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6話 先生(後編)

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 俺は幼い頃から、家が近所だった絵里香姉さんによく面倒を見てもらっていた、俺と絵里香姉さんが初めて会ったのは俺がまだ赤ん坊の時で絵里香姉さんは12歳の時、歳がかなり離れていたがそれでも絵里香姉さんと過ごした日が俺にとって大事な思い出だった。
 絵里香姉さんと近所付き合いしていくうち、俺は絵里香姉さんに対して特別な感情を抱き始めていった。
 絵里香姉さんを好きであることを自覚したのは俺が5歳の時、しかし、そのときの絵里香姉さんは大学受験の時期に入り、そして県外の大学に進学することになった。
 あれから6年が経ち、俺が小学6年生に上がったある日、新しいクラスの担任として絵里香姉さんが赴任してきた。
 俺はそのとき内心すごく嬉しかった、離れ離れだった絵里香姉さんともう一度話すことができるのだから。
 それ以来俺は佐山絵里香に対する思いを胸に秘めたまま日々を過ごした。

 
 「七瀬真由です、お父さんのお仕事の都合で東京からここに引越して来ました、よろしくお願いします」

 転校生の七瀬真由が来る日、事前に絵里香姉さんから聞いていたのであまり驚かなかったが、俺以外のクラスメイトは驚きと喜びとで一緒になっていた。

 「なあなあ、転校生めっちゃ可愛くねえか!マジラッキーだわ!」

 「落ち着けよ秀太、ほら見ろ、また女子からドン引きの視線が向けられてるぞ、でも転校生か…結構急だな」

 秀太はすごく喜び、蒼汰は少し驚いてる様子だった、たしかに七瀬真由っていう子見た目に関してはかなり可愛い方の顔をしているから、注目されるのも無理はない、多少心配な点があるとすれば、女子の嫉妬の対象になる恐れがあるくらいだ。
 
 絵里香姉さんの頼みを引き受けたわけだし、ホームルームが終わったら七瀬真由に学校を案内しよう、でも俺だけだと女子に不審がられるので一応響にも付き合ってもらおう。

 ホームルームが終わり、まず響に俺と一緒に七瀬真由に学校内を案内するのを手伝って欲しいと頼み、対する響は俺の頼みを快く引き受けてくれた。

 「いいよ!私も七瀬さんと話してみたかったし」

 「ありがとう、助かる」

 「いいってこのくらい」

 そして、俺と響は七瀬さんの周りを取り巻く男子たちの間を通り抜け、席にたどり着いたところで俺は七瀬真由に話しかける。

 「七瀬真由さん、初めまして、このクラスの学級委員長をやってる斉木智哉っていうけど、昼休みよかったら校内を案内するよ」

 「私もいるよ!あ、ついでに私は筧響っていいます!」

 急に話しかけたからか、七瀬真由は少しびっくりした様子だったが、そのあと七瀬真由が反応を見せた。
 
 「ありがとう、じゃあ…案内お願いしてもらっちゃおっかな」

 七瀬真由は笑顔で返答し、そのあと俺は次の授業が始まるまで七瀬真由と響、その他男子とで軽く雑談を交わした。

 
 ―放課後

 「ありがとね智哉君、校内の案内をしてくれて」

 「絵里香姉さんの頼みなら、まあ、引き受けなくもないかな」

 「もう!照れちゃって!」

 「照れてない!」

 絵里香姉さんに頭を撫でられながら礼を言われ、俺は少し気恥しくなる。
 でも本音は昔のようにこうして話せて正直ちょっと嬉しい、最後の学年の担任が絵里香姉さんでよかったと本当に思えた。

 「また何か智哉君に頼みたいことがあったらこれからも頼んじゃっていいかな?」
 
 「いいよ別にそんぐらい、頼られる俺もまあ…悪くないし」

 「…智哉君、もしかして…ツンデレ?」

 「そんなこというならもう絵里香姉さんの頼み聞かないよ」

 「冗談だよー!冗談!」

 そう言って俺の背中をまあまあ強めに叩く、「いてえよ」と言うと「あ、ごめん」と答えすぐに止める。

 「私だけ頼み事するのもあれだからさ、なんなら智哉君も何か困ったことや頼みたいことがあったら相談してね、あ、でも、できる範囲内でね」

 「できる範囲内までかよ」とツッコミ、絵里香姉さんは満面の笑みで笑う、それにつられて俺もつい笑ってしまった。

 「あ、そうそう実はね、智哉君に重大なお知らせがあります」

 突然そう言われ、俺の視線は絵里香姉さんの方に集中する。

 「なんだよいきなり、またどうでもいいことじゃないよな?」

 俺がそう聞くと、絵里香姉さんは首を横に振って否定する。

 「違うよ、まあたぶん?このことはまだ学校の人やあなたのご両親とかにもまだ教えてないからね、まあ後々伝える予定ではあるけど、それより先に頼み事をいつも聞いてくれる智哉君にだけは特別に話してあげる」

 「なんだよ、どうでもいいことだったら二度と頼み事を引き受けないからな」

 「もおー相変わらず可愛くないなあ…まあ可愛いか」

 「なんだそれ」

 絵里香姉さんは深呼吸した後、その重大な知らせというものに耳を傾けた。
 しかし、俺に打ち明けたその内容に衝撃が走り、俺にとって信じたくない知らせだった。

 「私ね、智哉君が小学校卒業する頃ちょうどに結婚する予定があるんだ」

 
 ―10カ月

 「おめでとう!佐山先生!」

 小学校を卒業してその一週間後に絵里香姉さんの結婚式が開かれ、俺含む6-1クラスのクラスメイトや絵里香姉さんとそのお相手の友人や親族が集まっていた。

 「みんな!祝福してくれてありがとう!卒業しても私にとってずっとみんなの担任だからね!」

 絵里香姉さんは笑顔で皆にそう言い、クラスメイトたちに手を振っていく。
 すると俺と絵里香姉さんがたまたま目が合い、満面の笑みで俺に手を振ってきたので俺もそれに返すように手を振った。

 
 ―3時間後

 結婚式が終わり、俺は蒼汰と二人で自宅に帰る、一方の絵里香姉さんはお相手の男性と一緒に同棲してる自宅(愛の巣)に帰るとのこと。
 
 「1カ月前の結婚報告には驚いたよな、まあ…あのときのお前の反応からしてすでに知ってたみたいだったけどな」

 「わかってたんだね、蒼汰、俺って結構わかりやすいのか?」
 
 「いいや、普通は気づかないだろう、でも俺の前ではお見通しだがな、何年友達やってると思ってる」

 蒼汰はそう言いながら俺の肩をポンっと叩く、まるで、「気にするな」と俺に言ってるかのように。

 「お前、ほんとは絵里香姉さんのこと…」

 蒼汰の問いに対し俺は笑って答える。

 「そんなわけないだろ、俺と絵里香姉さんと12歳も年違うんだ、俺にとって絵里香姉さんは家族同然だよ」

 「…そうか、智哉がそう言うなら」

 蒼汰にはそう答えたが本当は違う、俺は確かに佐山絵里香という女性に恋していた、ずっと一緒にいたいとも思っていた、でも、現実は違う、12歳差で付き合うなんてできるわけがない、周りでそう言った話は聞かないのだから、でも、後悔があるとすれば、絵里香姉さんの結婚を知る前に俺の気持ちを伝えておけばよかった。

 「俺は…絵里香姉さんが幸せなら、すごく嬉しいことだし、めでたいことだから、それでいいと思う」

 俺は最後に蒼汰にそう言い、自宅前に着いたところで蒼汰に「じゃあまた明日」と言ってそのまま蒼汰と別れて自宅に帰った。
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