離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉

文字の大きさ
5 / 151
離婚

 しばらく口を閉じたまま待っていると、ようやく女はライラへの罵詈雑言を一通り吐き出し終えたらしい。
 彼女は感情のおもむくままに叫び続けていたからだろう。肩で息をしながら忌々しそうにライラを睨みつけ、口元を引き結んで黙りこんでしまった。

 ライラはこちらを見つめてくる女の目をじっと見据える。ほんのわずかな時間だったが、女と見つめ合う形になった。
 女はライラの返答を待っているのだろう。それは伝わってくるのだが、なかなか言葉が出てこない。

 ライラは女にかける言葉を、頭の中で慎重に選んでいた。しかし、女はライラの発言を待つことができなかったらしい。大きく舌打ちをすると、黙ったままのライラをもう一度ぎろりと力強く睨みつけてきた。

「昨晩クロードさまがこちらにいらっしゃったでしょう?」

 不愛想に言い放った女の言葉に、ライラは首を傾げた。訳が分からないという顔をすると、女は顔を歪めて舌打ちをした。

「あなた、昨日の夜はクロードさまと過ごしたのよね? 私のところにはいらっしゃらなかったもの。あなたのところに行ったとしか思えないじゃない!」

「…………昨夜、ですか? 私は旦那さまとはお会いしていないはずですけれど……」
 
 それどころか、数週間は姿すら見ていない。だが、そんなことはわざわざ口に出さなかった。
 クロードは、この女を離れに滞在させてからの一年ほど、妻であるライラのいる本宅で寝泊まりしたことなどない。周知の事実なので、あえて言葉に表すことではないのだ。

「嘘おっしゃい! 今まではずっと私のところに帰ってきてくれていたというのに……。愛想の尽かされた妻が今さらでしゃばってくるなんて、みっともないったらないわね!」

 ライラが素直にクロードに会っていないことを告げると、女は不愉快そうに拳を握って震え出し、再び大きな声で叫んだ。
 この一年の間、妻であるはずのライラは夫のクロードと共に夜を過ごしたことなどない。ろくに顔を合わせていないのだから、これ以上何を言えばよいのだろうか。

「……あの奥さま、実は……」

 女がどうしてライラとクロードが昨晩一緒にいたと思い込んでいるのか、まったく理解できない。
 ライラが首を傾げたまま困惑していると、執事がそっと近付いてきて耳元でささやいた。

「旦那さまは昨夜いちどお屋敷にお戻りになられたのです。お急ぎのご用事のようでしたから、奥さまには朝食のときにお知らせしようと思っていたのです。奥さまはすでにお休みでしたので……」

 どうやら昨日の夜遅くに、クロードは屋敷に戻ってきていたらしい。

 クロードはここひと月ほど仕事が立て込んでいて職場で寝泊まりしていると、ライラは使用人から聞いていた。昨日はどうしても仕事で必要な資料が本宅の書斎にあり、それを取りに一時帰宅をしたそうだ。

「…………はあ。資料くらい誰か使いを出せばよいものを。余計なことをするからこんな面倒なことになるのよ」

 小さな声でぼやきながら、ライラは頭を抱える。

 クロードは目的の資料を手にすると、すぐさま屋敷を出て行ったらしい。
 それを聞いて、ライラは呆れかえって盛大に溜息をついた。
 女がどんなことを考えてこんな行動を起こしているのか想像がついてしまったのだ。

 ここ最近、我が国は隣国と緊張関係にある。
 外交情勢が非常に悪化しており、いつ開戦してもおかしくないというひっ迫した状態だ。
 クロードは軍で要職についている。そのため、万が一に備えて王城で寝泊まりをしているのだ。
 
 きっと女は、ろくに自宅に帰ることのできないクロードの身を案じていたのだろう。
 毎日いじらしく、今か今かと彼の帰りを離れで一人寂しく待ちわびているのだ。
 
 そんな風にクロードの帰宅を待ち続けている中、夜中に屋敷の門が開いた。
 待ち焦がれた思い人と久しぶりに会えるのだと、女は喜びを感じたに違いない。
 女は嬉々としてクロードを迎え入れる準備をしたが、いつまで経っても離れに姿を見せない。

 そこで女は、屋敷の門を潜ったクロードが向かった先が、ライラの元だと考えたのだ。
 忙しい仕事の合間を縫って、クロードがわざわざ妻に会いに帰宅したと思い込んだ。
 そうして女は激昂することになり、花瓶をライラに投げつけるに至ったのだ。
感想 248

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

お言葉ですが今さらです

MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。 次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。 しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。 アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。 失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。 そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。 お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。 内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。 他社サイト様投稿済み。

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?