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第5話
庭園でのあの会話のあと、フリーデとシリウスの関係は静かに始まった。
昼間、ヴィルヘルムが当主としての政務で屋敷を離れると、シリウスは何でもない顔をしてフリーデのもとを訪れる。
部屋の扉が閉まると、必要なことをするだけ。
フリーデはもう、温もりも、優しさも、愛も期待しなかった。
ただ、確実さだけを求めていた。
一方で、ヴィルヘルムは日に日に献身的になっていった。
贈り物を欠かさず、フリーデの好みを覚えようとし、会話を増やそうとする。
「今日は庭の花が綺麗だったよ」
「君が好きそうな本を見つけた」
どれだけ必死に尽くされても、心は動かなかった。
夜も必ず共に過ごすようになった。
そっと抱き寄せられ、壊れ物のように扱われる。
無理強いはされない。
優しさだけが積み重ねられていく。
それが愛なのだと、彼は信じているのだろう。
フリーデは微笑んで応じた。
拒まない。避けない。
けれど、こちらから感情を向けることは決してしない。
ある日。
昼間にシリウスと関係を持ったあと、いつもよりも早めに戻ったヴィルヘルムがフリーデを抱きしめてきたときだった。
彼の動きが、ほんの一瞬止まった。
そのわずかな変化を、フリーデは見逃さなかった。
「……フリーデ?」
ヴィルヘルムの呼びかける声が揺れる。
武勇を誇る男のものとは思えないほど情けなく震えていた。
「どうかなさいましたか?」
フリーデはいつもと同じ笑顔を向ける。
ヴィルヘルムは何かを探るように視線をさまよわせ、やがて小さく首を振った。
気のせいだと、自分に言い聞かせているのだろう。
だが、その夜以降、同じ反応が増えていった。
長く家を空けた日の夜ほど、彼は戸惑いを見せる。
触れながら、どこか怯えたような目をする。
フリーデは理解していた。
──妻と弟が関係を持っていることに気づき始めている。
だが、問い詰められることはなかった。
代わりに、向けられる優しさが増えていく。
贈り物は増え、言葉は甘くなり、寄り添う時間は長くなる。
「君を愛している」
「私には君だけだ」
縋るような声だった。
それを聞くたび、胸の奥が震える。
「ありがとうございます」
フリーデは淡々とそれだけを返す。
ヴィルヘルムの様子は、日ごとに変わっていった。
眠れなくなり、廊下の物音に敏感になり、シリウスを見るたび表情が強張る。
フリーデはすべて気づいていた。
疑念が育っていることも、想像が膨らんでいることも。
それでも何も言わなかった。
妻を愛そうとするほど、彼は壊れていく。
繋ぎ止めようとするほど、心が削れていく。
その様子を見つめながら、フリーデは思う。
──これが、あなたが私にしていたことですよ。
フリーデは今日も微笑む。
優しく、穏やかに。
辺境伯家にふさわしい妻として。
その裏で、ヴィルヘルムの心が崩れていく音を聞きながら。
昼間、ヴィルヘルムが当主としての政務で屋敷を離れると、シリウスは何でもない顔をしてフリーデのもとを訪れる。
部屋の扉が閉まると、必要なことをするだけ。
フリーデはもう、温もりも、優しさも、愛も期待しなかった。
ただ、確実さだけを求めていた。
一方で、ヴィルヘルムは日に日に献身的になっていった。
贈り物を欠かさず、フリーデの好みを覚えようとし、会話を増やそうとする。
「今日は庭の花が綺麗だったよ」
「君が好きそうな本を見つけた」
どれだけ必死に尽くされても、心は動かなかった。
夜も必ず共に過ごすようになった。
そっと抱き寄せられ、壊れ物のように扱われる。
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優しさだけが積み重ねられていく。
それが愛なのだと、彼は信じているのだろう。
フリーデは微笑んで応じた。
拒まない。避けない。
けれど、こちらから感情を向けることは決してしない。
ある日。
昼間にシリウスと関係を持ったあと、いつもよりも早めに戻ったヴィルヘルムがフリーデを抱きしめてきたときだった。
彼の動きが、ほんの一瞬止まった。
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「……フリーデ?」
ヴィルヘルムの呼びかける声が揺れる。
武勇を誇る男のものとは思えないほど情けなく震えていた。
「どうかなさいましたか?」
フリーデはいつもと同じ笑顔を向ける。
ヴィルヘルムは何かを探るように視線をさまよわせ、やがて小さく首を振った。
気のせいだと、自分に言い聞かせているのだろう。
だが、その夜以降、同じ反応が増えていった。
長く家を空けた日の夜ほど、彼は戸惑いを見せる。
触れながら、どこか怯えたような目をする。
フリーデは理解していた。
──妻と弟が関係を持っていることに気づき始めている。
だが、問い詰められることはなかった。
代わりに、向けられる優しさが増えていく。
贈り物は増え、言葉は甘くなり、寄り添う時間は長くなる。
「君を愛している」
「私には君だけだ」
縋るような声だった。
それを聞くたび、胸の奥が震える。
「ありがとうございます」
フリーデは淡々とそれだけを返す。
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──これが、あなたが私にしていたことですよ。
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その裏で、ヴィルヘルムの心が崩れていく音を聞きながら。
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