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7.消せない想い
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渋谷店長に自宅マンションに送ってもらう途中。こんな深刻な状況にも関わらず、車のなかの話題は意外にも佐野先生のことだった。
「様子がおかしかったから、そうだろうとは思っていたよ」
佐野先生にフラれたことを報告したら、軽い感じで言われた。
ひどい。人がどん底まで落ち込んでいるのに。店長なんだし、やさしくなぐさめたり、励ましたりしてくれてもいいのに。
「最近、嫌なことばっかりです。なんでこんな目に遭うんだろう」
「そのうちいいことあるよ。なんだったら、俺が幸せにしてやろうか?」
「は?」
「冗談だよ。でもまあ気が向いたら教えろよ」
「あの?」
「だから冗談だって。真に受けるな」
どこまでが冗談なのかよくわからない。なんとなくすごいことを言われているような気がするけれど。ただ、渋谷店長のこういう冗談はいまにはじまったことでもないので、気にする必要はないんだろう。
午後六時過ぎ。日没の時間はとっくに過ぎ、辺りは暗い。
自宅マンションの前に着き、車を降り、渋谷店長にもう一度お礼を言おうとしたときだった。背の高い男性が歩いてくるのが視界に入った。外灯の明かりだけでも、その男性が誰なのかすぐわかった。
「どうして?」
ここに佐野先生がいるんだろう。
佐野先生がわたしのすぐ近くまで来る。その目が大きく見開いた。背後にある渋谷店長の車を気にしているのか、車からわたしに視線を移すが、少し遠慮がちだった。
「輝のスマホがつながらなかったから来てみたんだ」
「すみません。バイト中だったんです。あっ! 夏休みが終わって大学の授業がはじまったんで、昼間のシフトからまた週末のシフトに戻ったんです。それで電話に出られなくて……」
「そうかなとは思ってた。それで、そろそろバイトに出かける時間かなと思ったんだけど、もしかして帰ってきたところ?」
「……は、はい。今日は早めに終わったんです」
お客にストーキングされていた件は佐野先生に伏せていた。シフト変更のことも言いそびれたというか、言う必要もなくなったので、佐野先生はなにも知らずにここにいる。
ところで、どうしてわたしに会いに来たのだろう。いまさら話すことなんてないと思うんだけど。
すると車のドアの開閉音がして、渋谷店長がわたしの横に並んだ。佐野先生が緊張した面持ちになる。
「あなたは……?」
「初めまして。彼女のバイト先の上司です。すみません、彼女の具合があまりよくないようなので、今日は遠慮していただけますか?」
渋谷店長はキッパリとした口調で威圧感を醸し出す。
急になにを言い出すのだろう。びっくりして渋谷店長を見あげると、佐野先生に鋭い目を向けていた。
「えっと、あの……」
挑戦的な態度にわたしはオロオロするばかり。ここはなんと言って切り抜ければいいのだろう。渋谷店長がなにを考えているのか理解できない。
「具合が悪いって、大丈夫か?」
当然そうなる。佐野先生がわたしを心配しないはずがない。
「はい、もうだいぶよくなりました。もともとたいしたことないんです」
「ならよかった。大学にもちゃんと行ってるみたいだし、少しほっとした」
佐野先生はわたしの様子を見にきたようだった。スマホがつながらなかったため、電話に出られないほどふさぎこんでいると思ったのかもしれない。
どこまで人がいいんだろう。わたしが勝手に好きになって、フラれただけなのに。みんながみんな同時に幸せをつかむことは不可能なんだから。
「じゃあ帰るよ」
とっくにサヨナラをすませているのに、二度目のサヨナラも悲しみが押し寄せる。
どうやら免疫なんてものはないみたい。じわじわと滲んできた涙の決壊はあと少しで崩壊してしまいそうだった。涙を見たら、佐野先生は再び罪悪感を背負ってしまう。それは避けなくては。
だけどその願いも空しく、頬を伝わってしまった涙にうつむいた。渋谷店長の手のひらがわたしの頭をぽんぽんとして、そのまま髪を滑り、胸に抱き寄せる。佐野先生が目の前にいるのに反発することができなかった。
「輝、もう行ったよ」
だけど涙は止まらない。わたしは渋谷店長の腕のなかで声をあげて泣き続けていた。
格好悪い自分をさらすことができるのは相手が渋谷店長だったからだと思う。年上で、いろいろと経験が豊富そうで、仕事ぶりも知っているから安心できた。このときばかりは大きく包み込んでくれる包容力に思いきり甘えさせてもらった。
「様子がおかしかったから、そうだろうとは思っていたよ」
佐野先生にフラれたことを報告したら、軽い感じで言われた。
ひどい。人がどん底まで落ち込んでいるのに。店長なんだし、やさしくなぐさめたり、励ましたりしてくれてもいいのに。
「最近、嫌なことばっかりです。なんでこんな目に遭うんだろう」
「そのうちいいことあるよ。なんだったら、俺が幸せにしてやろうか?」
「は?」
「冗談だよ。でもまあ気が向いたら教えろよ」
「あの?」
「だから冗談だって。真に受けるな」
どこまでが冗談なのかよくわからない。なんとなくすごいことを言われているような気がするけれど。ただ、渋谷店長のこういう冗談はいまにはじまったことでもないので、気にする必要はないんだろう。
午後六時過ぎ。日没の時間はとっくに過ぎ、辺りは暗い。
自宅マンションの前に着き、車を降り、渋谷店長にもう一度お礼を言おうとしたときだった。背の高い男性が歩いてくるのが視界に入った。外灯の明かりだけでも、その男性が誰なのかすぐわかった。
「どうして?」
ここに佐野先生がいるんだろう。
佐野先生がわたしのすぐ近くまで来る。その目が大きく見開いた。背後にある渋谷店長の車を気にしているのか、車からわたしに視線を移すが、少し遠慮がちだった。
「輝のスマホがつながらなかったから来てみたんだ」
「すみません。バイト中だったんです。あっ! 夏休みが終わって大学の授業がはじまったんで、昼間のシフトからまた週末のシフトに戻ったんです。それで電話に出られなくて……」
「そうかなとは思ってた。それで、そろそろバイトに出かける時間かなと思ったんだけど、もしかして帰ってきたところ?」
「……は、はい。今日は早めに終わったんです」
お客にストーキングされていた件は佐野先生に伏せていた。シフト変更のことも言いそびれたというか、言う必要もなくなったので、佐野先生はなにも知らずにここにいる。
ところで、どうしてわたしに会いに来たのだろう。いまさら話すことなんてないと思うんだけど。
すると車のドアの開閉音がして、渋谷店長がわたしの横に並んだ。佐野先生が緊張した面持ちになる。
「あなたは……?」
「初めまして。彼女のバイト先の上司です。すみません、彼女の具合があまりよくないようなので、今日は遠慮していただけますか?」
渋谷店長はキッパリとした口調で威圧感を醸し出す。
急になにを言い出すのだろう。びっくりして渋谷店長を見あげると、佐野先生に鋭い目を向けていた。
「えっと、あの……」
挑戦的な態度にわたしはオロオロするばかり。ここはなんと言って切り抜ければいいのだろう。渋谷店長がなにを考えているのか理解できない。
「具合が悪いって、大丈夫か?」
当然そうなる。佐野先生がわたしを心配しないはずがない。
「はい、もうだいぶよくなりました。もともとたいしたことないんです」
「ならよかった。大学にもちゃんと行ってるみたいだし、少しほっとした」
佐野先生はわたしの様子を見にきたようだった。スマホがつながらなかったため、電話に出られないほどふさぎこんでいると思ったのかもしれない。
どこまで人がいいんだろう。わたしが勝手に好きになって、フラれただけなのに。みんながみんな同時に幸せをつかむことは不可能なんだから。
「じゃあ帰るよ」
とっくにサヨナラをすませているのに、二度目のサヨナラも悲しみが押し寄せる。
どうやら免疫なんてものはないみたい。じわじわと滲んできた涙の決壊はあと少しで崩壊してしまいそうだった。涙を見たら、佐野先生は再び罪悪感を背負ってしまう。それは避けなくては。
だけどその願いも空しく、頬を伝わってしまった涙にうつむいた。渋谷店長の手のひらがわたしの頭をぽんぽんとして、そのまま髪を滑り、胸に抱き寄せる。佐野先生が目の前にいるのに反発することができなかった。
「輝、もう行ったよ」
だけど涙は止まらない。わたしは渋谷店長の腕のなかで声をあげて泣き続けていた。
格好悪い自分をさらすことができるのは相手が渋谷店長だったからだと思う。年上で、いろいろと経験が豊富そうで、仕事ぶりも知っているから安心できた。このときばかりは大きく包み込んでくれる包容力に思いきり甘えさせてもらった。
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