恋い焦がれて

さとう涼

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7.消せない想い

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 連れていかれた店はフレンチのダイニングレストラン。シックでモダンな雰囲気に加え、店の奥が前面ガラス張り。オーシャンビューの最高のロケーションだった。
 間接照明がふんだんに使われているなかで、大人のカップルが何組か食事をしている。
 高級感いっぱいで、わたしには場違いな世界だと思った。

「まさかこんなお店だと思いませんでした」

 窓際の席に案内され、テーブルに飾られている白やオレンジ色の小さな花にまで圧倒されそうになる。窓の向こうには夜の海を挟んで東京の夜景が広がっていた。

「でもここ、そこまで高級じゃないから。どちらかといえば気軽に食事できる場所だよ」
「わたしは気軽に来ようとは思えません」
「学生はそうだろうな。でも丸の内のOLなんかをターゲットにもしていて、会社帰りにふらっと立ち寄ることができるレストランっていうのがこの店のコンセプトだから」
「やけに詳しいんですね」
「ここ、保科さんの店」

 保科さん? ああ、前に連れていってもらった『海鮮食堂』の……。

「板前さん?」
「そう、その板前さん。本業は飲食店のオーナーなんだけど、たまに地元のあの店を手伝っているんだ」
「へえ、すごい。やり手なんですね」
「本拠地は六本木にある和食懐石とこの店だけど、保科さんは地元を愛する律儀な人なんだよ。あの店がもともとの出発点だからな」

 保科さんは中学卒業後すぐに『海鮮食堂』で働きはじめたそうだ。そこで修行をして、その後、東京の店を転々とし、二十四歳の若さで独立した。そしてその五年後の今年の五月にこの店をオープンさせたそうだ。

「今日、俺たちがここに来ることは保科さんにも話してあるから、たぶんそのうち顔を出しにくるんじゃないか」

 そんな話をしながら、渋谷店長が予約してくれたコース料理と一緒にワインを頂いた。
 サーモンピンクのロゼワインは清涼感の奥にほのかに甘さが広がるような味わいだ。

「おいしいです」
「フルーツのフレーバーがするのがわかるか?」
「はい。ストロベリーのような? ワインなのに不思議です」

 よくは知らないけれど、こういうところのワインだから、それなりに値の張るものに違いない。もちろん値段の高級さだけでなく、味も格別。ワインなんて普段は飲まないけれど、けっこう好きな味かもしれない。

「渋谷店長は飲まないんですか?」
「俺は車の運転がある」
「あっ、そうでした」

 メニューは真鯛のカルパッチョにはじまり、スープ、魚料理、肉料理と続くフルコースではない一般的なコースだった。デザートはグレープフルーツのグラニテ。グリーンのミントの葉がイエローのグラニテに添えられ、見た目もさわやか。その前に食べた牛肉のグリエにかかっていたフォアグラ入りソースのこってりさを上手に消してくれた。
 最後にコーヒーが運ばれてくると、それを飲みながら今日の余韻に浸る。

「すごくおいしかったです。オーシャンビューだけじゃなくてレインボーブリッジまで見えるんですね。こういうデート、憧れていたんです」
「一応デートだと思ってくれたのか」
「え!?」

 言われてから気づき、自分でもびっくりしていた。来る途中はそんなふうに思っていなかったのに。デートだなんて、なんでそんなことを口走っちゃったんだろう。

「光栄だよ。俺も男だから、まったく意識されないのも悔しいからな」
「変なふうにとらないでください。意識とか、ぜんぜんしてませんから。いまのは別に深い意味はなくて、単に体験できてよかったという意味です」
「そんな力強く否定するなよ。わかってるよ、そういう意味だってことは」

 渋谷店長は軽くあしらうように雑に言う。
 まったく、たまに意味深なことを言ってくるから焦るんですけど。
 さすがに渋谷店長とはあり得ないなあ。バイトをはじめて一年以上経つけど、これまで一度もそんな気持ちになったことがない。
 その前に渋谷店長の本音がよくわからない。いつも冗談で片づけるので、さっきみたいなことを言われても、最終的にはからかわれているのかなという結論に至る。だけど混乱するので、こういうのはやめてほしいよ。
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