姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉

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「俺のところに逃げ込んでくるのはいい加減にやめてくれないっすかねえ」

 教会の一室に用意された自身の執務室で、エイナルが盛大に溜め息をついた。彼の視線の先には、ソファに寝ころんでいるソフィアがいる。

「だって、この土地にいる私の味方はルイースとお兄さまだけなんだもの。逃げ込んできたっていいじゃない」

「何を言ってんすか。教会に通ってくる連中は顔を合わせれば、奥さまはいないのですかって聞いてきますよ。大人気じゃないですか」

「そんなの無料で医療が受けられるから良い顔をしておこうってだけでしょ」

「おやおや、めずらしく捻くれていますねえ」

 ソフィアはイーサンに向かって本音をぶつけた日から、毎日のようにエイナルの元へやってきていた。
 どうせ離婚は確定だろうとすっかり諦めていたのだ。そのうちに追い出されることがわかっているのに、屋敷で奥さま面をしているのは気まずかった。

「来てもだらだらしているだけじゃないっすか。それならちょっとは手伝ってくださいよ」

「……わかりましたわ。お兄さまもいつまでこちらで臨床試験が続けられるかわかりませんものね」

 エイナルが自身の机の上に積み上げられた診療記録を指差している。ソフィアが辺境伯家から追い出されれば、彼もここにいることはできないだろう。ソフィアの都合で振り回してしまうのだから、彼がここにいられるうちに手伝えることはしておいた方がよい気がする。
 ソフィアは寝ころんでいたソファから起き上がると、エイナルの元へ行って診療記録の束を手に取った。

「書類整理くらいはお手伝いいたしますわ。ですが、間違っていても文句は言わないでくださいね」

「そりゃ奥さまに表立って文句は言いませんけど、俺の機嫌はすこぶる悪くなりますよ」

「もう、どういう脅しなのよそれは!」

「…………まあ、すでに機嫌は悪いですけどね」

 エイナルが顔を歪ませて舌打ちをした。その表情を見て本気で機嫌が悪いのだとすぐにわかった。共に父の元で修行していた頃によく見た顔だったからだ。

「……ねえ、どうしてそんなに怒っているのよ?」

「奥さまが連日にわたり私をお訪ねになるので、すっかり愛人認定されているのがムカつくからですよ」

 ソフィアはエイナルの言葉に驚いて手にしていた書類を机の上に落としてしまった。
 あまりに衝撃を受けたのですぐに言葉が出てこない。ソフィアはエイナルを見つめながら、自分と彼を交互に指差した。

「この間の辺境伯さまがここへやってきたのだって、どうせそういう噂が耳に入ったからでしょう。だから抜き打ちでお訪ねになったんじゃないのですか?」

「し、知らないわよそんなの! 私は聞いていないわ」

「くだらないっすよね。自分の行いはまるっと棚にあげて所有権だけは主張しようとするなんて……」

 エイナルは吐き捨てるように言って、乱暴に頭を掻き始める。ここまで激怒している彼は久しぶりに見た。

「そんなわけないわ。旦那さまは私に興味なんてないはずだもの。あの日はたまたま近くを通りかかったから診療の様子を見に来ただけっておっしゃっていたじゃない」

「ソフィアお嬢さまは相変らず自己評価が低いですねえ。そういうのは癪に障る奴もいるから気をつけろって言ったことありませんでしたっけ?」

「だって、私は本当に駄目な子だもの。お姉さまのように美しくないし、魔術師の一族に生まれたけれど、魔術だってお父さまやお姉さまの足もとにも及ばない……」

 そう言いながら、ソフィアはイーサンから聞いた姉の言葉を思い出した。

――本当に何でも一人でそつなくこなせるのはお姉さまの方だわ。お父さまもそういう方だから、私が何かをやろうとして繰り返し練習することを理解してくださらないのよね。

 ソフィアはすっかり気持ちが落ち込んできてうつ向いてしまう。

「比べる相手が間違っていますよ。師匠やシーラさんは天才で、ソフィアお嬢さまは秀才なのです。タイプが真逆なんですから」

 窘めるように言われて、ソフィアは黙りこんだ。先ほどまでの不機嫌そうな様子はどこへいったのか、エイナルがすっかり兄弟子風を吹かせている。こうなっては反論しても言い負かされるだけだと知っている。

「ルイースに聞きましたけど、ソフィアお嬢さまがシーラさんみたいになろうとする意味あります?」

「……初夜を無視されたのよ。私の全てを否定されたような、すごく惨めな気持ちになった……」

 そこまで口にして目から涙が溢れてきた。
 自分の存在を否定された。だから、自分を変えるために別人のようになろうとするのは間違っているのだろうか。

「それは悔しかったですね」

 うつ向いてぼろぼろ泣いているソフィアの肩にエイナルがそっと手を置いた。彼の手がぽんぽんと軽くソフィアの肩を叩いてから離れていく。
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