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閑話3(とある異世界人視点)

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「#$%&#$%」

 何言ってんのかわからねえな。
 神器を3つ選んだ俺はあのおっかねえ女のいた空間から解放され、今度は言葉の通じねえ爺さんのいる空間に飛ばされた。
 他にも若い男や中年の男などがこの部屋にはいるが、どいつもこいつもファンタジー映画で魔法使いが着ているようなローブを身につけている。
 なんなんだこいつらは。
 妙なネックレスを差し出してきて、しきりに首にかけろとジェスチャーで伝えてくる。
 ハワイに行ったときに首にかけたハイビスカスの首飾りみたいなものなんだろうか。
 歓迎のしるし的な。
 まあくれるものは貰っておいて損は無いだろう。
 俺はそのネックレスを受け取り、首にかけた。

「我々の言葉が分かりますか?」

「あ?なんだこれ。さっきまで全然何言ってんのか分からなかったのに、あんたたちの言ってることが分かるぜ」

「どうやら翻訳アイテムは効力を発揮しているようですね」

「翻訳アイテム?」

 あの女はこれから行くのは異世界だと言っていたが、この世界にはそんな便利なものがあるっていうのか?
 そりゃあ神器みてーなすげえアイテムをポンポン渡すわけだぜ。
 こんなものを人間が作り出す世界に、何の力も貰わずに来たってただのニートの輸入だ。
 なんの生産性も無いギャンブル好きが大量にこの世界に流れ込んで何か得があるとは思えねえ。

「私エドガー・ラプトルと申します。しがない魔法使いでございます。失礼ですが、あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ、俺は三田健三。ちなみに健三が名前な。あんたはエドガーが名前?それともラプトル?」

「エドガーがファーストネームでございます」

 なるほどな。
 アメリカやイギリスみたいに名前が最初に来るタイプの姓名か。
 エドガーは俺の名前をどうやら周りにいる若い男に書き取らせているようだ。
 たぶんこいつらが俺達を召喚した奴らなんだろうが、あれだけの人数を全員チェックしなきゃならねえとなるとずいぶんと大変そうだな。
 文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、その気も失せた。
 
「それで、なんで俺達呼ばれたんだ?」

「すみません、詳細は皆様お集まりになられたらお話いたします。しばしお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

 俺はさっさと神器を選んでこっちに来てしまったが、まだまだ神器を選んでない奴らもいるのだろう。
 俺達先発組は名前だけ聞かれると別の部屋に移された。
 通された先はどこぞのパーティ会場のような場所だ。
 ここ立食パーティでもしながら話を聞くのだろうか。
 壁に寄りかかって天井からぶら下がるシャンデリアを眺めて時間を潰すこと数十分。
 いつの間にかパーティ会場は人で溢れかえっていた。
 競馬場にいた人間全員がこちらの世界に飛ばされたわけではあるまいが、相当な人数がこちらの世界に来ているようだ。
 
『皆様お集まりいただきありがとうございます。私はこの国の国王、グリント・アーベル・ドレスベン・ルーガル11世と申します。以後お見知りおきください』

 壇上に立ったのは金の王冠を頭に載せた初老の男。
 作り笑いが顔に張り付いた、俺達の世界じゃ珍しくないタイプの男だった。
 国王っていってもそれほど威圧感を感じるとか、後光が差してるとかは無い。
 どこにでもいる普通の男。
 そんな印象だ。

『皆様をあちらの世界から勝手にお呼びしておいて、何を言うのかと申されるかもしれませんが、どうか我々を助けてはいただけないでしょうか』

「ふざけるなぁ!!」

「家に帰せぇ!!」

「金返せぇ!!」

 まだ競馬の負けを引きずってる奴もいるようで、初対面の人に金返せとかいうよくわからない野次を飛ばしている。
 まあそれ以外は概ね俺も同意だ。
 向こうの世界にそれほど未練は無いが、こちらの世界で生きていくのは一筋縄ではいかないのは目に見えている。
 俺は一応向こうの世界では不労所得という奴を持っていて、35まで必死で働いて買った中古アパートを一棟持っていた。
 贅沢しなけりゃ休日に競馬をする余裕もあるくらいの金が大して働かずに入ってきていたわけだ。
 そんな生活への未練は多少ある。
 こちらの世界で苦労して暮らしていくくらいなら、あちらの世界で死ぬまでぶらぶらしていたかったのだ。
 
『皆様の言いたいことも分かります。ですが、こちらの世界からあちらの世界に行く術は無いのです。どうか、どうか私共の話を少しだけ聞いていただけないでしょうか』

 帰る術が無いという国王の言葉に、俺達異世界人たちはしんと静まる。
 今更ながら現実を受け入れつつあるのだ。
 理不尽なことながら、どうやら向こうの世界に帰る術は無いというのは本当らしい。
 あのおっかない女も言っていたのだから信憑性は高い。
 だとすれば怒りに任せて怒鳴り散らしていても帰れる可能性が高まるわけでもないし、無駄に血圧を上げるだけだ。
 競馬場から召喚されただけあって、子供や学生は少ない。
 最近では若い人や子供連れの人がレジャー施設として競馬場を利用することも多くなったが、まだまだ客層の多くは本気で賭け事をしに来ているギャンブラーたちだ。
 不条理な考え方をする彼ら彼女らであっても、現実というものを受け入れる瞬間というものがある。
 それはすべてが終わって財布の中身を見たときだ。
 財布にあった金が目減り、もしくはすべて無くなっているのを目にして初めて彼ら彼女らは現実というものを受け入れる。
 受け入れざるを得ない。
 手堅いと言われていたレースが外れ、次の瞬間にはもうあのおっかない女のいる空間に飛ばされていた。
 だから彼ら彼女らはまだ財布の中身を見ていなかった。
 それゆえに彼ら彼女らの中ではまだ戦いは終わっていなかったのだ。
 だが今、戦いは終わった。
 財布の中身を確認するまでもなく、その財布すらどこかへいってしまって身ひとつで召喚されたことが分かる。
 そして彼ら彼女らは、現実を受け入れたのだった。
 この世界からは帰ることはできない。
 だったら、この国王とか言ってるおっさんの言うことを聞かねばならないだろう。

『ありがとうございます。では、我が国がおかれた状況と皆様自身のことについてお話いたします』


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