おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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59.フライパンの子

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 助けを求めていると思われるアカウントの持ち主が、あの礼儀正しい女子高生であることが分かった。
 儀を重んじるおっさんとしては、一言二言であっても会話したことのある女の子を助けてあげたいと思う。
 男子高校生だったらというイフは今は意味を成さないので考えない。
 おっさんが女子高生を好きなのはもはや世界の摂理とかそういう問題だから、それを議論しても仕方がないだろう。
 俺は中条さんの位置情報を調べる。
 これは決して邪な気持ちからやっているわけではないのだ。
 緊急事態だから。
 中条さんがいるのはステルシア聖王国の大聖堂の地下のようだ。
 建物のどこにいるかまでわかるとは、ゴッドポジショニングシステムは素晴らしいな。
 しかし地下と聞くだけでなぜか悪い想像をしてしまうのは俺だけだろうか。
 とにかく、一度様子を見にいってみよう。
 最近分かったことなのだが、神のスマホのマップ機能を使うと行ったことの無い場所であっても転移することができるのだ。
 神の苦無威を使えば、誰にも気が付かれずに浸入することも可能だろう。
 俺は神の苦無威を握り締めて、聖王国に転移した。





「来ないでください!!それ以上近づいたら燃やしますよ」

「怖いねえ、勇者様は。だが、これを見てもそんな威勢のいいことが言えるかな?」

「助けてぇ、お姉ちゃん!!」

「なっ!あなたたちはどこまで卑劣なんですか!!獣人の子供を、人質にするなんて!!」

「ひひひっ、なんとでも言え。俺達はお前を拷問して犯せればなんでもいいからな。辛いのが嫌なら早くガキを生んで神器を受け継がせることだな。そうすれば楽に殺してやるからよ」

「くっ……」

 とんでもない状況に転移してきてしまった。
 しかし中条さんはまだ乱暴されたりはしていない様子。
 なんとか間に合ってよかったな。
 この様子だと獣人の子供を盾にどんなことをされるのか分かったものじゃない。
 この状況は一体どうなっているのかな。
 中条さんはステルシア聖王国の陣営に所属していたはずだ。
 教皇派ではなく、枢機卿の一人の陣営だ。
 それがこんなところに幽閉されて、獣人の子供を盾に酷い目にあわされようとしている。
 まあ何があったのかは本人から聞くとしよう。
 俺は獣人の子供を押さえつけている男の背中から忍び寄り、手にしたクナイで心臓を一突きにした。

「かはっ……」

 ばたり、と男が倒れこむ。
 神の苦無威の凄いところは、ここで他の人への隠密効果が切れないところだ。
 神の苦無威の隠密効果は、触れた人間にのみ解除される。
 しかし唯一触れた人間である男は絶命。
 他の人には男が突然死んだように見えているだろう。
 暗殺が失敗しない限りは無限の隠密能力を得ることができるとは、まさに神の名を冠するのに相応しい神器だ。
 俺は中条さんと話していた男も心臓一突きで殺し、姿を現す。

「あ、あなたは……」

「お久しぶりですね。神の空間以来です」

「は、はい。ですが、なぜ?」

「これ、中条さんのつぶやきじゃありませんか?」

 つぶやきを見てアカウントの特定をした俺のことを、中条さんは気持ち悪いと思うかもしれない。
 しかしそれを秘密にするというのはちょっと卑怯な気がして、俺は馬鹿正直に神のスマホのことを話した。
 
「そうなんですか。いえ、気持ち悪いなんて思いませんよ。助けに来ていただいて本当にありがとうございます。あのままであれば、私はどんな目にあわされていたか……」

 想像してしまったのか、中条さんは顔を青くしてぶるりと震える。
 まあろくな死に方はできなかったことだけは確かだな。
 さっき殺した男は子供を生ませて神器を受け継がせてから殺すと言っていた。
 その子供もどんな教育がなされるのか分かったものではない。
 まったく、三国同盟はこんな国しかないのか。
 
「とりあえずここで立ち話もなんですから、移動しましょう。私は転移が使えますから」

 転移が魔法であることをぼかして伝える。
 なんとなく俺の勘がこの子は善良であると伝えてきているが、すべての神器の力を伝えるまでの信用はすることができない。
 伊藤紗江子のこともあって、少々女子高生に懐疑的になっていることもあるかもしれない。
 若い子の考えがいまいち分からないというのは、おっさんの永遠の課題なんだ。

「あの、図々しいお願いなんですけど。もうひとり助けて欲しい人がいるんです」

「わかった」

「え、いいんですか?そんなに簡単なことでは無いと思いますけど……」

 断わられることも覚悟していたのかもしれない。
 中条さんは少し驚いた様子でその人の特徴を伝える。
 まあ神の苦無威が無かったら断わったかもしれないけど、これがあればリスクはほとんど無いからな。
 ちょっと最近は普通の神経というものを失いつつある。
 
「じゃあその狼獣人の女性を助け出せばいいんだね。君たちは危険だから一度俺のお世話になっている貴族の領地に送るけど、その場からあまり離れないようにしてくれるかな」

「分かりました。すみませんが、よろしくお願いします」

 俺は中条さんと獣人の子供を連れて一度男爵領へと転移した。
 男爵達に説明するのは面倒なので後回しだ。
 とりあえずは獣人たちが暮らしていた壁付近の居住スペースに2人を案内し、そこからあまり動かないようにお願いする。
 男爵領内は俺や警備隊の兵士たちが定期的に魔物を狩っているとはいえ、全く生息していないわけではない。
 魔物の素材も貴重な資源なので狩り尽くしてしまうわけにもいかないのだ。
 神器を持つ中条さんには余計なお世話かもしれないけれど、念のためだ。
 お茶とお菓子を2人の前に置いて、俺は再び大聖堂の地下へと転移した。
 さきほど中条さんが幽閉されていた牢を出て、他の房を見て回る。
 見るからに罪人っぽい人やら、獣人やら、身分の良さそうな人やら、わけの分からない牢だな。
 とりあえず獣人だけは全員解放してしまおう。
 俺は獣人の房の鍵を壊して軽く説明し、男爵領へ転移させていく。

「かたじけねぇ……」

 獣人たちは深い恩義を感じてくれているようだ。
 なんか王国よりも獣人に対する扱いが輪をかけて酷いような気がするな。
 聖王国っていう国はいったいどういう国なんだ。
 やがて獣人が囚われているすべての房を開放し終える。

「おい、そこのお前。頼む、ワシも出してくれんか?礼は弾むぞ?」

「ワシも」

「俺も」

「私も」

 俺に声をかけてきたのは身分の良さそうな感じの人たちだ。
 この人たちはおそらく政治犯なのだろうけど、判断に困る。
 まあ聖王国が混乱してくれるのは望むところか。
 俺は政治犯の人たちを出してあげた。

「じゃあ首都の郊外に転移させますね」

「「「恩に着る」」」

 これでよし、と。
 あ、期待されてるところ悪いのですが、ガラの悪そうな人たちはちょっとダメですね。
 善良な人に危害を加えそうなんで。
 俺はそれらの房からのジトッとした視線を無視して一番奥の扉に向かった。
 物々しい鉄の扉だ。
 どう考えても中の部屋はまともな使われ方をしていない。
 今も女の人のくぐもったうめき声が漏れ出ている。
 急いだほうがよさそうだ。
 俺は扉を破壊して中に入った。


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