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37.おっさんと捕虜

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「おいおい、総隊長殿が負けちまったぜ」

「軍はどうなっちまうんだ」

「すげぇ、総隊長殿が剣で押し勝てなかったところなんて見たことねえぜ」

「なんと言う硬い身体なんだ」

「きっとあの御仁の脇腹はさぞかし硬い鱗に覆われているに違いないぜ」

 場の空気は騒然となる。
 自分たちの軍の総隊長が自身の身を賭けた決闘で負けたのだから当然か。
 あと、おっさんの脇腹は鱗なんて生えてないから。

「総隊長殿、いえ元総隊長殿、軍は誰に?」

 先ほど捕虜交換に反対の意見を出していた黒い猫耳の獣人がアンネローゼさんにそう尋ねる。
 なぜか少し嬉しそうな顔をしているところを見るに、自分が次の総隊長になれるのではないかと期待しているのだろうか。

「貴殿らで話し合って決めるといい。私は現時点で総隊長の職には無い。先ほど剣が折れた時点から私はシゲノブ殿の肉便器だ。次の総隊長について口を出す権限は持ち合わせていない」

「な、なるほど。了解しました」

 黒猫耳の獣人は頬を赤らめて引き下がる。
 気持ちは分かるよ。
 
「さて、シゲノブ殿。いえ、ご主人様。捕虜の元へ案内します」

 ふざけて言っているのかと思って顔を見てみれば、めちゃくちゃ真顔なんだよな。
 逆に怖いって。
 俺は妙に尻を左右に振りながら歩くアンネローゼさんを追いかけて、決闘会場を後にする。
 アマーリエも一応後ろに付いてきてくれているようだ。
 逃げようと思えばできるかもしれないのにな。
 しかしこれで本当に良かったのだろうか。
 アマーリエと静香さんを捕虜交換する目的でこちらの本陣まで来たのに、なぜかひとり捕虜が増えて帰ることになるなんて。
 静香さんを取り戻すという目的は達することができたので、それだけは良かったと思う。
 アンネローゼさんの存在は少し面倒なんだよな。
 いっそのこと静香さんとアマーリエは無事に交換できたことにして、アマーリエとアンネローゼさんを男爵陣営にお持ち帰りするか。
 残り2人の捕虜が王国騎士団陣営には存在しているが、2人に聞いてもし側に置いておきたいようなら買い取るか今回の謝礼としていただくとしよう。
 まとめて男爵陣営に迎え入れれば戦力になるかもしれないし。
 結構いい案な気がしてきた。
 やがてアンネローゼさんは一つの天幕の前で立ち止まる。

「ここに捕虜がいる。兵たちには手を出したら殺すといい含めてあるので貞操も無事だ」

「ありがとうございます」

「いや、私は貴殿の奴隷だぞ?なんでも命令してくれていい。たとえば乳を揉ませろとか……」

「お姉ちゃん!?」

 アンネローゼさんはその豊満な胸を自分で揉みしだき、軽く頬を染めて瞳を潤ませる。
 最近色々なものが溜まり気味のおっさんには目に毒だ。
 
「悪いんですがアンネローゼさんは名目上捕虜ということになっていますが、私は客将のような扱いでいていただきたいと思っています。そういった命令はしかねます」

「そうか。だが捕虜の義務として、夜伽だけはするぞ」

「お姉ちゃん!何言ってんの!?」

「私のここが求めているのだ、強い男の子種を。分かるだろ?」

 アンネローゼさんは下腹部を押さえて恋する乙女のような表情で俺を見つめる。
 いやぁ、おっさんにはわからないです。
 雌ライオンとかだったら、分かってくれるんじゃないですかね。
 
「一度だけだ。一度だけでいいから、私にご主人様の情けをくれまいか」

 そんな武士みたいに頼まれても。
 どう考えても一夜限りの遊びでは無いよね。
 ちょっとおっさんには重たいかな。
 どうせお金を払って夜のお店で無駄撃ちするだけの命ではあるのだけれど、欲しいと言われてじゃあどうぞとはいかない。
 おっさんはリスキーな女が苦手なんだ。

「お姉ちゃん。おじさんは絶対変態だよ。やめたほうがいいよ」

 失礼な。
 君が俺の何を知っているというんだ。
 そんなにスケベな顔してたかな。
 鼻の下がちょっと生まれつき長めなんだよな。
 それでスケベな顔に見えるのかもしれない。

「変態ということは性欲は旺盛ということだろう?結構じゃないか。ということでシゲノブ殿、夜伽は必ずやらせていただく」

 それだけ言うとアンネローゼさんは天幕の中に入っていってしまった。
 何を言ってもダメそうだな。
 ご実家に挨拶に行く覚悟もしておかないといけないかもな。
 俺とアマーリエはアンネローゼさんの後を追った。
 天幕内はベッドとテーブルなどの質素な家具が置かれている。
 隅の方に置かれている壺は、あまり注目しないほうが良さそうだ。
 天幕の中央のあたりには人の頭くらいの太さはあろうかという杭が地面に深々と刺さっており、静香さんの足首に付けられた枷から伸びた鎖と繋がっている。
 静香さんの様子は偵察用虫型ゴーレムからの情報で把握していたので、何も驚くようなことは無い。
 しかし肉眼で元気な姿を見るとやはり安心するものだ。
 
「繁信さん!?なぜこんなところに……」

「どうも。捕虜交換の交渉に来たのですが、妙なことになりまして……」

 かくかくしかじかを話す。
 マリステラ卿に嘘の報告をする以上は、静香さんにも協力してもらわなければならない。
 
「そうだったのですか。助けに来てくださり、本当にありがとうございます」

 静香さんは立ち上がり、俺に向かって頭を下げる。
 その瞳から何か光るものが落ちるのが見えた。
 ついこの間までは普通のOLだった人だ。
 きっと怖かったに違いない。
 おっさんは背中を向け、何も見なかったことにする。
 そんなおっさんの背中に柔らかな温もり。
 静香さんは無言でおっさんの背中にしがみついて涙を流す。
 おっさんは、何も見てないですからね。
 ふぅ、ちょっとタバコを1本吸ってもいいですかな。
 暑くなってきちゃったんで。

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