方、一馬も誰にも見せなかった素顔を彼女の前でだけ見せるようになっていた。 そんな二人の前に立ちはだかるのは、一馬の元婚約者である園田麗子。彼女は二人の「契約結婚」の秘密を暴こうと企む。 2人が迎える結末とはーーーー。

FLORAL《番外編》『敏腕社長の結婚宣言』

さとう涼
恋愛
『FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主』の番外編です。 本編の続きとなり、いくつかのエピソードで構成されています。 咲都、冴島などのキャラそれぞれの視点で時系列に話が進んでいきます。 甘め&溺愛系のエピソードもご用意しました。糖度はあくまでも当社比です…。 ☆『FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主』 第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

処理中です...