政略結婚の果て、私は魔女になった。

黒蜜きな粉

文字の大きさ
4 / 8

第4話

 その日から、ヴィルヘルムは変わった。
 まるで別人のようだった。

 朝は必ずフリーデのもとへ顔を出し、体調を気遣い、食事は共に取るようになった。
 仕事の合間にも贈り物を届け、夜には静かに声をかける。

「無理はするな」
「疲れていないか」
「君は大切な妻だ」

 言葉も態度も、驚くほどに誠実さが感じられた。
 まるで、今までとは立場が逆転していた。

「これでようやく跡継ぎが期待できるな」

 そう言ってフリーデに圧力をかける義父母にも、ヴィルヘルムははっきりと言い返すようになっていた。

「そんなふうに言うとフリーデの心に負担がかかる。彼女の身体を第一に考えて発言してくれ」

 そんな若き辺境伯の姿を見て、使用人たちはようやくフリーデの気持ちが届いたのかと安堵していた。

「ありがとうございます。その温かいお気持ちだけで私は嬉しいですわ」

 穏やかで、柔らかで、非の打ちどころのない笑みをフリーデは振りまいた。

「ああ、フリーデ。君は必ず私が守るよ」

「……はい、ありがとうございます」

 ヴィルヘルムが話しかければ、それに応じる。
 寄り添ってくれば、拒まない。
 ただそれだけ。
 いくら彼の献身を受けても、もう心が動かない。

「……なあ、フリーデ。君はここにいるのだろう?」

「はい、お傍におりますわ」

 だが、いつしかヴィルヘルムはフリーデの言動に感情がこもっていないことを察してしまったのだろう。
 日に日にフリーデへの接し方がしつこくなっていった。
 優しくすればするほど、距離が遠くなる。
 隣にいる、確かに触れているのに、存在が感じられない。
 その事実が、ヴィルヘルムの心をゆるやかに追い詰めていった。


 そんなある日。
 庭園で薬草の手入れをしているフリーデのもとへ、軽やかな足音が近づいてきた。

「兄上、ずいぶん頑張っているね」

 振り向くと、シリウスが立っていた。
 辺境伯家の次男、ヴィルヘルムの弟。
 姿だけなら兄弟そっくりなのに、武勇を誇る兄とは違い剣の才能はない。
 その代わり内政に長け、愛嬌を振りまく、兄とは違った魅力を持つ男だ。

「戦にしか興味のなかった兄上が、最近は妻のために家にいることが多い」

「……辺境伯様は当主としてのお勤めを果たしていらっしゃるだけですわ」

「当主としてか。そうだね、跡継ぎを作ることも立派な仕事だ」

「もちろんです。私が不甲斐ないばかりに、ご足労をおかけして申し訳ないと思っておりますわ」

 フリーデの返答に、シリウスは呆れたように肩をすくめる。

「今さら取り戻そうとして必死にあがいている兄上が哀れだな。英雄とまで言われているあの人がさ」

 けたけたと笑うシリウスを、フリーデは微笑んだまま見つめ、なにも言わない。
 その沈黙をどう受け取ったのか、シリウスはわかっているとでも言いたげに頷きながら腕を組む。

「もう遅いんだろ? いくら兄上がご機嫌取りをしたって、君はもう靡かない」

「……辺境伯様はご立派な方です。お慕い申し上げておりますわ」

 フリーデは美しく微笑んだ。
 その顔を見て、シリウスが息を呑んだのがわかった。

「……ねえ義姉上、僕とも仲良くしてくれない?」

 シリウスはあまりにも自然にフリーデの腰に手をまわしてきた。

「僕は兄上にそっくりだし。兄上の子だって言い張れる状況なんだから」

 シリウスを押しのけようとしていたフリーデの指が止まる。

「兄上はここ最近ずっと君にべったりしているし、皆そう思うよ」

 シリウスは甘く優しく、フリーデの耳もとで囁く。

「どちらの子でも辺境伯家の血には変わりない。君は役目を果たせるし、誰も傷つかない」

 ──傷つかない。

 その言葉を聞いた瞬間、フリーデはシリウスを見上げた。

「……誰も、傷つかない……?」

「そうさ、むしろ父上や母上は喜ぶよ」

 シリウスはフリーデをまっすぐ見る。それから、そっと抱きしめて背中を撫でてきた。

「僕はただ協力したいだけなんだ。可能性の問題さ。だったら結果を取りにいこう」

 かつてのフリーデなら拒絶しただろう。
 恐怖しただろう。
 罪悪感に震えただろう。

「子さえできれば、君はこの家から追い出されない」

 フリーデはシリウスの胸の中でゆっくりと目を閉じた。
感想 1

あなたにおすすめの小説

もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?

四季
恋愛
もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。 しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。 「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」 身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。 堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。 数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。 妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。

こんな姿になってしまった僕だから、愛する君と別れる事を決めたんだ

五珠 izumi
恋愛
僕たちは仲の良い婚約者だった。 他人の婚約破棄の話を聞いても自分達には無縁だと思っていた。 まさか自分の口からそれを言わなければならない日が来るとは思わずに… ※ 設定はゆるいです。