お題に挑戦した短編・掌編集

黒蜜きな粉

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お題:夜のプール

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『花火の日』



 四十九日が終わった。

 ようやく生活が落ち着きはじめたので、私は実家にある父の荷物を片付けようと地元に帰ってきた。
 母は私が中学生のときに事故で亡くなった。
 それからは私と父と妹の三人暮らし。
 父は亡くなるまで再婚もせず、恋人すら作らなかった。
 子供ふたりは独立して他県に住んでいるため、父が入院してからこの家はほとんど放置されていた。

「さすがに埃っぽいな。こりゃ時間がかかりそうだ」

 実家の玄関を開けた途端、カビ臭い匂いが鼻をつく。
 私はひとまず家中の窓を開けてまわる。
 
「今日が晴れでよかった。雨だったらカビ臭いのに窓を閉め切ったまま掃除するはめになったじゃん」

 ぐちぐちひとり言をぼやきながら、私は一階の窓をすべて開ける。
 そのまま二階の窓も開けてしまおうと、階段を上がった。
 階段をのぼりきった正面の部屋、そこには父の書斎がある。
 子供のころから入るなと言われていたので、一瞬だけ扉を開けることをためらってしまった。

「……もう父さんもいないんだし」

 私はすぐに気持ちを切り替えて中に入った。
 やはりカビ臭い匂いがして、私はすぐに窓へ向かった。

「へえ、こんな景色だったんだ」

 机の横の窓からは、自宅の庭がよく見えた。
 母が生きていたころは家庭菜園をしたり、季節の花を植えたりと、にぎやかな庭だった。
 いまは砂利が敷かれて雑草が生えないようになっている。
 一面が灰色に覆われていて、なんとも味気ない。 

「そういや、こどものころは芝生だったな。俺と妹が走り回っても安全なようにって」

 父が病気になったのは、妹が結婚した直後。
 子供ふたりを一人前にできたと安心してしまったのだろうか。
 孫を見るまで死ぬなと声をかけたのに、あっさりと旅立ってしまった。

 しんみりとした気持ちになる。
 ぼんやりと庭を眺めていると、隅に物置があることに気がついた。

「忘れてた! そうだ、物置もあったなあ」

 今回の帰省では、掃除ついでに家の中にあるものを確認する。
 そのつもりでいたので、物置の存在を思い出した私はがっくりと肩を落とした。

 私は自宅の中をひと通り掃除したあと、庭にある物置を開けた。
 物置を開けると、そこはガラクタの山だった。
 
「うわ、俺が子供のころに乗っていた自転車じゃん。こんなの取っておいたのかよ」

 物置の中は物がところ狭しと乱雑に置いてある。
 このままにしておくわけにはいかないと、私は物置の中身を庭に並べはじめた。
 中からでてきたのはベビーベッドや滑り台など、私と妹が子供のころに使用していたものばかり。

「懐かしい、これってバーベキューセットじゃん」

 母がまだ生きていたころ。
 自宅からは地元のお祭りの花火が見えた。
 いまはもう駅前に建ったマンションで、花火を見ることはできない。だが、母が亡くなるまでは庭で花火見物をしていた。

 地元の花火の日。
 その日は我が家はバーベキューの日だった。
 父が張り切ってバーベキューセットを組み立て肉を焼く。
 我が家ではいつも母が食事を用意していたが、この日だけは父が料理をふるまう日だった。

「バーベキューセットがあるなら……。お、やっぱりあった!」

 私が物置の中から見つけたのはビニールプール。
 父がバーベキューセットで肉を焼いている間、私と妹は庭に置かれたビニールプールの中で遊んで待っていた。
 暑い夏の夜。
 肉が焼けたぞと父から声をかけられるまで、プールの中で涼んでいた。
 肉が焼けると、私たちは一目散に父のもとへ。肉の皿を受け取ると、プールの中へ戻る。
 涼みながら焼きたての肉を食べるのは最高だった。行儀が悪いと父は言ってはくるが、この日だけは無礼講だった。
 そんな父と子供たちのやりとりを、母は縁側に座りながら見守っていた。

 やがて花火が始まる。
 そうすると、父と私たちは母の隣へ。
 親子四人で縁側に並んで花火を楽しんだ。


 私はビニールプールを膨らまそうとしてみた。
 最後に使ったのは十年以上まえ。当然、ビニールプールは膨らまない。
 穴から空気が抜けていくビニールプールを見ているうちに、私は自分のからだからも何かが抜け出ていった気がした。
 瞬間、悲しみが押し寄せてきた。

 喪主はやることが多い。
 悲しむ間もなく四十九日まで来てしまった。
 私は父が亡くなってはじめて涙を流した。
 声をあげてわんわん泣いていた。
 
 ひとしきり泣いたあと、私はホームセンターに向かった。
 買ってきたのは小さなビニールプール。
 せっせと膨らませて水を入れた。
 そのころには、もう空は暗くなっていた。
 さすがに水着は持ってきていなかったので、縁側に座って足だけプールに入れてみる。

 あのころ四人で見た景色。
 もう二度と見ることはできないのだと、私はもういちど涙を流した。

「ありがとう父さん母さん」

 いつか自分に子供ができたら。
 両親のように大切な思い出を残してあげたいと、心に誓った。
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