恋い焦がれて

さとう涼

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4.交錯する恋のベクトル

022

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 サイジさんは覚悟を決めたように口を開いた。

「実紅から全部聞いています。少しお時間よろしいですか?」

 佐野先生は黙って頷いた。
 ふたりは店を出ていった。実紅さんもあとを追う。ほかのメンバーも異変を感じたらしく、そわそわしながら小声でなにか話している。
 わたしはやっぱりなにもできずにいた。でもこればかりはあの三人の問題。わたしは部外者でしかない。

「輝、仕事に戻るよ」

 今度は由紀乃に声をかけられ、我に返った。だけど、わたしのその後の仕事ぶりは散々たるもの。グラスを落としてビールをぶちまけてしまったり、料理を運ぶテーブルを間違えたりしてミスの連続だった。

 それからしばらくして、ようやくサイジさんが戻ってきた。実紅さんの手を握り、深刻そうな顔をしている。実紅さんはずっとうつむいたままで、鼻をすすり、時折頬に手をあてていた。おそらくこぼれ落ちる涙をぬぐっていたのだろう。
 佐野先生はどうしたんだろう。大人の男の人だから無事に家に帰れるとは思うけれど、受けた衝撃は相当なものだろうから心配だ。

「悪いけど今日は帰るよ。実紅を家に送ってく」

 サイジさんがメンバーにそう告げていた。それから実紅さんと一緒に店を出ていく。重苦しい雰囲気に包まれながら、メンバーはふたりを見送った。

「ごめん。サイジが帰っちゃったからふたり分のビールはキャンセルで」

 ふたりが出ていったあと、ナリがわざわざ言いにきてくれた。

「あの女性……実紅さんはサイジさんの恋人ですか?」
「そうだよ。つき合い出したのはここ最近みたいだけど。実紅ちゃんは俺らと同じ大学で、カザネやトオルの嫁さんとも仲がいいんだ。ところで、一緒に出ていった男の人は輝ちゃんの知り合い?」
「はい。小学校のときの担任の先生なんです」
「先生……。そっか、あの人が実紅ちゃんの……」

 ナリは事情を理解しているようだった。たぶんほかのメンバーもそうなんだろう。きっとメンバー全員がサイジさんの恋を応援していたんだ。
 だけどわたしは佐野先生の気持ちを考えたら悲しくて……。もう無理、涙が止まらない。

「もしかして、輝ちゃんってサイジを好きなの?」
「サイジさん? まさか、違います」
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ?」
「佐野先生はいまも実紅さんを好きなんです。彼女が浮気をしているんじゃないかってずっと悩んでいて、元彼の存在も知っていました。こうなることも予想していたみたいでした」

 佐野先生はね、実紅さんにプロポーズしようとしていたんだよ。それだけ想っていた人に裏切られ、どんな気持ちでいるのかと考えたら、いたたまれない。かといって、わたしにできることがあるわけじゃなくて、だから余計に苦しくなって涙があふれてきてしょうがない。

「一応言っとくけど、実紅ちゃんはちゃんとけじめをつけてからサイジを選んだんだよ」
「でも結局はこんな結果……。実紅さん、ひどいです。サイジさんもサイテー」
「サイジはともかく、実紅ちゃんのことはあんまり悪く言わないでやってよ。これはカザネから聞いたんだけど、サイジのほうから強引に実紅ちゃんに言い寄ってたらしいから」
「拒めばよかったんです」
「元彼だし、情みたいなのがあって突き放せなかったんじゃないかな。実紅ちゃん、やさしいから」
「やさしいからというのは理由にならないと思います」

 こんなのは裏切りにほかならない。目の前の人を傷つけていたのだから。

「そうだな。俺ら、みんなでサイジたちがうまくいくといいなって話してたんだけど。実紅ちゃんの彼氏にしてみたら、とんでもないことだよな」

 そう言いながらもナリは複雑な顔をしていた。無理もない。サイジさんはナリにとって大切な友人であり仲間なんだもん。
 わたしもサイジさんのことは人として好きだったし、仲間であるナリたちがサイジさんの恋を応援することも理解できる。だけど、人の彼女に手を出して奪うことは間違っている。わたしはそんなサイジさんにどうしても憤りを感じてしまう。
 おかしいよね。佐野先生が彼女と別れたのであれば、わたしにとっては好都合なのに。

「輝ちゃん、大丈夫? だいぶ感情移入しちゃってるみたいだけど」
「……はい」

 とは言っても、おそらく目も鼻も真っ赤に違いない。わたしはいったん落ち着くために更衣室に行くことにした。
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