おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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124.最悪のアタリ神器

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 暗い通路を魔法で照らしながら歩くと、また大きな部屋に出た。
 さっきのゴーレムが最終防衛地点だったらよかったのに。
 その部屋にいたのは悪人面貴族プロット・ローレンスと2人の男。
 いや、1人の男と1人の少年と言ったほうがいいかもしれない。
 2人とも首には無機質な首輪がはまっていることから、隷属された勇者だということが分かる。
 少年は12、3歳くらいで細身、線の細い顔を不安げに歪ませている。
 そしてもうひとりの男は、先ほどのサングラスの勇者だった。
 さっき行動不能にしておくべきだったな。

「来ました」

 サングラスの勇者はうまく取り入った金髪の勇者とは違って嫌々従っているようで、短く俺が来たことだけをプロットに伝えた。

「そうか!くくくく、貴様は隠れているつもりのようだがそこにおるのは分かっておるぞ!姿を現せ卑怯者が!!」

 俺はその言葉を無視してプロットに近づく。
 あのサングラスに隠密した俺の姿を捉える力があるのは分かっているが、それは完璧ではないということも分かる。
 完璧に俺の姿が見えていたとしたら通路で見られたときのあの反応は間抜けすぎる。
 おそらくミタケンさんのメガネと同じように、薄っすらと身体の一部が見えているとかその程度だろう。
 だとすればフル隠密状態よりはやり辛いが、まだこちらが優位であることに変わりはない。

「ぷ、プロット様!止まりません!来ます!!」

「なんだと!?わ、私を守れクソガキ!!」

「は、はい!」

 俺の前に少年が立ち塞がる。
 こんな子供を盾にするなんて、どこまでも下衆な男だ。
 しかし子供といえども神器を3つ貰っていることは変わらない。
 俺は警戒を解かずに一度下がった。
 この場所にあの男があどけない子供を連れて来たことも不可解だし、あの少年にはきっと何かがあるに違いない。
 アタリの神器か、あるいはもっと悪意のある……。

「クソガキ!さっさと神器を使え!!」

「で、でも……」

「うるさい!!命令だ!!」

「うぅ……」

 少年は目に涙を浮かべながらも、何かしらの神器を具現化した。
 俺はすぐに神のスマホEXを具現化し、少年の神器を調べる。

「なっ、なんだこれは……」

 神のスマホEXに少年の神器が表示されるのと、少年が掲げた何かが眩い光を放ったのはほぼ同時だった。
 画面に表示された神器の2つは英雄の指輪とスマホというありふれたものだったが、最後のひとつに俺は目を見開く。

名称:神狼ゲーム
効果:天に向かって掲げると、10分間神の尖兵となって無敵モード。1日5回まで変身可能。

『グォォォォォォッ!!』

 光の中から現れたのは、体長5メートルほどはありそうな大きな二足歩行の狼だった。
 全身を白銀の毛皮に包まれ血走った金の目でこちらを睨みつけるその化け物は、さきほどまでの弱弱しい少年の面影を全く残さぬ正真正銘の怪物。
 大きく裂けた口を開けば、鋭い牙がずらりと並んでいるのが見えた。
 あれで噛み付かれたら、頑丈な俺の身体でも容易に食いちぎられるのだろうな。
 肩に引っかかる先程まで着ていた少年の衣服を鋭い爪で引き裂く化け物。
 爪も相当に鋭いだろう。
 チラリと見えたそれは、ドラゴンの爪よりも細く引き裂くことに特化しているように見えた。
 
「おいお前、クソガキにその色メガネを渡せ!」

「はぁ!?嫌だよ!!」

「命令だ!!」

「ぐっ、くそがっ」

 サングラス勇者はトレードマークのサングラスを外し、狼の足元に投げる。
 本物のサングラスだったらそんな扱いをすればすぐに壊れてしまうだろうが、神器は基本的に破壊不能だ。
 傷一つなく足元でギラリと光るそのサングラスを、俺は狼が拾う前に拾い上げた。

『ピロリロリン♪狙撃手のサングラスはシゲノブのものになった』

「なっ!!」

「馬鹿者が!!敵もおるのに地面に投げるやつがあるか!!」

 ふぅ、馬鹿ばかりで助かった。
 少年が変異したあの狼にこのサングラスが渡ってしまっていたら、少しまずいことになっていただろう。
 参ったことに俺は、あの少年のことを可哀想だと思ってしまっているのだ。
 こんな精神状態で悪意に塗れたアタリ神器と真正面から戦えば、さぞ辛い戦いになったことだろう。
 俺はたぶん少年を攻撃できない。
 だけど少年は10分間、力の限り俺を嬲ったことだろう。
 金色に輝く狼の瞳からは、少年の意志をほとんど感じない。
 神の尖兵というのはそういうことなのだろう。
 あの女神の尖兵だ、ろくなものではないのは確かだ。
 俺はサングラスの具現化を解く。
 サングラスは光の粒となって消えた。
 サングラスは俺を殺さなければ戻らない。
 しかしサングラスがなければこいつらに俺の姿は見えない。
 この勝負は俺の勝ちだな。
 俺はプロットに正面から近づき、その顔面を思い切りぶん殴った。

「ぷぎゃっ!」

 思った以上に力が篭っていたようで、プロットの顔面は原型を残すことなく弾け飛び、脳漿をぶちまけて汚い花火を見せてくれた。
 俺は不快なぬめりの残る拳をハンカチで拭き、汚れたハンカチを投げ捨てる。
 さて、後は彼と彼をどうすべきかだ。
 申し訳ないが元サングラスの彼は後回しだ。
 突如として汚い壁のシミとなったプロットを間近に見てゲロゲロと食べたものをもどしている。
 吐く元気があればきっと問題ないはずだ。
 問題なのは彼か。
 少年だったもの。
 彼はなぜか動かない。
 巨大な人狼は、まるで葛藤しているかのように足を踏み出しては戻してを繰り返している。

「まさか、自我があるのか?」

 俺は隠密能力を解き、狼の前に姿を現す。

「少年、聞こえているかい?」

『オ、オジ、サン……タスケ…テ』

 狼の口から出たのは人間の言葉。
 少年の言葉だった。
 助けて、短いけれど確かな少年の言葉だ。
 助けを求める子供を見捨てたら、おっさん失格だ。



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