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98.壁の補強依頼

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 神器を失ったショックで錯乱し、俺にあらぬ言いがかりをつけてきた勇者。
 しかしハーレムメンバーたちはさすがにそこまで馬鹿じゃなかった。
 俺が神器を盗んでいればご丁寧に死体を拾ってきて蘇生なんてしないことに気がついたようで、長道に言い聞かせてくれた。
 渋々といった様子で引き下がった長道は、3人に引きずられるように去っていった。
 これで俺の仕事は終了。
 これからあいつらがどうなるのか、この国とムルガ共和国がどうなるのかは俺には関係ない話だ。
 そして俺は今回の依頼の報酬でめでたくBランク冒険者となった。
 Bランク昇格にも本来なら試験的なものがあったらしいのだが、例のごとく免除だ。
 こんなに免除ばかりされていて、本当にまともな冒険者になれているのか不安になってくる。
 護衛依頼とか受けたことないからな。
 町の中の依頼と魔物の討伐依頼、採取依頼くらいしか受けたことがないのにBランク冒険者になんてなっていいのだろうか。
 討伐依頼しか受けたことのないSランク冒険者とかもいるらしいから、俺はそれよりもマシなのだろうけど少し冒険者としての経験が欲しいと思った。
 今まで受けたことのない依頼を受けてみようかな。
 となると街道の護衛依頼か、盗賊の討伐依頼とかだろうか。
 ふいに、1枚の依頼書が目にとまる。
 壁の補強依頼だ。

「あ……」

 そういえば、この街にやってくるときに乗せてもらった馬車の持ち主に壁の補強依頼のことを聞いてそのお礼に1杯奢ると約束していたのだった。
 色々あってすっかり忘れていた。
 あれから数週間のときが経っている。
 あの気の良い中年男性はまだこの街にいるだろうか。
 俺が今泊まっている宿はあの人が定宿にしている宿だから、宿で探せばいるかもしれない。
 遅くなってしまったけれど、約束は守りたい。
 俺は壁の補強依頼を受けた。






「おう、お前新入りか?」

「はい」

「そうか。あまり張り切るなよ」

「え、頑張ったほうがいいのではないのですか?」

「違うんだなこれが。壁の補強にとって大事なことは、強度を均一にすることだ。強度にばらつきがあると、壁全体の強度が下がる。張り切ってお前さんの担当エリアだけが強固な壁になってしまえば、他所のエリアとの繋ぎ目が弱くなる」

「なるほど」

 俺はレンガ造りも土壁塗りも経験している。
 もはや俺は土壁のプロと言ってもいい。
 だからこんな依頼楽勝だろうと思っていたが、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
 だが、なかなかやりがいのありそうな依頼じゃないか。

「よし、ここがお前さんが担当するエリアだ。強度の均一化はこちらで全体を見て指示を出していくから、お前さんはとにかく指示通りの強度に壁を補強することを考えるんだ」

「はい。わかりました」

 現場監督の男は満足そうに頷いて去っていく。
 街をぐるりと取り囲んでいる壁を歩き回って全体の強度を見ているのだとしたら、ご苦労なことだ。
 俺は作業を開始した。
 男から指示されたことは2つ。
 壁に入ったヒビなどの修復と魔法の付与による強度の補強。
 どちらかしか出来ない人間は2人で組んでこの依頼をこなすらしいが、俺はどちらもできるので1人だ。
 2人分の報酬を貰うことができてなかなかに美味しい依頼だ。
 まずは空歩の魔法で空中を動き回り、壁の破損を確認する。
 空中を移動できる魔法を使うことのできない人は、上からロープでぶら下がって見回るというのだから大変な話だ。
 常時依頼が出ているというだけあって人手が足りていないのだろう、壁はずいぶんと傷んでいた。
 あちこちにヒビが入り、崩れ落ちてしまっている石材もあった。
 俺は地面に落ちている石材を拾い集め、傷んだ石材に魔法で貼り付けていく。
 地魔法を使えば石材を分子単位で結びつかせることができる。
 しかし風化によって砂になってしまったものを拾い集めるのは面倒だ。
 俺は石材置き場へ追加の石材を取りにいき、風化によって失われた石材の体積の足しとする。
 なんとか昼飯前に俺の担当エリアの壁を綺麗に修復することができた。
 近所の屋台でドラゴン肉の入った麺料理を食べ、作業を再開する。
 この仕事、時間あたりや日あたりの給金ではなく、エリアあたりの給金なので休憩は自由だ。
 1日で終わればその日のうちに給金が貰えるが、終わらなければその日は給金は貰えない。
 俺はこの調子ならば今日中に終わりそうだ。

「おう、頑張ってるな。もう壁の修復まで終わってるのか。さすがはBランクだぜ」

 現場監督の男が見回りに来た。
 やはりDやCランクの冒険者が魔法を使うのが得意というのと、Bランクの冒険者が魔法を使うのが得意というのは全く扱いが違う気がする。
 これが社会的信用というやつか。
 異世界だというのに世知辛い世の中だ。

「魔法付与の強度はこうこうこんな感じで頼むぜ」

「はい。わかりました」

 壁の強度についての指示を出すと、男はまた去っていってしまった。
 いったい一日にこの長大な壁を何周しているのだろうか。
 現場監督というのは大変な仕事だと思った。





「いやぁ、あのときの口約束を未だに覚えているとは思ってなかったよ。俺はすっかり忘れていたからな」

「すみません、こんなに遅くなって」

「なに、タダ酒が飲めるならいつだってかまやしないさ」

 壁補強の仕事を終え、そこそこの依頼料を貰った俺。
 宿に戻って馬車の持ち主の中年男性を探すと、普通に食堂で酒を飲んでいた。
 まだこの宿にいてくれて助かった。
 しかし話を聞くとずっとこの宿に泊まっていたわけではなく、一度港町ラブカまで荷物を積んで往復してきたようだった。
 何日もダンジョンに潜っていたから全然気がつかなかったな。
 しかし約束を守ることができてよかった。
 今朝ギルドで壁の補強依頼を見て約束のことを思い出してから、ずっともやもやした気持ちだったんだよ。
 これですっきりしたし、明日からまたダンジョンにでも潜るとしよう。

「そういや兄さん、聞いたかい?ムルガ共和国からまた一人勇者が来るんだってよ。あの野郎だけでも迷惑だってのによぉ」

 聞いてない。

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