恋い焦がれて

さとう涼

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5.ふたりの距離感

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 駅からメイン会場に向かって歩いた。相変わらずの混雑ぶりで、人の流れに酔いそうなくらい。いつになったら会場に着くんだろうと思っていたら、「ドーン」という盛大な音とともに夜空に大輪の花が咲いた。歓声があがり、大勢が空を見あげた。

「うわあ……きれい……」

 わたしたちはメイン会場に行くのをあきらめて、途中にある砂浜におりて見学することにした。

「これを敷いとけ」

 差し出されたのはハンカチ。条件反射で手に取ってしまったけど。
 これを敷く? だめだめ!! 佐野先生のハンカチをわたしのお尻の下に敷くなんて申し訳なさすぎる!

「自分のハンカチがありますから」
「いいから。女はこういうときは男を立てて素直に従っておけばいいんだよ」

 ハンカチを握りしめたまま、うれしくて卒倒しそうになった。

「洗って返します」

 興奮したわたしを佐野先生はクスッと笑った。
 たくさんの人を魅了する花火は美しく儚げに散っていく。こんなにも胸が躍り、そして究極に切なくなるのは佐野先生の心がわたしに向いていないからだ。これが最後の思い出。来年はもうないかもしれない。そんな思いが駆けめぐっている。

 花火を見ながら佐野先生に買ってもらったラムネをふたりで飲んだ。

「ラムネを飲むのは初めてです」
「飲み方わかるか? いまの子は知らない子が多いって聞くけど」
「前にテレビで見ました。蓋を使って飲み口にあるビー玉を押し込むんですよね」
「そうそう」
「あれ? でもビー玉が落ちない……」
「あー、もう、貸せ!」

 佐野先生は悪戦苦闘しているわたしをもどかしく思ったらしく、ラムネ瓶を奪い取り、ビー玉を押し込んで開けてくれた。
「上手ですね」
「小さい頃は祭りがあるたびに、誰がラムネを一番うまく開けられるか競ってたんだよ」
「なんですか、それ?」
「中身をこぼさないように開けるコツがあるんだよ」
「へえ……」

 よくわからないけれど。男の子はそんなことで盛りあがれるんだ。
 佐野先生の子ども時代か……。なんとなく想像できる。明るくて、友達が多くて、クラスでも人気者。やさしいから女の子にモテていたと思う。

 浜辺にはたくさんの人が花火を鑑賞している。立て続けに花火が打ちあがる音は浜辺いっぱいに響き、辺りを彩る提灯が黒い海に少しだけやわらかさを与えていた。

「二週間以上前になるかな、彼女とは正式に別れたよ」

 花火を見あげている佐野先生の横顔は穏やかだった。わたしは黙って頷いた。

「輝はバンドのメンバーとは親しいのか?」
「いいえ、親しいというほどでは。月に何度か来店されるので軽く話す程度です。あくまでもお客様としてです」
「そっか」
「実紅さんがメンバーと一緒だったことは一度もありませんでしたよ。あの日が初めてでした」

 佐野先生が知りたいのは実紅さんのことだと思ったので、聞かれていないことだったけれど情報を提供した。

「それから佐野先生も言ってましたけど、実紅さんは二股はしていなかったみたいです。事情を知ってるメンバーの人がそう言ってました」
「ありがとう。実紅が浮気するとかあり得ないと思っていても、どこかで疑ってたから。それを聞いて少しだけほっとしたよ」

 そのセリフを聞いて、佐野先生はやっぱり心から実紅さんを好きだったんだと感じた。だから必死に許そうと努力している。

「あの……実紅さんって、どんな人なんですか?」

 聞いていいものか迷ったけれど、佐野先生が好きな人のことをやっぱり知りたい。
 佐野先生はためらうことなく教えてくれた。

「そうだなあ。実紅はおっとりしているように見えるけど、心《しん》があってまじめな女性だよ。仕事熱心でもあるな。全国にいくつもホテルを展開している会社の役員秘書をしているんだよ」
「はぁ……。それはすごいですね」

 悔しい。完璧な人なんじゃない。そっか、佐野先生はこういう女性が好きなんだ。
 あっ……。
 だけどそこであることに気づく。

「もしかして、実紅さんの勤め先は、あの美術館を運営している会社ですか?」

 サイジさんにもらった美術館の無料招待券。あれをサイジさんにあげたのはきっと実紅さんだったんだ。

「実はそうなんだよ。あの美術館へは何度か一緒に行ったよ」

 あそこは実紅さんとの思い出の場所。それなのにわたしは……。

「ごめんなさい。佐野先生が実紅さんとの関係に悩んでいるときに誘ってしまって」
「輝が謝る必要はぜんぜんないよ。あれは単に俺が行きたいと思ったから行ったまでだから」
「佐野先生はやさしいですね。わたしに対してもそうですけど、実紅さんのことも決して悪く言わないですし」
「人の気持ちは自分ではどうにもならないときがあるからな。間違うこともあるし、心が移るときもある。そのときは腹が立っても、責め続けるのはどうなのかなとは思う」
「そういうものですかね?」

 わたしはあまり納得できなくて疑問符を投げかけた。でもそれは佐野先生の実紅さんを思いやる気持ちに嫉妬しているからだと思う。

「俺の場合は、過去の恋愛で自分が実紅と同じ立場になったことがあるからな」
「佐野先生が心変わりしたということですか?」
「十代の頃にな。いま思えばひどかったなと自分でも思うよ。でも自分の気持ちなのに自分じゃ止められなかった」

 人の気持ちはときにどうにもならないか……。言われてみればそうだ。わたしも好きという気持ち打ち消したくても、そう簡単にできないことを身をもって経験した。見えない鎖でつながれてしまったかのように佐野先生を追い求めてしまう。毎日頭から離れなくて、会いたいと強く願う。毎日、恋い焦がれて……。そしてわたしはいま、ちゃっかり佐野先生の一番近くのポジションに居座っている。
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