おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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67.おっさんとオーク

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「なあおっさん、大丈夫なのかよ。オーク相手にそんな皮鎧と細い剣で」

 カールは魔法を教え終わったらまたおっさん呼びに戻ってしまったようだ。
 先生って呼ばれるのは俺もちょっと恥ずかしいので別にいいが。
 カールが心配しているのは俺の装備のことだろう。
 町の武器屋で買った安物の皮鎧と刺突剣。
 これが俺の装備だ。
 オークを相手にするには、攻撃を受ける盾役と攻撃を仕掛ける攻撃役などの複数人であたるのがセオリーだ。
 前衛後衛に分けて3人から4人くらいで1匹のオークを相手にするのが普通かな。
 だが俺達は2人。
 それも1人はとてもオークと戦える力量の無い非戦闘員。
 つまり実質1人で相手をしなければならない。
 1人でオークを相手取るならば、オークの攻撃をすべて避けコンパクトかつ確実な攻撃でちくちく削るのが常道。
 つまり俺の皮鎧に刺突剣というのは1人でオークを狩るなら常道の装備なのだ。
 
「カール、オークっていうのはそこまで素早い魔物じゃない。1対1で相手をするなら、こういった身軽な装備に軽い武器っていうのが有効なんだ」

「へー。まあ俺達は2対1だけどな」

「オークを前にしても同じことが口にできたら頑張って戦ってくれ」

「余裕だぜ!」

 頼もしいね。
 さて、オークはどこかな。





「ブヒィィィッ!!」

「ひぇっ」

 オークを目にしたカールの膝は振るえ、目に涙が溜まる。
 ほう、漏らさないとは。
 なかなか見所があるかもしれない。
 まだこの身体の使い方がよく分かってなかった頃のおっさんは、オークを前にして軽く漏らしたからね。
 大きいほうを。
 あれは精神耐性が高まったよ。
 
「カール、さっきの大口はどこにいった?」

「お、おっさん、無理だよ。あれは子供じゃ絶対勝てない。たとえ獣人であっても」

「よく分かってるじゃないか。たぶん君のお友達が倒したのはビッグボアかなにかだろう。二足歩行の猪はそんなに牙が長くない」

「うん……」

 涎を垂らして鼻息を荒くするオークの下顎から伸びる牙は、せいぜい5センチくらいのものだ。
 そもそも2足歩行で口に大きな牙があったら邪魔でしょうがないからね。
 
「お、おっさん。逃げよう。殺されちまうよ」

「まあおっさんに任せておいて。おっさんはこういうの、得意だから」

 俺は刺突剣を抜き、オークと対峙する。

「ブルヒヒヒヒッ」

 オークがまるで嗤っているかのように嘶く。
 小柄なおっさんが大した武器も持たずに自分に向かってくるのがおかしかったのだろう。
 おっさんは確かにオークと比べたら体格は小さいし、武器も刺突剣だけだ。
 だが、チートを持っている。
 身体が大きいとか、手に持った武器が鋭いかくらいの情報で相手の強さを判断している豚野郎には、隠し持った拳銃の強さは想像ができないだろう。
 銃を持てばゴブリンでも人間を虐殺できるように、チートを持ったおっさんは厄介だよ。

「ブヒィッ」

 オークは手に持った斧を力任せに振るう。
 ゴリラのように強靭な腕で振るわれた斧の威力は脅威だが、腕を振る前のモーションが分かりやすいので避けるのは難しくない。
 俺は何も考えずにブンブンと斧を振り回すだけのオークに、刺突剣でチクチクとダメージを与えていった。
 急所を一突きにすれば一撃だが、カールにはどうやればオークが効率的に倒せるのかを見せておきたい。
 この年代の子供は、一撃で倒すのがかっこいいとか思っていそうだから。
 たしかに一撃で倒せるのなら倒したほうが危険は無いが、どんな敵でも一撃で倒せるわけじゃない。
 ここでおっさんがかっこよく一撃でオークを屠れば、カールは真似をしようとするだろう。
 それは非常に危険だ。
 オークはおっさんにとって雑魚だが、カールにとっては2ランク格上の敵に過ぎない。
 今は倒せないけどいつか倒したいと思ったとき、目標とするのは実際に見たことのある戦いだ。
 この戦い方ならばカールにいつか仲間ができてタンクとアタッカーという役割分担をしたときに、応用次第でどちらの役割もこなすことができるだろう。
 俺はカールが戦いを見ていることを背中で感じながら、オークをじっくりゆっくりと倒していった。
 長く苦しむことになったオークはごめん。
 おっさんのこと嗤った罰な。
 やがて身体中の傷からの出血に体力を奪われたオークは膝をつく。
 おっさんの勝ちだ。
 俺は肋骨の隙間から刺突剣を差し入れ、心臓を突き刺した。
 オークの瞳から光が消え、倒れ掛かってくる。
 刺突剣を素早く抜き取り、オークから少し離れる。
 ドシンと重そうな音を立ててオークは崩れ落ちた。

「す、すげぇ……」

「おっさんのこと、見直した?」

「ああ、ちょっとだけ」

「ちょっとだけか……」

 おっさん悲しいな。
 まあちょっとでも見直してくれたなら、よしとするか。





 パチパチと爆ぜる焚き火と、その周囲に突き立った肉塊。
 ジュージューと脂を溢れさせるその肉は、俺が狩ったオークの肉だ。
 オークの肉は美味い。
 それはもはや異世界の常識のようなもの。
 2足歩行しているものをあまり食べたくないとか、そういう考えはこの肉を初めて食べたときに捨てた。
 臭みのない猪のような肉は焼きすぎると固くなるが、薄く切って脂身に多少焦げ目がつくくらいまで焼いて食べると非常に美味しい。
 孤児院の子供たちは昔からの夢だとか言って肉塊のまま焼いて食べるらしいが。
 俺は薄切りにして網で焼いたほうが早いし美味いって言ったんだけどね。
 やっぱりマンガ肉はどこの世界でもロマンなんだね。
 ジュージューと焼ける肉塊にかじりつくように見つめる子供たちを見守りながら、俺は薄切り肉を頬張りビールを流し込む。
 たまらん。

「すみませんね、私まで御馳走になってしまって」

 孤児院の院長先生が挨拶に来た。
 オークの肉を俺はギルドに売るつもりは無かったので、孤児院で盛大に焼いて食べることにしたのだ。
 院長先生は高齢だが、健啖家なようで薄切り肉をバクバクと美味しそうに食べて俺の注いだビールをぐいっとやる。
 やっぱり焼肉とビールの相性は抜群だ。
 院長先生には長生きして欲しいので神酒のビールを何本かプレゼントしておこう。

「なあ、おっさん……」

「ん?どうした?」

 カールは同じ孤児院の子供たちと一緒にさっきまで肉塊に張り付いていたが、さすがに待ちきれなくなったのか薄切り肉を皿に盛って俺の隣に座る。

「なんでオークをギルドに売らなかったんだ?俺達のためなら……」

「いや、カールが思っているようなことじゃないよ。いいことがしたいだけなら金を寄付するさ」

「じゃあなんで……」

「俺はもともと、オークを狩ってもギルドに売るつもりは無かったんだよ」

「だからなんでだよ!おっさんは強いじゃん。だったらオークをギルドに持っていけばもっとすぐに高ランクの冒険者になれるはずだ!」

 なるほど、カールはギルドのシステムを誤解しているようだ。
 今の若い冒険者たちも同じような勘違いをしているってガルマさんが先日話していたっけな。

「カール。オークを倒してギルドに持っていっても、高ランク冒険者にはなれないよ」

「え、そうなのか?」

「受付のガルマさんが言うには、ギルドはランクの査定をギルドへの貢献度で判断しているんだ。貢献度って分かる?」

「うーん、ギルドへの貢献度……」

「ギルドのためになったってことだね。その点で言えば町から離れた場所のオークを1匹狩るのは、孤児院の塀を直すよりも貢献度が低いってわけ」

「わかるような、わからないような……」

 ちょっと子供にはまだ難しい話だったかな。

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