お題に挑戦した短編・掌編集

黒蜜きな粉

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お題:オムライスから見たあの子

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『小村椅子』


 小村(おむら)さんちのかわいいあの子。
 きちんと椅子に座って、お行儀よくオムライスを頬張る。
 小さい頃からきちんと大人の言うことをきく、良い子だった。
 わがままなんて口にしない。
 品行方正という言葉はあの子のためにあるようなものだと、僕は思っている。

 小村家のダイニングテーブルには、椅子が四脚ある。
 お父さん、お母さん、あの子に、弟くん。
 仲良く食卓を囲む姿に和まされる。

 オムライスである僕が食卓の主役になることは、そう多くはない。
 けれど、大切な日には僕が食卓を占拠する。
 そのときのダイニングテーブル周辺の空気の温かさは、言葉には尽くせないほどのものがある。

 だというのに、ここ最近はダイニングテーブルを家族四人で囲む機会が無くなってしまった。
 お父さん、お母さん、弟くんの姿は毎日にみかける。
 けれど、あの子の姿だけは食卓にない。
 あの子は家族と一緒にダイニングテーブルの椅子に座らない。

 主のいないあの子の椅子。
 だけど、不思議と気配が残っている。
 僕には誰かが座っている気がするんだ。
 幼い頃の、楽しく食卓を囲んでいたときの穏やかな影。
 影が静かに、あの子を待っている。

 椅子って不思議だ。
 ただの物のはずなのに、いちど誰か座ってしまうと、そこに人の形が残るんだ。
 誰もいない、透明なはずなのに、君の姿がそこにあるような気がする。
 透明な君が、いつだってそこで微笑んでいるんだ。

 だから、僕は寂しくなかったよ。
 お父さんとお母さんが仕事へでかけて、弟くんも学校に行った。
 誰もいなくなったリビング。
 けれど、ダイニングテーブルの上にいる僕のそばには、透明な君の影が座っている。
 君の優しく微笑む気配がするから、ひとりきりでも耐えられた。

 君のように、ちゃんとお行儀よくしていた僕を褒めてほしい。
 それから、いただきますって手を合わせて、おいしいって言って食べてほしい。

 お昼すぎ、君がリビングにやってきて、僕を見つけた。
 透明じゃない、影でもない、本物の君。
 久しぶりだねと声をかけたけれど、君には届かない。
 だけど、声が届いたかのように君は少し微笑んで、お弁当の蓋を閉じた。
 やっぱり本物の君の笑顔は特別だ。
 透明な影の君の笑顔よりも、穏やかな気持ちになれる。

 いまはまだ、食事の時間じゃなかったんだね。
 でもね、大丈夫。
 その笑顔で、もう少しだけ僕はひとりでいられるよ。
 本物の君はまたどこかへ行ってしまったけれど、透明な影の君がここには残っている。
 そっと影が微笑みかけてくれるから。
 けれど、僕はオムライスだから、長くは待っていられない。
 早く僕を食べに戻ってきてね。

 だけど、あの子は帰ってきてくれなかった。
 あの子よりも、家族の方が先にリビングへやってきた。
 ダイニングテーブルに残された僕を見て、みんながため息をついた。
 お父さん、お母さん、弟くんが僕を囲んで無言で睨みつけるんだ。

 怖かった。
 すごく怖かったよ。
 助けを求めてあの子の椅子を見た。
 あの子の透明な影は、思い出の中の笑顔を浮かべて静かに座っていた。
 それすらも、恐ろしくて思えて僕は震えあがった。

 甘い夢から覚めた気がした。

 気がついたときには、キッチンのシンクの隅に僕はいた。
 そこに設置された三角コーナーに向かって、僕は投げ捨てられたんだ。
 僕には受け入れがたい出来事だった。
 しかし、僕の周囲をただようつんとした腐敗臭は、まぎれもない事実だ。

 僕はオムライスからゴミになってしまったんだ。
 家族の特別な日、大切な日。
 その中心にいた僕が、食べられることなく捨てられるなんて、考えたこともなかった。

 僕は辛くて悲しくて、泣き喚いた。
 君の名残を探して、ダイニングテーブルの方を見ようとする。
 けれど、シンクの中の三角コーナーからは、リビングの椅子が見えない。
 君の透明な影が見つけられないんだ。
 
 君はそこにいますか。
 いまも君は笑っていますか。

 確かめたくても、もう僕にはなにも見えない。
 僕は泣き止むと、静かに目を閉じた。
 このまま静かに朽ちていくのだと覚悟した。

 気配がした。
 ゆっくりと目を開けると、君がいた。
 目の前の君は本物かな。
 それとも、ただの影なのか。
 電気の消えた室内で、視界がぼやける。
 いまの僕には、君が何者なのか確認できない。

 ──私がゴミになりたかった。

 誰かの心の声が聞こえた気がした。
 そうか。
 君は本物の君なんだね。

 ──それでも生きていたかった。

 そうだね。
 誰だって死にたくはないよ。
 楽しく笑って生きていられるなら、それがいいよね。

 ──傷を負って。傷負わせて。それでも生きていたかった。

 品行方正に思っていた君でも、誰かに傷つけられて、誰かを傷つけることがあるんだね。
 ああ、そうか。
 君はいままで自分を殺して、生きていたんだね。
 君の腕や足を、見ないふりをしていた僕への罰かな。
 笑っているからいいんだと、そう思い込んでいた僕へ、これ以上は誰も傷つけるなって、戒めかな。

 ──それでも生きていたかった。

 そうだね。
 誰だって死にたくはないよね。
 だから、次に出会えるときは、君の痛みに寄り添うよ。
 お行儀のよい君じゃなくていいから。
 今度は君の椅子に座って、僕を食べてね。






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 ※これでオムライスのお題は終了です。
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