お題に挑戦した短編・掌編集

黒蜜きな粉

文字の大きさ
22 / 63

お題:オムライスから見たあの子

しおりを挟む
『痛みを知ったオムライス』



 はじめて出会ったのは、あの子が2歳の誕生日を迎える少し前。
 自我が芽生えはじめたあの子に、周りの大人たちが手を焼いていたのを覚えている。

「おなかすいたー」

 まだ私がフライパンの上で炒められているとき、あの子は不機嫌そうな声をあげていた。
 リビングに設置されたベビーサークルの中で、ぶんぶんとおもちゃを振り回している。

「はやくー! オムオムたべるー!」

 私のことをオムオムと呼ぶあの子が、とうとう泣き出した。
 私を作っていた人は手を止めることなく、金切り声をだす。

「──っうるさい!」

 その瞬間、大声で泣いていたあの子は黙り込んだ。
 小さな手を強く握って、唇を噛む。

 ──痛そうだな。 

 私はあの子を横目で眺めながら、ぼんやりとそう思った。




 あの子が3歳の誕生日を迎えるころ、相変わらず落ち着きのない子供だった。
 何にでも興味が出てくる年ごろだ。
 料理に挑戦したいと、あの子はまたおもちゃを振り回して大暴れしていた。

「たまごわりたいの! オムオムつくるの!」

 あの子は私が大好物になっていた。
 自分で作りたくなるのは、自然な流れだと思う。
 いつも私を作ってくれる大人は根負けした。
 大人はあの子に付きっきりで、手取り足取り私の作り方を教えた。
 あの子は何度もたまご割りに失敗しながら、なんとか私を作った。

 あの子が初めて作った私は、それはもうひどいものだった。
 べちゃべちゃのチキンライス。
 ぐちゃぐちゃの卵。
 それでも、はじめて手作りした私に、あの子は満足していた。
 あの子は「おいしい」と何度も言って、私を食べてくれた。

 だけど、あの子がはじめて作ってくれた私を「まずい」と言った大人がいた。
 乱暴に私の乗った皿を掴んで、キッチンの三角コーナーに投げ捨てた。
 あの子は生ごみと一緒にいる私を見て、声をあげて泣いた。

「──っうるせぇ!」

 泣き喚くあの子を、私を捨てた大人が叩いた。

 ──……痛そうだな。

 私はまたそう思った。
 あの子が私を作ってくれたのは、この日が最初で最後だった。



 あの子が4歳の誕生日を迎えた少しあと、この家の中に劇的な変化が起きる。
 家族が増えた。
 私がはじめてあの子に出会ったころの姿よりも小さな子。
 それから、私を作ってくれる大人は新しい家族にかかりきりになった。
 あの子が泣こうが喚こうが「うるさい! お兄ちゃんでしょ」の一言で済ませてしまう。

 あの子はまた手を強く握って、唇を嚙んでいる。

 ──……痛そう、だな。 

 私はあの子を見て、いつもそう思っていることに気がついた。



 あの子が15歳になった今。
 あの子は滅多に部屋から出てこなくなった。

 私は相変わらず、たまに食卓へ顔を出す。
 けれど、あの子はなかなか私に会いにきてくれない。
 
 いつも私を作ってくれる大人が、今日は泣いていた。
 正直、私をお弁当用に作るのは面倒くさいと思う。

 まず、チキンライスに使うケチャップの汚れがお弁当箱につくと落ちにくい。
 洗う手間を考えたら、お弁当のレシピからは外されるメニューである自覚がある。

 次に、私はふわふわの半熟卵をチキンライスに乗せた方がおいしいと思っている。
 だけど、お弁当じゃそうはいかない。卵は腐りやすいから、しっかり火を通さなくてはいけない。

 それから、卵の上にかけるケチャップだって悩みどころだ。
 そのままかけると蓋の裏につくかもしれない。見栄えが悪くなってしまう。
 だからといって、ケチャップを別容器に入れようとした場合、どうやってお弁当箱のなかに収納するかという問題が出てくる。
 
 そんな風にあれこれと面倒な私を、大人は泣きながらも丁寧に作ってくれた。
 お弁当箱の中へ綺麗に盛りつけてくれた。
 これがなかなかセンスが良い。見るからにおいしいとわかる。

 これだけ手間暇かけてくれるのは、特別なことだというのが私にはわかる。

 特別な私を作ってくれたあなた。
 そのことを誇って欲しいのに、あなたの目からはずっと涙が溢れてた。
 
 

 リビングの机の上に置かれた特別な私。
 家の中が静まりかえったころ、滅多に部屋から出ることのないあの子がやってきた。
 あの子がそっとお弁当箱の蓋を開ける。

「……オムライス」

 消え入りそうな声で、あの子が呟いた。
 いつの間にか、私のことをちゃんと呼べるようになっている。
 当たり前だ。この子はもう小さな子供ではない。
 それなのに、はじめて出会ったころのように唇を噛んでいる。

 ──きっと、痛いよね。

 私がそう思ったとき、お弁当の蓋が閉められてしまった。


 
 夕方になって、私を作ってくれた大人がリビングにやってきた。
 机の上に置かれたままの私を見て、がっくりと肩を落とす。
 それから私を手に取ると、キッチンの三角コーナーに捨てた。
 いくら気を遣って丁寧に作ってくれていても、半日以上放置されれば食べられない。
 わかっていても、私は誰にも「おいしい」と言ってもらえなかったことが悲しかった。
 生ゴミまみれの自分の姿に、あの子が私を作ってくれた日のことを思い出した。

 なぜだろう。
 胸がチクリとした気がした。

 ──ああ、もしかしたら。あの子はいつもこんな気持ちなのかな?

 私は胸の痛みを初めて知った。
 気持ちが悪い。
 なぜだか体中がざわざわして落ち着かない。

 そんなときに、あの子がキッチンにやってきた。
 三角コーナーに捨てられた私を見て、あの子は驚いていた。

「……私がゴミになりたかった……」

 そう言って、あの子は声を押し殺して泣いた。
 いつものように唇をぎゅっと噛み締めている。

 ──痛いよね。痛くてたまらないよね。どうしてこの子はいつも痛そうなのかな?

 私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
 もしも私が声を出せたなら、目の前のあの子に問いかけたい。

 どうしていつも痛いのって。 
 どうか泣かないで。
 痛そうにしないで。
 ねえ、私ならいつでも会いに来れるから。
 また私を作ってよ。
 「おいしい」って、たくさん言ってね。
 次に会うときは笑ってほしいな。

 ──こんなに近くにいるのに、なんで私はお話ができないのかな?

 言いたいことはいくらでもあるのに、あの子を見ていることしかできない。
 だって私はオムライスだもの。
 声をかけることも、手を差し伸べることもできない。

 ねえ、私も痛いのがわかったよ。
 とても辛いね。
 だけどさ、うまく言葉にできないんだ。
 心がね、ざわざわして動いている気がするんだよ。
 わかってくれるかな。

 捨てられた私。
 そろそろ視界がぼやけてきた。
 私は薄れゆく意識の中で、あの子の幸せを願った。
 いつかあの子の痛みが消えてなくなりますように、と。

 ──……また、会おうね。今度はあなたが特別な私を作ってね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...