異世界の神様

神町 恵

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第1章 ディストピア

秩序と犠牲の対峙

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白銀の魔法陣が収容所の地表に淡い光を放つ。ケイは一之瀬渚ら無数の人権損失者たちを、その輝きの中へと優しく導いていた。希望の扉はもうすぐ開かれるはずだった。

だが次の瞬間、異変が起こった。

耳障りな裂け目のような空間の音とともに、虚空から黒き光が落ちる。淡い魔法陣が揺らめく中、漆黒のマントを翻し、颯と現れたのは――法神ダラスだった。

「──転送儀式はここまでだ、干渉の神・ケイ」

彼の声は静かでありながら、まるで重力のように場全体を引き締めた。魔法陣の光が瞬き、一瞬にして収容者たちの体が絵巻のように止まる。

瞬く間に、転送は失敗した。人々は濁った空気の中に逆戻りし、途方に暮れた表情を向ける。

ケイは咄嗟に人形たちへ命じた。

「転送できなかった全員をここで守ってくれ! 絶対に、誰も傷つけさせるな!」

人形たちは影の如く動き、盾となり、守護陣をぐるりと形成した。銃口の死角を補い、怪我人を介抱し、怯える人々の心に鎮静を届ける。

ケイは毅然とした足取りでダラスを迎え撃つ。収容所前に降り立つ彼の姿は、神の風格すら宿っていた。

「なぜ、お前がここにいる?」

ケイの声には、怒りと失望が滲んでいた。

「それはこっちのセリフだろう? なぜ私の管轄地にお前のような“下神”がいるのだ?」

ダラスの声は冷淡だ。しかし、その目は灰色の如く沈んでいた。

ケイは背筋を伸ばす。

「このクソみたいな仕組みを作ったのはお前か?」

彼の声は静かだ。だが、その核心には刃のような切っ先があった。

ダラスは眉を顰め、問い返す。

「質問を質問で返すな。まずは私の問いに答えてもらおう」

ケイは深く息を吐いた。

「お前が管理する世界があまりにもできすぎていたからだ……でも実際は、誰かの犠牲で成り立つ仕組みを形成していたって話だよ」

彼の視線は、収容所の扉を閉じた場所をしっかりと捉えている。

「さあ、質問には答えたぞ。今度はお前が答える番だ」

怒気を少し強めた声が、夜風を揺らした。

ダラスは視線を外さず、答える。

「確か『この仕組みを作ったのは誰か?』だったな。そうだ──この私が築いた秩序だ!」

堂々たる声の奥底には、自負と合理性が揺らめいている。

「文明社会を維持するには、一定の犠牲は不可欠だ。負の感情を抑えるために、人々の“欲”や“鬱憤”、不満を“受け止める存在”が必要なのだ」

夜光が砂漠の蜃気楼のように揺れた。

「人間は生きていれば誰しも邪悪な欲を抱く。いくら法を敷き詰めようが、それだけで世界は安寧を保てない!それゆえ、犠牲が現実的な平和の礎だ」

ダラスは胸を張って高らかに言い放った。

ケイの目が燃えた。憤怒というよりも、痛烈な正義の光だ。

「だからって、彼らを犠牲にしても、平和なのか……?」

それは問いではなく、断じる怒りの声だった。

ダラスは眉をしかめる。

「……そうだ! 一部が犠牲になることで、大多数が救われるのだ。それこそが定めであり、秩序だ!」

ケイは一歩前に出た。その影がダラスの背後で揺れた。

「お前のやっていることは、ただの怠慢だ!」

彼の叫びは、空間を裂き、収容所の壁をも揺るがせた。

「これのどこが平和だ!? これは本質逃れ! 誰かの身を投げ捨ててラクにしようって魂胆だ!」

ダラスは一瞬、目を細めた。その表情に、一瞬だけ揺らぎの影が映る。

だが次の瞬間、彼は冷笑した。

「愚か者め……だが、お前の正義もまた狭量だ。世界には、どうしようもない“割り切り”が必要なのだ」

ケイはその声を受けて、鋭く返した。

「一部を犠牲にしないと平和を築けない──お前は神に向いてない。いや、神になってはいけない存在だ!」

怒号は、夜に反響し、遠くの夜更かしの虫や眠る街灯にも届いた。

二人の神が、その場で睨み合う。

月明かり下に揺れるケイの髪と、夜闇の中で光るダラスの漆黒服。その緊迫した空間に、救助された人たちの祈りと、守る者たちの決意が渦巻く。

——転送に失敗し、足止めされる人数はわずか。

しかし、この夜に交わされた言葉は、夜明け後の世界を変える波紋となる。

人間の自由と尊厳を盾に、人権と正義を守ろうとするケイ。

対するダラスは、人間の理性よりも秩序を重んじる信念を盾に掲げる。

————

夜風が変わる。二つの“神”の正義が、いま交錯する。
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