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2話 一目惚れ(後編)

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 「ほんとに久々だね、三井君」

 「!…そうだね、七瀬さん」

 返事を返すと、七瀬さんは無垢な瞳で僕を見つめてくる。
 相変わらず七瀬さんは可愛いが、中学生になったからか、初めて会った時よりも大人っぽくなっていた。

 「あれ?真由ちゃん、この人と知り合い?」

 一緒に来ていた女子が七瀬さんに聞く、聞かれた七瀬さんは僕との関係をその女子に説明した。

 「うん!三井君と私は小6の時の同じクラスメイトで友人なの!」

 「は、はじめまして」

 僕は七瀬さんの友人であろうその女子と挨拶を交わした。

 「私、筧響、響でもなんでも呼びやすい方で呼んでいいから、よろしく三井」

 七瀬さんの友人…筧響は僕にそう言った。

 「三井君、道着着てるけど、もしかして弓道部に入ってるの?」

 「はい、兄が弓道してるのもあって、僕も弓道やってみようと思ったんです」

 「そうだったの!しかも三井君、お兄さんいたんだね」

 僕と七瀬さんで話していると、筧さんが七瀬さんをからかうかのように聞いてきた。

 「へえ~、智哉以外にも男友達いたんだ~真由ちゃん」

 「と、智哉君以外に男友達がいるのそんなにおかしいの?」

 「ええ~だって、真由ちゃん男子で智哉としか会話してるの見たことないから、まさか他にも男がいたとはね~」

 「もう!智哉君も三井君もそんなんじゃないよ!ただの友達!友人!」

 七瀬さんに友達と呼ばれてうれしいはずなのに、なんだろう、逆に心にダメージを追っているような気が…。

 ついでに智哉というのは、フルネームは斉木智哉で僕と同じく小6の時のクラスメイトではあったが、話したことはあまりない。
 当時彼は勉強やスポーツも両方優れていて人望も良く、老若男女に人気者がある、転校してきた七瀬さんにも積極的に話しかけていたのを覚えている。

 そういえば、中学も一緒でクラスも七瀬さんと同じだったような、はあ…まさか智哉とも友達だったなんて、しかも下の名前で…まあそりゃあそうか。

 「でもびっくりしたよ、まさかここで三井君と会えるなんて思わなかったよ」

 「僕もびっくりしました、またお会いできて良かったです」

 今僕の心の中では、弓道部に入ってよかったという気持ちでいっぱいだった、また七瀬さんを拝める日が来るなんて思いもしなかった。

 「三井君、実は今日私と響ちゃんで弓道部を見学したいと思って、その…お邪魔しちゃって大丈夫?」

 「はい、もちろんです、ぜひ見学していってください、ちょうどそろそろ先輩たちも来ると思いますので」

 七瀬さんと再会して数分後、先輩たちが続々と弓道場に入り、人数が揃ったところで練習を始めた、そこに七瀬さんがいるからなのか、今日一番に誰よりも的の当たりが良かった。


 七瀬さんが見学に来てから三週間が経った、七瀬さんと筧さんは見学後、体験入部を通して正式に弓道部に入部することになった、そして現在僕はこうして七瀬さん(筧さんと先輩たちも含む)と一緒に的を射る練習をしている。

 「頑張って七瀬ちゃん、もう少し弓を強く引っ張って、あ…ほら、左腕も曲げないように」

 「はいぃ…」

 七瀬さんすごく辛そう…ここで僕も頑張ってって言えたらいいけど、今僕がいる位置と七瀬さんのいる位置が遠くて言いずらい。

 練習に集中しなくてはいけないのに、心配のあまりついつい視線が七瀬さんの方に向いてしまう。

 「真由ちゃん頑張れ!私も応援してるから!」

 「響ちゃぁ~ん…」

 一方の筧さんは元々運動神経が良かったからか、弓道の上達が早く、ついには僕と同じ練習をするまでに至っている。
 たしか筧さんはいわゆるスポーツ女子で、小学校ではいつも男子とサッカーしたり、バスケしたりしていた、そんな筧さんがなぜ弓道部に入部したのか疑問だったが、まあ僕には関係ないことだ。

 「真由ちゃん、コツがあるんだよ、強く引っ張るだけじゃなくて、背筋も伸ばしながら弓を引くと…」

 「あ!できたできた!ありがとう響ちゃん!」

 真由ちゃんはそう言い、満面の笑みを筧さんに見せる。その光景に僕は羨ましさのあまり、心の中で”そこ変われ!”という嫉妬の気持ちが生じた、やっぱり僕は性格がひねくれている。

 「筧ちゃん教え方うまいね!それに比べて私…うまく教えられなかった…先輩なのに…」

 「あ、やば…河合先輩、なんかすいません」
 
 「そうです先輩!私が鈍臭かっただけです!」

 七瀬さんと筧さんはそう言って落ち込む河合先輩を慰める。

 「ごめんね、こんなことで落ち込んじゃって…ありがとう、七瀬ちゃん、筧ちゃん」

 河合先輩は七瀬さんと筧さんに抱き着き、抱き着かれた二人は驚きながらも抱き着く先輩に対し七瀬さんと筧さんも抱き返していた。

 「なあ雄助、なんで女子ってこうすぐに抱き合うんだろうなあ、異性友達とはやらないのに」

 「そんなこと聞かれてもわかりませんよ先輩」

 橋本先輩の言う通り、なんで女子は抱き合うのか理解はできなかったが、一つだけわかるとすれば、抱き着いた河合先輩と抱き着かれた七瀬さんたちとはすごく仲が良いだけとしかわからなかった。

 
 ―一ヵ月後

 土曜の休日、僕は弓道場へと向かう、弓道部の練習日は平日だけでなく土曜日も練習するからだ。
 学校の休みの日くらいは家で読書を堪能したかったが仕方ない。

 「あれ?七瀬さん?」

 弓道場の入り口には七瀬さんがいた。

 「あ、三井君、おはよう」

 「おはよう七瀬さん、もう着いていたんですね、弓道場開いてなかったんですか?」

 「うん、今響ちゃんが弓道場の鍵を取りに職員室に行ってくれてるとこ」

 七瀬さんからそう聞き、僕は七瀬さんから少し離れたところに座り、筧さんが来るのを待つ。
 最初はいっそ七瀬さんの隣に座ろうかなと思ったが、そんな勇気はない、むしろ隣に座ったら心臓が爆鳴りしそうだ。

 「ねえねえ三井君」

 七瀬さんが突如僕に話しかけて来た。
 突然七瀬さんに話しかけられた僕はなんとか必死に動揺を隠しながら七瀬さんに答える。

 「な、なんでしょうか七瀬さん」

 「なんで敬語なの?」

 「いやなんか…癖です、それより七瀬さん」

 僕が問うと、七瀬さんは僕の方に視線を向けて(今日も可愛い…)、質問してきた。

 「三井君って、好きな人いたことある?」

 「そうですね、僕の場合は…え?」

 予想外の質問をされた僕は一瞬脳内がフリーズ状態に入る、ハッとフリーズ状態から目覚めた僕はもう一度七瀬さんに聞く。

 「今…なんて…」

 「えっと、三井君は過去に好きな人いたことある?って聞いたの」

 聞き間違えじゃなかったようだ。

 「どうして僕にそれを聞くの?」

 その質問の意図を七瀬さんに問う、すると七瀬さんは少し頬を赤らめながら僕の問いに答えた。

 「実は私…す、好きな人がいるの!」

 「……え?」

 七瀬さんの言葉に僕はまたも脳内がフリーズする。

 好きな人?七瀬さんが?え?え?いや嘘そんな…僕はフラれたのか?いや待て!その好きな人というのは僕である可能性も―。

 「私実はね、同じクラスの斉木智哉君のことが好きなの」

 ああ、僕の初恋が終わった……。

 まさかこんな形でフラれるとは思わなかった。

 衝撃の事実に僕の心がだんだんと虚しくなるのを感じる、そりゃあそうだ、高嶺の花である七瀬さんが僕のことなんて好きになるわけがないんだ、もちろん、僕が七瀬さんに思いを寄せていることを本人は知らない。

 「その…私、智哉君に告白しようと思うんだけど、どう告白すればいいのかわからなくて…好きな人に告白する時三井君ならどうするのかなって思って…」
 
 よりによって告白の相談を僕にするなんて、しかもずっと好きだった七瀬さんから。

 「えっと、そういうのは筧さんに相談した方がいいんじゃない?」

 「だって、響ちゃんに相談したら絶対私のことからかうもん」

 「でもどうして僕に?」

 「三井君はその…私にとって一番信用できる人だから…ごめんね、いきなりこんなこと聞かれたら困るよね」

 「いえいえそんな、気にしないでください、僕は少し驚いただけで…」

 驚いただけとは言ったが、実際はフラれたショックで涙が出るのをめちゃくちゃ我慢している、でも、七瀬さんに信用されてるだけまだマシな方であろう(と思いたい)。

 「えーっとつまり、七瀬さんが聞きたいのは、告白の仕方ってことだよね」

 僕の問いに七瀬さんはうんっと頷き、可愛い顔を僕に向けて告白のアドバイスを聞く。

 「実際僕も告白したことないから、ほんとに正しい告白の仕方かわからないけど…んー…」

 どんな告白すればいいかと聞かれたらすぐには浮かばないものだ、だからといって僕は七瀬さんの悩みに応えないわけにはいかない、あの七瀬さんからの相談だ、何としてでもいい告白方法を思いついてみせる。

 「んー…」

 「ごめんね、やっぱり―」

 「ごめん!もう少し僕に考えさせてくれ!あともうちょっとだから!」

 今までの人生経験(たったの13年どころか、告白されたこともしたこともない僕が言うのもなんだが…)を振り返ってでも僕は考える、僕は七瀬さんからの悩みにどうしても応えたい。

 「んーっと…、やっぱりごめん、なかなかいい方法が思い浮かべられなかった…ほんとごめん…」

 いいアドバイスを言えなかった僕は七瀬さんに謝る。

 「いやそんな謝んなくても…私なんかのために考えてくれただけでも嬉しいよ」

 悩みに応えようとした僕の方が逆に七瀬さんに慰められる形になった。
 
 「ありがとう、結局いいのは思いつけなかったけど、七瀬さんはそのまま正直な気持ちを相手に伝えればいいんじゃないかな」

 僕が思ったことを七瀬さんに伝えると、七瀬さんは一瞬何かを考える素振りをし、「よしっ!」と何かを決心したかのようにして今度は僕に視線を向ける。

 「ありがとう三井君!明日頑張って智哉君に告白するよ!」

 七瀬さんは笑顔でそう言い、僕は七瀬さんに「応援してる」とだけ伝えた。

 
 ―2日後

 「真由ちゃんおめでとう、思ってたよりも早く智哉と付き合うことになるなんて思いもしなかったよ」

 「うん!私自身も智哉君と付き合えることが信じられなくて、今でも夢じゃないのって思っちゃうくらいだから」

 教室で七瀬さんと筧さん、そして、七瀬さんと付き合うことになった斉木智哉も一緒に楽しそうに話していた。
 僕の場合違うクラスではあるが、七瀬さんのいるクラスの担任である立花先生に呼ばれたため、先生の要件を聞きながら七瀬さんたちの方に聞き耳を立てる(けっしてストーカー行為をしているわけではない…たぶん)。

 「それで、当の智哉はなんで真由ちゃんからの告白をOKしたの?」

 「まあその…真由とは小学校の時から近い存在だったし、それに俺も真由のこといいなって思って…」

 よっ…呼び捨てだと!?

 まさか、そこまで七瀬さんと深い間柄だったとは…。

 「三井、おーい、聞こえてるかー?」

 突然の先生の問いに僕は「あっ!」と驚く。

 「三井、話聞いていましたか?」

 「…いいえ、途中ボーっとしてしまいました、すいません」

 すると先生は出席簿で軽く僕の頭をコツンっと叩き、控えめの苦笑いで僕の方を見る。

 「三井、他のことに気を取られてないでちゃんと先生の話に集中するようにな」

 「はい…以後気を付けます」

 その後先生からの要件を聞き、僕はそそくさとその場を去った、いや本当はここから早く出たかったからかもしれない、なにせ真由ちゃんの口から智哉と付き合える喜びと嬉しさが僕の目に入ることで虚しくなるからだろう、早くこの教室を出ないと、僕の心が保たない。

 早くこの初恋を忘れよう…忘れれば多少は楽に……。

 しかし、逆に忘れようと思えば思うほど、七瀬さんへの想いが一層強くなっていくだけだった。


 ―四ヵ月後

 土曜日の朝、弓道の練習のため、僕は早めに弓道場入口へたどり着くと、鍵がかかっておらず、中に入るとすでに七瀬さんが弓道場で矢を的目掛けて射っていた。

 「おはよう、もう来てたんだね」

 「あ、三井君、おはよう」

 矢を射っていた的を見ると、矢が10本ほど刺さっており、その内的に当たったのが7本だった。

 「七瀬さん、今日は調子いいみたいだね」

 「うん、ここ最近私いい事が多くあって」

 七瀬さんの言葉に「そうなんだ」と返し、僕は男子更衣室に入り、道着に着替える。
 そして、自身の弓の点検をした後、僕も的目掛けて矢を射っていく。

 「最近、斉木智哉さんとはどうですか?」

 僕がそう質問すると、七瀬さんは顔を赤面させ、一瞬僕から視線を逸らす。

 「特に、普通に、普通にお付き合いしてます…」

 智哉と付き合う時の何かを思い出したのか、七瀬さんの顔がさらに赤面する。

 「すいません、少し突っ込み過ぎました…」

 「いいよいいよそんな、気にしないで」

 少し落ち込む僕を七瀬さんが慰める(慰められるのこれで二回目のような…)。

 「三井君」

 「はい?」

 七瀬さんに呼ばれ、僕はそれに反応して視線を七瀬さんに向ける。

 「あのとき、相談にのってくれてありがとう、智哉君に告白できたのは三井君が応援してくれたからできたの、本当にありがとう」

 「いえいえ、僕はそんな大したことはしていません、ほとんど話を聞くことしかできなかったので…」

 「そんなことない!三井君が応援してくれるだけでも、心強かったから…」

 七瀬さんのその言葉に僕の心の中のわだかまりがすっと抜けていく感じがした、まるで、今まで七瀬さんを思い続けたことが報われたような、そんな気がした。

 「ありがとう七瀬さん、そう思ってくれてるだけで、僕はすごく嬉しいです」

 そう言いながら僕は少し頬が赤くなっているのを隠し、的に矢を命中させることに集中する。

 「そういえば、三井君は今好きな人とかいる?もしいたら私、三井君の恋を応援してるから」

 七瀬さんのその言葉に僕は矢を射る手を止めた。

 「んーでもまだ特に好きな人とかいないかな、もしできたら一番に七瀬さんに相談するよ」

 「うん!いつでも相談にのるからね!」

 たぶんもう新しく好きな人ができることはないと思う、だって、僕はまだ七瀬さんのことが好きだから、恋人がいるとしても、それでも僕は七瀬さんのことを好きで居続けるだろう、おそらく、七瀬さんを超える女子は世界中どこを探しても見つからない。
 たとえこの恋が一生叶うことができないとしても、恋が実らない現実に苦しくても、”辛くても僕はあの子に片思いし続ける”。
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