おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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56.密約の締結と……

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 太った老猫が服を着たような獣人と笑顔で握手をする男爵。
 彼はこの国の宰相であるロンダークさん。
 連合国は王国に囚われた獣人5000人を解放し、この国まで連れてきた男爵を下に見ることはしなかった。
 さすがに国王自ら会うとまではいかなかったが、宰相が対応して男爵領と連合国の安全保障条約ならびに通商条約を締結した。
 内容はほぼ平等だ。
 こちらとしても全くの平等条約なんて最初から結べるとは思っていない。
 多少こちらに不利な内容もあったが、当初の予定よりもいい条件で条約を結ぶことができたのではないだろうか。
 もちろん男爵領がルーガル王国なうちはおおっぴらにすることはできないので、当分は密約ということになるのだろう。
 これからのことは誰にも予想のできない乱世であるからして、今のところはこのへんで満足しておいたほうがよさそうだ。
 ちなみに捕虜も向こうに返還することになったので、アンネローゼさん、アマーリエ、ルークさん、ウルリケさんともしばしのお別れとなる。
 またいつかどこかで会えるときが来るだろう。
 しばらくはこの国との交易に俺も付いてくることになりそうだし。
 当初の予定では、ビューティフルマリーベル号の兵装ならば異世界の海を越えられるはずだったのだ。
 しかし今回、主砲の魔導レールガンが効かない魔物というものが現われた。
 新たな魔導兵器を開発する気ではあるのだが、それまでは俺が護衛する必要があるだろう。
 あんな魔物にはそうそう出会わないと海をよく知る古参の船乗りは言うのだが、男爵領警備隊の兵士たちは最初の航海であれに運悪く出くわしてしまった。
 次は絶対遭遇しないから思い切って行ってこいとは言えないよね。
 まったく、異世界の海は危険すぎるな。





 連合国からの帰り道。
 5000人の荷物を降ろした船内はのんびりとした空気が流れている。
 なんだかんだ言って、獣人同士の諍いを止めたりするのにかなりの人手が取られていたからね。
 船内には気心知れた同僚ばかり。
 正直言って油断していた。
 デッキチェアに座り、本を読む俺の目の端がキラリと光る飛翔物を捉えたのは偶然だった。
 その飛翔物の目標は俺ではなく甲板で釣りをする兵士。
 俺は飛び上がり、兵士に向かって飛翔する物体に向かって手の平をかざす。
 俺の手の平を浅く切り裂いて甲板に転がる飛翔物。
 落ちた飛翔物を拾い上げてみれば、それは1本の細い矢だった。
 まるで銀細工で作られたかのように精巧な彫刻の入った、美術品のような総金属製の矢。
 こんな海の上で、いったいどこから飛んできたというのか。
 水平線を見回しても、船も陸地も見当たらない。
 まさか星の丸みに隠れて見えないほど遠くから放たれたわけでもあるまいし。
 そんな俺の考えを肯定するように、水平線の向こう側からまたキラリと光る矢が飛来する。
 今度は慌てずキャッチする。
 また兵士を狙われた。
 それもさっきとは反対側で釣りをしていた兵士だ。
 こんなことができるのは神器しかないと思うのだが、なぜ俺を狙ってこないのか。
 この銀の矢、弓とセットの神器だとすれば思い当たる神器は暁の聖弓という神器だ。
 高威力の矢が放てるというなんの変哲も無い神器で、たしか持ち主は何人かいるが距離的に一番近くにいたのは伊藤紗江子という女子高生だったはずだな。
 この遠距離射撃はもうひとつの神器である狩人の指輪の力か。
 あともうひとつある神器は精霊の契約書という神器だが、あれはハンコさえ押さなければなんの問題も無い神器だ。
 往生際悪くまた矢が飛んできた。
 面倒なので船に結界を張り防ぐ。
 矢は結界に弾かれて海にぽちゃりと落ちた。
 防御力の低い相手にはかなり有効な神器なのかもな。
 相手が見えないような遠くから一方的に狙撃できるわけだから。
 クナイ持ってたやつといい、神器を暗殺に使うやつが多くて困るな。
 俺は神のスマホを取り出して伊藤紗江子の位置を確認する。
 あまり女の子にこういうことをするのはストーカーみたいで嫌なんだけど、攻撃してくるのだからしょうがない。
 伊藤紗江子は俺達の船から7キロほど離れた海の上に居た。
 おそらく向こうも船だろう。
 何の用があって俺達の船を襲っているのかな。
 伊藤紗江子はどこの国にも属していない勇者だ。
 あの就職説明会みたいな場所で、国に属することなく生きていくことを選んだ勇者だった。
 どういう思惑があるのか分からない。
 普通に海賊になっていたりしてな。
 俺は向こうの船に転移した。
 伊藤紗江子はちょうど次の矢を放つところだったようで、甲板の上で銀の弓を引き絞っている最中だった。
 ぱっと手が離され、矢が放たれる。
 俺は放たれたばかりの矢を掴み取った。

「俺達の船を攻撃するのはやめてくれないかな」

「は?なっ、なんで、あなたがここに……」

 狩人の指輪っていうのは遠くを見ることができるわけではないのかな。
 スコープのように視野が狭いのかもしれない。
 伊藤紗江子は向こうの船上から俺の姿が消えていることに、今の今まで気が付かなかったようだ。
 驚きに目を見開き、じりじりと俺から離れるように後ずさる。
 こうして見ると、どこにでもいそうな女子高生に見えるのだけどな。
 肩より上で切りそろえられたショートカットに、引き締まった肉体、日焼けした肌、顔のそばかす。
 全体的に陸上部っぽい雰囲気の子だ。
 しかしこの世界はこんな普通の子にも影響を与えてしまったのか、目だけは憎悪に歪んで見える。
 いったいどんな異世界生活を送ってきたのか。
 
「みんな来て!侵入者よ!!」

 伊藤紗江子の声に反応して、甲板から屈強な男たちが集まってくる。
 その見た目は良く言えば刺激的な海の男、悪く言えば海賊のようだった。
 どうやらこの船が海賊船であるという俺のあてずっぽうな予想は当たってしまっていたようだ。
 
「おいおい兄ちゃん、俺達の船に乗船するにゃあ高い乗船料を払ってもらわにゃならねえ決まりがあるんだよ」

「今なら奴隷として売り払うだけで済ましてやるぜ、へへへへっ」

「遠慮しておくよ」

 俺は腰の剣を抜き放つ。
 悪いがこれからの男爵領の交易路に蔓延る障害は片付けさせてもらう。
 ただでさえ障害が多いんだから。
 まったく異世界はままならない。

 
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