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お題:オムライスから見たあの子
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『痛みを知ったオムライス』
はじめて出会ったのは、あの子が2歳の誕生日を迎える少し前。
自我が芽生えはじめたあの子に、周りの大人たちが手を焼いていたのを覚えている。
「おなかすいたー」
まだ私がフライパンの上で炒められているとき、あの子は不機嫌そうな声をあげていた。
リビングに設置されたベビーサークルの中で、ぶんぶんとおもちゃを振り回している。
「はやくー! オムオムたべるー!」
私のことをオムオムと呼ぶあの子が、とうとう泣き出した。
私を作っていた人は手を止めることなく、金切り声をだす。
「──っうるさい!」
その瞬間、大声で泣いていたあの子は黙り込んだ。
小さな手を強く握って、唇を噛む。
──痛そうだな。
私はあの子を横目で眺めながら、ぼんやりとそう思った。
あの子が3歳の誕生日を迎えるころ、相変わらず落ち着きのない子供だった。
何にでも興味が出てくる年ごろだ。
料理に挑戦したいと、あの子はまたおもちゃを振り回して大暴れしていた。
「たまごわりたいの! オムオムつくるの!」
あの子は私が大好物になっていた。
自分で作りたくなるのは、自然な流れだと思う。
いつも私を作ってくれる大人は根負けした。
大人はあの子に付きっきりで、手取り足取り私の作り方を教えた。
あの子は何度もたまご割りに失敗しながら、なんとか私を作った。
あの子が初めて作った私は、それはもうひどいものだった。
べちゃべちゃのチキンライス。
ぐちゃぐちゃの卵。
それでも、はじめて手作りした私に、あの子は満足していた。
あの子は「おいしい」と何度も言って、私を食べてくれた。
だけど、あの子がはじめて作ってくれた私を「まずい」と言った大人がいた。
乱暴に私の乗った皿を掴んで、キッチンの三角コーナーに投げ捨てた。
あの子は生ごみと一緒にいる私を見て、声をあげて泣いた。
「──っうるせぇ!」
泣き喚くあの子を、私を捨てた大人が叩いた。
──……痛そうだな。
私はまたそう思った。
あの子が私を作ってくれたのは、この日が最初で最後だった。
あの子が4歳の誕生日を迎えた少しあと、この家の中に劇的な変化が起きる。
家族が増えた。
私がはじめてあの子に出会ったころの姿よりも小さな子。
それから、私を作ってくれる大人は新しい家族にかかりきりになった。
あの子が泣こうが喚こうが「うるさい! お兄ちゃんでしょ」の一言で済ませてしまう。
あの子はまた手を強く握って、唇を嚙んでいる。
──……痛そう、だな。
私はあの子を見て、いつもそう思っていることに気がついた。
あの子が15歳になった今。
あの子は滅多に部屋から出てこなくなった。
私は相変わらず、たまに食卓へ顔を出す。
けれど、あの子はなかなか私に会いにきてくれない。
いつも私を作ってくれる大人が、今日は泣いていた。
正直、私をお弁当用に作るのは面倒くさいと思う。
まず、チキンライスに使うケチャップの汚れがお弁当箱につくと落ちにくい。
洗う手間を考えたら、お弁当のレシピからは外されるメニューである自覚がある。
次に、私はふわふわの半熟卵をチキンライスに乗せた方がおいしいと思っている。
だけど、お弁当じゃそうはいかない。卵は腐りやすいから、しっかり火を通さなくてはいけない。
それから、卵の上にかけるケチャップだって悩みどころだ。
そのままかけると蓋の裏につくかもしれない。見栄えが悪くなってしまう。
だからといって、ケチャップを別容器に入れようとした場合、どうやってお弁当箱のなかに収納するかという問題が出てくる。
そんな風にあれこれと面倒な私を、大人は泣きながらも丁寧に作ってくれた。
お弁当箱の中へ綺麗に盛りつけてくれた。
これがなかなかセンスが良い。見るからにおいしいとわかる。
これだけ手間暇かけてくれるのは、特別なことだというのが私にはわかる。
特別な私を作ってくれたあなた。
そのことを誇って欲しいのに、あなたの目からはずっと涙が溢れてた。
リビングの机の上に置かれた特別な私。
家の中が静まりかえったころ、滅多に部屋から出ることのないあの子がやってきた。
あの子がそっとお弁当箱の蓋を開ける。
「……オムライス」
消え入りそうな声で、あの子が呟いた。
いつの間にか、私のことをちゃんと呼べるようになっている。
当たり前だ。この子はもう小さな子供ではない。
それなのに、はじめて出会ったころのように唇を噛んでいる。
──きっと、痛いよね。
私がそう思ったとき、お弁当の蓋が閉められてしまった。
夕方になって、私を作ってくれた大人がリビングにやってきた。
机の上に置かれたままの私を見て、がっくりと肩を落とす。
それから私を手に取ると、キッチンの三角コーナーに捨てた。
いくら気を遣って丁寧に作ってくれていても、半日以上放置されれば食べられない。
わかっていても、私は誰にも「おいしい」と言ってもらえなかったことが悲しかった。
生ゴミまみれの自分の姿に、あの子が私を作ってくれた日のことを思い出した。
なぜだろう。
胸がチクリとした気がした。
──ああ、もしかしたら。あの子はいつもこんな気持ちなのかな?
私は胸の痛みを初めて知った。
気持ちが悪い。
なぜだか体中がざわざわして落ち着かない。
そんなときに、あの子がキッチンにやってきた。
三角コーナーに捨てられた私を見て、あの子は驚いていた。
「……私がゴミになりたかった……」
そう言って、あの子は声を押し殺して泣いた。
いつものように唇をぎゅっと噛み締めている。
──痛いよね。痛くてたまらないよね。どうしてこの子はいつも痛そうなのかな?
私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
もしも私が声を出せたなら、目の前のあの子に問いかけたい。
どうしていつも痛いのって。
どうか泣かないで。
痛そうにしないで。
ねえ、私ならいつでも会いに来れるから。
また私を作ってよ。
「おいしい」って、たくさん言ってね。
次に会うときは笑ってほしいな。
──こんなに近くにいるのに、なんで私はお話ができないのかな?
言いたいことはいくらでもあるのに、あの子を見ていることしかできない。
だって私はオムライスだもの。
声をかけることも、手を差し伸べることもできない。
ねえ、私も痛いのがわかったよ。
とても辛いね。
だけどさ、うまく言葉にできないんだ。
心がね、ざわざわして動いている気がするんだよ。
わかってくれるかな。
捨てられた私。
そろそろ視界がぼやけてきた。
私は薄れゆく意識の中で、あの子の幸せを願った。
いつかあの子の痛みが消えてなくなりますように、と。
──……また、会おうね。今度はあなたが特別な私を作ってね。
はじめて出会ったのは、あの子が2歳の誕生日を迎える少し前。
自我が芽生えはじめたあの子に、周りの大人たちが手を焼いていたのを覚えている。
「おなかすいたー」
まだ私がフライパンの上で炒められているとき、あの子は不機嫌そうな声をあげていた。
リビングに設置されたベビーサークルの中で、ぶんぶんとおもちゃを振り回している。
「はやくー! オムオムたべるー!」
私のことをオムオムと呼ぶあの子が、とうとう泣き出した。
私を作っていた人は手を止めることなく、金切り声をだす。
「──っうるさい!」
その瞬間、大声で泣いていたあの子は黙り込んだ。
小さな手を強く握って、唇を噛む。
──痛そうだな。
私はあの子を横目で眺めながら、ぼんやりとそう思った。
あの子が3歳の誕生日を迎えるころ、相変わらず落ち着きのない子供だった。
何にでも興味が出てくる年ごろだ。
料理に挑戦したいと、あの子はまたおもちゃを振り回して大暴れしていた。
「たまごわりたいの! オムオムつくるの!」
あの子は私が大好物になっていた。
自分で作りたくなるのは、自然な流れだと思う。
いつも私を作ってくれる大人は根負けした。
大人はあの子に付きっきりで、手取り足取り私の作り方を教えた。
あの子は何度もたまご割りに失敗しながら、なんとか私を作った。
あの子が初めて作った私は、それはもうひどいものだった。
べちゃべちゃのチキンライス。
ぐちゃぐちゃの卵。
それでも、はじめて手作りした私に、あの子は満足していた。
あの子は「おいしい」と何度も言って、私を食べてくれた。
だけど、あの子がはじめて作ってくれた私を「まずい」と言った大人がいた。
乱暴に私の乗った皿を掴んで、キッチンの三角コーナーに投げ捨てた。
あの子は生ごみと一緒にいる私を見て、声をあげて泣いた。
「──っうるせぇ!」
泣き喚くあの子を、私を捨てた大人が叩いた。
──……痛そうだな。
私はまたそう思った。
あの子が私を作ってくれたのは、この日が最初で最後だった。
あの子が4歳の誕生日を迎えた少しあと、この家の中に劇的な変化が起きる。
家族が増えた。
私がはじめてあの子に出会ったころの姿よりも小さな子。
それから、私を作ってくれる大人は新しい家族にかかりきりになった。
あの子が泣こうが喚こうが「うるさい! お兄ちゃんでしょ」の一言で済ませてしまう。
あの子はまた手を強く握って、唇を嚙んでいる。
──……痛そう、だな。
私はあの子を見て、いつもそう思っていることに気がついた。
あの子が15歳になった今。
あの子は滅多に部屋から出てこなくなった。
私は相変わらず、たまに食卓へ顔を出す。
けれど、あの子はなかなか私に会いにきてくれない。
いつも私を作ってくれる大人が、今日は泣いていた。
正直、私をお弁当用に作るのは面倒くさいと思う。
まず、チキンライスに使うケチャップの汚れがお弁当箱につくと落ちにくい。
洗う手間を考えたら、お弁当のレシピからは外されるメニューである自覚がある。
次に、私はふわふわの半熟卵をチキンライスに乗せた方がおいしいと思っている。
だけど、お弁当じゃそうはいかない。卵は腐りやすいから、しっかり火を通さなくてはいけない。
それから、卵の上にかけるケチャップだって悩みどころだ。
そのままかけると蓋の裏につくかもしれない。見栄えが悪くなってしまう。
だからといって、ケチャップを別容器に入れようとした場合、どうやってお弁当箱のなかに収納するかという問題が出てくる。
そんな風にあれこれと面倒な私を、大人は泣きながらも丁寧に作ってくれた。
お弁当箱の中へ綺麗に盛りつけてくれた。
これがなかなかセンスが良い。見るからにおいしいとわかる。
これだけ手間暇かけてくれるのは、特別なことだというのが私にはわかる。
特別な私を作ってくれたあなた。
そのことを誇って欲しいのに、あなたの目からはずっと涙が溢れてた。
リビングの机の上に置かれた特別な私。
家の中が静まりかえったころ、滅多に部屋から出ることのないあの子がやってきた。
あの子がそっとお弁当箱の蓋を開ける。
「……オムライス」
消え入りそうな声で、あの子が呟いた。
いつの間にか、私のことをちゃんと呼べるようになっている。
当たり前だ。この子はもう小さな子供ではない。
それなのに、はじめて出会ったころのように唇を噛んでいる。
──きっと、痛いよね。
私がそう思ったとき、お弁当の蓋が閉められてしまった。
夕方になって、私を作ってくれた大人がリビングにやってきた。
机の上に置かれたままの私を見て、がっくりと肩を落とす。
それから私を手に取ると、キッチンの三角コーナーに捨てた。
いくら気を遣って丁寧に作ってくれていても、半日以上放置されれば食べられない。
わかっていても、私は誰にも「おいしい」と言ってもらえなかったことが悲しかった。
生ゴミまみれの自分の姿に、あの子が私を作ってくれた日のことを思い出した。
なぜだろう。
胸がチクリとした気がした。
──ああ、もしかしたら。あの子はいつもこんな気持ちなのかな?
私は胸の痛みを初めて知った。
気持ちが悪い。
なぜだか体中がざわざわして落ち着かない。
そんなときに、あの子がキッチンにやってきた。
三角コーナーに捨てられた私を見て、あの子は驚いていた。
「……私がゴミになりたかった……」
そう言って、あの子は声を押し殺して泣いた。
いつものように唇をぎゅっと噛み締めている。
──痛いよね。痛くてたまらないよね。どうしてこの子はいつも痛そうなのかな?
私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
もしも私が声を出せたなら、目の前のあの子に問いかけたい。
どうしていつも痛いのって。
どうか泣かないで。
痛そうにしないで。
ねえ、私ならいつでも会いに来れるから。
また私を作ってよ。
「おいしい」って、たくさん言ってね。
次に会うときは笑ってほしいな。
──こんなに近くにいるのに、なんで私はお話ができないのかな?
言いたいことはいくらでもあるのに、あの子を見ていることしかできない。
だって私はオムライスだもの。
声をかけることも、手を差し伸べることもできない。
ねえ、私も痛いのがわかったよ。
とても辛いね。
だけどさ、うまく言葉にできないんだ。
心がね、ざわざわして動いている気がするんだよ。
わかってくれるかな。
捨てられた私。
そろそろ視界がぼやけてきた。
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