おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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47.海の休日

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 風が全く無い。
 こういう状況のことを、凪というらしい。
 ガレオン船は帆船だ。
 帆を張って、そこに当たる風の力によって船を動かしている。
 凪の状態では、船が進まないのでいい風が吹いてくるまで海の上で立ち往生ということも珍しくない。
 この船はガレオン船ではあるのだが、魔石をエネルギー源とする動力も積んでいるので航行に問題は無い。
 だが、船の乗組員は海に慣れていない男爵領警備隊の兵士が主だ。
 男爵領の港町を出てから2日。
 そろそろ疲れが出て身体に不調をきたしても不思議ではない。
 神酒を飲ませて健康を保つというのも、身体に良いのか悪いのかよく分からないので普通に休みにしようと思う。

「しかし、いい天気ですね」

「少し暑いくらいですよ」

 空は晴れ渡り、雲ひとつ無い。
 日の光を遮るものの無い船上では、太陽からの直射と海からの反射光によってじりじりと炙られる。
 海に浸かっていたら唇が青くなるような季節だが、ぽかぽかというよりもじりじりといった太陽光だ。

「私は2、3日領地に戻って仕事を片付けてきたいと思います。何かありましたら、報告をお願いします」

「わかりました。領地のほうでも、私の力が必要なことがあれば遠慮なく呼んでください。たぶん暇だと思うので」

 男爵は転移魔法を発動させ、領地に戻っていった。
 領地を治めるっていうのも、大変だ。
 男爵は人に任せられることは任せるタイプだけれど、やっぱり男爵にしか権限が無いこととかもあるからな。
 さて、いいお天気だけれど俺は何しようかな。
 甲板を見渡せば、釣りをしている人で賑わっている。
 この船は乗船人数と比べて、甲板が狭いことが難点なんだよな。
 さすがに5000人が甲板に乗れるようにはできなかったんだ。
 その分大きめの小船をたくさん積んでいるので、甲板に入りきれなかった人たちは小船に乗って釣りを楽しんでくれ。
 風が無く、波も穏やかな今日なら母船から離れすぎてしまう心配も無いだろう。
 俺も一つ小船を出して、近くを探索でもするかな。
 どうせなら海の中でも探索しようかな。
 海底の岩礁を土木工事するために作ったアイテムでも使って、ダイビングといこうかな。
 どちらにしても、こんな釣り糸垂らしまくりの場所で潜るのは迷惑だろう。
 俺は縄梯子を下り、海面に異空間から取り出した小船をそっと浮かべる。

「あれ、おじさんどっか行くの?」

 小船で母船から少し離れようとした俺に、アマーリエが声をかけてきた。

「ちょっと海の探索にね。アマーリエも行く?」

「面白そうじゃん。あたしも行く。お姉ちゃんもたぶんそういうの好きだから呼んでくるね」

 アンネローゼさんか。
 嫌いなわけじゃないんだけどね。
 一晩の遊び程度の付き合いなら、むしろ好きなタイプだ。
 しかし彼女とそうなった場合、実家に挨拶は不可避。
 彼女は責任は取らなくてもいいと言い張っているが、男としてはいそうですか喜んでというわけにもいかない。
 そんなわけで、彼女とはすこし距離があるんだよな。
 アマーリエはそんなことは知ったことではないとばかりにバタバタと走って姉を呼びに行った。
 しばらくして、アンネローゼさんと狼獣人のルークさん、鳥獣人のウルリケさんがアマーリエと一緒に歩いてきた。

「シゲノブ殿、ご一緒してもいいだろうか」

「ええ、どうぞ」

 見てるだけなら目の保養になるくらいの美人だからね。
 
「我々もよろしいでしょうか」

「構いませんよ」

 ルークさんとウルリケさんも同行するようだ。
 この2人ともあまり話したことはない。
 2人とも見ていてとても真面目な人だということは分かるけどね。
 アマーリエに振り回されているところをよく見かける。
 王国騎士団に捕虜にされてしまったのも、抜け駆けしようとしたアマーリエを助けようとしたためだという。
 けっこう苦労人っぽい2人だ。
 これを機に話してみるのもいいかもしれない。
 3人は獣人らしい跳躍力で母船から小船に飛び移る。
 俺は魔法で水流を操作して船を出した。

「魔法ですか。シゲノブ殿はあれほど剣が強いのに、魔法も使えるのですね」

 ウルリケさんにはそういえば魔法を使っているところを見せたことがなかった。

「私は魔法のほうが得意でして。そういえば、獣人の方々は魔法は得意なのですか?」

「どうかな。私たち金角族とかウルリケたち白羽族は結構魔法が得意だけど、ルークたち銀狼族なんかは苦手かな」

 答えたのはアマーリエだ。
 連合国は多種多様な種族があつまった多人種国家だ。
 獣人が魔法は得意かと聞いた俺の質問のほうが悪かったな。

「そういえば、アンネローゼさんと決闘したときに最後に見たあの電撃。あれは魔法なの?」

「あれは固有能力と言って、獣人の中にはそういった種族固有の能力を持つ者もいるのだ」

「へー」

 獣人っていうのはなかなかに興味深い。
 あの角どうなってんのかな。

「触ってみるか?」

「いいんですか?」

「ちょとだけだぞ?」

 俺はアンネローゼさんの金色の巻き角にそっと触れる。

「あんっ」

「ちょっと。変な声出さないでくださいよ」

「いや、角は結構敏感なのだ」

 それなら触らせないでくれ。
 やはりアンネローゼさんとは一度膝をつめて話し合わなければならない。

「もう、おじさんたち何やってんの」

「いや、おじさんは悪くないでしょ。君のお姉さんが角を触ってもいいって言ったから……」

「角なんて恋人や家族にしか触らせないよ、普通」

「そういうことを先に言って欲しい」

 既成事実を作ろうとするのはやめてほしいな。
 ごちゃごちゃと言い合っているうちに、小船は母船から100メートルくらい離れる。
 このあたりでいいかな。
 あまり離れすぎると母船を見失う可能性がある。
 俺は碇を下ろし、船が流されないようにする。

「じゃあ、このへんで潜りますか」

「あの、寒くないのでしょうか」

 聞いてきたのはルークさん。
 温かそうなマフラーをしていて、寒がりなのが見て取れる。
 しかしそんな寒がりさんも心配ご無用。
 海中作業用に作ったアイテムを使えば、ウェットスーツなんかよりも温かく海の中を探索することが可能だ。
 俺はそのアイテムを異空間収納から人数分取り出す。

「服の上からでいいので、これを着てください」

「これは、また、かなり、個性的な外観ですね」

 海中作業用アイテム【半漁人スーツ】を身に纏えば、誰でも海の仲間入りだよ。



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