土 砂留め 役人

黒蜜きな粉

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 翌日、数馬は日の出を待って謎の女があらわれた橋のたもとまでやってきた。

「…………これで帰宅が遅くなれば、出産に間に合わなかった言い訳にはなるか」
「はい? いまなにかおっしゃいましたか」

 数馬がついうっかり心の声を漏らしてしまうと、今日も数馬に同行している村役人が不思議そうな顔をして尋ねてきた。
 片倉から頼まれたので調べるとは言ったものの、心から承知をしているわけではない。巡回が長引けば長引くほど、自宅への戻りが遅くなる。出産に立ち会えないかもしれないと考えると、複雑な思いだった。

「いや、なんでもない。そなたも付き合わせてしまって悪いな」
「とんでもないです。恐ろしくはありますが、これで村で起きている問題の一つが片付くならば喜んでお手伝いをさせていただきます」

 お前の立場ならそうだろうなと、嫌味の一つでも言いたい気持ちになったが、さすがにそれは口に出さなかった。
 数馬は村役人から視線を逸らして、きのう片倉がしていたように山桜の木を見上げる。

「さすがに匂いは風に流されてしまったか」

 火の玉が出た後、周囲には独特の匂いが立ち込めていた。その匂いの正体をたしかめようと思っていたのだが、さすがに一晩経ってしまうと匂いはなくなっていた。

「たしかに覚えのある香りだったのだが。どこで嗅いだ事のあるものだったか?」

 数馬はその場にしゃがみこみ、地面になにか落ちてはいないかと探してみる。

「……あの、豊島さまは恐ろしくはないのですか?」

 数馬が地面に這いつくばって探索していると、村役人が声をかけてきた。

「恐ろしい? 一体なにが恐ろしいというのだ」
「いやいやだって、鬼火ですよ? もし呪われでもしたらどんな呪いや災いが降りかかるか」

 あいかわらず村役人は橋に近づきたくはないのか、少し離れたところから話しかけてくる。
 数馬はすっと立ち上がると、村役人を振り返ってため息をついた。

「──くだらないな。怨霊だか鬼だか知らないが、そんなものがいるわけがないだろう? 呪いなんてものは気の持ちようでどうとでもなる」
「いやあ、だってこう。柿色のような火の玉がゆらゆらと……」

 村役人がそう言いながら身振り手振りで昨日の火の玉の動きを再現している。
 数馬は村役人の様子を眺めながら、とある可能性に思い至った。

「ああ、そうか。あれは蝋燭の灯りではなく、花火のようなものだったのかもしれないな」

 以前に祭りで見た花火のことを思い出す。人気だというから、小雪と一緒にでかけたのだ。
 花火の明かりは、ゆらゆらと揺れながら打ちあがっていった。空中に上がりきった花火の明かりは、地面に向かって落下しながら二つに別れて消えていく。
 小雪が嬉しそうにはしゃぎながら懸命に説明をしてくれたので、よく覚えている。 
 記憶の中の小雪の笑顔が眩しくて、数馬は大きく頭を横に振った。今はそんなことを思いだしている場合ではない。
 与えられたお役目に集中せねばと、腕を組んで昨晩の火の玉のことを思い浮かべる。

「さすがに打ち上げ花火ではないよな。茶碗ほどの大きさの炎であれば、あれはおもちゃ花火だったのではないか? 花火の構造に詳しいわけではないが、あの程度の動きであればどうにか仕掛けることは可能なのでは……」

 そう考えてみると、昨夜していた匂いは火薬のものだったかもしれないと思えてきた。
 それと同時に、花火ごときに大勢の大人が鬼火だと言って大騒ぎしていたのだと思うと、馬鹿らしくなってしまう。

「……しかし、なぜこのような場所で花火など。あの女はなんだったのだろうか」

 物悲しい雰囲気を漂わせている女だった。それとなく昨晩から今朝にかけて、それらしい女がいないか村の様子を眺めていたが、見当たらなかった。

「……あの女の足跡は、さすがに残ってはいないか」
「あはは! 豊島さまはおもしろいお方ですね。怨霊が足跡を残していくわけはないでしょう」
 
 村役人が馬鹿にするように笑う。数馬はおもわず村役人をぎろりと睨みつけた。

「怨霊だというからには、お前にはここで亡くなった者に心当たりでもあるのか?」
「っあ、はい! 堤をつくったときに人柱を捧げたとか、そのような話を聞いたことが……」
「そのような記録はない! お前は人柱などといったくだらない慣習を信じているのか?」

 数馬は村役人の話を遮ってはっきりと言った。

「だいたい人間を埋めたところでなんになるというのだ。たかだか一人分のかさが増えたところで土砂留めの足しにもならん」

 その日、数馬は昼食の時間になるまで、根気強く山桜の周辺に女の痕跡が残っていないか探し回った。だが、これといったものを見つけることはできなかった。
 午後からは村に戻り女について聞いて回ったが、村役人と同じ言葉が返ってくるだけで、成果は得られなかった。
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