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「お、奥さま、これは一体なにごとですか⁉」
辺境伯家の使用人のエラが、ソフィアの部屋に入ってくるなり顔をしかめる。
「見ての通りよ。ドレスを仕立てて頂こうと思ったの」
部屋の中には辺境伯家御用達の仕立屋が控えている。
「そ、それはわかります。私がお尋ねしているのは、どうして今ここに仕立屋を呼んだのかということです!」
エラは室内にずかずかと入ってくると、ソフィアの目の前で足を止めた。
彼女は真剣な顔でソフィアを覗き込んでくる。
「お姉さまがこちらへ嫁いでくるために用意されていたドレスがあるでしょう? あれを私用に仕立て直してもらおうと思ったのよ」
「なぜです? 奥さまのために新しいドレスをご用意したばかりではありませんか」
もともと辺境伯家に嫁いでくるのは姉だった。そのため、この屋敷には姉が着るために用意された服が大量にあった。
しかし、実際に嫁いできたのはソフィアだ。仕立屋に無理を言ってソフィアのドレスを大急ぎで作ってもらったばかりだった。
「そうなのだけどね。ほら、お姉さまのために用意されていたドレスの方が雰囲気が大人っぽくて落ち着いたデザインのものが多いでしょう?」
ソフィアの言葉を聞きながら、エラの表情がだんだんと曇っていく。
「私って背が低いし胸もないから、私用に仕立てられたドレスは子供っぽいものが多いのよね。だからね、お姉さまのドレスを私用に仕立て直したらちょうどいいと思ったのよ」
ソフィアが話をしていると、なぜかルイースがエラに向かって勢いよく頭を下げている。
「も、申し訳ございません! 何度もお止めしたのですけど、言い出したら聞かなくて」
謝罪を繰り返すルイースの言葉に返事をせず、エラはソフィアの顔を覗き込みながらきつい口調で問いかけてきた。
「なぜです? どうしてお姉さまと同じデザインのドレスが必要なのですか!」
「……う、うん、ほら……。旦那さまはお姉さまみたいな方がお好みなのかと思って……」
エラの雰囲気に圧倒されながらソフィアは答える。
すると、途端にエラの表情が申し訳なさそうなものに変わった。
「……ああ、奥さま……。うちのお坊ちゃまが申し訳ございません」
エラは盛大なため息をつきながら頭を抱えてしまった。
「……お、お坊ちゃま? それって旦那さまのことなのかしら」
「エラさんはイーサン様の乳母なのです。ときおり癖でお坊ちゃまと言ってしまうのですよ」
「あら、そうなのね。お坊ちゃまだなんて可愛らしいわね」
エラがイーサンをお坊ちゃまと呼んだことに驚いていると、仕立屋の夫人がソフィアに説明をしてくれた。
エラはその間に、こほんと咳払いをして姿勢を正した。彼女は真剣な眼差しでソフィアを見つめてくる。
「私ども使用人一同、イーサン様の態度には頭を悩ませております。奥さまには本当に申し訳なくて……」
「それは仕方がないわ。だって旦那さまはお姉さまのことがお好きだったのでしょう?」
ソフィアがはっきりとそう言うと、エラが目を見開いて口ごもる。
「……そ、それは」
「いいのいいの、お姉さまは素敵な女性だもの。旦那さまが惚れるのは仕方がないわ。だからね、せめて私がお姉さまの雰囲気に近付ければいいなと思ってドレスを仕立て直してもらいたいの」
クローゼットに残されていた姉用に仕立てられたドレスを引っ張り出す。それを自分の身体にあてながらソフィアは言った。
すると、このやり取りを見ていた仕立屋の夫人が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「僭越ながら……。奥さまには、お姉さまのために仕立てたドレスはお似合いにならないと思います」
仕立屋の夫人がソフィアを鏡の前に誘導する。
鏡には姉のドレスを手にしたソフィアが映った。
「奥さまは健康的で明るい雰囲気の方です。奥さま、お姉さま、それぞれに似合うドレスは異なるのですよ」
姉のドレスの上にソフィアのために仕立てられたドレスを重ねながら、鏡越しに夫人が見つめてくる。
「ほら、こちらのドレスの方が奥さまの良さが引き出されていて素敵ですわ」
「その通りです。お姉さまと同じドレスはお似合いになられません。奥さまには奥さまの良さがあるのですから」
仕立屋の夫人の言葉にエラが同意する。ルイースも勢いよく頷いていた。
「そうかしら。私だってこちらのドレスが似合うと思わない?」
「「「思いません!」」」
三人から同時に否定されてしまい、さすがのソフィアも落ち込んだ。
「…………みんなが口を揃えて言うのだから、きっとそうなのね」
もう一度だけ鏡の前で姉のドレスを身体にあててみる。
たしかにドレスだけが立派で、ソフィアでは姉のドレスに負けてしまっているように見えた。
「…………わかったわ。ドレスを仕立てるのは諦める」
ソフィアの言葉に室内の一同がほっと安堵の息をもらした。
しかし、次のソフィアの言葉に、皆は頭を抱えることになる。
「それじゃあ、どうしたら旦那さまは私のことを抱いて下さるの?」
辺境伯家の使用人のエラが、ソフィアの部屋に入ってくるなり顔をしかめる。
「見ての通りよ。ドレスを仕立てて頂こうと思ったの」
部屋の中には辺境伯家御用達の仕立屋が控えている。
「そ、それはわかります。私がお尋ねしているのは、どうして今ここに仕立屋を呼んだのかということです!」
エラは室内にずかずかと入ってくると、ソフィアの目の前で足を止めた。
彼女は真剣な顔でソフィアを覗き込んでくる。
「お姉さまがこちらへ嫁いでくるために用意されていたドレスがあるでしょう? あれを私用に仕立て直してもらおうと思ったのよ」
「なぜです? 奥さまのために新しいドレスをご用意したばかりではありませんか」
もともと辺境伯家に嫁いでくるのは姉だった。そのため、この屋敷には姉が着るために用意された服が大量にあった。
しかし、実際に嫁いできたのはソフィアだ。仕立屋に無理を言ってソフィアのドレスを大急ぎで作ってもらったばかりだった。
「そうなのだけどね。ほら、お姉さまのために用意されていたドレスの方が雰囲気が大人っぽくて落ち着いたデザインのものが多いでしょう?」
ソフィアの言葉を聞きながら、エラの表情がだんだんと曇っていく。
「私って背が低いし胸もないから、私用に仕立てられたドレスは子供っぽいものが多いのよね。だからね、お姉さまのドレスを私用に仕立て直したらちょうどいいと思ったのよ」
ソフィアが話をしていると、なぜかルイースがエラに向かって勢いよく頭を下げている。
「も、申し訳ございません! 何度もお止めしたのですけど、言い出したら聞かなくて」
謝罪を繰り返すルイースの言葉に返事をせず、エラはソフィアの顔を覗き込みながらきつい口調で問いかけてきた。
「なぜです? どうしてお姉さまと同じデザインのドレスが必要なのですか!」
「……う、うん、ほら……。旦那さまはお姉さまみたいな方がお好みなのかと思って……」
エラの雰囲気に圧倒されながらソフィアは答える。
すると、途端にエラの表情が申し訳なさそうなものに変わった。
「……ああ、奥さま……。うちのお坊ちゃまが申し訳ございません」
エラは盛大なため息をつきながら頭を抱えてしまった。
「……お、お坊ちゃま? それって旦那さまのことなのかしら」
「エラさんはイーサン様の乳母なのです。ときおり癖でお坊ちゃまと言ってしまうのですよ」
「あら、そうなのね。お坊ちゃまだなんて可愛らしいわね」
エラがイーサンをお坊ちゃまと呼んだことに驚いていると、仕立屋の夫人がソフィアに説明をしてくれた。
エラはその間に、こほんと咳払いをして姿勢を正した。彼女は真剣な眼差しでソフィアを見つめてくる。
「私ども使用人一同、イーサン様の態度には頭を悩ませております。奥さまには本当に申し訳なくて……」
「それは仕方がないわ。だって旦那さまはお姉さまのことがお好きだったのでしょう?」
ソフィアがはっきりとそう言うと、エラが目を見開いて口ごもる。
「……そ、それは」
「いいのいいの、お姉さまは素敵な女性だもの。旦那さまが惚れるのは仕方がないわ。だからね、せめて私がお姉さまの雰囲気に近付ければいいなと思ってドレスを仕立て直してもらいたいの」
クローゼットに残されていた姉用に仕立てられたドレスを引っ張り出す。それを自分の身体にあてながらソフィアは言った。
すると、このやり取りを見ていた仕立屋の夫人が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「僭越ながら……。奥さまには、お姉さまのために仕立てたドレスはお似合いにならないと思います」
仕立屋の夫人がソフィアを鏡の前に誘導する。
鏡には姉のドレスを手にしたソフィアが映った。
「奥さまは健康的で明るい雰囲気の方です。奥さま、お姉さま、それぞれに似合うドレスは異なるのですよ」
姉のドレスの上にソフィアのために仕立てられたドレスを重ねながら、鏡越しに夫人が見つめてくる。
「ほら、こちらのドレスの方が奥さまの良さが引き出されていて素敵ですわ」
「その通りです。お姉さまと同じドレスはお似合いになられません。奥さまには奥さまの良さがあるのですから」
仕立屋の夫人の言葉にエラが同意する。ルイースも勢いよく頷いていた。
「そうかしら。私だってこちらのドレスが似合うと思わない?」
「「「思いません!」」」
三人から同時に否定されてしまい、さすがのソフィアも落ち込んだ。
「…………みんなが口を揃えて言うのだから、きっとそうなのね」
もう一度だけ鏡の前で姉のドレスを身体にあててみる。
たしかにドレスだけが立派で、ソフィアでは姉のドレスに負けてしまっているように見えた。
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