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101.勇者斉藤

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 勇者が一歩踏み出すと人ごみが割れ、道ができた。
 ざわざわと先ほどとはまた指向性の違う喧騒に包まれるギルド。
 この騒ぎに乗じてお暇するとしよう。

「では、私はこのへんで」

「おや、ギルドに何か用があったのでは?」

「ええ、素材の換金に来たのですが今度にしておきます。お忙しそうですから」

「そうですか。ではまたのお越しをお待ちしております」

 梶原さんに軽く会釈を返し、ギルドの入り口に向かう。
 勇者はすでに入り口から受付に向かって歩き出しており、俺とすれ違う形になった。
 俺は勇者と目を合わせないようにして逃げるように入り口の扉に手をかける。

「おい、おっさん」

 背中から声がかかった。
 俺のようなおっさんに何の用があって話しかけているというのか。
 俺は聞こえていないフリをして扉を開ける。

「聞こえてるだろおっさん」

 2度目はさすがに聞こえていないフリはできないな。
 俺は仕方なく振り返る。
 想像通り、俺に声をかけていたのは勇者だった。
 面倒な用件でなければいいのだけれど。

「なんです?」

「あんた、あのときリザウェル男爵と話してたおっさんじゃないか?」

「あのとき、とは?」

「あの就職説明会みたいなやつのときだよ!」

「ああ、この世界に呼ばれたばかりのときのあれですか」

 どうやらムルガ共和国の勇者はあのとき俺が男爵と話していたことを覚えていたらしい。
 ツンツンしていて不良みたいな雰囲気なのに、意外に記憶力がいいな。
 偶然同郷の人間を見つけて声をかけたということなのだろうか。

「今でもリザウェル男爵とは繋がりがあるのか?こんなところにいるってことはもう男爵とは絶縁状態なのか?」

「ちょ、ちょっと、私のパーソナルな情報を垂れ流しにするのはやめていただきたい。場所を移しましょう」

「あ、ああ、すまなかった……」

 勇者はすぐに謝ってきた。
 ムルガ共和国の勇者がすぐに謝ったことに俺は驚きを覚えた。
 あのハーレム主人公みたいな勇者をムルガ共和国の標準勇者とするのはやめたほうがいいのかもしれない。
 どうやらこのツンツンとした見た目の勇者は見た目ほど悪い人ではないようだし、少し話を聞いてみるとしよう。
 面倒な匂いがしたら転移で逃げる。
 転移は使わないと決めていたが、緊急時は仕方が無い。
 俺は梶原さんたちの好意でギルドの応接室を貸してもらい、お茶を飲みながら話す。

「タバコが欲しいんだよ」

「ああ、そういうことですか」

「リザウェル男爵の領地はいまやエルカザド連合国の自治区だ。三国同盟に属している勇者ではリザウェル産のタバコが手に入らない」

「敵国ですからね、国交なんてありませんよね」

 俺が男爵領に卸している神巻きタバコは、一応男爵領産のタバコとしてエルカザド連合国に輸出している。
 前は三国同盟にも輸出していたのだが、国境が変わり三国同盟が敵になった後は一切の輸出をストップしていた。
 同じ喫煙者として、神巻きタバコの素晴らしさはよくわかる。
 一度吸えば他のタバコの香りなど生ゴミ臭だ。
 身体への影響もあるし、吸う気にはなれないだろう。
 神のような香りがして、身体への影響は全く無い。
 そんなタバコを産地が敵国になったからといって、やめられるはずがないのだ。
 なんとか売ってあげたいが、俺も今はこの街にお世話になっている身。
 梶原さんやドノバンさんにも話を聞き、何かの取引に使えるのかを確認したほうがいいだろう。
 俺は梶原さんのほうをちらりと見る。
 部屋を使わせてもらう関係で、ドノバンさんも梶原さんも同席している。
 彼らも勇者の彼と何か話があったのかもしれない。

「そういえば、まだ私はあなたの名前を聞いてませんでした。ちなみに私は木崎繁信と申します」

「あ、悪い。俺は斉藤隆二。ムルガ共和国議員の陣営に属する勇者だ」

「木崎さん、斉藤君は長道君を連れ戻しにムルガから来てくれた勇者なんですよ」

「連れ戻しに?腐竜の心臓はムルガからの命令で買いにきたのでは?」

「それがどうやら違うようでして。ムルガ共和国の総意として、ドラゴニアとの関係にヒビを入れるつもりは無いようです。腐竜の心臓を求めたのは長道君かその雇い主の議員の独断だったようですね」

「それで長道を連れ戻すために勇者が派遣されたわけですか」

「ええ、向こう側の誠意を見せた形ですね。長道君と違って斉藤君は主流派議員直属の部隊の隊長を務める軍部の役職持ちのようですから」

 同じ国の勇者でも、地位に結構差ができてしまっているようだ。
 まあ長道はハーレムを作って幸せそうだからどちらが勝ちかはわからないけれど。
 
「じゃあ斉藤君はドラゴニアに対してなんら要求するつもりもないということですか?」

「ああ、むしろこちらが謝りたいほうだ。あの馬鹿がすまないことをした。あと生き返らせてくれてありがとう。あんたが生き返らせてくれたと梶原さんに聞いた。あんな馬鹿でも一応ムルガの勇者だからな。死んだら国際問題になっていたかもしれない」

 おお、なんだこれ。
 ムルガ共和国は意外にちゃんとした国だったようだ。
 さすがは三国同盟のうち唯一内部崩壊していない国だ。
 斉藤君も口のきき方こそ不良っぽいけどめちゃくちゃまともな人間だ。
 顔もイケメンだし、これは彼女の一人や二人はいそうだな。
 長道は完敗だ。
 まあ長道がハーレムを作るよりも斉藤君がハーレムを作るほうが納得はできるけどね。

「それで、おっさん……いや木崎さんは……」

「おっさんでいいですよ。そっちのほうが言われ慣れてるから」

「わかった。おっさんは、リザウェル男爵とはまだ何か繋がりがあるのか?」

「私はまだ男爵に雇われている身ですよ。国境線が変わって最近は暇になったので旅をしているだけです」

「なら、男爵からタバコを売ってもらえないだろうか」

 土下座する勢いで俺に頭を下げる斉藤君。
 君の気持ちはよく分かるよ。
 俺も異世界に来てタバコが無かったら土下座くらい余裕でするかもな。
 なんなら靴とか舐めるし。
 神巻きタバコを選んで本当によかった。

「いいですよ。自分用にいくらか男爵領から持ってきているので、今渡すことも可能ですよ」

「ありがとう。本当にありがとう!!」

 手を合わせて拝みだした斉藤君。
 ちょっと残念なイケメンだな。


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