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協力 ダンジョンボス
第1話
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広場全体が、まるで大地ごと唸りをあげるかのように轟音と共に揺れていた。
石畳が細かく震え、割れ目から砂塵が吹き上がる。空には血のように赤い稲光が走り、絡み合っては大地へと落ちてくる。そのたびに耳をつんざく雷鳴が轟く。
サクラは膝をついたまま、必死に呼吸を整えていた。胸の奥に焼けるような痛みがある。
だが、その痛みを和らげるように、隣にいるクロビスの手のひらから光が流れ込んでくる。温かく、澄んだ魔力。冷え切っていた体が少しずつ目を覚まし、折れかけていた心にまで火をともすようだった。
「……っく! ここまでアリエノール様がご乱心していらっしゃるとは、珍しいな」
「そりゃあ、大事な腹心の部下がやられちゃ、黙ってられないだろうさ!」
少し離れた場所で、兵士の二人が空を見上げながら苦笑いを浮かべていた。稲妻の閃光に照らされるその顔は汗に濡れ、ひきつっている。それでも軽口を忘れないのは、恐怖に飲み込まれぬための必死の強がりのようだった。
「だからって限度があるだろ! この後始末、誰がやると思ってんだよ!」
「戦いの最中にそんなこと考えるなんて、お前はずいぶん余裕だなあ」
冗談めかして言いながらも、二人の剣は止まらない。落雷の衝撃で吹き飛ぶ瓦礫や石畳を切り払い、サクラとクロビスの頭上に届かせまいと立ちはだかる。剣と石のぶつかる音が火花を散らし、広場の喧騒に混じって響き渡った。彼らがいなければ、サクラたちはすでに押し潰されていたに違いない。
やがてクロビスは回復魔法の詠唱を終え、大きく息を吐いた。
仮面を外した彼の顔は青白く、汗が頬を伝っている。
「……本当に、こんなに取り乱すなんて、アリエノール様らしくない」
呟いた声は、冷静を装いながらもわずかに震えていた。普段の彼からは考えられない動揺だった。
「治療ありがとう。おかげでだいぶ楽になったわ」
サクラは痛みをこらえつつ上体を起こし、クロビスに微笑んだ。
「……我らが主らしく、堂々となさっていてほしいものですね」
クロビスは答えると、慌てて仮面をつけ直した。視線を逸らす仕草は、照れ隠しにも見える。
「良くなっていただかないと困ります。これで私の魔力はほとんど尽きました。次はためらわず、あの男を仕留めてください」
「……ええ。あなたの魔力が私の中に流れ込んで、胸がとてもあたたかいの。だから覚悟が決まったわ」
その言葉にクロビスは一瞬、目を瞬かせた。
だがすぐに口元を引き結び、冷たく返す。
「それは喜ばしいことですが……。その言い方はやめてください。邪念が生まれます」
「はあ、相変わらず真面目ね。まだまだ元気そうじゃない」
サクラがからかうようにため息をつくと、クロビスはわざと肩をすくめた。
「いいえ。馬鹿力のあなたと違って、私は繊細なのですよ。言葉にはお気をつけを」
仮面越しで表情は読めないが、その声音は皮肉っぽい。サクラは頬をふくらませ、拗ねたふりをしてみせた。
ほんの一瞬、戦場の緊張がほどける。その隙を裂くように、天から声が降りてきた。
「……なんだ。治療の時間くらいは稼いでやろうと来てやったというのに。礼もなく戯れとは、いい身分だな、クロビス?」
澄んでいながらも耳の奥を震わせる声。兵士たちは思わず剣を下げ、空を仰ぐ。
稲妻が空を引き裂いた。次の瞬間、巨大な影が光に浮かび上がる。漆黒の翼が広がり、雷雲を切り裂く。
──それは、人ではなかった。
「……私が頼んだわけではございません。アリエノール様ご自身のご判断でしょう」
クロビスは動じぬ声で返した。仮面の奥に潜む眼差しは、たしかに張り詰めていた。
「憎まれ口を叩く余裕があるなら、もう問題はなかろう」
降り立った瞬間、広場全体を揺さぶる突風が走る。砂塵が渦を巻き、吹き飛ばされた瓦礫が雨のように降り注ぐ。翼が一度羽ばたいただけで、広場の空間そのものが支配されたかのようだった。
やがて、砂塵の中からその姿が現れる。
美貌と呼ぶには苛烈すぎる輪郭。紅玉のごとき瞳は光を飲み込み、見る者の魂を捕らえる。
一歩、彼女が踏み出す。
そのたびに瓦礫が震え、青白い火花が散った。
兵士たちは誰ひとり声を発せない。ただ膝を折り、頭を垂れる。恐怖と畏敬が入り混じり、立っていられる者などいなかった。
サクラは喉をひきつらせながら、その名を吐き出す。
「……アリエノール様」
それはただの呼びかけではない。眼前の存在が、この城の主であり、竜の血を引く支配者であると、魂そのものに刻みつけられた感覚だった。
「……この私の領地で、ずいぶんと好き勝手をしてくれたな」
その声音は低く、冷たい。
だが、サクラの耳には確かに聞こえた。
竜の咆哮が、言葉の奥底に潜んでいた。
そして広場は、ただひとりの支配者の到来によって沈黙した。
石畳が細かく震え、割れ目から砂塵が吹き上がる。空には血のように赤い稲光が走り、絡み合っては大地へと落ちてくる。そのたびに耳をつんざく雷鳴が轟く。
サクラは膝をついたまま、必死に呼吸を整えていた。胸の奥に焼けるような痛みがある。
だが、その痛みを和らげるように、隣にいるクロビスの手のひらから光が流れ込んでくる。温かく、澄んだ魔力。冷え切っていた体が少しずつ目を覚まし、折れかけていた心にまで火をともすようだった。
「……っく! ここまでアリエノール様がご乱心していらっしゃるとは、珍しいな」
「そりゃあ、大事な腹心の部下がやられちゃ、黙ってられないだろうさ!」
少し離れた場所で、兵士の二人が空を見上げながら苦笑いを浮かべていた。稲妻の閃光に照らされるその顔は汗に濡れ、ひきつっている。それでも軽口を忘れないのは、恐怖に飲み込まれぬための必死の強がりのようだった。
「だからって限度があるだろ! この後始末、誰がやると思ってんだよ!」
「戦いの最中にそんなこと考えるなんて、お前はずいぶん余裕だなあ」
冗談めかして言いながらも、二人の剣は止まらない。落雷の衝撃で吹き飛ぶ瓦礫や石畳を切り払い、サクラとクロビスの頭上に届かせまいと立ちはだかる。剣と石のぶつかる音が火花を散らし、広場の喧騒に混じって響き渡った。彼らがいなければ、サクラたちはすでに押し潰されていたに違いない。
やがてクロビスは回復魔法の詠唱を終え、大きく息を吐いた。
仮面を外した彼の顔は青白く、汗が頬を伝っている。
「……本当に、こんなに取り乱すなんて、アリエノール様らしくない」
呟いた声は、冷静を装いながらもわずかに震えていた。普段の彼からは考えられない動揺だった。
「治療ありがとう。おかげでだいぶ楽になったわ」
サクラは痛みをこらえつつ上体を起こし、クロビスに微笑んだ。
「……我らが主らしく、堂々となさっていてほしいものですね」
クロビスは答えると、慌てて仮面をつけ直した。視線を逸らす仕草は、照れ隠しにも見える。
「良くなっていただかないと困ります。これで私の魔力はほとんど尽きました。次はためらわず、あの男を仕留めてください」
「……ええ。あなたの魔力が私の中に流れ込んで、胸がとてもあたたかいの。だから覚悟が決まったわ」
その言葉にクロビスは一瞬、目を瞬かせた。
だがすぐに口元を引き結び、冷たく返す。
「それは喜ばしいことですが……。その言い方はやめてください。邪念が生まれます」
「はあ、相変わらず真面目ね。まだまだ元気そうじゃない」
サクラがからかうようにため息をつくと、クロビスはわざと肩をすくめた。
「いいえ。馬鹿力のあなたと違って、私は繊細なのですよ。言葉にはお気をつけを」
仮面越しで表情は読めないが、その声音は皮肉っぽい。サクラは頬をふくらませ、拗ねたふりをしてみせた。
ほんの一瞬、戦場の緊張がほどける。その隙を裂くように、天から声が降りてきた。
「……なんだ。治療の時間くらいは稼いでやろうと来てやったというのに。礼もなく戯れとは、いい身分だな、クロビス?」
澄んでいながらも耳の奥を震わせる声。兵士たちは思わず剣を下げ、空を仰ぐ。
稲妻が空を引き裂いた。次の瞬間、巨大な影が光に浮かび上がる。漆黒の翼が広がり、雷雲を切り裂く。
──それは、人ではなかった。
「……私が頼んだわけではございません。アリエノール様ご自身のご判断でしょう」
クロビスは動じぬ声で返した。仮面の奥に潜む眼差しは、たしかに張り詰めていた。
「憎まれ口を叩く余裕があるなら、もう問題はなかろう」
降り立った瞬間、広場全体を揺さぶる突風が走る。砂塵が渦を巻き、吹き飛ばされた瓦礫が雨のように降り注ぐ。翼が一度羽ばたいただけで、広場の空間そのものが支配されたかのようだった。
やがて、砂塵の中からその姿が現れる。
美貌と呼ぶには苛烈すぎる輪郭。紅玉のごとき瞳は光を飲み込み、見る者の魂を捕らえる。
一歩、彼女が踏み出す。
そのたびに瓦礫が震え、青白い火花が散った。
兵士たちは誰ひとり声を発せない。ただ膝を折り、頭を垂れる。恐怖と畏敬が入り混じり、立っていられる者などいなかった。
サクラは喉をひきつらせながら、その名を吐き出す。
「……アリエノール様」
それはただの呼びかけではない。眼前の存在が、この城の主であり、竜の血を引く支配者であると、魂そのものに刻みつけられた感覚だった。
「……この私の領地で、ずいぶんと好き勝手をしてくれたな」
その声音は低く、冷たい。
だが、サクラの耳には確かに聞こえた。
竜の咆哮が、言葉の奥底に潜んでいた。
そして広場は、ただひとりの支配者の到来によって沈黙した。
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