おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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93.ちょい悪オヤジ

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「というわけで、勇者が死にまして」

「なるほどそれは困ったことになりましたな」

 冒険者ギルドの応接室に案内された俺とエリーさんは、向かいあって座る梶原さんとドノバンさんにことの顛末を説明する。
 18階層で合流したこと、エリーさんが同行を求めてきたこと、隠し階層を見つけたこと、勇者が勝手に隠し階層に入ったこと、別行動になったこと。
 そして勇者が死んだこと。
 
「一度は生き返らせたのですがね……」

「ん?生き返らせたとは?」

「えーと……」

 俺が零した生き返らせたという言葉に、ドノバンさんが反応する。
 俺の神器は旧ルーガル王国では有名だったし梶原さんは俺の神器のことを知っているが、ドノバンさんは俺の神器を知らない。
 神器のことをこの人に言ってもいいのか、判断に迷うな。
 俺は梶原さんに視線で問いかける。

「木崎さん、ドノバンさんなら大丈夫ですよ。女癖は悪いですが口は堅いです」

「女癖はほっとけっ」

 支部長であるドノバンさんは、支部長補佐である梶原さんの上司にあたる人だと思うのだが、2人の間柄はどちらかといえば戦友のようなものなのかもしれない。
 友だちのような気安さを感じる。
 梶原さんが信用している人なら問題はないだろう。

「実は私は梶原さんと同じ異世界から召喚された勇者でして、勇者を生き返らせたのは神器の力なのです。私の神器のひとつが神酒といいまして、すべての傷や怪我、病気を癒すことのできる酒なのです」

「すべてって、死んでてもかい?」

「いえ、完全に死んだ人には効果がありません。心臓が動いていなければ効果がないようです。魔法で心臓を強制的に動かすことで死後1時間程度の人までは蘇生できるようですがね」

「死後1時間……とんでもねえな。それで、勇者の死体はダンジョンに放置かい?」

「いえ、空間魔法で回収してきています。出しますか?」

「頼む」

 俺はテーブルの脇に魔物の皮を敷き、その上に勇者とそのハーレムの串刺し死体を置く。
 勇者とそのハーレム3人娘は体中を太さ2センチほどの細い杭によって穴だらけにされており、下に敷いた魔物の皮はあっという間に滴った血で真っ赤になる。
 まだ血が流れ落ちるところを見ると、蘇生の可能性は十分にある。
 判断は任せるとしよう。

「酷いなこりゃあ」

「ええ」

 梶原さんもドノバンさんも仕事柄こういった死体を目にする機会も多いのだろう。
 冷静に死体を検分している。
 エリーさんのほうが顔色が悪いくらいだ。

「この状態でも、生き返らせることは可能なのかい?」

「わかりません。ですが、生き返る可能性はありますね」

「なるほどな。一度この死体を収めてくれるかい?ジェームス商会のご隠居にも相談してみねえことには答えは出せねえ。空間魔法ってことは時間経過は関係ねえんだろ?時間があるのならよく話し合って決めたい」

「いいですけど、勇者を生き返らせるなら成功しても失敗しても報酬はいただきたいですね」

「ああ、それは心配いらねえ。金でもランクでもなんでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

 ダンジョンで金目のものを手に入れたばかりだから金よりもランクのほうがいいかな。
 1ランク上げてくれたらついに俺もBランク冒険者だ。
 エリーさんもBランク冒険者だが、あの若さでBランクというのは実はすごいことなのだ。
 一般的に冒険者ランクごとの力量はFランクは見習い、Eランクで駆け出し、Dランクで一人前、Cランクで中堅、Bランクで凄腕、Aランクで一流、Sランクは人外といわれている。
 今の俺のランクはCランク。
 世間一般からの評価は中堅冒険者といったところだ。
 それがワンランク上がることによって一気に凄腕冒険者となる。
 中堅と凄腕の差はすごいよね。
 言葉のインパクトだけとっても見習いと駆け出しの間にある差とは比べ物にならない。
 ランクを上げてもらえるのなら、いけ好かない勇者を生き返らせるのも悪くない。
 俺は少しだけニヤけながら串刺し死体を異空間収納に片付けた。
 凄腕冒険者ってかっこいいね。





 なんだかムラムラする夜だ。
 宿屋のベッドでゴロゴロと転がりながら眠れない夜を過ごす。
 それもこれもエリーさんがダンジョンの中で思わせぶりな態度をとるからいけないのだ。
 エリーさんに抱き着かれたときの体温や匂いを思い出して悶々とする。
 更年期も近い年齢だというのに、思春期みたいなことを考えて悶々するとは情けない。
 だがティッシュを無駄に消費するだけのガキんちょと違って、大人は眠れない夜の過ごし方を知っている。
 俺は宿のベッドからむくりと起き上がり、夜の街へと繰り出した。
 軽い前菜に、お姉ちゃんのお酌してくれる店でも行くか。

「いらっしゃいませお客様。いい子がそろっておりますよ」

「適当に何人か選んでくれる?金はあるからさ」

「ありがとうございます。お飲み物は何にいたしましょうか」

「ワインがいいな。赤ワインのおすすめを」

「かしこまりました。一名様入りまーす!」

 すぐに薄着のお姉ちゃんが2人ほど出てきて俺の両腕を抱え込む。
 柔らかい感触と香水のいい匂い。
 女の子のレベルも高い。
 ここはいい店だ。
 席につき、お酌をしてもらってワインを飲む。
 この前梶原さんと飲んだワインと同じ銘柄だった。
 どうやらこのあたりでは定番のワインらしい。
 いつ飲んでも美味しいワインだ。
 きっとこのワインを想像しながら神酒を注げば同じ味で神酒の効果のついたワインが飲めるのだろうが、それは野暮というものだろう。
 その土地で取れた果実を使ったワインを飲むのは、神酒では味わえない風情のようなものがある。
 それに身体に害のない酒というものにも、最近は少し飽きてきたところだ。
 身体を壊すかもしれない、だけど飲んでしまう。
 酒にはそんなスリルや背徳感のようなものがある。
 それもまた、酒の楽しみ方の一つだろう。
 俺は芳醇な土地の恵みが溶け込んだワインをグイっと飲み干した。

「ぎゃはははっ、今日は寝かさねーぜ」

「いやーん、エッチ!」

 隣のテーブルは随分と盛り上がっているようだ。
 下品な中年男の欲望全開の声と女の子たちの黄色い声がキャッキャと聞こえてくる。
 チラリとそちらに視線をやると、そこで派手に飲んでいた人物と目が合う。
 見覚えのあるちょい悪面だ。



 
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